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「美味しい!」が好き

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1999年05月01日(土)

お祭 インビテーション


お祭りが近くなってきた。
お祭りに誰を呼ぶかは、各家々によって、当然だが、異なっている。
我が家は商売をしているので、親戚に限られている。
未だかって、友達を招待したことはないのだ。
一度、三社の友人の家に行ったことがあるが、おにぎりやおいなりさんが沢山盛られた皿が沢山あり、不意のお客に対応できる体制であった。
我が家のお祭りの体制は、そういう形に程遠い。
ま、商売があるから、しょうがないやと諦めるしかない。
しかも、代々長男の家だから、自然と、お祭りに遊びに来るのは、父方ばかりである。
(母方は、近所に別の親戚があり、我が家で呼ばなくても他に呼ぶべき家があることもある。)
家長制度、賛否両論あるだろうが、我が家は、先代まで「ザ・家長」の下の家だったのだ。
父方ということは、全員、我が家で生まれて育った人の末裔ばかりとなる。

今年は、法事のときに、「お祭 インビテーション」を行った。

★叔父が死んでから、疎遠になって、このうん十年、お祭りに来ていなかった
 従兄弟
 (嬉しそうな顔をして)
 「僕、真理ちゃんの家の近所に友人がいて、『おれんちの方の祭りはすごいんだ
 よ、一回来てごらん』と言われたことがあるんだ、『冗談じゃない』と思ったよ。
 『僕のおやじは、その家より、鳥越神社に近いところで、生まれて育って、僕だって
 小さい時は良くお祭りに来ていたんだよ』と言いたかった。」
 彼の家は、墨田区であるが、「うちの方もお祭りがあるけれど、小さい祭りだし、秋
 なんだよね。結局収穫祭になってしまうわけで、やっぱり、祭りは、梅雨前の夏
 祭がいいと、思っていた」とのこと。
 長い間、呼ばなくてごめんなさいね、呼ぶと返って迷惑かとも思っていたもので。

★従姉妹
 (嬉しそうな顔をして)
 「あ、本当、良かった、誘ってくれて。実はね、うちの人がお祭りが大好きで、この
 前から、まだ、『今年も来てください』と言われないのかと聞かれていたところで。
 悪いはね、でも、宜しくね」
 ここのご主人は、本当にお祭りが好きで、三社も、遊びに行くそうである。
 お祭りは、喜んで来てくれて、楽しんでくれることが一番です。

★従姉妹の子供
 (この子は、確かお祭りには来たことがない。現在20才、自分で色々なところを
 遊びに行くような年頃になり、「浅草が気に入った」と言っていたので、「お祭、来
 る?三社の隣の鳥越というお祭りなの。縁日があって、御神輿が出るのよ」と聞いた。

 (一瞬、目にきらきらっと星が飛んだ後に)
 「え、本当!絶対行く」であった。
 浅草が好きなんて、さすが、血の1/4は、我が家だね、嬉しいね、である。
 この子は、お料理が好きだから、早めに来てもらって、自転車を貸して、合羽橋に
 行ってもらおう。
 日曜日だって、ちょっとはお店が開いているから、ま、楽しめると思う。

もう一人の6か月の赤ちゃんを抱えている従姉妹の娘には、「早く来て、東日本橋の赤ちゃん本舗に行くといいわよ」と言わなくては。
この子は、この前、生チョコ教えてあげたのに、温度計と製菓用のチョコレートが家の近所で売っていなかったから、作れなかったと言っていた。
温度計とチョコレートを買っておいてあげようかしらと思う。

さて、さて、今週末から、下谷神社、三社、神田明神と祭りが続き、一週置いたら、いざ、鳥越だ。
何をごちそうするかボチボチ考えることにするか。



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1999年05月02日(日)

祭り好き


私は、はっきり言って、お祭りには、興味がない。
自分から主体的に楽しむことができない立場なのである。
宮出し・宮入、縁日、浴衣、はっぴ、祭囃子、皆、私には無縁だ。
家の前を通る御輿、担ぎ手の衣装を家から眺めながら、祭り気分を味わう。
家の前に出ると、鳥越の縁日が見えるし、縁日に何度も通う甥たちの買ってきたものを見ては、世間はお祭りなのだなと思う。

「お祭り」というと、たいていの人は、興味があるらしい。
昨年、ある料理MLのために鳥越祭の写真を撮り、発表したときに、全国から、「行ってみたいわ」の声が沢山届いた。
お祭りは、行ってみないと、全容がわからないものかも知れない、テレビのニュースで切り取った一瞬だけを放映して、ムードを伝えるけれど、それだけではわからないものなのだと思う。
美空ひばりの「ねじり鉢巻き、揃いのゆ〜かた、何が来ようと、ワッショイ、ワッショイ、ソ〜レ、ソレ、ソレ、お祭りだ〜」という雰囲気なのである。<裏覚えなので、一部、歌詞が間違っている可能性あり>(それにしても、この歌詞も曲も、本当に良くお祭りの雰囲気を伝えている名曲だと思う。)

土曜日の午後5時から本格的に御輿が出され、近所を自転車で走り回ると、いたるところに御輿が繰り出されて、本当に、「何が来ようと〜、ワッショイ、ワッショイ、ソ〜レ、ソ〜レ、ソレ、お祭りだ〜」という感じである。(因みに、「ワッショイ」と言っては担がない)
江戸の夏祭は、地域が限られているし、数が少ないので、人気がある。
威勢がいいから、皆、できたら、見たい、参加したいと思うらしい。
私にとって、「お祭り」は小さい時から、ある日突然、「目の前で始まってしまうもの」でしかない。
好きも嫌いもへったくれもない、ただ、ただ、6月になると、始まってしまうものでしかないのだ。

しかし、お祭りが好きでないと言いながら、文京区や杉並区に住んだときに、秋祭りの淋しさを見て、「あ、こりゃ、私には向かない」と思った。
全ては比較の問題で、そこに長く住んでいる人にとっては、それでも楽しくて、賑やかなお祭りかも知れないけれど、やっぱり、夏祭が当たり前の者にとっては、秋祭は、淋し過ぎると思ってしまう。
「村の鎮守の神様の今日はめでたいおまつりだ〜、ドンドンヒャララ・ドンヒャララ〜」は、どうも私の波長に合わない。
しかし、「朝から聞こえる笛・太鼓」という歌詞には、思わず、うなずいてしまう。



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1999年05月03日(月)

生クリーム


ある日、突然、生クリーム好きの甥1が言った。
「僕、舌が変ってしまったみたい、今日、ファミレスに行ったら、生クリームを美味しいと思わないで、お肉の方が美味しいと思ったんだ」と言う。
こういうことをおばちゃんに報告すること自体、おばちゃんの教育が行き渡っていると、喜ぶ。

でも、良く考えると、ファミレスの生クリームは、脂肪が全て乳脂肪ではなく、全部植物性か、植物性と乳脂肪の混合タイプの可能性がある。
「それは、舌が変ったのではなくて、いつも家で食べているのと違った生クリームを味わったことを舌が感じ取ったのよ」と説明した。
「あのね、おばちゃんは、ファミレスで甘いものを余り食べたことがないから、ファミレスの生クリームがどんなものかよくわからないのよ。
おばちゃんだって、ファミレスのメニューで美味しそうなデザートがあると、食べようかなと思うはあるけれど、どういうわけか食べたことないの。
今度、あんたの謎を解くために、ファミレスで生クリームをなめてみなくちゃね。
多分、おばちゃんのお菓子の生クリームとは違う種類なの。」

どうやら、私の推理は当たったようで、私の作ったケーキやシュークリームのクリームは、以前と変わらず、「美味しい、美味しい」となめている。

確かに生クリームは、植物性が入るかどうかで全く味が違ってしまう。
健康を考えたら、植物性がいいのかも知れないが、味から行ったら、やっぱり、乳脂肪だと思う。
乳脂肪の生クリームを食べる時は、回数が多くならないように気をつければいいと思う。

ところで、生クリームの泡立て(勿論、乳脂肪)だが、コツというものがあるのだろうか?
私の場合、自分で色々試行錯誤した結果、電動ミキサーの弱の力で、ゆっくりのんびりかき回すのが一番良いような気がする。
泡立て器で泡立てる方がいいという人もいるけれど、ある瞬間、急に生クリームが固くなってしまうときがあって、この方法は余りお進めでないと思う。
固く泡立ててしまうと、生クリームが広がらずに、ケーキ一面に広がらず、きれいにデコレートできない。
その点、電動ミキサーの弱でタラタラかき混ぜ、大分筋がつくようになったら、電動ミキサーを外し、ゴムベラで大きく何回か混ぜて、もうちょっと固めにする程度の方が、広がっていいと思う。
乳脂肪の生クリームは、使い過ぎに注意というわけではないが、200cc1パックで最大に使おうと思うと、やっぱり、緩めの出来上がりがいいと思う。


もちろん、100cc程度の生クリームなら、電動ミキサーの羽根を1本にして、かき回した方が、うまくできると思う。



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1999年05月04日(火)

初夏に食べたいもの


ちょっと気候が良くなると、仕事の後で、冷たいものが食べたくなる。
よく言われるのが、会社帰りのビールだ。
私の場合、ビールも拒否しないが、できたら、会社からの帰りの「暑いな」と思った日には、美味しいざる蕎麦か、生姜の利いた冷や麦か素麺が食べたいと思う。
お蕎麦ならワサビや小口の葱の美味しさ、素麺なら生姜のすがすがしさを添えて、冷たい麺が、冷たいつゆとともに喉をツルッと通る涼しさ、これがたまらないですな、と言いたいところだが、会社帰りにお蕎麦を食べようなんて誘っても喜ばれるとは思われないので、「たまらないですな」とか、想像しながら、スゴスゴ帰ってくることになる。
人それぞれ、ちょっと気候がよくなった時、会社帰りに食べたいものは、きっと違うと思う。
人によっては、ソフトクリームが食べたい、アイスクリームの入ったあんみつが食べたい、ビールが飲みたいとそれぞれが心の中に、自分の希望を持っているような気がして、おいそれと人を誘うことは悪いような気がする。
アイスやビールも喉ごしの美味しさだけれど、やっぱり、冷たいお蕎麦の喉ごしの美味しさが格別だと思う。
こう書いているだけで、冷たくて、固めに仕上がったお蕎麦を冷たいつゆで食べたくなってきた。



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1999年05月05日(水)

浅草の謎


最近、MLで、明治時代の上野広小路が都会であったかどうかという話題があった。
私は、上野には動物園があるし、動物園のある地域は都会ではないのではと思ったのだ。
その後、昔買った、「江戸・明治・現在の上野・浅草」という本を持っていることを思い出し、それを見てみた。
上野広小路は、江戸時代から、民家が密集したちゃんとした町であった。
ちょっと行くともう、お寺とか武家屋敷があったものの、地図の感じでは完全な町である。
どのくらい都会かはわからないが、神田の隣だし、良い線を行っていたのではないか。

では、どうして上野に動物園があるのか?
本によると、江戸時代、上野の山は寛永寺のものだったそうで、誰も住んでいなかったのだ。
だから、自然が沢山あって、動物園を作ることができたのだろう。
上野の山の周りは、広小路方面を除いたら、文京区の方、荒川区の方が田圃だったので、動物園を作っても安全と判断されたのかも知れないと思った。

その本を見ていて、もう一つ発見をしたのだ。
明治の初め、浅草寺の裏手が田圃だっったのだ。
これで、どうして、浅草には、どぜう屋さんがあるのか、謎が解けた思いである。
聞いたところによると、どぜうがお店の料理にまでなっているのは、東京下町だけとのこと。
どうして、浅草にどぜう屋があるのか、どうしてもわからなかったのだ。
しかし、この地図を見て謎が解けた。
産地が歩いて15分程度のところにあったから、どぜう屋が成り立ったのだ。
浅草の他にも、江東区の方にもどぜうの老舗があるが、きっと、浅草と事情は同じだったのだろう。
東京が膨張して大きく成り出したときに、身近に材料があったからこそ、どぜう屋ができたのだと思う。

それにしても、明治の初めに浅草寺の裏が田圃だとは気がつかなかった。
そこを考えると、明治以降、浅草というのが、盛り場として発展し、北の方が埋め立てられ、町に変わり、異様に食べ物屋が増えたから、合羽橋が浅草の近所にできたということも言えるかも知れない。

では、歴史的に浅草はなんで発展したのだろう。
明治の頃、仁丹塔という高い建物が人気を呼んだとも聞いたし、戦前は、浅草六区でオペラや活動写真が盛んだったと聞く。
浅草は、江戸のイメージで売っているが、実は、明治からの発展かも知れない。
但し、江戸から第二次世界大戦まで、東京庶民の暮らしぶりは、大して変化がなかったというから、そういう意味では本当に「江戸の町」なのであろう。



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1999年05月06日(木)

フープロのシュー


昨日、「フードプロセッサーでお菓子革命」(講談社 著者:加藤千恵 1700円)の中から、シューを選んで作ってみた。

この本は、フードプロセサーを使いこなして、簡単で美味しいお菓子を作ろうというところが気に入っており、お勧め。

実際にシューを本の通りに(分量は半分で)作ったのだが、本当に簡単にできた。
ただ、確かに手や他の道具で行う作業は簡単になるが、意外と難しいと思ったのは、フードプロセサーからタネを出して、絞り袋に入れるところである。
ここの部分は、慣れなくてはうまく行かないと思った。
私は見事にこの部分が下手で、相当多くのタネをフープロの容器と絞り出し袋に残してしまった。

★分量
 10個分(30cm四方程度のオーブンの場合は、この数が限度だと思う)
 無塩バター 30g
 グラニュー糖 小さじ 1/4
 塩      小さじ 1/8
 水      50cc
 薄力粉    35g
 卵      1〜1.5個(ここの頃合いが難しい)

作り方は簡単である。
 1.まず、オーブンを200度にして火をつけて温めておく。(シューの場合は、
   初めの温度も大切かなと思うので、早めにセットしておく)
 2.水にほんのちょっとの塩と砂糖を入れて、バターを入れて、火にかけるのだ。
 3.沸騰してバターが解けたら、火を止めて、ふるいにかけておいた小麦粉を入れ
   て、かき混ぜる。
 4.そのまま、フープロに入れてガーっとして、その後、卵液を少しずつ入れては、
   ガーとする。
 5.割と堅めで良いようだが、卵液を入れたら、2分間、回転させ続けるのだ。
 6.出来上がって滑らかになったものを絞り出し袋に入れて、オーブンの天板に、
   クッキングシートを敷いた上に、丸く絞って行く。
 7.6ができたら、霧吹きで、シュッシュと霧をかけて、オーブンに入れる。
 8.オーブンはとりあえず、10分に合わせて、膨らみ具合を見る。
 9.十分膨らんだら、170度に落として、合計20分焼くこととする。

10.こんがりきつね色になったら、出来上がり。
11.オーブンから出して、クーラー台にでも乗せ、冷ます。
12.すぐに使わない場合は、ビニール袋に入れ、口を堅く結んで、湿らないようにし
  ておく。
13.長期の保存は冷凍庫がいいようだ。

絞り出し袋にうまく詰める前までは、本当に簡単だし、よく膨らんでとても良い作り方だと思った。
シューは温かいうちに焼かなくては、うまく膨らまないと言う話を聞いたことがあり、あせったが、そんなに焦らなくても良いかも知れない。
初めから、フープロの容器から、きれいに手早くシューのタネを集めるこつと、それをうまく絞り出し袋に入れることを研究すれば、きっと、完璧な作り方になるだろうと思った。



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1999年05月07日(金)

苺のシュークリーム


バーミックスの会社からパンフレットを送ってきた。
その中に、苺をつぶして、生クリームと混ぜて、シューに納めるお菓子が載っていたので、真似してみた。
初め、苺の酸味がうまく混ざるかしら、分解しないかしらと心配で少しずつ混ぜたが、全然、変化なかった。
苺はスプーンでつぶしてもいいかも知れないが、フープロで大きめのを4つ粉々にした。
生クリームは、100cc、砂糖は、10g程度。
(余談であるが、大さじ1はいの粉砂糖を量ってみたら、10gだった、これは覚えやすくて良い)
これを電動ミキサー羽根一本でたらたらかき混ぜ、線が浮くようになったところで、ゴムベラに持ち替え、大きくかき混ぜ、好みの堅さにした。
そこに三回に分けて、苺を入れては混ぜたが、何の問題もなかった。
甥たちは、またまた、美味しいと食べていた。
ただの生クリームにまるごとの苺より、こちらの方が美味しいかも知れない。
冷蔵保存して翌日食べた者に聞いたら、味は変わっていなかったということで、日持ちもまあまあかも知れない。
栗の季節になったら、栗を細かく刻んだり、メロンも細かく刻んで混ぜると、美味しいシュークリームができそうである。



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1999年05月08日(土)

旬の野菜 そら豆


余談であるが、苺の季節が終わってしまいそうだ。
浅草のスーパーに行ったら、苺が一つも陳列棚になかった。
近所のスーパーで苺を見たら、4パック800円があったが、あまり品物が良くなかった。
しかし、今回を逃したら、当分安い苺は手に入りそうもないので、買って、凍らせてしまった。

4,5年前に、そら豆・枝豆の塩茹でが食卓に出ると、一人でぱくぱく食べてしまい、私の前には、豆のさやの殻が山積みになっていることを発見した。
それまで、間抜けな話しだが、自分が塩茹でした豆が好きだと意識したことはなかった。
「好きなものは?」と聞かれれば、小さいときは、「海老グラタン」だの、大きくなってからは、「味の調和が取れて完成度の高い食べ物」なんて答えており、自分が豆が好きだと意識したことは、余りなかった。
「何かを食べて美味しいと思うからその食べ物が好き」という過程ではなく、ある日、自分の目の前にできた殻の山を発見して自分がその食べ物を好きだ」と発見することもあるのだと、理解した。

しかし、私は小さいときからそら豆が好きだということは意識していたし、家庭でも有名である。
ただ、それは「食べると美味しい、美味しい」という好きで、決して、「この子は、そら豆を食べ始めると、手が止まらなくて」という量的な好きさ加減ではなかった。

現在でも、枝豆よりそら豆の塩茹でが好きである。
枝豆も美味しいけれど、そら豆は塩茹ですると、独特の臭みがあって、あれが美味しい。
特に我が家の茹で方が好き。
そら豆のお尻に包丁で少し切れ目を入れてから、塩茹でするのである。
我が家のそら豆は、そんなに塩っぱくないけれど、こうやってそら豆に傷を入れて茹でたほうが、薄い塩味が豆全体に回って美味しいのだ。
どうして、他の家庭やお料理屋さんでは、このようにしないのか、不思議である。
多分、初めは熱いお湯で茹でて柔らかくなったところで、塩を入れるのだと思う。

フランス料理の本を読むと、そら豆のポタージュが美味しいとか、中華でもそら豆の炒め物が載っていて、一瞬作ろうかなとも思うけれど、そら豆の美味しさは、やはり、塩茹でだから、一回も作ったことがない。
美味しいけれど、美味しい期間が短くて、しかも値段が安くない。
これからも、塩茹でして食べるしかないと思う。
6月の声を聞けば、そら豆は固くなり、まずくなってしまうから、今のうちに、せっせかっせか食べなくてはと思う。



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1999年05月09日(日)

ガス台の汚れ


スーパーの台所用品売り場に行くと、アルミでできたガスコンロ用の汚れカバーを売っているから、ガス台が日常的に汚れるのは、私だけではないと思う。
なんで、ガス台が汚れるのかよくわからなかった。
以下は、私の勝手な推測であるけれど、きっと、こうやってガスコンロは汚れるのかなと思うことがある。

ガスというのは、炎の中に水蒸気を含んでいるとのことだ。
その水蒸気が、鍋の底にあたると、鍋の底の汚れが、水蒸気で浮き出て、それが、ポタっとガスコンロに落ちるのではなかろうか。
こんなことに思い至ったのは、海苔をあぶる、魚を焼くときに、「ガス火は水蒸気を含んでいるから、焼くのに適さない」と聞いてからだ。
同じように汚れに繋がるのは、底をよく拭かないで、ガスにかけた場合、やっぱり、水と熱で底の汚れが浮き立ってくるのではないかと思う。
そう考えついてからは、今まで以上に、鍋の底を丁寧に洗うようになったし、濡れたまま、ガス火にかけるようなことはしなくなった。
(以前は、中華鍋など、洗ってすぐ火にかけ、水滴を乾燥させていた、今、考えると、汚れの原因を自分で作っていたのかなと思う。)

そのせいか、以前よりは、ガス台が汚れなくなってきたし、ちょっとでも、しみがコンロについたら、アクリルを編んで作った布で、すぐ拭き取るようにしている。

ちょっとした手間で、後々大掃除をするようなことを防げるのなら、手間を惜しまないほうがいいと思う。



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1999年05月10日(月)

下町だね


私は、自分が下町の人間だと意識していなかった。
何故なら、回りが皆下町の人ばかりだったからだ。
意識するようになったのは、やはり、大学や会社という全国から人が集まるところに通うようになってからだと思う。
下町らしい、というのは、何を意味するのであろう。
人情溢れる、人懐っこい、何が下町らしいかは、人によって、イメージは異なるかも知れない。

私が日頃下町に暮らしていて、「下町だね」と思ったお話を。

★製麺所
週に一度、必ず買いに行く製麺所では、必ず商店街のスタンプをつけてくれる。
糊もついていないし、台紙も持っていない、食事の支度をして食べて、落ち着いてから、台紙にスタンプを貼る趣味もないので、毎回、断っているので、毎回、つけてくれるのだ。
あるときは、台紙もくれた。
そのときは、「じゃ、今回は、もらっていくわ」と言うものの、その後もいつも断り続けているのだ。
それでも、おじさんは、絶対にスタンプをつけないことはない。
おじさんは、絶対に、私のような怠け者に負けないのだ。
それは、お坊さんや聖職者のように、断固として、「得になることは、ちゃんと、真面目に行え」ということを、お説教ではなく、スタンプを毎回渡すことで、私に教えているのだ。
暫くして、台紙もまたくれた。
このスタンプ集めれば、ちゃんと色々買えて家計が助かるのにと思うと、おじさんはもったいなくてしょうがないようだ。
こんなことが半年近くも続いているので、根負けして、スタンプを貼ろうかなという気になってきた。
正しいと思ったら、頑固に貫く、その姿勢が本当に下町だねと思う。

★魚屋さん
下谷神社のお祭りの日に、魚屋さんで、茹でた毛蟹を売っていた。
今年の冬は食べ損なっているので、買う気になったが、春の毛蟹は、味噌が少ないことがある。
魚屋のおじさんに、「この毛蟹、味噌がたっぷり入っている?」と聞くと、「はい、私の頭より、沢山入っています」と言われてしまった。
思わぬ冗談がとても面白かった。
そう言われると、買うしかない、おじさんの頭よりたっぷり入っている味噌を少ないと見做したら、おじさんを馬鹿にしたことになる。
買った毛蟹は、ちゃんと味噌が沢山入っていた。
こういう冗談も下町っぽくて、楽しい。
落語のような冗談が「下町」である。。



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1999年05月11日(火)

新鮮


小学生が家にいるということは、私に「新鮮」をもたらしてくれる。
5月の7日の金曜日の夜に、甥1に会ったのだ。
甥1は、嬉しそうな顔をして私に近づいてきて、「まり、内緒話!」と小声で言う。
思わず、「なんだ、なんだ」と耳を近づけると、にこにこした声で、「まりは、日曜日におばあちゃんに何をあげるの?」と小さくささやいた。
そうか、日曜日は、母の日だ、すっかり忘れていた。

「母の日のプレゼントを一生懸命考える」「内緒話」など、甥1の私に対する「小学校の同級生の友達のような態度」は、ただ、ただ、私の中に、「新鮮」な印象を呼び起こした。
忘れていたものを思い出した感じである。
(余談であるが、おばちゃんとお兄ちゃんに結果的に仲間外れにされた甥2は、こしょこしょ話している2人の横で、「え、な〜に、日曜日がどうしたの?」と大きな声で、仲間はずれはつまらないを訴えていた。甥1は、そんな甥2にも、同じことを小声で教え、おとなしくさせた。)
今度の日曜日が母の日であることを忘れていたのは、私だけではない、母も妹も弟もそんなこと、全く忘れて、「連休が終わって淋しいな」と思いながら、暮らしていたのだ。
あんたって、本当にいい子ね、と思う。

なんでも、学校で、母の日にお母さんへの感謝の手紙を書いたそうだ。
それで、まりは、自分のお母さんに何を考えているのだろうと思ったらしい。

人間の味は、食べ物と同じで、年月をかけないとかもしだされない美味しさもあれば、まだ、若くて新鮮な初々しい味もあって楽しいものだと思った。



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1999年05月12日(水)

めんつゆ


私は、市販のめんつゆが苦手である。
結局どんなものを買っても美味しくなく、いつも一回使っただけで、一瓶使い切ることがないので、自然と自分で作るようになってしまった。
私以外の家族は、私程、化学調味料に敏感でない筈なのに、私が一回で食べなくなってしまった市販のめんつゆを食べてくれることはない。
やっぱり、昔ながらの自分で煮出しためんつゆの方が美味しいと感じているらしく、市販のめんつゆには見向きもしないで、私の作っためんつゆで素麺を食べる。

以前は、出汁を取っておしょうゆと味醂を入れてという作り方だったが、去年、参加していたMLで、「だし入りめんつゆ」の作り方を習ってから、夏になると、めんつゆを作るようになった。

暑い最中、冷たいそうめんでも食べようというときに、一から出汁を取るのは、面倒だし、暑いし、冷ますには時間がかかる。
出汁入りのめんつゆを作っておくと何かと便利である。
欠点としは、出汁類と醤油・味醂を水なしで煮るので、醤油・味醂が、削り節などが吸ってしまい、入れただけのしょうゆ・味醂の分量で出来上がらないことだ。
この欠点を除けば、とてもお勧め。
めんつゆの作り方は、また、別の機会に。



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1999年05月13日(木)

煮物


煮物のこつは、熟練かも知れないと思う時がある。
母も伯母も煮物が上手である。
我が家の母は、料理が嫌いだが、煮物は、やっぱり自分で作った煮物が好きで、娘に任せることは少ない。

割と濃い味ではあるが、とても美味しい。

私は、ときどき、薄味の煮物が食べたくなり、本を見ながら、煮物にチャレンジしたくなったりで、たまに、料理本を参考に作るのだが、誉められたことがなかったのだ。
野崎洋光さんの本を見ながら作ることが多いのだが、どういうわけか、出汁たっぷりで煮ることになってしまう。
母が言うには、煮物を煮る時に、出汁というか、水気が多過ぎると、煮ている野菜や魚の甘さが汁の方に逃げてしまい、美味しくできないとのこと。
本当かなと思ったが、かぶのおぼろ煮をひたひたの出汁で煮たら、確かに美味しくできた。
野崎洋光さんのやり方は、プロのやり方であり、本には書いていないこつがまだまだあって、シロウトがなまじ真似をしてもうまく行かないのかも知れない。
余り、失敗ばかりしてられないので、当分の間、ひたひたの出汁で煮物を作ることにしよう。





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1999年05月14日(金)

信心


私は、毎朝、自転車で駅まで通っている。
その道筋に小さなおいなりさんがあるのだ。
最近は、そのおいなりさんの前を通るときに、自転車のスピードを下げて、「私と私の家族が皆、心身とも健康で、しかもお金に困りませんように」と心の中でつぶやきながら、頭を下げるようになってしまった。

別においなりさんでなくても、お寺があったらお寺でも、神社があれば神社でもいいのだけれど、通りすがりのおいなりさんは、とても小さくて、神様までの距離が近く感じられるのが嬉しい。
やはり、広いお寺や神社だと、境内を抜けてちゃんと社の前まで行って作法どおりにお祈りしなければ、神様まで気持ちが届かないような気がする。

なんで、こうなってしまったのかしら、年を取ったからかなとも思う。

もう亡くなったが、我が家の近所の自動車整備工場を経営していたおじいさんは、生前は、毎朝、工場の前に塩を撒き、家内安全を祈っていたそうである。
この年になるとその気持ちがとてもわかる。

人生何が起きるかわからない、そして、私の人生経験や浅知恵では、防御できないようなつまらないこともあるかも知れない、そして、自然災害、交通事故も起きるかも知れない。
何が起こるかわからないのが人生だから、安泰を神様や宇宙に対して祈ることが人間の当たり前の行いなのだ、とわかったのかも知れない。
(考えてみれば、私は、ずっと、「安泰」ではなく、「良いことがありますように」と神様にお祈りしていたと思う。)
また、我が家族のことを守らなければならない人間になったことを自覚したのかも知れないとも思う。

何もこわくなかった若い頃も懐かしいが、自然と神様に頭を下げてしまう今の自分も好きである。

なんて、今日はしんみり、ちょっと、気持ちが暗くて、こんなことを書いてしまいました、さて、ぐっすり眠って、明日からまた元気になろう!



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1999年05月15日(土)

浅草 ジロー


先日の普通の日のお休みに、「浅草のジロー」へ行ってみた。
このお店は、ハンバガーガードッグが450円で、山本益博さんのダイブルによると、スリーダイヤモンドとのこと。
前から、行ってみたいと思いながら、開店時間が午後1時とのことでなかなか行けなかった。

私が着いたのは、午後3時半過ぎ。
お店は、開いているような、開いていないような変な感じ。
ドアを開けると、ご店主らしい方が、「今から開けますので、ちょっとお待ちください」とのことだったので、外で待っていた。

外で待っている間に色々見回すと、なんと、天ぷら屋の多いことか!
よくこんなに天ぷら屋ばかりで、皆やっていけると呆れ返る。
呆れ返ったところで、おじさんが、「どうぞ」と招き入れてくれた。

外も古びているが、中も相当レトロ、床も木(昔の小学校の床のよう)でテーブルも椅子も全て木なのだ。

客席は、4人座れるテーブルが4つあるだけ。
流れる音楽は、クラシックだ。
曇りガラスで、外は見えず、この昭和のバブル前の木で作った部屋にクラシック音楽、何か心が和む。

名物のハンバーグドッグと、ホワヰトシチュウとアイスコーヒーを頼む。
ドッグの種類には、ハンバーグ・卵・ウィンナソーセージ・ポークソテー・カツ・ベーコンがあるらしいが、一番有名なハンバーグを頼まなくてはと思ったのだ。

そのうち、流れる静かなクラシック音楽の中に、チリチリと何かフライパンで焼いている音が聞こえてきた、とても、美味しそうな音。

静寂の中で聞こえる落ち着く音楽と美味しそうな音を楽しんでいると、ホワヰトシチュウが登場した。
薄すぎず濃すぎずのところが、とても上手、また、そのシチュウは、ベーコンの味がとても良く出ている。
食べている最中、口の中に、細かいベーコンの脂身が感じられる。
脂身だけを使っているのだろうかとも思うが良くわからない。
浮いている具がウィンナソーセージの輪切りで、この点もレトロで美味しい。

ハンバーグドッグは、パリっと焼き上げたバーンズに、上からキャベツ・ハンバーグ・ソースで和えたマカロニだった。
こちらは、期待が大き過ぎたのか、美味しいことは美味しかったが、格別、特別に美味しいとは思わなかった。
これは、お店のせいではないのだ、私の場合、パリっと焼いたパンの美味しいホットドッグを割と食べ慣れていて、新鮮ではなかったのだ。(御徒町駅前ライフのホットドッグ)
もし、ライフのホットドッグを知らなければ、もっと、感激して食べられたような気がする。

ハンバーガーとか、ホットドッグの美味しさだけを取り上げるなら、ライフとジローは同じくらいだと思う。
しかし、店のムードやホワヰトシチュウのある点まで含めると、ジローの方が点数が良いような気がする。

ま、ライフは駅前の喫茶店であるから、駅前の喫茶店にしては、美味しいホットドッグがあるお店ということができるかも知れない。
こう書いたが、ライフのホットドッグは久しく食べていない、近々食べにいこうと思う。

ジロー 住  所:台東区浅草1−41−9(ヨシカミと同じブロック)
    電  話:3841−5851
    営業時間:多分、1時からまで20;00まで(途中、お休みが入るようだ)
    定休日 :火曜日

ライフ 場  所:御徒町駅北口駅前の信号をアメ横方面に渡って山手線外側すぐ
    定休日 :日曜祭日



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1999年05月16日(日)

浅草 徳太桜 きんつば


余談だが、昨日、御徒町ライフで久々ホットドッグを食べてきた。
確かにパンの焼き立ての美味しさはジローと同じだけれど、やっぱり、ジローの方が数段上だと思った。

浅草の徳太桜のきんつばをようやく手に入れることができた。
うっすらとした甘さと小豆の美味しさ。
「きんつばって、こんなに美味しいものだったの」という感じである。
以前、エッセイにも書いたように、関西の人たちがわざわざ浅草まで買いに来る気持ちがわかった。
もっと、昔から食べたかったと思える味である。
しかし、同じ小豆と言っても、お店によって味が異なる。
粒餡ではあるが、築地の茂助団子の方が洗練された餡のような気がする、徳太桜の小豆は、もっと素朴な小豆の美味しさだ、どっちが美味しいかというとどっちも美味しい。
買っている最中に、お店の中に、「店舗老朽化のために改装、休みます」との貼り紙があった。
5月17日からもう工事に入ってしまうから、今から行っても見ることはできないけれど、徳太桜さんは、浅草では珍しく本当に古い風情のある木造家屋だったのだ。

秋になったら、どぜう飯田屋と同じに風情のある和風ビルが立っていること、また、美味しいきんつばを食べられることを期待しようと思う。

住  所:東京都台東区浅草3−36−2
電  話:3874−4073
営業時間:10時〜20時
定休日 :日曜日



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1999年05月17日(月)

祭のごちそう


もうすぐ、我が家の方は、浅草鳥越祭なので、お客さんに何を出そうか、考えている。
従兄弟たちに会うときにいつも言われるのは、「お祭りのとき、浅草(=我が家)に行くとさ、お赤飯に切りイカがあって、枝豆もすいかも、山のように盛られているんだよ、あの山盛りが嬉しいね」と言われる。
祭料理の魅力は、大皿で山盛りのようである。

江戸の夏祭料理の定番というのはないけれど、ま、強いて言えば、お祭りでお祝い事だから、赤飯かしらと思う。
私の家もそうだが、普段お赤飯を食べるときに切りイカをわざわざ揃えることはない。
お祭りは、年に一回だから、奮発して切りイカをつけるのだろうか?
切りイカを鳥越おかず横丁の水上商店で買うと、ビニール袋に入れてくれるので、割とぺしゃんこになってしまう。
それを皿に盛り付ける段階で、細い切りイカの間に、隙間を作って、こんもり見えるように盛る。
枝豆もすいかもちょうど出始めのもので、美味しい。
よそから我が家に来てくれる親戚に欠かせないもの...「赤飯・切りイカ・枝豆・すいか」
これはしっかり、出さなくては、である。

先日、下谷神社のお祭りのとき、家の前にテーブルと椅子を出して、宴会をやっている家があったので、自転車で走りながら、ちらっと、「余所の家はどんなものをお祭りに出しているのだろう」と観察してしまった。
その家は、お御輿をかつぐ人が多いのか、お御輿をかついだ後に配られる御弁当に、大皿に盛られた枝豆、イカの煮付け、かわきものであった。
やっぱり、お祭りのごちそうは、大皿に山と盛るのが、場にふさわしいのかも知れない。
イカの煮付けの山盛りもいいかも知れない、と思う。

後、お祭りまで、3週間、もうすぐ、メニューを決めなくては。

追記:焼き鳥もお祭りにぴったりなことを忘れていました。



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1999年05月18日(火)

かつおのたたき


我が家では、かつおの刺し身を買ってくると、粗みじんに叩いて、にんく・しょうが・葱・青紫蘇のみじん切りと混ぜて食べる。
結局、鯵のたたきと同じ作り方である。(除くにんにく)

我が家では長年この作り方が、世間でも「かつおのたたき」と言っていると思っていた。
それが違うのだ、かつおの皮の部分を焼いて、レアで仕上がり状態を、ちょっと厚みの切り身で食べるのが、世間でいうかつおのたたきだと知ったのは、どっちの料理ショーにかつおのたたきが出てきたときである。(きっと、1年くらい前)
それまで、我が家のかつおのたたきが世間でもたたきと呼ばれていて、世間でも一般に行われている料理法であると信じ込み、まさか我が家独自の料理だとは思ってもみなかった。
我が家では、生のかつおのお刺し身は、かつおのお刺し身であり、表面が焼けているものは、皮付きを焼いたお刺し身と呼ばれている。

本日、生のお刺し身を買ってきて、鯵風のたたきにして食べたけれど、やっぱり、美味しい。
なんていえばいいのか、結局は、冷やっこを美味しく食べる薬味・調味料とほぼ同じだから(かつおだけ、生か、加工品かの違いはあるが)、結局美味しいのだ。
本日、皆で、かつおの鯵のたたき風を食べながら、「世間では、こんな食べ方してないみたいよ?」と言うと、家人たちが、「そりゃ、もったいない、なんで、この食べ方をしないのだろう?ご飯が何膳でも進むのに」と口々に言っていた。
夕飯の漬物は、キムチであり、キムチとかつおの粗みじん薬味和えで食べたら、ご飯はとまらないともっぱらの評判であった。

多分、我が父が考え付いたした料理であると思うが、伯母の子孫の方でこの食べ方をしているとしたら、その前のおばあさんあたりの考え付きかと思うが、日本で、日常的に生のかつおを食べるようになったのは、そんなに古い話しではないとのことなので、父親の思い付きだと思う。
この食べ方は、絶対に美味しいし、少ないかつおで、沢山ご飯が食べられるし、是非、試されることをお勧めする。

我が家では、お刺し身のかつおは、「大味!まぐろにも劣る」と割と評判は宜しくない。
私は、最近、かつおを余り食べていないので、忘れたが、多分、戻りかつおの方が好きである。
(他にもお寿司屋のかつおのお寿司は、美味しいですよね。)

かつおは鮮度が問題だから、もし、お刺し身になっているものを買うなら、なるべく表面がしっとり濡れているものを買わないと、何にしても美味しくないと思う。
また、刺し身を買ってきたら、その日のうちに食べたほうがいい、一日置くと水が出て、味も色も変わってしまう。
寿司屋のかつおのお寿司が美味しいというのは、鮮度が良いというか、さくから切ったばかりをお寿司にするからだと思う。



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1999年05月19日(水)

採れたての苺


余談であるが、この前、余り良くない苺を「もう、季節が終わってしまうから」と思い、買い、冷凍させたが、翌週その八百屋さんに行ったら、もっと質の良いものが安く売られていた、やっぱり、買物は難しい、あの場で、「苺の季節はもう終わりなの?」と一言聞けば、もっといいものが買えたのにと、後悔している。

本題です。
会社から駅までの道に農家が一軒ある。
回りは、ふつうの住宅やお店なのに、そこだけが農家なのだ。
それ自体は、別にどうということないのだが、そこの農家のおじさん・おばさんと話すと、本当に回りの生活形態に何にも影響されずに、延々と農家としての営みをしていることが実感され、なんとなく面白い。
世間がどう変わろうが、朝早く起きて畑に出て手入れをし、売り物になる部分は、小分けして、商品化し、夜は早く寝てという生活を当たり前のように行っているようだ。


その農家は、家の前にスタンドを作って、朝・昼・夕方と野菜を並べておくのだ。
そこの野菜を買うようになったのだが、私の場合、夕方ですら買うことができないので、ファックスで予め注文を出し、夜遅くに取りに行く必要があり、おじさん・おばさんと、自然と口をきくようになった。
お話するようになると、実は、裏メニューがあることがわかり、裏メニューも買えるようになり、やっぱり、買物は奥が深いというか、ちゃんと売り手と会話しながら、買わないと損だなと思った。
常連さんというか、野菜に熱心でおじさんたちと直接注文出すような人たちにだけしか、売らないというか、並べる程の量のない「美味しい野菜・果物」がその農家にはあったのだ。

昨年わかった裏メニューは、とうもろこしで、「7/7に採れるから」と教えてくれた。
ちょうどその頃忙しかったので、そのときは注文せずに、次に行ったときに聞いたら、「年に一回しか収穫しない」とのこと。
結局食べ損ねて、絶対、来年は買うぞと心に誓った覚えがある。
我が家の母は、山梨県の農村地帯出身なので、「採れたてのとうもろこしは、本当に美味しい、東京の八百屋のものとは違う」と、とても楽しみにしている、今年は、絶対買うのだ。

そして、今年わかった裏メニューは「苺」である。
「5月の中旬頃の収穫が一番美味しいから」ときいていたので、先週末に買ってきた。
やっぱり、すごく美味しい、瑞々しくて、味があって、甘くて、香りが強い。
夕食のとき、予め洗って、器に入れておいたのだが、甥たちがやってきて、「食べたい」ということなので、許可したところ、「美味しい!」であった。
すかさず、どこが美味しいか聞くと、二人とも「香りのあるところ」と答えていた。
やめられない、とまらないという感じだったようで、気が付いたら、もう、後、数個に減っていた。
二人とも苺には目がないようだ。
慌てて「おばちゃんの分を残しておいて」と言ったが、口に入ったのは、たった3つであった。
その農家で、「また、買えるか」と聞いたところ、「予約が多いから、日によって買える日もあれば、買えない日もある」と言っていた、早速、また、予約しなくてはと、またまた、心に誓ったのであった。

私は苺狩りに行ったことがないのだが、苺狩りで食べる苺も、あのくらい、美味しいのなら、苺狩りも行ってみたい気がする。



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1999年05月20日(木)

しっかり者の次男


我が甥2は、お兄ちゃんに比べてしっかりしている、というか、年が下だから、赤ちゃんぽいところもあるのは事実だが、なんとなく、話す内容や合いの手の入れ方が、お兄ちゃんより気を遣っていて大人っぽいと思われるところがある。
(お兄ちゃんは、大人ばかりの中に生まれた初めての子供だから、大人の自分に注がれる愛情を当たり前のことと感じているようで、全てのんびりしていて、余り回りに気を遣わない。)

ある晩、お兄ちゃんは風邪を引き、甥2だけが夕食後、おばあちゃんの家にやってきた。
我が家も妹が仕事で帰って来ず、私と母だけであった。
甥2は、私たちがご飯を食べているテーブルに座り、嬉しそうに大人の相手をする。
「今日は、お兄ちゃんが来ないけれど、たまには、一人もいいわよね」と、私が言うと、甥2は、「うん」と嬉しそうな顔をする。
一人の方が、おばあちゃんとおばちゃんの話題を独占できるから、楽しいのだ。

甥2は、ひとしきり、学校の話しなど、面白い話題を提供した後、「やっぱり、みんみん(妹の呼び名)がいないと、淋しいね」という。
お、妹が聞いたら喜ぶセリフを言って、さすが、気配りの甥2だなと思った。
翌日、妹に告げると、「いい子ね」と喜んでいた。

それから、2,3日経った日曜日のお昼、甥2人と弟が母の部屋に来ていたので、たこ焼きを焼いてあげたのだ。
いつものメンバーでいないのは、妹だけだった。
たこ焼きが焼きあがって、「みんみん、呼ぼうかしら」というと、甥2は、「いいんじゃない、みんみん来ると、食べられるたこ焼きの数が減っちゃうから」と言うのだ。
思わず、吹き出してしまった。

やっぱり、この前の、「みんみんがいないと淋しいね」はお世辞ではないにしろ、甥2の思考回路は、まず食べ物確保のために知能が働くようであるから、満腹なときと、お腹が空いてるときでは、出てくる言葉が違うのかも知れない。
どちらにしろ、この子は、しっかりしている、と思う。

後で、このことを聞いた妹は、「あんた! 私とたこ焼きとどっちが好きなの?」と、甥2にすごんでいた。



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1999年05月21日(金)

調味料の質連動型


最近、郡司味噌漬物店で、古式醸造の白味噌を買ってきて、ぬたを作ったのだ。
分量は、ベターホームの分量を参考にした。
白味噌:酢:砂糖=3:2:1である。
本当は、隠し味として、和がらしを入れるのだが、忘れた。

わけぎは、適当に切って、お湯で、芯を初めに入れて、少し経ってから、青いところを入れ、茹で過ぎない感じのところで、引き上げ、冷ましておいた。
冷めてから、包丁の側面を当てて、押し、水気を軽く絞った。

青柳は、酒少々で、炒りするといいとあったので、表面のところどころに、火が通る程度に、炒って、冷ましておいた。

小鉢に、わけぎを盛り、その上に半分に切った青柳を置き、酢味噌をかける。

食べたら、美味しいのだ、自己最高のぬたができた。
なんていうのか、調和が取れたと、形容できる味なのだ。

今までのぬたと違っていた点は、白味噌の良いものを使ったことと、お酢も普通のお酢ではなく、玄米酢を使ったことである。
なんていうか、こういう単純な料理は、調味料の質連動型であり、腕なんか関係ないと思う。
美味しく作りたければ、調味料をグレードアップさせればいいだけのことだと、気づいてしまった。。



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1999年05月22日(土)

究極の苺の正体


この前、農家でわけてもらった苺は本当に美味しかった。
どのように美味しいかというと、「甘い」「酸っぱい」「瑞々しい」の味が分離していないのだ。
食べると「美味しい」と思い、それを分析すると、「そうか、甘いと酸っぱいと瑞々しい感じが分離していないから、美味しいのだ」と理解する。
一般に市販されている苺は、これらのどれかが強くて、この3個の味の特性が分離しているのだ。

2,3日前に、会社帰りにいつもの農家に寄った。
この前、分けてもらった苺がとても美味しく、また、手に入れたかったのと、美味しい苺の品種が知りたかったのだ。
農家の奥さんに、「この前、分けてもらった苺、本当に美味しかった!」と言うと、嬉しそうに笑いながら、「そうでしょう、お金じゃないって、わかるでしょう?」と言った。
そのときは、その嬉しそうな笑いにつられて、「うん」とは言ったものの、「お金じゃないってわかるでしょう?」の本当の意味がわかっていなかった。
(その謎解きは、また、明日に)

なんでも、この奥さんは、実家も農家で、お嫁に来たとき、実家のような苺が食べたくて、苗を持って、この農家にお嫁に来たとのこと。

この究極の苺は、露地栽培とのこと。
(種類は、女峰とか、なんでもいいのよという感じで、「苺は種類ではない」という話し振りであった。)
苺は、ハウスで育てると、1年に3回収穫できるけれど、露地物は、一年かけて一回しか収穫できないとか。
それも、成長に合わせて、苗を何回も植え替えてあげなくてはならないとのこと。
しっかり、太陽を浴びて、しかも、人手がかかっているから、美味しいのだと納得。
特にこの前分けてもらったのは、ずっと雨が降らないときの最高の苺だとのこと。

とても、納得した。
今時、露地栽培の苺を、手に入れられるなんて、夢のようだと思う。
本当に大袈裟ではなく、そう、思う。今まで縁のなかった調布に通うようになって、こんなに美味しい苺に巡り合ったなんて、本当に幸せ。



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1999年05月23日(日)

ぜいたくな野菜


農家の露地栽培の苺について、甥2が、「なんで、まりの買ってくる苺は、白いところも甘いの?」と聞いた。
「それはね、普通の苺は、ビニールハウスの中で育てるけれど、まりが買ってくる苺は、ビニールハウスの中で育てないで、表で育てるからだって」と答える。
白いところ、あったっけ、?苺を切ると、色の濃淡はあるけれど、殆ど真っ赤なような気がしたけれど、今度、よく見てみようと思う。

農家の奥さんが、「お金でないとわかるでしょう?」と言った言葉について、帰り道、考えながら、帰ってきた。
「お金出しても買いたい味でしょう?」というのなら、わかる。

あの奥さんは、実家も農家で嫁ぎ先も農家。
嫁ぎ先の場所は、京王線各駅停車ながら東京への通勤圏で、駅から5分。
敷地の端には、その農家の名前のアパートが建っている。
何か色々考えていたら、急にまとまった。

「そうか、あの家は、駅に近く、畑を潰して、もっとアパートを建てたら、それこそ、何もしないで、お金持ちで暮らせるのだ。
でも、そんなことをしたら、あの美味しい苺を始め、あの奥さんが小さいときから当たり前に食べていた美味しい野菜が食べられなくなるのだ。
あの苺は、お金で買えない味なのだ。
日本中を探せば、露地栽培の苺はあるかも知れない。
しかし、仮にそれらを買うことができたとしても自分の住んでいるところまで、運んでいる間に鮮度が落ちてしまう。
旬のときの採れたて苺を食べようと思ったら、自分の家の畑で作るしかないのだ。
だから、『他人から、アパートにした方がいいわよ』と言われても、農業が止められないのだ。」

考えてみれば、ここの農家では、どこかに出荷すべく、野菜を箱に詰めているところも見たことがなく、朝、ご夫婦二人で畑をやっている。
そうか、自分達が美味しい野菜が食べたくて畑を耕していて、余った分を、無人スタンドや知り合いに予約で売っているだけなのだと始めて気づいた。

なんて、ぜいたくなと思う。
もしかして、私は、北大路魯山人のような生活をしている人のおすそ分けを知らず知らずに受けていたのだ。

なんて、素敵な農家と知り合いになれたのだろうと、嬉しくなった。
私のような下町の人間が、偶然、通りすがりに、こんな素敵な農家と繋がることができるなんて、信じられない気がする。
これぞ、まさしく、神様の贈り物だと思う。

その奥さんは、私が嘘ではなく、そこのキュウリ、なす、トマト、苺の美味しさの価値がわかって、気に入っていることを感じ取ってくれているようだ。
美味しいもの好き同士で、気持ちが通じ合うということもあるのだ。

帰りがけに、「明日、また、寄ってみて、もし、苺あったら、1パック採っておいてあげるから」と言ってくれた。
その家の玄関から、入り口まで歩いていると、後ろから、「2パックあれば、2パックの方がいいのでしょう?」という声が聞こえる。
思わず、振り返って「お願いします」と言った。

次の日、取りに行くと、ちゃんと2パック用意されていた上、「そろそろ、キュウリが毎日2,3本食べ頃になってきたの。うちも毎日食べるわけではないから、今度来たときににあったら、採っておいてあげるわよ」とのこと。

本当に、良い知り合いができて、嬉しい!である。
そのうち、ノリエットのフィナンシェでも買って持っていこうと思う。



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1999年05月24日(月)

イカリソース(あまから)


鳥越おかず横丁は、東京としては珍しく、関西のイカリ製品が揃っている。
郡司味噌漬物店には、いわゆるウスターソース・とんかつソース類があり、私の行きつけのお肉屋さんにはハンバーグソースとステーキソースというものが置いてある。

一番最初に買ったのが、郡司さんの推薦で、「イカリの赤ラベル」といって、昭和初期のソースの復刻版とのこと。
これは、文句なくフルーティで美味しい、私の場合、とんかつを食べるのにこのソースが一番である。
(余談であるが、市販のソースというのは、醤油程、大メーカーに独占されておらず、ちまたには色々なメーカーのソースがあるようで、味もそれぞれ異なっている。大メーカーのものに拘らず、気に入ったものを探すと面白いと思う。)

その次に買ったのが、「お好み焼きソース」、これは、たこ焼き用であった。
私には、甘過ぎるが、家族には評判が良い。
(慣れたら、甘いけれど、甘すぎるという感じはなくなった。)
確かに、関西風のお好み焼き・たこ焼きには、甘いソースが美味しいかも知れない、というか、辛いソースは似合わないかもと思う。

次に、「焼きそばソース」なるものを買ったときに、裏のうんちくを読んだら、「甘さの中に出汁やうまみで濃厚に味付けられたメリハリのある味をあまからと表現しました」と書いてあったので、ちょっと、驚いた。
私の思う「あまから(甘辛)」は、甘いのと、醤油味が混ざり合った味である。
(いわゆるみたらし団子の味)
イカリソースのあまからの定義は私とは違うのだ。
そうか、そもそも土台が違うのかと新しい発見をした思いである。

このソースを食べてみると確かに甘くなく辛いのだが、お醤油の辛さではなかった。

日本は西から開拓されてきたから、初めは、舌の感覚は同じだったのかも知れない、その後、関東で濃口醤油が発明され、関東では、それを使いこなしていくうちに、「あまから」味を作る材料とか言うか手法が醤油になってしまったのかしらと想像している。



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1999年05月25日(火)

男性に生まれたかった!


男性に生まれたかった!と思ったことは一度もない、と言いたいことだが、私のやりたいことで、「これは、絶対男性に生まれなければ、できない」と思うことが1つだけあるのだ。

それは、浅草鳥越祭のときに、睦(お祭りの役員、すなわち町会の役員)になって、みこしを担ぎ始めるとき、手〆を仕切りたいのだ。
鳥越では、みこしがスタートするとき、御輿を置いてある台の上に睦の人が昇って、御輿の方に向かって、「イヨッ〜!」と言って、拍子木を打ちながら、一本〆を仕切るのである。
担ぎ手は、その人の拍子木に合わせながら、一本〆を行う。

それがやりたいわけではない。
一本〆が終わったときに、その仕切っていた睦の人は、どちらかというと、バンザイスタイルで、後ろに倒れるのだ。
そこには、倒れてきた人を待っている人が数人いて、倒れてきた人を受け止めるのである。
うまい人は、本当にバンザイスタイルで、安心感を持って後ろに倒れ込んで行き、この安心した姿が良いのである。
(これは、やはり、本社のときの方が恰好いい、町内御輿のときは、アクションが地味である)
実際、見ないとわかりにくいかも知れないが、これが恰好いいのだ。
御輿を担ぐとか、一本〆だけだったら、魅力を感じないのだが、御輿を仕切った後、後ろにのけぞるように倒れるのをやってみたいのだ。

未だ、鳥越祭は、男性が仕切っている、そのうち、時代の流れで女性の睦もそのうち出てくるかも知れない。
ただ、やっぱり、この高台からのけぞって倒れて、男性に受け止めてもらうことは、女性だったら、ためらうと思う。
時期が6月初めで薄着であり、男性の手が待ち受けているところに、やっぱり、倒れ込めないような気がする。
女性に受け止めてもらうとしたら、やっぱり、体力・力で劣る女性にそんなことをしてもらっては悪いような気がする。

なんて、いつも、お祭りに、通りすがりのおみこしを見ながら、考えている。

私は、お祭りには余り興味がないのだけれど、今年は、三社のときに、夕方フラフラっと歩いてみた。
ちょうど、西浅草で町内御輿が出ており、それを見物した。
西浅草では、おみこしスタートのときに手〆めを行うことは同じでも、鳥越と違って、役員が御輿の台に立ちあがって仕切るということはしていないようだった。
御輿を担いでいる最中、笛をピッピ鳴らして、掛け声の音頭を取っていた。

一言で御輿を担ぐと言っても、それぞれのお祭りによって、細かいことが異なっているようだ。



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1999年05月26日(水)

魚沼産100%のこしひかり


家で山形県に依頼しているお米が切れてしまった。
つなぎに、どこかで、お米を1〜2kg買ってこいとの司令が飛ぶ。

そこには、待っていましたと、にんまり笑う私がいた。
どこにでもあるのかも知れないが、鳥越おかず横丁の郡司味噌漬物店にある「魚沼産こしひかり100%1KG900円」也を一度食べてみたかったのだ。

買いに行くと、お店の人も待っていましたとばかり、「一度食べると癖になるからね」と言うのだ。
1kg900円は、癖にしたくてもできない値段なので、心の中で、「ご心配なく」と返事する。

我が家は、現在、山形の農家から、精米したてのお米を送ってもらっており、これまた、美味しいお米で、もう、大手弁当屋のご飯が食べられなくなったくらいなのだ。

さて、食べてみた感想だが、まず、食べている最中に感じたのは、「癖がないこと」である、後、噛むと甘い、香りがある、これくらいかな。
少し味見をした弟曰く、「高い米の共通点は、癖がないことだ」とのことだったが、確かにそうかもしれない。
弟はもう二つ名言を吐く、「吉野屋の牛丼には、この米は合わない」、「単純なおかず、梅干しとかに合う」、なるほどである。

ごはんにうるさい甥2にも味見をさせた。
ご飯を海苔にまいてお醤油をつけて渡して、「お米、美味しい」と聞くと、食べ終ってちょっと考えてから、よくわからなかったのか、「お醤油のついてないご飯をちょうだい」とのこと。
何か、大人が利き酒とか、本当の味見をしているときのようなセリフを言うので、おかしかった。
醤油味が染みていないご飯を食べ終わった甥2の評価は、「美味しい」であるが、それほど、ご飯だけの味には、うるさくないようであった。

このご飯は、噛めば噛むほど甘みが出る。
昔、伯母から、「昔、けちな人で、梅干しを一つお皿に乗せて、それを見て、『酸っぱい味』を思い出して、口が酸っぱくなったときに、ご飯だけを食べる人がいたけれど、そんな食べ方をしたから、お金は貯まったけれど、身体を壊した」という話しを聞いたことがある。
その話しは戦前の話しだから、きっと、そのけちな人の食べる安いお米でも、きっと、この魚沼産こしひかり100%のような噛めば噛むほど、味と甘さが出るものだったのかもと理解する。

さて、このお米だが、食べているときは、癖がないという感じであったが、食べ終わった後、眠るまで、ご飯の甘い味と香りがいつまでも口に残っていた。
いつもの2倍の値段のお米だが、我が家では、「お正月のごちそうとして、一年に一回は食べよう」ということになった。
安ければ、毎日食べるけれど、やっぱり、価格が2倍となると、ハレの日のごちそうになってしまう。



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1999年05月27日(木)

老後


母が「年を取ると、楽しみは食べることくらいで」と言う。
毎日は、勤めがあるから無理なので、土日はなるべく母が美味しいと思えるものを考えて作ることにしている。

実の親子だから遠慮はなく、割とはっきり、「これは美味しい」「これは口に合わない」と言われる。
以前は、「これ、だめ」といわれると、「せっかく時間をかけて作ったのに」と思ったが、最近は聞き流すことができるようになった。
本人が「食べることが楽しみで」と公言するくらいなのだから、本当に、美味しいものが食べたくて、食べて美味しいと感じ、食事が進めば、それを幸せと素直に感じている様子が、言葉の端々からわかるからかも知れない。
取り敢えず、母の食欲が沸いて、ご飯が進むようなおかずが一品でも作れたら、その日の食事は成功と思えるようになったのだ。

食欲がない、また、「美味しい」「不味い」をはっきり言わなくなったら、それはそれで、体調が悪いのだと思った方が、無難だ。
年を取るとどうしても食べる量が減るが、「美味しい」「不味い」と言いながら、食べるのを楽しみにしてくれるうちは、健康に問題がないのだと思う。

私だって、年を取ったら、誰かに食事を作ってもらって、「美味しい」だの、「不味い」だの言いたいが、今のところ、年取ってから私のご飯を作ってくれそうな人はいない、ま、そう考えると、週に2回だけではあるが、私の母は、私より、贅沢な老後かしらなんて思ってしまう。(本人はどう思っているかは聞かないことにしている。)

以上、読み返すと、私はいい娘のような感じがするかも知れないが、実態は、疲れて会社から帰ってきて、ご飯を食べている最中に、母が「あーだらこうだら」話すと、「うるさい!」といい、家の用事を言い付けると、「黙っていて!そういう話しは食事の後にして!」ときついことを言っている。
『母に美味しいものを食べさせようとする気持ち』−『きついことを言う』=0というところが、実態か。



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1999年05月28日(金)

子供の頃の勘違い


日本語には、文字どおりの意味と、文字どおりの意味でないものがある。
私は、繁華街の浅草の近辺の育ちだから、繁華街としての浅草に行ったときなど、「ご宿泊○○円、ご休憩○○円」という看板を当たり前に見ていた。
子供心に、「ここは、浅草に来た人が疲れたら、休める場所なのだ」と思っていた。
浅草を歩いて疲れたときに、こういうところに入れば、足も伸ばせるし、休めていいのに、我が父は、こういうところに入ろうと言わないものだと、思っていた。
子供の頃、私を浅草に連れていった大人たちに歩きながら、「ご休憩で休みたい」と言ったと思うのだが、大人達は、無視したと思う。

最近、気づいた勘違いは、「家庭料理の店」である。
小さいとき、「家庭料理の店」という看板を見て、「大きくなって、夜遅くご飯を食べ損ねたら、こういう店で食べればいいのだ」と思っていた。
大きくなるに連れて、日本料理で、「家庭料理」と書いてある店が、実は、お袋の味的な酒の肴を出す飲み屋さんであることが、自然とわかった。
(以上は、私の勝手な解釈だけれど、間違っていないですよね、もし、違っていたら、DMで教えてくださいね。)

それがわかっていた筈なのに、我が家の近所に、「韓国家庭料理の店」というのができて、こりゃ、いつか、食べに入ってみたいなと、ずっと思っていたのだ。
韓国料理で、焼き肉ではなく、家庭料理、それは美味しそうだし、食べて見たい、そう思うのは素直だと思うのだ。

しかし、そのお店は、お昼はやっていないし、どうも、やっぱり、飲み屋さんらしいことに最近気づいた。
本当に、家庭料理の店だったら、甥や家族を連れて食べに行きたいと思うのに、残念である。
(でも、ケチで余り外食をしない老人や子供相手に、誰が「家庭料理」の店を開くであろう、やっぱり、家庭料理に飢えた飲兵衛のおじさんを狙わなくては、店が成り立たないと思うから、ま、今の実態が当然でしょうね。)

やっぱり、日本語は難しいと思う。
(国語辞典を引いたことがないが、この「ご休憩」や「家庭料理」は国語辞典に載っているのであろうか?)
飲兵衛な男の人だったら、ここいらへんのニュアンスは簡単にわかるだろうけれど、お酒を外で飲まない人たちからすると、わかりにくい表現である。



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1999年05月29日(土)

味噌ラーメン 1/2


会社近辺の農家で、新タマネギを買った。
そのタマネギの先は、長葱のように長くというか、長葱にしか見えなかった。
「あら、長葱というのは、タマネギからできるのだっけ?」と一瞬思ったが、家に帰って、食物図鑑を見たら、違っていた。

で、奥さんが言うには、「その青くて長いところは、味噌汁に入れると美味しい」とのことであった。
母親に見せると、「豚肉と味噌で炒めたら美味しい」という。
こう、お味噌、お味噌という言葉を聞いていたら、「そうだ、味噌ラーメンが美味しいと」と思い付いた。

味噌ラーメンで検索で引いても、何も出て来ない、そうなのだ、味噌ラーメンとか、タンメンのレシピをインターネットで探そうと思ってもなかなか難しいのだ。

で、自己流で作ってみたが、中々の出来であった、お昼に最適!
レシピは、また、明日に書きます。



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1999年05月30日(日)

味噌ラーメン 2/2


いい加減な作り方
2人前


1.にんにくと生姜をみじん切り、茹で豚バラと干し椎茸と(あれば、メンマ少々)を粗みじん。
2.青葱は、太い小口切り。
3.フライパンを熱し、油を入れて、にんにくと生姜を炒めて香りが出たら、葱
  と椎茸を入れて更に炒め、味噌を適当に入れる。
4.その後、水で伸ばし、ゆるゆるにして、味を見る。
  う〜ん、お味噌だけだと、お味噌そのままの味だ。(当たり前)
  普通の赤味噌だけでは、辛かったので、少し、白味噌を加える。
  お酒も入れる。
5.以上で、味を調えて、豚バラとしなちくを入れて、少し煮て出来上がり。

スープ
1.700CCのお湯を沸かし、ウェイパーを入れすぎないように、小匙1〜2
  杯程度を目分量で入れる。
2.きっと、味が足りないだろうからと、海老の粉と帆立の粉をサッサという感
  じで入れ、昆布粉も一人耳かき1杯と書いてあったので、2杯程度入れる。
3.これらを入れたお湯が沸騰すると、割と多くのあくが出てきた。
  やっぱり、これを取った方がいいだろうと取る。
4.たまり醤油があったので、たまり醤油を入れて、足りないところは、普通の
  濃口を入れた。
  味の加減は、塩っぱくない程度。(後で味噌餡を混ぜながら食べるので)

麺を茹でて、器に盛り、味噌あんを上にかけて、出来上がり。
胡椒・すり胡麻・唐辛子なぞを振って、溶かしながら食べたが、ちゃんと美味しかった。
(コーンとか、炒めたモヤシを入れて食べても美味しかったなとは、思った。)
自分の感覚で適当に作ってみた割には成功だと思ったが、後から考えてみれば、椎茸の戻し汁をスープに入れれば良かったと反省した。

土日のお昼、味噌ラーメンはいかがですか? スープが面倒なら、生ラーメンについてくるスープの素をいつもの半分の濃さにして作っても美味しいだろうと思う。

また、例えば、チンジャオロースーなどが夕飯で余ったときに、2,3日して、お昼のラーメン(薄味)に乗せても美味しいかなと思う。



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1999年05月31日(月)

孫が可愛い


我が家の近所にもう20年近く住んでいるインド人の男性がいる。
2,3年前、インドからお嫁さんが来て2人暮らしになり、昨年秋に男の子が誕生した。
本家がインドにあって、常にインド人として暮らしているが、近所とも仲がいいし、お祭りのときなども、御輿がくると、楽しそうに見物している。

お正月頃、この家族三人は、インドへお里帰りをして、1月末に、ご主人だけが日本へ帰ってきた。
「奥さんや子供さんは?」と聞くと、「日本の冬は寒いからといって、おじいさん・おばあさんがインドにいるように言うので、帰ってこれない」とのこと。
それでなくても寒くて淋しい日本の冬を家族なしで一人で暮らしていたので、見るからに彼は、淋しそうだった。

日本の気候が良くなった3月に、とうとう、その奥さんと子供が日本へ帰ってきて、そのインドの人の表情も明るくなった。
我が家もあのインドの人、淋しい生活が終わって良かったねと、噂さしていた。

が、それから、確か1か月も経たないうちに、インド人の家族がもっと賑やかになったのである。
なんと、インドのおじいさん・おばあさんが、孫可愛さに日本に来てしまったのだ。
そんなに内情まで話し合う仲ではないから、これが永久に日本で5人で暮らすのか、いずれ時期がきたら、インドに帰るのかは良くわからない。
言葉が全然通じない日本での生活は、不自由で退屈な面もあるのに、やっぱり、孫が可愛いのか、孫を中心として、大勢で暮らすのが楽しいのか、今まだ、楽しそうに暮らしている。
お休みの日なぞ、一台の乳母車に大人3〜4人がついて、散歩に出かける。
孫が可愛くて、可愛くて、というのは、日本だけのことではないようだ。
余談であるが、私は、この下町育ちの人種と国籍がインド人の赤ちゃんが、お祭りに、御輿をかつぐのかとか、そんなつまらない話しであるが、どう育つか、とても楽しみにしている。



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