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「美味しい!」が好き

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2001年09月01日(土)

インスタント料理研究家 1/2


8月の20日間バイト先がお休みだったので、家で、料理のアルバイトをしていた。
色々な本を見ながら(というか、見ないとどんな料理が世の中にあるのかわからないから)、自分なりのセンスで料理を考える仕事である。
言わば、「インスタント料理研究家」としての20日間であった。

この仕事、考えながら料理をするのが好きな私に向いているし、そんなに時間を取られないかと思ってやってみたが、だいたい、1つの料理にも沢山のレシピがあるし、それを比較して、自分なりの作り方を決めるのにも時間がかかった。
買出しも結構大変であった。

図書館から思いっきり、料理の本を借りてきて、比較して過ごした。
世の中、1つの料理でも様々な作り方があるものだと感心してしまう。

また、何かを作ろうとするとき、わかっていないことが多いことも改めて実感した。
例えば肉のアクというのは、殆どが血であって、その血を抜くやり方だって、世の中には何種類かあるのだが、どれが一番有効かなんて、考え出してしまったり、つっかえてばかりいた。

時間はかかってもより味を良くするやり方がいいのか、ちょっと味は落ちるけれども、手っ取り早いやり方、色々あるのだけれど、いっぺんに比較するよう料理するのも大変である。
まあ、色々な機会にちょこちょこ色々なやり方をやってみて、考えて行くしかないのかも知れない。
また、小豆だって、本によっては、前の晩から水に浸けておくという方法もあれば、「小豆は前以て水に浸けておく必要はない」という本もある。
だったら、私としては、どれがいいと言えと言うの?わからないのである。
結局、小豆は、水に浸けなくても煮えるけれど、やはり、水に浸けた方が早く煮えることは確かだったので、そのことを書いて終わりにした。

要は、今回のバイトで、私は、料理は好きだけれど、まだまだ未熟であることを思い知っただけである。
もっと本格的に料理研究家になりたかったら、思いっきり、作り込まないと、世間に通用しないと実感した。

でも、私の様子を見ていた家族の間では、やっぱり、あの子はお料理は好きなようだともっぱらの評判。
そりゃそうだよね、お料理嫌いだったら、こういうバイトを初めから引き受けるわけはない。
こういうバイトをしようと思うだけ、私には、料理に熱意があるのだ、だからエライ、なんて、自分で誉めながら、こなしていた。
でも、あ〜しんど、全部終わらせるのは結構手間暇かかったし、終わった後に達成感がなかった。

ま、とりあえず、写真に撮るのだから、見栄えを考えて、野菜を切ったり、きれいに盛り付ける技術というのも、料理研究家には必要なことだと実感した。



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2001年09月02日(日)

奥薗壽子さん


1か月前程、料理研究家の奥薗壽子さんの名前を雑誌やインターネットで良く見た。
また、奥薗さんはご自身のHPを開いているようであった。
それを見たら、私のように、毎日日記を更新しているので、私は毎日良く読むようになってしまった。
(そのURLをここに載せるとなると、先方に断らなくてはいけないので、載せない。
yahooで、「奥薗」で検索すると、「奥薗壽子のなべかまぺーじ」が出てくる。
その中の「でいりーおくじょの」が日記のページ)

忙しい料理研究家だろうに、殆ど毎日、日記を更新しているのがとてもエライ。
この人の日記を読んでいると、毎日子供のために作る健康的な食事がそのままこの方の料理研究家としての研究の対象であり、これだったら、作り込めるなと羨ましく思う。

日記を読んでいると、この人の元気いっぱいの性格が気持ち良くこちらに伝わって、改めて、自分の元気のなさを感じてしまう。
元気がいい人というのは、この人のようなことを言うのだ、と納得ができる。
また、色々な料理を実際に作った話が多いのだが、大抵は、美味しくって、美味しくって、大成功!という話が多い。
読んでいて、ほわんと元気で幸せな感じがしてくるHPである。



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2001年09月03日(月)

奥薗壽子さんの「もっと使える乾物の本」


日記を読んで奥薗さんに興味を持ったので、自分の関心のある「乾物」に関する本を買ってみた。(農文協)

感想は、「全ては役に立たないというか、私の生活に合わない部分もあるけれど、乾物を使いこなせるように頑張ってみようかな」と思わせる本である。
昨日も書いたように、この方の料理は、小学生くらいの子供のいる家庭の食事であり、我が家のような老齢で好き嫌いが激しい家族のいる家に全て取り込もうとしたら、それは無理が大きい。

この本の上手な利用法はまるで真似をするのではなくて、この本に刺激されて、自分の作る料理に乾物を取り込むことを研究してみようかなという気になることだと思う。

戻し方など、ヒントになる部分も多い。
この本に刺激されて、高野豆腐、庄内麩の細かく切ったものを買ってきた。(どういうわけか、ついでに、フリーズドライのわけぎなぞも買ってしまった。)
これらと手持ちの干瓢などを使ってみた。
高野豆腐は、すき焼きに入れると美味しいと書いてあり、やってみたら、お豆腐とはまた違う味で、美味しく食べられた。
汁を沢山染み込んでくれるので、すき焼きには、高野豆腐は、定番になりそう。
(我が家は3人になってしまったので、すき焼きのために、お豆腐一丁を買って来ても、余ってしまうのだ。
高野豆腐1、2枚戻せば、十分足りそうだ。
しかし、しゃぶしゃぶには、高野豆腐は無理そうである。)

干瓢は、戻して煮物にしてみたが、私の戻し方で十分美味しくなったのか、美味しくないのかがわからなかった。
もっと研究しないと、干瓢の戻し方は、良くわからない。

高野豆腐については、気を良くして、1週間後にまた使ってみたが、結局、美味しい汁を十分に吸った高野豆腐というのは、同じ味に感じてしまう。
結局は乾物は乾物であり、たまに食べる分には美味しいけれど、連続して使うとやはり、味が単調なものに感じてしまう。
主役の座は無理だけれど、脇役としてどうやって使うか、これから、考えて行こうと思う。

つくづく羨ましいのは、奥薗さんが自分の子供の料理を作っていることだ。
自分の子供だったら、生まれてからずっと、なだめすかしながらかも知れないが、自分のポリシーとして、乾物が健康に良いと思ったらそれを作り続けることが比較的容易ではないかと思う。



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2001年09月04日(火)

シーフードミックス


お料理のバイトをしていて、肉料理を何種類も作っていたときに、「本当に毎日こんなに肉ばかり食べる人がいるのか?お金もかかるし」と考えてしまった。
そのときに、「手軽で安くて美味しい食品はないか」と思ってスーパーに行ってみた。

スーパーの冷凍食品売り場に行くと、何ていうか、料理の完成品が多くて、素材の冷凍食品が少ないのに驚く。
皆、お皿に入れてチンしたら、すぐに食べられるものばかり買っているのだ。

そんな中に、「シーフードミックス」を発見、冷凍食品ではないけれど、魚売り場に、ボイルした小さな帆立も結構安く売られていて、これらが使い易いそうだと思った。
で、シーフードミックスを買って来て、トマトの缶詰で煮たら、結構美味しい料理になった。

シーフードミックスのトマト煮

みじん切りにした玉ねぎ・にんじん・セロリ・にんにくをオリーブオイルを大さじ2杯で、水気がなくなって、薄茶になる程度に炒める。
そこに凍ったままのシーフードを入れ、白ワインをジャーっと入れて、軽く煮詰める。
トマトの缶詰(1缶)をつぶしたもの、トマトピューレ1/4カップ程度、ブイヨンキューブ1個を入れて、ざっとかき混ぜ、とろっとするまで煮る。
味見して塩・胡椒して、出来上がり。

一緒にバターライスを作って、これをかけたら、結構美味しかった。
野菜としてピーマンの千切りとかマッシュルームを入れるのもいいし、パセリのみじん切りをパラパラとかけても良いと思う。

主たる材料が冷凍食品と缶詰でできる、お昼に向いた一品だと思う。

シーフードミックスは今後も色々使ってみるつもり。



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2001年09月05日(水)

缶詰の美味しさ


私は、酒屋の娘だから、小さいときから、缶詰を色々食べさせられた。
その頃の世間一般で食べられていた食べ方なのだと思う。

今でも、これから書く缶詰は、食べられているのだろうか?

★いわしの平缶
楕円形の平たい缶に入った缶詰の蓋を細長い形になるように全体の2/3くらい切り取り、蓋を直角に上にあけて、そのまま、ガスにかけ、グツグツ煮える音がしたら、生姜のすったものを沢山入れて、またぐつぐつ煮たら、出来上がり。
最近やっていないが、以前、一度、サラリーマンの家庭に育った友人の家で作ってあげたら、感激していた。

★鮭缶
鮭缶は、大根おろしを小鉢に入れ、鮭缶の塊を置いて、上からお醤油をかけて、大根おろしと合わせながら、炊き立てのご飯で食べると美味しい。
我が家で他の料理で使った鮭缶が余ったので、「大根おろしで食べたい人?」と聞いたら、この美味しさを知っている我が兄弟2人が手を挙げた。
たまに食べると美味しい味である。
(皮は嫌いだったら、取ってしまう)

★サンタのハンバーグ缶の赤缶
今のあるのだろうか?
我が家で売っていた缶詰の中では高級品だったと聞いている。
これをフライパンにあけて、ほんのちょっと水を入れて、火にかけ、ぐつぐつ言ってきたら、醤油をたらして出来上がり。
これを炊き立てのご飯の上に置いて、崩しながら食べる。
朝ご飯のおかずが缶詰というと惨めっぽいけれど、これは美味しかった。
ハンバーグの缶詰が未だにあるかどうか疑問ではあるが、缶詰のハンバーグでも物によっては美味しかった。

他にも、サンマの蒲焼も好きであった。

また、この前、牛スネ肉を煮たものに醤油を少しかけて味をしみらせて、食べたら、「これは、牛肉の大和煮の味だ」と思った。
牛肉の大和煮缶も美味しいけれど、あれは、牛スネ肉の美味しさだったのだ。
これは、缶詰から出すと、煮こごりになっていて、この煮こごりと肉で熱々のご飯を食べると美味しかった覚えがある。(これは、私より、弟の好物だ。)

こう書いていくと、缶詰の料理というのは、味が濃いから、熱々のご飯と合うようである。

今、再び、わざわざ缶詰を買って来てまでして、食べたいとは思わないけれど、いつでも、缶詰でご飯を食べることが可能だなと思う。



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2001年09月06日(木)

合羽橋 リエーブル


8月末のある日曜日、我が家から私以外の人がいなくなった。
母は山梨、妹はロンドン、弟一家は沖縄に行ってしまい、私が留守番であった。
こういう日がたまにあると、嬉しい。
私は、合羽橋HPで食べるところも案内しているのだから、案内しているお店に行ってから紹介するのが当然なのだが、食事を作る係りなので、中々これができない。
こういうふう日は、まだ行っていない自分が紹介しているお店に行くのに、絶好である。

で、リエーブルに行ってみた。
場所は、合羽橋本通りのどぜうの飯田屋と浅草今半の間にある。
地元民から、「あそこは美味しい」と聞いたこともあるし、期待できる。

西浅草(合羽橋)リエーブルのHP←ここをクリック

外から中は全然見えない。
入ってみると、手前に厨房があって、厨房沿いを歩いて行くと、客席があった。
4人掛けが、9〜10テーブルあったと思う。
地元民という感じの人たちが、何組か食べに来ていた。
鰻の寝床のようなお店の一番奥が客席で、入口からも遠いし、通りからも離れているので、落ち着ける。
店内も、白い壁に、ピンクのテーブルクロスで、とても明るい。

ランチメニューの中のオードブル+スープ+魚or肉料理に、小さなサラダと小さなデザートとコーヒーで1800円のコースにしてみた。

一言で言うと、まともなフランス料理の店だと思うのだ。
それ以外の料理の特徴はというと、う〜ん、良くわからない、特徴は、「まとも」ということか?
個性的な料理というよりは、こうあるべしと思う料理が、ある一定のレベルで作られていると思う。
出てくるものに対して、全体的な安心感が持てる感じ。
また、ウエィターの人も感じが良いし、頼んでから、料理が手早く出されるのも好感が持てる。

私がチョイスしたもの 
★オードブル
  スモークサーモン レモン添え
  大振りのスモークサーモンが3枚もあったので、ほくほくと喜んだ。
  オレンジ色で柔かいサーモンであり、もしかして、自分のところで燻製したも
  のかなとも思ったが、聞かなかった。
  ちょっとではなくて、結構沢山出てきたところは嬉しかったし、美味しいサー
  モンではあったが、付け合せのさらした玉ねぎがちょっと水っぽかった。

★季節のポタージュ トマト

  冷たいポタージュを飲んでいる間、「なんだろうな、なんだろうな」と考えて
  いて、わからなかったが、後で聞いたら、トマトとのこと。
  余り、トマト味はしなかったが、美味しいポタージュだった。
  (トマト味が強いポタージュだと、在り来りになってしまうかも知れない。)

★リードヴォーの木ノ子ソース

  たまには、変わったものを食べなくては。
  それに他のものは、グリルとかソテーが多かったけれど、やはり、ソースが美
  味しいかどうか見なくてはと思い、メインは、これにしてみた。
  リードヴォーというのは、所謂内臓とお肉の中間のような歯応えで美味しかった。
  ソースは、結構軽くて甘いソースであった。
  美味しかったけれど、もうちょっと煮詰めたソースで作った料理がメニューに
  あれば、嬉しいのに、そういうものを食べたかったのにと思った。

小さなサラダもちゃんとしていたし、デザートのうす〜く切ったものの美味しかった。

全部美味しかったのだけれど、やはり、このお店は、「真っ当な料理、そして、出てくるのが早い、注文を聞きに来る人の感じが良い」これらが、特徴かと思う。



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2001年09月07日(金)

久々にたらこネタ


我が甥たちは、この夏から、軟式の少年野球チームに入ったようだ。
最近の子供って、ちょっとスポーツやるにも、格好が凄い。
ある日、野球から帰った甥に会ったのだが、ちゃんとした上下のユニフォームに、ヘルメット、スパイクもちゃんとしていて、格好だけは一人前である。
確かに格好が良いけれど、あれじゃ、お金がかかってしょうがない、昔の子供は、ランニングシャツに半ズボン、ヘルメットなしで野球をやったものだよ、と言いたくなったけれど、止めておいた。

で、今まで、野球の試合に行くと、おにぎりを出してくれていたとのことだったのだが、ついこの前の土曜日から、自分で持ってくるようになったとのことであった。

金曜日の夜、おばあさんの家に上がってくるなり、甥2が「おばあちゃん、明日、野球におにぎり持っていくんだけれど、たらこある?」と聞く。
勿論あるので、分けてあげることにした。

その後、上がってきた甥のお父さんが、「たらこある?」と同じことを聞く。
「もう、その話は、甥2ちゃんから聞いて、あげることになっているよ」と言うと、甥のお父さんは怪訝な顔をする。
何でも、明日のお弁当の話を甥の両親でしていたのを、甥2が傍で聞いていて、気を回して先におばあさんに聞いたようなんだ。(甥の父が甥の母に、「後でおばあさんちで、たらこあるか聞いてくるよ」とか言ったのを聞いていたのだ。)
この子は、本当に、食べるもののことに関しては、私に似たというか、行動力があるし、人任せにできないのだなと思った。

果たして、我が家の大事な築地のたらこ1切れ(1腹ではない)は、甥たちのおにぎりの具になったようだ。
で、そのたらこで作ったおにぎりを食べた土曜日の夜、おばあさんの家に上がってきた甥2は、私の顔を見るなり、「まりんちのたらこ、本当に美味しかったよ。今まで食べたたらこの中で最高で、スーパーのたらこの100倍は美味しい!」と言った。
食べ物に対する感性の豊かな甥2のことだ、食べた瞬間、「美味しい!」と思ったのも本当だけれど、その瞬間、「真理に会ったら、そのことを伝えなくちゃ!」と思ったに違いない。
律儀な子である。

でも、我が家はしょっちゅう、たらこを食べているのに、甥たちは私の家のたらこを食べたことがなかったようである。
きっと、スーパーのたらこのイメージがあるから、おばあさんちのたらこがそれとは別物だとは想像もしないで、「たらこ、あるわよ!」と言っても、今まで見向きもしなかったのかも知れない。
そう考えると、これからが怖い。

私も甥2が、「スーパーのたらこの100倍美味しかった」という話を、築地のたらこ屋さんに言わなくてはと思っている。
ところで、私の贔屓の築地のたらこ屋さんのHPができたそうだ。
「田中家の人々」というのがあのお店のほのぼのとして、温かい特徴が出ていて、面白い。
たらこ屋さんのおばさんは、ほっそり美人なのに、写真を載せていないところがちょっと残念。

たらこ屋さん(築地田中商店)のHP←ここをクリック



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2001年09月08日(土)

大葉戦争に勝つ!


8月に書いた「自分で自分の首をしめちゃった」で書いた八百屋の大葉があの後、1束80円まで値上がりしたのだ。
つい1か月前まで、2束50円だったのだ。
それでも、我が家から一番近いスーパーでは、98円だから、2割は安いことになる。
(因みに、ハナマサは、70円)

はっきり言って、100円以下で、2割安いからといって、わざわざちょっと遠い八百屋さんに、大葉を買いに行くかというと、行かない。
そして、段々この値上がり攻勢の中、別に、小松菜ジュースに大葉を入れなくても大勢に影響ないと思うようになってしまった。
ま、栄養的にも良いから大葉が入るのだろうが、なくても大したことはないし、そもそも大葉やバジルを入れるのは、青臭さを消すためであろう。
もう、何か月も飲み続けているので、青臭さにも相当慣れている。
もう、いいもんね、そんな、人の足元を見るような値上げの仕方をする大葉なんて、買わなくても、全然、平気と思うまでになった。
そして、その八百屋に言っても、高い大葉の値段をちっと横目で確かめるだけで、大葉なんかに目もくれなかった。
きっと、私のように思った人が多かったのか、少しすると、2束50円に戻っていた。

この急激な値上げ、値下げの一か月は一体何だったのだろうと思う。
お互い、需要曲線と供給曲線の交わるところの価格を再確認しただけだと思うのだ。
八百屋さんも値上げしたら、売上が落ちて腐らせた大葉なんていうのも相当出てきたのかも知れない。

それにしても、初めから、一貫して、98円で売っているスーパーのことは、「あこぎだ」と思わないのに、「2束50円から1束80円」に値上げした八百屋さんのことは、「あこぎだ!」と思うのも、冷静に考えると、行き過ぎかも知れないと思う。
商売というのは難しい。
安く売れることを見せた後での急激な値上げというのは、相当それなりに正当な理由付けがないと、お客を納得させられないで、反感を買うだけのもので終わるようである。

一貫して、2束50円だったら、「良心的で良い八百屋さん」でずっと通ったものなのに、今は、「迷いも多い八百屋さん」というイメージが出来上がってしまった。



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2001年09月09(日)

感謝


ある晩、突然、母が食事中に「あんたに感謝してるわよ」と言い出した。
そんなことを言われるのは、生まれて初めてだった。
何のことかと思ったら、私に勧められた「ファンケルの青汁+玄米胚芽+きな粉」を毎日飲んでいるおかげで、パタパタと叩く白粉の乗りが良いのだそうだ。
じわ〜んと来ることはなかったが、「この人が、こんなこと、言うのは初めてだな、余程嬉しかったのだな」と思った。

何でも、死んだ母の母が、「おまえは器量が良いから、毎日白粉をはたけ」と言っていたことを、今でも、守っているとか。
私の教えたジュースのおかげで、その「母の教え」を気持ち良く守ることができて嬉しいのだそうだ。

食べ物に対する価値感って、本当に人それぞれで、親子と言っても同じとは限らないのだと思う。
私なぞ、美味しいものを出してくれれば、それ、即「作ってくれた人に感謝」だけれど、そういうことにはまるで反応しない人もいるのだ。
そして、美容に結びつく食で、感激する人もいるのだよね。

我が母が、「美味しい」と言って、作った人に感謝する人間ではないことはわかっていたけれど、美容に関連したことで、感謝する人だと、初めて知った。



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2001年09月10日(月)

キャベツ 1/2


栄養学の先生にたまたま会ったので、「肌の炎症の跡が中々治らない」と話したら、「キャベツを毎日50g以上とヨーグルトを取ること」とのこと。
キャベツには、ビタミンUがあって、肌の粘膜に良いそうなのだ。(ヨーグルトはどういう理由か聞き忘れた。)

それで、キャベツを沢山食べる取り方を思い出してみた。

★キャベツが沢山取れる食べ方

朝・昼・夕...どのご飯に向くか。
簡と面.....作るのが簡単か、面倒か

夕 簡 1.キャベツをゆがいて、胡麻酢和え
      <コメント...これは頭で食べる料理、我が家では、キャベツを食べ
             なくてはと思った私以外には、箸が伸びなかった。>

朝 簡 2.キャベツの千切りと、シーチキンのマヨネーズ和えを厚切りトースト
      の焼き立てに乗せて食べる。(実はこれが一番好き)
      <コメント...しかし、私は朝ご飯は、小松菜ジュースにクラッカ
              ーだから、残念。
              あら?これはもしかしたら、玉ねぎのみじん切りと
              シーチキンだったかも知れない。>

夕 簡 3.キャベツとコンビーフを炒める。(これも好き)

昼 簡 4.お好み焼き

夕 面 5.スープの具にする(例えばボルシチ)
      <コメント...ボルシチを作るとなると、料理本を見なくては作れ
              ないので、作るとしても土日だな。>

夕 面 6.ロールキャベツ
      <コメント...これはうまく作れたことがない>

夕 面 7.キャベツを糠味噌に漬ける。
      <コメント...今我が家には糠味噌がないのだ。だから、無理>

夕 簡 8.トンカツやハンバーグの付け合せ

昼 簡 9.冷たい蕎麦に茹でたキャベツ(日本橋室町の室町そば)
      <コメント...温泉卵と鶏肉か豚肉の細かいのをゆでたのを乗せて
              汁をかけて食べる。これは美味しい。薬味は、葱、
              唐辛子、わさびなど。でも我が家では受けない、好
              きなのは私だけ。>

? ?10.ザウワークラウト
     <コメント...家で作ったことも食べたことない。)

夕 簡11.たいめいけんのコールスロー(人に教えてもらって思い出した)
     <コメント...これは簡単で美味しい。作り方は、yahooで「たいめ
             いけん」で検索して、たいめいけんのHPのお料理
             110番に載っている。>

昼 簡12.ソース焼き蕎麦・焼きうどん
     <コメント...これは、手軽で簡単。>

夕 簡13.鉄板焼き
     <コメント...鉄板焼きは簡単だけれど、人数揃わないと食べられな
             いところが欠点。>
朝 簡14.ハムエッグ・ベーコンエッグを焼くときにキャベツも回りで焼いてしまう
     <コメント...これも簡単。でも朝ご飯は料理しないから食べられない。>

続きはまた明日。



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2001年09月11日(火)

キャベツ 2/2


昼 面15.同じくホットドッグに炒めたキャベツを一緒に入れる。

夕 面16.餃子をキャベツで作る

夕 簡17.回鍋肉

夕 面18.ブロッコリーとキャベツのポタージュ

夕 簡19.細切りキャベツのサラダ(これは、春キャベツのときがいいですよね)

夕 面20.もつ鍋(キャベツを煮ると美味しいと聞いたことがある。)

夕 面21.大阪方面の焼肉屋や串かつ屋で、生のキャベツをかじりながら、焼肉
      や串かつを食べる。

昼 簡22.キャベツとアンチョビのスパゲティ(キャベツをスパゲティと一緒に
      煮るから、簡単) 22種類しか、頭に浮かばず、この22種類だって、2,3日かかって思い出したのだ。
結構、キャベツを使う料理というのは少ない。
というか、わざわざ「○○料理」というような使い方ではなくて、炒め物に混ぜてしまったり、肉料理の付け合せにするのが、良いのだなと思った。

他には、ナスを塩もみして、水気を切って、辛子醤油で食べると美味しいと聞いたのを、ナスの塩もみに、キャベツの塩もみを合わせて、辛子醤油で食べたのが、美味しかった。

で、毎日キャベツを食べているかというと、2日の1回くらいになっている。



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2001年09月12日(水)

偶然


最近、嫌な事件が続いている。
それも大掛かりで、個人の力では避け切ることができないような事故ばかりだ。

新宿歌舞伎町の火事、長瀞の落石事故、台風、ニューヨークのテロ事件。
最後の「ニューヨークのテロ事件」を、遠く離れた日本でテレビでライブで見ていたら、巨大な世界貿易センターが崩れ落ちていった。
なんて、酷くて、信じられないことが起きるのだろうと思った。

こう大量の人があっけなく殺されたり、傷つく事件が続くと、夕食を食べながら、「こうやって、家族誰も事故に遭わずに、ご飯を食べている。親戚、友人、知り合いにもこのような事件に巻き込まれる人もいないで、落ち着いてご飯を食べられるというのは、『当たり前』のことではなくて、「ただの偶然」なのだ。」と思えた。
明日また、皆、揃って元気でご飯を食べられることは保証されていないのだ。

心から怖いと思った。
人間なんて、明日も生きている保証はないのだ。
自分が死ななくとも、命からがら事故から逃げられたとしても、身体も心も相当に傷つくことだろう、それだけだって、大変なことだ。
偶然に生きて、偶然に死んでいく、偶然に傷つけられて、それでも生きていく。
それで、文句は言えないのだ。

そんなことを考えたら、淋しくなった。
うん、でも、私は、動物に近い人間だから、また、そのうち、酷い記憶が薄くなって、生きているのが当たり前だと思いながら、暮らし始めるだろう、ほんのちょっとの「生きているのは偶然と考えた記憶」を頭の片隅に残しながら、なんて、自分をごまかすしかない。



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2001年09月13日(木)

米ナス


高知の産物頒布会で、米ナスがやってきた。
母から使うように言われて、揚げて、赤だし八丁味噌でとじたら、結構美味しかった。

あの料理だったら、自分でできそうとでも考えたのだろうか、むか〜し、米ナスをくり抜いて、コロコロに切ったものと鶏肉なぞを揚げて、八丁味噌にからめたものが、これまた、揚げた器部分の米ナスに収まっていたものが、とても美味しくて、今でも覚えていたのだ。

しかし、普段の日の勤め帰りに料理をするので、1時間以内で、用意をしたかった。
それで、「くり抜く→くり抜いた残りを揚げて器にする」は省いて、全て1〜2CM角に切って、余りもののピーマン、筍の水煮、鶏肉も同じような大きさに切り揃え、順次、油で揚げた。
それを、お水がどのくらいだったろう、カップ1〜1+1/2くらいに鶏ガラスープの素を少々入れて、赤だし八丁味噌を大さじ2くらい溶いて、甜麺醤油というものをやはり、大さじ2くらい入れて味をみたら、甘くなかったので、味を見ながら、砂糖を大さじ1+1/2くらい追加した。
煮立ったこの味噌味のたれの中に揚げたものを入れて、片栗粉でまとめて出来上がり。

以上の分量で、味見している間は、「味が濃すぎる」と思ったけれど、冷めてきたら、味の濃さがなくなってちょうど良くなった。(不思議!)
甜麺醤は、あるから使ったのであり、なかったら、醤油で良いのではないかと思う。
ンR 米ナスが突然やってきて、丁寧に料理する時間がないときには、この作り方がお勧め。
もう1つ米ナスが残っているので、こちらも小さく切って揚げて、今度は酢豚のようなあんでとじてみようと思う。



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2001年09月14日(金)

ピーマンの肉詰め


これまた、母親が親戚から取寄せている野菜にピーマンが入っており、これも使うように命令があったので、久々、ピーマンの肉詰めを作った。

我が母と妹なぞ、ピーマンの肉詰めなんて、見向きもしないかと思ったら、結構手が伸びるようだったので、2回も作ってしまった。

いつも行く肉屋さんに行く時間がなかったので、近所のスーパーで一番高い和牛の挽肉を使ったから美味しかったような気もするのだ。
(ま、ピーマンの肉詰めの肉は量が少ないので、高い牛肉を使うことも可能)

作っている最中に思ったのだが、ピーマンの味というのは、牛乳とか牛肉の味と合うような気がする。
ピーマン臭さが、牛肉と牛乳の味で消えてしまう感じ。

作り方は、いい加減で、和牛の挽肉180gに、玉ねぎ1/2弱をみじんに切って炒めたものと、パン粉少々を牛乳で湿らせたもの、卵半分、塩・胡椒少々を混ぜたものを、ピーマンに詰め込んだ。
詰め込むとき、やはり、小麦粉をピーマンの内側に塗った方がいいかなと塗ってみたら、やはり、中の肉が剥がれ難いくらいの効果はあったと思う。
ピーマンの量もいい加減で、タネの減り具合を見ながら、ピーマンを2つに切ってタネを抜いていった。
ピーマン5個くらいという感じか。

ベターホームの本を見たら、肉詰めしたピーマンの肉が露出した部分に、パン粉をはたくとあったが、面倒なので省略した。

ピーマンの肉詰めを作るときは、牛肉だけの挽肉が美味しいと思うのだが、他の合い挽きや豚挽でも、順番に作ってみる予定。



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2001年09月15日(土)

東京幡ヶ谷 チャイナハウス 1/3


インターネットで知り合った人たちから、誘われて、「金華ハムと鹹魚の宴会」という20人規模の宴会に行って来た。
お店は、京王線の幡ヶ谷の駅前ビルの地下街にあるチャイナハウス(龍口酒家)。
ここは、たまにマスコミにも取り上げられるし、複数の常連から「美味しい」と聞いていたので、行く前から、楽しみ、楽しみ。

厨房の前にずらっとカウンター席が10席、その後ろに4人席が5個くらいの規模。
(でも、お店が混んできたら、地下街の店の前の通路に椅子とテーブルが出て、店の外にも2組食事をする人が出た。)

お店はコックさん1人のようである。
今時、コックさん1人で、助手もいないなんて、初めて見たと思った。
マスター兼コックさんのご主人を手伝うのが、奥さんとのこと。
この奥さんというのが、元歌手で、「蜂のムサシは死んだのさ〜」と言う歌のボーカルでメガネをかけていた方の女性であった。
見た目、昔と同じ(でもちょっと太ったかな)で、かいがいしくお客さんの面倒を見ていた。

このご主人は、本当に料理が好きらしく、20人の団体客の他、カウンターが一杯で、店の外にも二組の客がいるというのに、ニコニコ嬉しそうに、料理を作っていた。
心から料理が好きなんだなという印象である。

私は、団体で行ったので、個人で行ったら、どんな感じで料理が食べられ、値段がどのくらいかはわからない。
しかし、家に帰ってから、インターネットで行った人の話を読んでいたら、全てお任せコースで、そのときに、そのマスターが作っていた料理が順番に出され、それを食べることになるらしい。
お腹が一杯になったら、ストップをかけることになるのだと思う。
こういう全面お任せの中華のお店というのも、珍しい。

チャイナハウス(龍口酒家)
住所:東京都 渋谷区幡ヶ谷1-3-1 ゴールデンセンターB1-10
電話:03−5388−8378
営業時間:17:30〜23:00
定休日:月曜日

京王線の幡ヶ谷駅の1つしかない改札を出て左に行くと、マクドナルドがあり、そのマクドナルドの隣。


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2001年09月16日(日)

東京幡ヶ谷 チャイナハウス 2/3


味は良かった。
全て、薄味で、にんにくを使っていないとのことで、軽いから、いくら料理が出て来てもちゃんと胃に収まった。(全部で、12,3種類出た。)

何と表現したら良いのだろう、「とても美味しい」という基準をクリアした店であると思う、後は、好みだろう。
何と言うのか、全て、出来立てが出てくるところも良いと思う。(何せ、客席と厨房が本当に近くて、コックさん自ら出来上がるとお皿に盛って、運んできてくれるのだ。)
確かな腕、良い素材と吟味された調味料、そして、出来立て、これだけ揃えば、不味い筈はない。

覚えているだけで、

・金華火腿の薄切りと、茗荷の甘酢漬け
 金華ハムだけだと塩っぽいのだが、甘酸っぱい茗荷と合って、とても美味しかった。
 (これは、生ハムと合わせて、真似してみようと思う。)

・小海老と松茸とエリンギとグリーンアスパラガスの炒め物(塩味)
 薄味で、これも出来たての熱々を食べるととても美味しかった。
 口に入ると、エリンギより、やっぱり、松茸の方が美味しいなという感じ。(当
 たり前か)

・金華火腿の角切りと揚げた豆腐の炒め物
 これも金華ハムだけだと塩っぽいのでだが、揚げた豆腐の淡白な味と合わせると
 とても美しかった。
 出来立てが美味しいのだと思う。
 金華ハムより、金華ハムの美味しさを吸った揚げ豆腐が最高。
 市販品の厚揚げでは、この味は無理だと思った。
 美味しい品質で、新鮮な豆腐に葛粉か、片栗粉をつけて揚げて、塩っぽくて脂分
 を含んだものと合わせるといいのだと思った。
 真似するとしたら、ベーコンと青菜と揚げ出し豆腐で炒めて、スープを少し入れ
 て、片栗粉でとじればいいのかな?と思う。

・フカヒレの煮物
・スッポンの煮物
・ナマコの煮物
 この3つは、それなりに美味しかったけれど、美味しい感じより、「肌に良いだ
 ろうな」という感じであった。
 明日の朝、肌がきれいになっていると嬉しいのだが。
 皆、煮込んだ感じではなく、あっさりと煮てあった。

・空心菜といのししのベーコンの炒め物
 猪のベーコンは、初めて食べたが、豚のベーコンより、味が深くて美味しくて、
 炒め物にぴったりな感じ。

・鹹魚(ハムユーと発音するみたい)のおかゆ
 これも美味しかった。
 ハムユーというのは、塩漬けした魚を何か発酵した汁に浸けた後に干したものと
 のこと。
 中華版くさやと言った感じか。
 でも、そんなに臭さは目立たなくて、それなりの臭さで、おじやに美味しいアク
 セントを付けて美味しかった。

 で、このとき、豆板醤が付け合せに出てきたのですが、これがとても美味しか
 ったのだ。
 唐辛子の美味しい味が前面に出ていて、口の中で広がった瞬間、「うわ〜、美味
 しい」と思ってしまった。
 私の食べ方を見ていた人から、「この豆板醤で、私の目が初めて光った」と言わ
 れてしまった。(笑)

・麻婆豆腐
 結構さっぱりしていて、甜麺醤が入っていない感じで、透明な麻婆豆腐であった。

・鹹魚のチャーハン
 これもそれなりに美味しかった。

・金華ハムの骨のスープ
 骨付きの金華ハムを使ったと聞いていたのだが、スープの中の骨には、ひづめが
 ついていた。
 形態から察するに、前足だ。
 (最近、こういうものには、驚かず)
 金華ハムは、この段階では塩がきちんと抜けていて、美味しいスープになって
 いた。



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2001年09月17日(月)

東京幡ヶ谷 チャイナハウス 3/3


料理の合間に、余った豆板醤でちびちび飲んでいたけれど、豆板醤だけを食べると、美味しいけれどちょっと塩がきつかった。

でも、この豆板醤なら、家で料理に使ってみたいと思い、宴会が終わった後、分けてもらうべき、マスター兼コックさんに頼んでみた。
その方がおっしゃるには、「豆板醤は、料理によって、使うものを変えていて、今日出したものは、市販品で、これ」と見せてくれた。
市販品でも、何で、こんなに美味しく感じたのだろうと思いながら、その容器を見てみると、大田区蒲田の昌立物産だったかの製造で「添加物無使用豆板醤」と書いてあった。(やっぱ、私の舌が「○」と思っただけのことはあった、ホッ。)
添加物が入っていない分、塩がきついのだろう。
でも、添加物使っていないと、こんなに、材料の持ち味が生きるものかなと、改めて、添加物が味に与える影響を考えてしまった。
このお店は他にも、自家製の豆板醤があるということで、分けてもらうことにした。
マスター曰く「辛いだけの豆板醤」とのこと。

今回、会費が結構安かったので、1000円分と頼んだのだが、ほんのちょっとしか来なかった。
何でも、四川の山椒とか、色々良い材料を使っているようだから、しょうがないのかも知れないと思ったし、結構そのとき、お酒で気分が良かったのか、気前良く買ってしまった。(笑)

何に使おうか楽しみ。
この前、知味斎に行ったときには、自家製の甜麺醤に反応し、今回も他の料理はさておいて、添加物無使用の豆板醤に反応する私は、こういう調味料系統に敏感なのかも知れない。

市販の豆板醤を買うときには、やはり、できることなら、塩味はきつくなってしまうけれど、「添加物無使用」を探すと良いのだろう。

アメ横に、豆板醤を見に行ったが、皆、結構店の奥に並べてあるので、添加無使用があるのか、ないのかは、わからなかった。
駒込から本郷通りを歩いていたら、自然食品のお店があり、そこに入ったら、YOUKIの豆板醤があり、期待したが、「化学調味料無使用」とのこと。
保存の添加物はどうだったか書いてなくて、残念。

そのうち、合羽橋も見てみる予定。



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2001年09月18日(火)

しじみとあさりの外れ


10日程前、いつもの魚屋さんに、しじみを買いに行ったら、しじみもあさりも売り切れ。
しょうがないので、近所のスーパーで売っているしじみを買ってきて、味噌汁にしたら、全然、味が出ない。
ま、スーパーのが全部悪いとは言わないけれど、我が家では、「品物が古いから味が出ないのだ、やはり、魚屋のしじみでないと、怖いね〜」ということになった。

で、それから、1週間くらい経って、魚屋に寄ったら、しじみは売り切れで、あさりが少しだけ残っていた。
「ラッキー!」とばかり、残りを全部買って、また、味噌汁にしてみた。
味噌を入れる最中に味見すると、やたらに塩っぽくて、味がない。
「何だ、これ」という感じ。
こんなに、塩っぽいあさりの味噌汁は初めてである。
味噌はいつもと同じだし、何だろうと、原因を探ってみた。

母が言うには、「売れ行きが悪かったから、腐らないように、あさりの入った水にやたらに塩を入れて売っていたんじゃないの」とのこと。
不確かではあるが、有り得ることである。

本当に、こういう貝類を買うのって、本当に難しい。
箱一杯で、仕入れたばかりの新鮮なときにしか、買うのをやめることにしよう。



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2001年09月19日(水)

炒めた沢煮椀


妹がこの2,3か月、仕事で夕飯の時間までに帰って来れずに、夜中に帰って来て、食事をしている。
色々なものを作っておいておくと、減りが良いのは、やはり、汁物。

彼女の好みの、さっぱりしたミネストローネ、なめこのお味噌汁、アサリの味噌汁、春雨の中華スープなどを作ったところで、タネが切れそうになった。

で、思いついて作ったのは、日本代表の細切り野菜の沢煮椀。
沢煮椀は、本格的には、豚の背脂で作ると読んだことがある。
でも、豚肉嫌いの我が家族には無理だと思った。

一度目は、豚の挽肉を凍らせてあったので、それを使って、二度目は、豚の細切れを買って来て、細かく切って使った。(両方とも4人前で50gくらい)

料理本なぞを見ずに、フィーリングで作ったやり方は、

1.豚肉を細かく切ったものに塩・胡椒で味付けして、フライパンで少量の油で
  炒める。

2.干し椎茸・ごぼう・筍の水煮・にんじん・長ねぎの細切りを一緒に入れて、軽
  く炒めて、出汁を入れた。

3.煮立ったら、アクを取る。野菜がだいたい柔かくなったら、火を弱め、酒少々
  を入れ、塩を薄めに入れて、最後、薄口醤油で風味と止めの塩味をつける。

材料を炒めたのは、お料理を習って、肉や野菜のアクを取るのに炒めるのは有効な手段だと思ったからだ。
ヨーロッパ代表ミネストローネ、中国代表春雨の細切り野菜スープも、両方とも炒めるので、つい、炒めてしまった。
また、二回とも、仕上げにさやえんどうを入れようと考えていたのに、二回とも、忘れてしまった。

金曜日に作って、土曜日に残っていた沢煮椀を我が妹は胡椒を振って飲んでいた。
胡椒振っても美味しいよね、胡椒がいいのなら、柚子胡椒も美味しい筈だなんて、考えながら、「でも、沢煮椀って、胡椒振ったり、柚子胡椒で味付けして飲むものだったかな」と、ちらっと心に浮かんだ。

さて、この文章を書くにあたり、ベターホームの「おかあさんの味」を見てみたら、沢煮椀というのは、肉や野菜を炒めないで作るものだった。
油で炒めたから、胡椒が合う味になったのだなと納得。

ごぼうは、炒めた方が味が出るような気がするし、油で炒めると、力強くなるので、この沢煮椀もお勧め。
残り野菜で作れるところも良い。



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2001年09月20日(木)

茗荷の甘酢漬け


チャイナハウスで、金華ハムに茗荷の甘酢漬けがとても美味しかったので、家で、生ハムで真似をしてみた。

茗荷の甘酢漬けは、作り方が良くわからなかったので、知り合いのプロに習った。
(どこがわからなかったかというと、茗荷というのは良く水に浸けてある。
甘酢漬けのときも、お水にさらしてから作るのかなと思ったのだ。
そして、生で漬けるものかと思ったら、意外や意外、であった。)

★作り方

1.沸騰したお湯に、茗荷を入れて、色が抜けるくらいに茹でる。
  (さっと茹でるより、ちょっと長めの感じ。)
  <これは、茗荷のアクを取る作業>

2.ざるにあげて、水気を切って、ボウルに入れた茗荷に塩を振り、なじませる。

3.酢:砂糖が2:1の甘酢を作って、ひたひたになるくらいボウルに入れて、
  20〜30分置いておく。
  (茹でて赤味がなくなった茗荷は、酢に漬けることにより、赤味が戻る。)

季節によるかも知れないが、この茗荷の甘酢漬け、冷蔵庫で冷やした方が美味しいと思うので、ラップを汁にぴったりかけて、冷蔵庫で冷やしながら、漬けると良いと思う。

実際に作ってみて、もう少し補足すると、「色が抜けるくらいに茹でる」は文字通りであって、全部の色が抜けるわけではない。
あくが浮かんできて、全体のピンクが薄くなった感じまで茹でるのだと思う。

また、塩を振ると、茗荷から水が出るので、これは捨てた方がいいのではないかと思うが、良くわからない。

熱い茗荷にお酢を入れると、お酢は少しの間、熱いので、冷めたら、冷蔵庫に入れると良い。
また、細かく切ったり、2つに切ったりは、漬ける前の方が味が染みると思う。

茗荷の量が少なかったので、これを細長く刻んだ。

生ハムは、スーパーで売っている中で一番自然ぽいのを選んできた。

合わせて食べてみると、塩っぽい。
生ハムの塩が相当きついのだ。

この組み合わせは、お酒の肴にはいいけれど、お酒を飲まない人にはちょっと辛いかも知れない。
事実、お酒を飲まない妹に聞いたら、「生ハムは生ハムで、茗荷は茗荷、別々に美味しいから、別々に食べた方が美味しい。生ハムにはやっぱり、メロンかマンゴーが良い」とのこと。

でも、この茗荷の甘酢付漬けはとても美味しい。
茗荷が安いときに、是非、作ってみてください。



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2001年09月21日(金)

茄子の塩もみと辛子醤油


MLで、茄子を薄く切って、塩をして、水が出たところで、絞って、辛子醤油で食べる食べ方を習った。
実際に、茄子を細長に2つに切ってから、薄切りして、ほんのちょっとの辛子醤油をつけながら食べたら、美味しかった。
辛子のつんと来る醤油と塩漬けの茄子がとても合う。

その後、キャベツを太長に切って、塩をして、水気を出したものと同じく塩もみをした茄子や、生の茗荷や生姜の細く刻んだものと混ぜて、同じように、辛子醤油で食べたら、これまた、美味しくて、幸せ。

ま、コツという程ではないが、塩もみの塩を余りきつくしないことくらいがコツか?
この茄子を食べたら、我が家には、糠味噌がないので、この手のもの(茄子の糠漬けなど)を夏に食べるのを忘れていたことを思い出した。
そうだよね、夏には、茄子の糠漬けや一夜漬けが美味しいのだ、どうして忘れたのだろう。

辛子醤油は、辛子や醤油の量に、食べる各人の好みがあるから、やはり、和えないで、一人ひとりつけながらか、自分の皿で好みで和えて食べるのが良いと思う。



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2001年09月22日(土)

岩手


ある晩のこと、テレビに沖縄が映った。
それを見た我が妹は、毎年の如く沖縄に行っている甥2に、「甥2ちゃんは、来年の夏も沖縄行くの?」と聞いた。
甥2曰く「来年はわからないよ。来年の夏は、岩手を考えているんだ」とのこと。

妹:「わかった、冷麺を食べに行きたいんでしょう?」
その時点で、私は、もっと高尚なことを考えていた。
平泉の中尊寺とか、南国の夏ではなくて、もっと北の夏を味わってみたいとか。

そうしたら、結果は下記の通りであった。(笑)

甥2:う〜〜ん、わんこ蕎麦食べに行くの!

それを聞いた途端、あんたたち、どうして、そう、食べ物のことばかり考えているのよ!と言いたかったけれど、ま、そんなものでしょう、私がそういう人のこと、言えるかって?(言えない)。

甥2は、食べ終わっても食べ終わっても、蕎麦が投げ入れられる「わんこ蕎麦」の存在を知って、一度は食べてみたいと思っている様子。
思わず、「確か、神保町の方にわんこ蕎麦のお店があったよ」と言うと、しきりに行きたがる。

後で、インターネットで、「わんこ蕎麦 東京」で検索してもそれらしいお店は全くないようだ。
多分、わんこ蕎麦は、岩手に行かないと食べられないのだろう。
(妹曰く、「今時、食べている人の後ろに人が控えてお蕎麦を入れるなんて、そんな人件費のかかる蕎麦屋は、今の東京にないのでは?」とのこと。
確かにそんな気がする。)
神保町のわんこ蕎麦は、確か「出雲蕎麦」だったと、「出雲蕎麦」で検索したら、「割り子蕎麦」で五段重ねと出て来た。
そうか、わんこ蕎麦は、割り子蕎麦がなまったものかと思いきや、あるページを見たら、そうではなくて、「わんこ蕎麦」は、漢字で書くと、「椀子蕎麦」だそうだ。
どちらにしろ、五段重ねでは、甥2を満足させることができない。

そんなに、食べても食べても黙っていても追加が来るものに魅力を感じるのか、もう相当年になった私には理解できない。
妹はまだ小さいときの感覚を覚えていて、「小さきとき、食べても食べてもお蕎麦がおわんに投げ込まれるわんこ蕎麦の話を聞いて、『食べても食べても減らない』というところが、魅力的で、確かに食べたいと思った」とのことだった。
(言われてみれば、「千と千尋の神隠し」でも、食べても食べても食べ物で溢れているような場面が多かったような気がする。原始的に、人間って、そういう状態に憧れがあるのかな?)

調べてみると、東京−岩手は、新幹線を使っても片道4時間もかかる、こりゃあ、日帰りは無理だ。
よし!おばちゃんに年金が入るようになったら、岩手に連れて行ってあげよう!と空手形を切る私であった。



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2001年09月23日(日)

築地の新しいお寿司屋さん すしざんまい


土曜日に、昆布がなくなったので、築地に行った。
昆布に関する最近の私のお気に入りは、吹田商店の真昆布の切り落としである。
商品にすべく断裁して残った端の方を袋詰して売っている。
お値段が600円。
朝早いときでしか、手に入らない。

これを買った後、ずっと気になってはいたが、入るのを忘れていた「すしざんまい」に入ってみた。
このお店は、今年の春頃できたのだろうか、場外では唯一24時間営業・年中無休のお店である。
(近所のお店では、「全く、寿司屋ばかり増えて...」という感じ。)
お店の前に、写真入りの値段表があって、「お、こんなに安いのなら、入ろうかな」という気にさせてくれる。

場所は、吹田商店(築地の交差点を勝どきの方に歩いて行って一つ目の角)を入ったところの2,3軒先。

感想は、

1.ネタは新鮮

2.「1個から握ります」と書いてあったので、3種類頼んだ後、1個ずつにし
  ようかと思ったが、実際に出てきたお寿司は、本当に握りが小さくて通常のお
  寿司の半分くらいの大きさだったので、やはり、二回目も2艦ずつにした。

3.ということで、そんなに安くない。
  さば、こはだが1個148円、穴子とかに味噌が128円、げそと鰯が98
  円で、以上2個ずつで、1612円。
  ま、小さいから2つずつ食べてしまうので、そんなに安いという感じはない。

4.しめたものはちょっとしめすぎの感じはあった、かに味噌は、余りかに味噌の
  味がしなかった気がするけれど、この値段なら、文句言えないかも。

5.ご飯は、まあまあで、そんなにケチつけるところなかった。

並びの回転寿司に比べたら、こちらの方がお勧めだし、私の場合、朝からお寿司、しかも一人で食べるとなったら、このお店が一番合っているような気もする。
要は、自分の用途に合わせて、持ち駒が一つ増えたという感じである。



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2001年09月24日(月)

神楽坂 アルパージュ


日曜日に、雑司が谷にお墓参りに行ったので、都営バス・地下鉄の1日乗車券を買って、牛込神楽坂にあるチーズ専門店に行ってみた。
チーズ専門店というのは、東京の東半分には中々なくて、我が家から一番近いチーズ屋さんは、きっとこのお店だろうと思ったのだ。

場所は、神楽坂の商店街の上の方の「ピエトロ」という洋食屋さんの路地を入って、突き当たりの手前右側。

とても小さなお店で、店員さんは一人、客も私しかいなかったので、色々話してくれた。
このお店の特徴は、「値段は、デパートと変わりませんが、熟成庫があって、そこで、それぞれのチーズの熟成時期を見計らって、お店に出して売っていること、それから、真空パックにしたチーズよりやはり、塊から切ったチーズの方が美味しいので、うちでは、塊から切って、売っています」とのことであった。
また、全てのチーズは味見させてくれるとのこと。

「ブルーチーズはお好きですか?」という答えに、「私は大丈夫だけれど家族が....」、「ワインはいかがですか?」という答えにも、「私は好きだけれど家族が....」と全てこの調子であり、中々、私の好みのチーズに辿りつかなかったが、「固いのよりは、柔かいものを良く食べている」から、ま、ブリくらいにしておきましょうか?」ということで、ブリ・ド・モーAOCが出てきた。
これを味見した上で買ってきた。
お店の人がいうには、ちょっと若いとのことであった。
(しかし、食べた後の後味が凄く良かった。)

「では、家で冷蔵庫に入れておけばいいのか?」と聞くと、「薄く切ったら、もう熟成はしないのです」とのこと。
100g660円。
「そうだ、チーズ好きな人に、ブリ・ド・モーAOCは食べておいた方が良いと言われているのだ」と話したら、お店の人が笑われたが、一応スタンダードなものらしいので、一度は食べてみなくてはね。

とても感じの良いお店であったので、今後、都営地下鉄の1日乗車券を買ったときに行こうと思う。
(日曜祭日も営業しているのが嬉しい。)

アルパージュのHP←ここをクリック

日曜日の午後に、神楽坂に行ったのだが、日曜日でも開いている商店が多いし、人通りも淋しくもなく、混んでもいなくで、快適な感じがした。
神楽坂というのは、住み易い街ではないかと感じた。



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2001年09月25日(火)

まかない料理 1/2


私は、この半年間、某レストランで、経理の帳簿付けなどを、データベースでPCで入力できるようなプログラムを組んでいた。

全然、料理には関係しなかったが、レストランでのバイトというものを経験して、結構楽しかった。
一番楽しいのは、やはり、賄いである。
レストランというところは、従業員の食事を自前で作る。
今の時代、弁当屋で買って来てしまえば早いと思うのだが、やはり、そこはそれ、どんなレストランでも、まだ、入り立ての若い子を鍛える場として、賄いを利用しているし、余った食材や不意の客に備えた食材などを上手く回しているのだと思う。
(例えば、じゃがいもだって、にんじんだって、客に出すようにきれいに切ると、無駄が沢山出る。)

辛かったのは、賄い料理というのは、中々時間ぴったりにはできないもので、昼のお客様で混んでいるときなぞは、4時頃に昼食を食べるということであった。
こんな事態は、生まれて初めてであり、それを何回も経験した後、私はどうも、空腹になると、他の人より、元気がなくなり、思考回路がストップしやすいことを強く感じた。
(一緒に働いていた人が、「まりこさんたら、お腹が空くと、シュンとしちゃって、小さくなっちゃう」と笑いながら、言っていた。)
良く言えば、私は、PCでプログラムを組み立てる頭脳労働者だから、どうも血中糖度が下がると、頭脳に糖分が回らなくなって、頭脳の働きがストップ、プログラムが組むのに必要な理論的なことが考えられなくなるようである。(何ちゃって、本職のプロのプログラマーが聞いたら、「甘い」と言われるかも知れない。)

さて、賄い料理だが、何でも、賄料理で、腕の上達度がわかるし、どんな工夫をしているかがわかって、その人の成長度を見ることもできると言う。

いつも美味しいものばかり食べていたかというと、そうでもなかった。
この半年間、殆ど同じ男の子が作っていたが、出身が、山国で、元々育った環境が塩がきついのか、初めの頃は、辛かった。
何か月かするうちに、味が段々薄くなってきたけれど、確かに、半人前の腕の人の料理を黙って食べるというのも、結構大変と思った。

また、その男の子は、よくよく聞いてみると、調理師学校に入るまで、家で一度も包丁を持って料理をしたことがなかったとのこと、料理は、調理師学校でちょっと習っただけらしいことがわかった。
それ以来、過大な期待は控え、ひたすら、彼に料理をする機会を与え、美味しかったら、美味しかったと言い(不味いときは黙っていた)、彼を成長させるのが、食べる人の役目と思い、大人しく食べていた。(それに、まだ、入って数ヶ月の人が文句言えないもの)

賄い料理の他、お弁当の仕出しやパーティ料理があったとき、ドンピシャの数字を作るわけではないので、残ったお客様用の料理が並べられ、まだ、料理歴1年半くらいの男の子の料理の合間に、それらをつまみ、「やはり、お金を取れるコックさんの作る料理は美味しいわい」と黙って味わっていた。

最近、賄い料理に関する本が良く出版されているが、ま、レシピ自体問題はないのだろうが、やはり、料理の味は、作る人のセンス(=ある程度の長さの「どうにか上手く料理を作ろう、どうしたら美味しい物ができるか工夫した」歴)が必要だと思う。

それにしても、もうすぐこのバイトを辞めるのであるが、改めて、どんなに塩辛くとも、食事を作ってくれる人がいて、出来上がるのを待っているだけという立場は、やはり、極楽であったと感じている。
この極楽さを手放すのは、ちょっと惜しいが、今が辞める良い潮時だと思っている。



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2001年09月26日(水)

まかない料理 2/2


この前、築地に行ったときに、「まかない料理 名シェフ直伝」という本を買ってしまった。
料理がすべて美味しそうに見えたのだ。

だいたい、名シェフがお店で出す料理を真似するのはとても大変。
その点、まかない料理なら、そのエッセンスや知恵だけを真似できそうな気がしたのだ。

「あれも作ってみたい、これも作ってみたい」とは思いながら、この1週間、何も作っていない。
でも、本を見ているだけでも楽しいので、持ち歩いてずっと眺めている。
つられて色々なアイディアが浮かんで来る。
ヒントになる部分がものすごく多い本だ。

図書館の検索で探してみても、以前、本屋で見た記憶でも、色々なまかない料理の本が出ているようだ。

私の買ったのは、

まかない料理 名シェフ直伝
廣済堂出版 1500円

本の中に、熊谷キハチさんが、「料理人になろうと決心したきっかけとなった料理」が載っていた。
その「カニとライスの熱々スフレ」は、ホワイトソースを作って、ご飯とカニを混ぜ、冷ましたら、卵白のメレンゲと混ぜて、スフレ型に入れて、オーブンで焼く料理。
とても美味しそう。
以前、熊谷喜八さんの自伝を読んだら、アフリカ人の友人がお腹が空いているだろうと、冷蔵庫の有り余りの材料でさりげなくこの料理を作ってくれたとか。
確かに、有り余りの材料でこのような料理作ってくれたら、本当に感激するだろうなと思える。

時間が出来次第、何品かこの本から作ってみたい。



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2001年09月27日(木)

いってらっしゃい


甥たちは、野球チームに入っているのだが、そのチームの子供達だけで、焼肉の食べ放題に行くことになったそうである。
それが楽しみで、2,3週間前から、話題に上っていた。

場所は、御徒町と秋葉原の間の山手線のガード下にあるハナマサの焼肉屋とのこと。
我が家で、そのお店に行ったことのある者は誰もいなかった。

その日が来た。
焼肉に行く時間を潰している甥2に遭ったので、「ハナマサ、美味しかったかどうか、後で教えてね」と話したら、「うん。たれの味も覚えてくる?」と聞くのだ。
(この子は、やはり、良く気が回るものだ)
思わず、苦笑して、「いいよ、いいよ、そんなに熱心に覚えてこなくても。まずはね、お友達と楽しく食べることを熱心にやってきてね。それで、力が余ったら、色々覚えてきてね」と言ったら、嬉しそうに頷いた。

この子は、良く味を言葉にするけれど、この子でも、味をちゃんと吟味して、評価を言葉にしようとしたら、結構、食べ物に神経を集中させているのかも知れない。
いいよ、いいよ、そういう味わい方は、家の人と一緒のときだけで。
せっかく、子供同士で焼肉パーティなんて、たまにしかないのだから、味より何より、友だちとワイワイ楽しく、沢山食べておいで、と、送った私であった。
(味がわかる人間になることも絶対忘れてはいけないけれど、まずは、他人様と楽しく快適にご飯が食べられるようにならなくては。それも場数踏まないと慣れないものね、今日はその第一回目だ。)



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2001年09月28日(金)

栗の煮方 1/2


アルバイトのレシピ書きで、栗を煮てみた。
栗を甘く煮て、潰して、モンブランを作ろうと思ったのだ。
モンブランにはスポンジケーキが必要。
でも、世の中一般、自分でスポンジケーキを自由に焼ける人というのは少ないのかも知れないと思ったら、「市販のスポンジケージを使おう」と思いついた。

しかし、大きいスーパーを2つ、3つ覗いたが、売ってないようだ。
以前、甥たちのお母さんが買ってきたのを覚えていたのだが、どうもこういうものは、クリスマスシーズンにしか売っていないものかも知れないと、思い直す。

こうなったら、カステラに頼るしかないなと思いながら、デパ地下を歩いてたら、ちょうど手頃な、家庭用の重々しい箱なんかに入っていないカステラがあったのだ。
お値段380円、まあまあ、手頃かなと思うが、スポンジ焼ければ、100円程度の費用しかかからないから、やはり、高い。
でも、手間を考えたら、ま、こんなものかと、またまた思い直す。

それにしても、世の中の色々なお菓子の本を見るけれど、カステラをスポンジ代わりにしたレシピというのは、見たことがないように覚えている。
う〜ん、何か欠点があるのかしら?
もしかして、スポンジに比べたら重いから、厚さを二つに切って、そこの生クリームを塗って重ねても、時間が経つと、沈没するのかしらと不安になる。

でも、カステラ使わなくては、「簡単にできるケーキ」は、出来そうもない。
いいよ、いいよ、出来たら直ぐ食べなくてはいけないケーキになっても、少しくらい沈没するケーキでも、いつもケーキなどは作らないお母さんが作ってくれたケーキなら、きっと、喜ばれるだろうと、思い切ることにする。

栗もいいもんね、きっと、殻付きの栗を剥いた方が美味しいのかも知れないけれど、もう剥いてある栗を使おうと思った。
多くの人が、私のレシピを見て、「私にも作れそう!」と、手が伸びることが第一だから。

いざ、カステラを買ってみると、本当は、厚さ1cm程度に切ったカステラを直径5cm程度のセルクルで丸く切り取って、1人1個の小さなケーキにしようと思ったのだが、うん、これも面倒、しかも、カステラはきれいな立方体なのだから、この形を生かして、ちょっと小さ目の長細いケーキにすることに変更。
(モンブラン風にしぼり出すのもこれまた面倒だから、栗を粗く刻んで、それをケーキの上で飾るだけにすることにした。)

先日、合羽橋の新井商店で買ったセルクルが無駄になるけれど、ま、腐るものではないから、これまた、いいか〜である。
レシピ書きのためのお料理の構想というのは、実際に材料・道具揃えを始めると、頭の中でのイメージ通りに揃うわけなく、自動的に相当軌道修正されてしまう。
道具も材料もいっぺんに揃えられればそれに越したことはないけれど、そういうことのほうが少なく、結構、無駄が多い。



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2001年09月29日(土)

栗の煮方 2/2


栗の煮方について、研究してみる。
2,3冊の本に共通していたのは、「ミョウバン」を使った煮方である。
その本のやり方に従って、1時間ミョウバン水に剥き栗を浸けておいて、引き揚げて洗って、真水で煮た。
竹串が通るくらいになったら、火を止めて、お湯が被るくらいかどうかをチェックして、砂糖を入れて、一旦沸騰させて、蓋をして一晩そのままにしておいた。

翌朝、味見したら、美味しいの何のって、とても感激的な味であった。
栗の香りと味が口にふわっと広がり、とても良い出来、市販の甘露煮とは比べ物にならない味で、今まで、この甘露煮を作ってみようとしなかったことが惜しまれるくらいだった。
今まで、私は栗を丸ごと蒸して、蒸しあがった物を二つに割って、中をかき出して使っていたのが、このやり方よりも、ミョウバンに浸けておいた剥き栗の方がストレートに栗の長所が引き出されているような気がする。
これだったら、甘露煮を沢山作って保存しておけば、お正月の栗きんとんの自家製も夢ではないと思った。
(今の季節に自分で甘露煮を作っておけば、市販品より美味しくて、安く上がる。)

きっと、ミョウバンに浸けておいたことが、アクを抜いたのだろうと考えていたが、調べてみると、そうではなかった。
栗ご飯に関するレシピには、ミョウバンを使わず、栗の甘露煮になると使う場合が多いのが不思議だったので、「ミョウバン」「アク抜き」などをキーワードに色々調理科学的な本を調べてみた。(栗のアク抜きなどについて、まとめて書いてある本というのはなかった。)

調べた結果、だいたい、以下のような結論になると思う。

1.栗のアクは、水に浸けておけば、取れるようだ。
  (栗ご飯のときにも、水に30分くらい浸けてから、使う)

2.栗の甘露煮のときのミョウバンの役割は、煮崩れしないようにすることだそうだ。
  (だから、栗ご飯のときは煮崩れる程のお水もないので、ミョウバンを使う
   必要はない。)
  (また、経験上の話であるが、ミョウバン水の中に浸けておいても栗のアクも
   取れるようである。)

栗って、天津甘栗のイメージもあって、殻付きの丸ごとの方が美味しいと思っていたけれど、実は、アクが強いから、抜いてから煮た方が味わいが深くなるものだとわかった。
(天津甘栗の場合は、炒ることにより、アクが抜けるのだと思う。)



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2001年09月30日(日)

インスタント料理研究家 2/2


9月の初めに、「インスタント料理研究家 1/2」を書いてから、ずっと考えていた。

私は現在のところ、プロになる程の腕もなく、チャンスもなく、それでも、お料理が好きだから、これからも趣味的に、本を買ったり、料理を習いに行って、面白そうな食材を買って、美味しい店に食べに行って、働いたお金を貯金せずに、料理に使うだろう、それでいいのかなと、考えていたのだ。

ま、結論としては、嫌も悪いもなく、自然とそうなってしまうのだから、仕方ないというのが結論か。

それにしても、私ももう行く末が見える年になって、このまま、お金稼いで、料理と食べ物のことに使って、そして、自分のプライペートなところでしか、その成果が発揮できなくて、それでいいのかという思いもある。
私が料理を作れば、家族は喜ぶけれど、何の金銭も生み出さない。
それでも、それを生産的なことと考えてもいいのかな?とも思う。

が、しかし、世の中の全般の殆どの人がそんなものなのかも知れない。
「趣味の範囲」とは言えども、人生傾けて熱中した趣味人というのも多いだろう。
その人たちも私も、自分が楽しかった、悔いはないと思って死ねればそれでいいのかしら?と思う。
良くわからない。
(反面、料理本を生涯に1冊出せれば満足かというとそんなこともないのだ。)

私は嫁に行かなかったのだが、若いとき、母親から、「世の中に、あんたみたいに、女性が一生結婚しなかった人なんていないのだから」と、脅かされたことがある。
こういうことを言われると、私はものすごく冷静で、心の中で、「それは、お母さんが知らないだけだね。どう考えたって、江戸の昔から、長屋でひっそり死んでいった婆さんが一人もいないなんてことはある筈ない、沢山いた筈だ」と思ったのだ。
親から、「そんな人は世の中にはいない」と言われたときに、「そうか、世の中、皆、嫁に行くのが当たり前なのだ」と思えれば、私も結婚してたかも知れない。(笑)

果たして、今回も、私のように、趣味に生きて、無名のまま死んだ人も今まで沢山いただろうし、これからも沢山いるだろうと想像できたら、ま、私もそのうちの一人に過ぎなくてもいいかという気になってきた。

どちらにしろ、自分が料理研究家になる実力もないうちから、そう心配することもないかも知れない。
(世の中には、私より料理がうまい人なんて、五万といるはずだ。)

この1か月で新たに考えついたのは、私は、シロウトの料理研究家であることには間違いなくて、今後も研究してしまうだろうと思う。
だったら、どうやったら、プロになれるのか、考えたら、私の好きな料理を作れることではなくて、スポンサーの気に入るような料理を作れる人になることが一番早いのだろうと思ったのだ。
(しかし、道具にも食材にも相当自分なりのこだわりのある私に、スポンサーがつく可能性も低い。)

8月に集中して料理のアルバイトしたおかげで、相当、料理を工夫する癖がついたような気がする。
プロになれないから、止めるのかというと、それもできないし、これからも今まで以上に、料理を作ったり、考えたり、文章を書いてしまうと思う。



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