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■短歌句の通釈:「た~は」行


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■中学受験での入試問題や模試、教材等でよく扱われる俳句・短歌の通釈を掲載しています。

俳句・短歌トップページ
『月の異名(古称)』・『旧暦と新暦』
旧暦・西暦の相互変換

俳句
・俳句は「五・七・五」の十七音で詠まれる世界で最も短い定型詩です。俳句には季語(季節を表す言葉)を必ず一つ詠み込むのが作法となっています。
『季語一覧表』と『俳句の基本』

短歌
短歌は「五・七・五・七・七」の三十一音で詠まれる定型詩です。俳句には季語を必ず一つ詠み込むことが作法となっていますが、短歌にはそのような決まりはありません。短歌には一定の言葉を修飾する「枕詞(まくらことば)」が使われることがあります。

『枕詞一覧表』と『短歌の基本』

俳句の通釈
①俳句(1):あ行暫定リニューアル
②俳句(2):か~さ行暫定リニューアル
③俳句(3):た~は行暫定リニューアル
④俳句(4):ま~わ行暫定リニューアル

短歌の通釈
①短歌(1):あ行暫定リニューアル
②短歌(2):か~さ行暫定リニューアル
③短歌(3):た~は行暫定リニューアル
④短歌(4):ま~わ行暫定リニューアル

■高槻の木末にありて頬白のさえづる春となりにけるかも(島木赤彦)

・たかつきの こずえにありて ほおじろの さえずるはるに なりにけるかも

・信州(長野県)の長く厳しい冬もようやく過ぎ、高い槻(ツキ:けやき)の木の枝先にはホオジロがとまって、美しい声で高らかに歌いさえずっている。ああ、私の故郷にもようやく春が到来したのだなあ。
・待ち望んでいた春の到来の喜びが強く伝わってくる。(句切れなし)

※高槻(たかつき)… 高いケヤキの木。
※頬白(ほおじろ)… 全長約17cm。褐色(かっしょく)で目の上と頬(ほお)に白線がある。草原や耕作地、疎林(そりん)などに生息する。鳴き声が美しく、「一筆啓上仕り候(イッピツケイジョウツカマツリソロ)」と鳴くという。

■田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける(山部赤人)

・たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにぞ ふじのたかねに ゆきはふりける

・田子の浦を通って眺(なが)めのよいところへ出て見上げてみれば、清く真白にまあ、富士の高い峰(みね)には見事に雪が降り積もっていることだ。(句切れなし)

※田子の浦(たごのうら)… 現在は富士川東岸の地をいうが、当時はその西方、興津川河口にまで及ぶ海岸一帯を呼んだようで、位置が異なる。
※不尽(ふじ)…富士。
※字余り(33音)。
※『万葉集』に収められている上記が原歌であるが、『小倉百人一首』、『新古今和歌集』では次のように改められている。

・田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
・たごのうらに うちいでてみれば しろたえの ふじのたかねに ゆきはふりつつ

・田児の浦へやって来て、ふと見上げると富士の高い峰には、清く真白にまあ、見事に雪が降り積もっていることだ。(句切れなし)
※「白妙(しろたえ)の」は「雪」にかかる枕詞。
※原歌の「田子の浦ゆ」は「田子の浦を通過して見晴らしのよい所へ出てみると」という意味であり、「田子の浦に」は「田子の浦に至ってみると」という意味で、「田子の浦ゆ」には含みある動きが感じられる。また、「降りける」は発見の驚きを表すのに対し、「降りつつ」は「降り積もっている」という継続の意を持ち、言いさしの表現をすることで時間の流れを加え、詠嘆(えいたん)的に余韻(よいん)を残している。
※①には実景による現実感、写実性があり、②には絵画的な美、幻想(げんそう)的な雰囲気が感じられ、両者には少なからぬ情感の違いがある。

■ただひとり吾より貧しき友なりき金のことにて交絶てり(土屋文明)

・ただひとり われより まずしきともなりき かねのことにて まじわりたてり

・学生時代、私は貧しく生活に困窮(こんきゅう)していたが、一人、そんな私よりもさらに貧しい友がいた。互いに貧苦の中にあってのこととはいえ、金銭の貸し借りがもとで、その彼との交友も絶たねばならなくなったのだった。何とも後味の悪い、悔いの尽きない思い出である。極貧の学生時代を回顧(かいこ)しての作。(三句切れ)

※土屋文明(つちやぶんめい)… 大正・昭和時代の歌人。

■立ちわかれいなばの山の峰に生ふる松とし聞かばいま帰り来む(在原行平)

・たちわかれ いなばのやまの みねにおうる まつとしきかば いまかえりこむ

・ 私が今お別れをして行く先は因幡(いなば:鳥取県)の国であるが、その国の稲羽(いなば)の山に生える「松」の名のように、あなた方が私を「待つ」と聞いたときには、私はすぐにも帰って来ましょう。
・住み慣れた都を後にして、因幡の守として赴任する際の送別の宴席(えんせき)で、人々との別れを惜しんで詠(よ)んだ歌。「いま帰り来む」とはいっても、実際には簡単に帰れるものではないところに、人々への作者の思いやりと旅の空を思う切実な心細さが感じられる。

※掛詞(かけことば)… 「往(い)なば=行くとしても」と「因幡(いなば:地名)」、「待つ」と「松」、それぞれ二つの異なる意味をもたせてある。
★小倉百人一首所収。

※在原行平(ありわらのゆきひら)… 平安初期の歌人。在原業平(ありわらのなりひら)の兄。

■たのしみはあき米櫃に米いで来今一月はよしといふとき(橘曙覧)

・たのしみは あきこめびつに こめいでき いまひとつきは よしというとき

・私の本当の楽しみは、空になった米櫃(こめびつ)に何とか米が出来て、食べてゆくのにあと一か月は大丈夫というときだ。

※その他の歌
・たのしみは朝おきいでて昨日まで無(なか)りし花の咲ける見る時
・私の本当の楽しみは、朝起きてみると、昨日まで咲いていなかった花が、今朝は見事に咲いているのを見る時だ。

・たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき
・私の本当の楽しみは、気兼ねの要らない友達と談笑して、おかしさのあまり腹の皮がよじれる時だ。

・たのしみはすびつのもとに打ち倒れゆすり起こすも知らで寝し時
・私の本当の楽しみは、囲炉裏端(いろりばた)にごろりと横になって、家の者がゆり起こすのも知らないでぐっすり寝入ってしまった時だ。

・たのしみはそぞろ読(よみ)ゆく書(しょ)の中に我とひとしき人をみし時
・私の本当の楽しみは、何とはなしに読んでいる本の中に、偶然自分と同じような人を見つけた時だ。

・たのしみは機(はた)おりたてて新しきころもを縫(ぬひ)て妻が着(ちゃく)する時
・私の本当の楽しみは、妻が盛んに機(はた)を織り、新しい衣(ころも)を縫(ぬ)い上げて、それを妻自身が着る時だ。

・たのしみは書(ふみ)よみ倦(うめ)るをりしもあれ聲(こえ)知る人の門(かど)たたく時
・私の本当の楽しみは、本にも読み飽きたちょうどその折に、聞き覚えのある声がして、私の家を友が訪ねて来てくれた時だ。

・たのしみはまれに魚(うお)煮て子らがみなうましうましといひて食うとき
・私の本当の楽しみは、まれに魚を煮て、子どもたち皆がおいしい、おいしいと言いながら、うれしそうにして食べるのを眺(なが)めている時だ。
・貧しいながらも、父親として子どもたちの喜ぶ姿を温かい目で見つめている姿が思い浮かぶ。(句切れなし)

・たのしみは三人(みたり)の児(こ)どもすくすくと大きくなれる姿みる時
・私の本当の楽しみは、私の三人の子供たちがすくすくと健やかに成長した姿を見る時だ。

・たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時
・私の本当の楽しみは、妻や子供たちが睦(むつ)まじく集まって、家族皆が頭を並べてものを食べている時だ。

・たのしみは雪ふるよさり 酒の糟(かす)あぶりて食(くひ)て火にあたる時
・私の本当の楽しみは、雪の降る晩に酒粕(さけかす)をあぶって食べながら火にあたっている時だ。

■卵だきじっとふくらむめん鶏のすゑゐの深きするどさ(木下利玄)

・たまごだき じっとふくらむ めんどりの すえいるまなこの ふかきするどさ

・卵を抱いているめん鶏(どり)に近寄ると、体の羽を膨(ふく)らませて、じっと動かず、それ以上の私の一切の干渉(かんしょう)を許さないぞと言わんばかりの眼で、私を鋭(するど)く見据(みす)えている。
・作者の挙動を警戒するめん鶏の鋭敏(えいびん)さと緊張感が漂(ただよ)ってくる。(句切れなし)

■玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする(式子内親王)

・たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする

・私の命よ、絶えて無くなってしまうものなら、いっそ、もう絶えてしまっておくれ。このまま生きながらえていくならば、恋にこらえ忍ぶ心が弱ってしまう。それでは人目に立って困るから。
・人目を忍ぶ恋の激情を抑えきれずに詠出(えいしゅつ)した、死を思うまでの苦悩と絶唱である。(二句切れ)

※玉の緒(お)… 命。玉を貫く緒(お:ひも)から「魂(たま)の緒」の意とする。
※絶えなば… もし絶えてしまうものなら。
※絶えね… 絶えてしまえ。
※ながらへば… 生きながらえていると。
※忍ぶる… 人目につかないようにこらえ忍ぶ。
※弱りもぞする… 弱ってしまったら困る。
★小倉百人一首所収。

※式子内親王(しきしないしんのう・しょくしないしんのう)… 後白河天皇の第三皇女。

■たらちねの母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども(長塚節)

・たらちねの ははがつりたる あおがやを すがしといねつ たるみたれども

・久しぶりに故郷へ帰ったその夜、母が私のためにと青蚊帳(あおがや)を釣って寝床を用意してくれた。母の心づかいがうれしくて、すがすがしい気分で寝られたことだ。年老いた母の釣ってくれたその蚊帳は、少したるんでいたけれども。
・年老いてもなおわが子のためにと心づかいを見せてくれる母親の優しさと愛情に触れ、ありがたく嬉(うれ)しい気持ちでいる。(四句切れ)

※蚊帳(かや)… 天井の四角(よすみ)に吊(つ)る、蚊よけのための幕。
※「足乳根(たらちね)の」は「母」にかかる枕詞。

■たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず(石川啄木)

・たわむれに ははをせおいて そのあまり かろきになきて さんぽあゆまず

・おもしろ半分に母を背負ってみたところ、あまりの軽さに母の老いと衰えを思い知らされ、哀(かな)しみと切なさに涙が溢(あふ)れてしまい、母を背負ったまま三歩と歩くことさえ出来なかったことだ。(句切れなし)

※たわむれに… 面白半分に。

■父君よ今朝はいかにと手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり(落合直文)

・ちちぎみよ けさはいかにと てをつきて とうこをみれば しなれざりけり

・「おとうさん、今朝のお具合はいかがですか」と、私の枕元に手をついて尋(たず)ねてくれるわが子を見ていると、この子を残して、どうして私一人が死んでいくことができるだろうか。死ぬことなどできはしない。
・病に臥(ふ)している自分の具合を案じてくれるわが子のことを思うと、決して自分は死ぬわけにはいかないという父親としての愛情と強い思いが伝わってくる。(句切れなし)

※いかに… お体の具合はいかがですか。

※落合直文… は明治時代の歌人・国文学者。糖尿病のため、この作品を詠(よ)んだ四年後、四十一歳で亡くなる。

■父と母といずれがよきと子に問えば父よと言いて母をかえりみぬ(落合直文)

・ちちとははと いずれがよきと こにとえば ちちよといいて ははをかえりみぬ

・「お父さんとお母さんと、どっちが好きかい」と子どもにたずねたところ、「お父さんよ」と答えて、心配そうに母親の顔を振りかえって見たことだった。(句切れなし)

■父母が頭かき撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる(防人歌より、丈部稲麻呂)

・ちちははが かしらかきなで さくあれて いいしけとばぜ わすれかねつる

・防人(さきもり)として任地に赴(おもむ)くに当たって、父母が私の頭を優しく撫(な)でて、「無事に、達者であれよ」と言ってくれたあの言葉が、いつまでも耳に残っていて忘れることが出来ないでいることだ。(句切れなし)

※「言ひ(い)し言葉(けとば)ぜ」は「言ひしことばぞ」の東国方言。
※防人(さきもり)… 外国の侵略に備えて、諸国の軍団の兵士の中から派遣され、今の北九州地方の防備にあたった。定員約千名、勤務年限三年で、多く東国人を採用した。
※防人の歌は、防人やその家族たちの歌であり、親子や夫婦の別離の悲しみを東国方言に託して歌いあげた真情あふれた作が多い。丈部稲麻呂(はせつかべのいなまろ)は駿河(するが:静岡県)の国の防人。

■ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは(在原業平)

・ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは

・不思議なことが起こっていた神代(かみよ)の話にさえ、水を深紅(しんく)に絞り染めにするなどということを聞いたことがない。紅葉が美しく散り浮かんだ竜田川(たつたがわ)の美しさは、深紅の絞り染めそのものである。
・竜田川の水面(みなも)に紅葉が浮かび流れるさまを、絞り染めの布に見立てて詠(よ)んでいる。(二句切れ)

※神代(かみよ)… 神武天皇以前の、神々の統治していた時代。ここでは、「不思議なことの多かった時代」の意。
※竜田川(たつたがわ)… 奈良県生駒郡の川。古来、紅葉の名所として知られ、多くの歌にも詠まれている。
※から紅(くれない)… 濃い紅色(べにいろ)。
※水くくる… 水をくくり染めにする(しぼり染めにする)。
※「千早振(ちはやぶ)る」は「神(代)」にかかる枕詞。
★小倉百人一首所収。

■散るという飛翔のかたち花びらはふと微笑んで枝を離れる(俵万智)

・ちるという ひしょうのかたち はなびらは ふとほほえんで えだをはなれる

・花の盛りを過ぎて、桜は、ほろりほろりと花を散り始める。一枚一枚の花びらは、枝を離れて散るその瞬間にさえ、ほとばしる命の美しさを証(あか)し立てて見せている。散ることは、桜の花がやむなく迎えた悲愴(ひそう)な結末ではない。美の完結であり、飛翔(ひしょう)であったのだ。

※飛翔(ひしょう)… 空中を飛びゆくこと。
※俵万智のチョコレートBOX

■月見ればちぢに物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど(大江千里)

・つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど

・秋の月を見ると、あれこれと限りなくもの悲しくなることだ。秋は世の誰にも訪れるものなのに、何だか私一人にもの思いをさせる秋であるかのように、もの悲しい。
・月を見て、孤独なもの思いに沈む秋のあわれを詠(うた)っている。(三句切れ)

※ちぢに… あれこれと。いろいろと。
※ものこそ悲しけれ… もの悲しいことだ。
※わが身ひとつの… 私一人の。
★小倉百人一首所収。

■月よみの光を待ちて帰りませ山路は栗のいがのしげきに(良寛)

・つくよみの ひかりをまちて かえりませ やまじはくりの いがのしげきに

・月の光が差してくるのを待ってお帰りなさい。山路は栗(くり)のいがが多くて危ないですから。(二句切れ)

※月(つく、つき)よみ… 月、月の神。
※しげきに… 多い。たくさんある。

※良寛(りょうかん)…江戸後期の禅僧・歌人。

■つけ捨てし野火の烟のあかあかと見えゆくころぞ山は悲しき(尾上柴舟)

・つけすてし のびのけむりの あかあかと みえゆくころぞ やまはかなしき

・火をつけてそのままにしてある野焼きの煙が、夕陽に赤々と染まって見えるころの山かげは、いかにももの悲しいことだ。
・早春の山里の夕景のもの悲しさが詠(うた)われている。(句切れなし)

※つけ捨(す)てし… 火をつけてそのままにしてある。
※野火(のび)… 野焼き。早春に、野山の枯れ草を焼くこと。

■つばくらめ飛ぶかと見れば消え去りて空あをあをと遥かなるかな(窪田空穂)

・つばくらめ とぶかとみれば きえさりて そらあおあおと はるかなるかな

・つばめが飛んでいると思うまに、たちまちどこかへ消え去っていく。そして、初夏の空は青々として、どこまでも、遥(はる)かに広がっている。(句切れなし)

※つばくらめ… 燕(つばめ)。日本には春に飛来、人家などに巣を作り、秋に南方へ渡る夏鳥。「つばくらめ」は古名(こめい)。つばくら、つばくろともいう。

■東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむる(石川啄木)

・とうかいの こじまのいその しらすなに われなきぬれて かにとたわむる

・故郷を離れ、おのれの才能の限界、貧苦、苦悩に私の人生を思い、悲しみに涙し濡(ぬ)れながら、私は、とある海岸で蟹(かに)と戯(たわむ)れていることだ。
・思いとは裏腹の悲しく寂(さび)しい身の上への感傷が伝わってくる。(句切れなし)

※東海の小島の磯… 函館市の大森浜とも、青森県の大間崎の磯とも言われているが、実際にこの歌が詠まれたのは明治41年(1908年)、東京文京区の金田一京介の下宿先だったとも言われている。
※東海… 東の方の海岸。日本の異称でもある。

■唐きびの花のこずえにひとつずつ蜻蛉をとめて夕さりにけり(長塚節)

・とうきびの はなのこずえに ひとつずつ あきつをとめて ゆうさりにけり

・とうもろこしのそれぞれの花の上に、赤とんぼが一匹ずつ止まって翅(はね)を休めている。日が静かに暮れてゆく中、疲れを癒(いや)しているのか、あるいは、一日の余韻(よいん)に浸(ひた)ってでもいるのか、どのとんぼもみな、じっと静かに止まっている。
・静かな夕暮れ時の農村、唐きび畑の落ち着いた情景がしみじみと伝わってくる。(句切れなし)

※唐きび… とうもろこし。
※蜻蛉(あきつ)… とんぼ。
※夕さる… 古語で、夕方が来る。夕暮れになる。

■遠き樹(き)にひぐらしのこゑ(え)鳴きそろひゆふべとなれば母のこひしき(橋田東声)

・とおききに ひぐらしのこえ なきそろい ゆうべとなれば ははのこいしき

・どこか遠くの木にとまった何匹かの蜩(ひぐらし)が、声をそろえるようにして鳴いているのが聞こえてくる。誰かが泣いて悲しんでいるような、物悲しい響きである。夕暮れも近づく頃にそんな蜩の寂(さび)しげな声を耳にすると、なぜか故郷の母のことが思われて、いっそう恋(こ)い慕(した)われてならない。(句切れなし)

※蜩(ひぐらし)… 体長約3cmのセミ。体色は赤褐色で、緑と黒の模様があり、羽は透明。7、8月頃、日暮れや夜明けに「カナカナ…」と鳴く。俳句では秋の季語。
※セミに関する総合情報「セミの家」(いろいろなセミの鳴き声が聞けます)

■トーストの焼きあがりよく我が部屋の空気ようよう夏になりゆく(俵万智)

・とおすとの やきあがりよく わがへやの くうきようよう なつになりゆく

・ある朝、朝食のためにパンをトースターで焼いたところ、今朝はいつもよりパリッとして香ばしく、ほどよい焼きあがり具合だ。私の部屋の空気も、だんだんと夏のさわやかさが感じられるようになってきていることだ。
・日常のささいな出来事に季節の移ろいを気づかされた作者の驚きと実感がさわやかに詠(うた)われている。

※トースト… 焼いた食パン。
※ようよう… だんだんに。次第次第に。
※俵万智のチョコレートBOX

■飛びあがり宙にためらふ雀)の子羽たたきて見居りその揺るる枝を(北原白秋)

・とびあがり ちゅうにためらう すずめのこ はばたきてみおり そのゆるるえだを

・春、巣立ったばかりの雀(すずめ)の子には、見るもの触れるものが何でも珍(めずら)しい。枝を勢いよく飛び上がると、はばたきながら宙(ちゅう)にとどまって、自分が止まっていたその枝が揺(ゆ)れるのを不思議そうに見ている。
・好奇心の強い子雀の様子を、温かい目で見つめる作者の気持ちが伝わってくる。(四句切れ)

※ためらふ(う)… 空中にとどまったままでいる。
※羽(は)たたく… はばたく。

■短歌の通釈:「な」行

■亡き子来て袖ひるがへしこぐとおもふ月白き夜の庭のブランコ(五島美代子)

・ なきこきて そでひるがえし こぐとおもう つきしろきよの にわのぶらんこ

・夜更(よふ)けの静けさの中、私は一人、月の白い光に照らされた、庭の片隅(かたすみ)に置かれたブランコを見つめ、若くしてこの世を去った娘を偲(しの)ぶ。今、あなたがふと現われて、庭に置かれたこのブランコに乗って、袖を翻(ひるがえ)しながら楽しそうにこいで遊ぶのではと思われてならない。
・娘を失った母の愛慕(あいぼ)の情と悲痛が、何とも切実で哀(かな)しい。(三句切れ)

※昭和二十五年一月、作者五島美代子(ごとうみよこ)の娘で、当時東大生だった長女ひとみが自ら命を絶つ。左翼系学生との恋愛を反対されたことが原因とも言われている。

・埋めむとする子の骨もちて夫とひそかにひと巡りせし東大構内
・花に埋もるる子が死顔の冷たさを一生(ひとよ)たもちて生きなむ吾か
・吾に見よと子が書きおきし文かともくり返しよむ日記短く
・なまなましくあまり柔らかく今年のさくら咲き出づる見てふと憎み居り
・雷撃の如くにわれに来て過ぎ去りし一つの生命とはに思はむ

・わが胎(はら)にはぐくみし日の組織などこの骨片(こっぺん)には残らざるべし
・子の遺影かこめる花の白百合はなまなまと生きてこの夜も匂ふ
・空が美しいだけでも生きてゐられると子に言ひし日ありき子の在りし日に
・空の美しいのも子が生きてゐてこそとかの日言はざりしゆゑ子に死なれしか
・供花(くげ)の菊いろとりどりに装(よそ)ふ子のこの頃すこし笑むかとおもふ

・生くることつひに何ぞと悩みたりし子の骨壺はしづかに埋もる
・逝きし子は蒼空(あおぞら)に咲くばらにして死の誘惑の甘きことあり
・胸つらぬく刃(やいば)となり釘(くぎ)となり支へとなりて亡き子たしかにわが内にあり
・生き残りの三人の心ぼそぼそと雪夜石炭の火によりあへり
・いつか大人の鈍感にゐ(い)て見すごしし瞬時に深く少女傷つけり

※五島美代子(ごとうみよこ)… 歌人。明治31年、東京本郷生まれ。皇太子妃(現美智子皇后陛下)の作歌指南も務めた昭和の代表歌人の一人。昭和31年、長女を失った悲哀(ひあい)の中から「新輯(しんしゅう)母の歌集」を刊行。昭和53年没。

■亡き父のめがねをかけてふざけいる弟に父のおもかげしのぶ(作者不詳)

・なきちちの めがねをかけて ふざけいるおとに ちちのおもかげしのぶ

・ 亡くなったお父さんの形見の眼鏡を持ち出して、かけてふざけている弟を見ていると、ふと、弟の顔にお父さんの面影が重なって、お父さんのことがしみじみとなつかしく思い出されたことだ。(句切れなし)

※ふざけいる… ふざけている。
※弟(おと)… 古語で弟の意。
※おもかげ… 顔かたち。
※しのぶ… 懐(なつ)かしく思い出す。

■鳴く蝉を手握りもちてその頭をりをり見つつ童走せ来る(窪田空穂)

・なくせみを たにぎりもちて そのあたま おりおりみつつ わらべはせくる

・蝉(せみ)を手に握(にぎり)持って、元気に鳴くその蝉の頭を時々大切そうに見やりながら、嬉しくて早く私に見せようと、子どもが夢中で走り寄って来る。

・蝉を捕まえた子どもの喜びや真剣な様子が生き生きと描かれており、夏の季節感を強く感じさせる作品である。(句切れなし)

※手(た)にぎりもちて… 手に(蝉)を握り持って。
※をりをり… ときおり。時々。
※童(わらべ)… 子ども。
※走(は)せ来る… 走って来る。
セミに関する総合情報「セミの家」

■梨畑に袋かけをればジェット機は風に流さるるごとく過ぎゆく(石川不ニ子)

・なしはたに ふくろかけおれば じぇっときは かぜにながさるるごとくすぎゆく

梨畑(なしはた)で、梨の木に実り始めた小さな実に袋をかける作業に専念していた。ふと空を見上げると、初夏のこの清清(すがすが)しい風に運ばれるようにして、一機のジェット機が大空高く、軽やかに駆(か)けてゆく。
・農作業に専念する作者がふいに感じた初夏の清清(すがすが)しさが印象的である。また、人工物であるジェット機の出現によって、作者のおかれている自然の情景がいっそう強調される。(句切れなし)

※袋かけをれば… 実に袋をかける作業をしていると。病害虫や鳥害を防いだり、表皮の日焼けや汚れ、傷を防ぐために、梨の実に袋をかけて保護し育てる。

※石川不二子(いしかわふじこ)… 昭和八年、神奈川県生まれ。東京農工大学農学部卒業後、高校教師に。のち、仲間とともに開拓地の農場に入植。農婦として自然と生活をのびやかに詠(うた)った作品を発表し続けている。

■なつかしき故郷にかへる思ひあり、久し振りにて汽車に乗りしに。(石川啄木)

・なつかしき こきょうにかえる おもいあり、ひさしぶりにて きしゃにのりしに

・懐(なつ)かしい私の故郷へ帰ってゆくような思いが自然に湧(わ)いたことだ。実際に故郷へ帰るわけでもないのだが、久しぶりに汽車に乗ったので。(三句切れ)

■夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳ふかれけり(与謝野晶子)

・なつのかぜ やまよりきたり さんびゃくの まきのわかうま みみふかれけり

・青々と牧草の茂(しげ)る、明るく広大な高原の牧場である。すがすがしい夏の風がふいに山から吹き下りてきて、そこに放たれ草を食(は)んでいるたくさんの若い馬たちが、いっせいにそのぴんと立った耳に心地よい風を受けたことだ。(句切れなし)

※山よりきたり… 「山から吹き下りてきた。」と完了の意で訳すと風の様子と若馬の様子との間に情景の断絶が感じられるため、助動詞「たり」の連用形ととり、「山から吹き下りてきて」と訳す。当初の訳につきご指摘いただいた方に御礼申し上げます。

■夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらん(清原深養父)

・なつのよは まだよいながら あけぬるを くものいずこに つきやどるらん

・ 夏の夜は本当に短いもので、まだ宵(よい)だと思って趣(おもむ)き深い月を眺(なが)め入っていると、いつの間にか、もう夜明け方になってしまった。これでは月はまだ到底(とうてい)西の山まで行きつかないだろうに、今、その姿が見えないのは、雲のどのあたりに隠(かく)れてしまっているからだろうか。

・月を眺めながら夜を明かした時の、その行方(ゆくえ)に首をかしげたくなるほどの夏の短夜(みじかよ)の強い印象と不満な心情を誇張(こちょう)して詠(うた)っている。(句切れなし)

※まだ宵(よい)ながら… まだ宵のままで。「宵」は夕方暗くなってから夜中になるまで。
※明けぬるを… 明けてしまったのに。
※雲のいづこに… 雲のどこに。
※宿るらん… (今頃)月は宿っているのだろう。

※清原深養父(きよはらのふかやぶ)… 清少納言の曾祖父(そうそふ)にあたる人。

★小倉百人一首所収。

■名にしおはばいざ言問わむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(在原業平)

・なにしおわば いざこととわん みやこどり わがおもうひとは ありやなしやと

・都鳥(みやこどり:ユリカモメ)よ、おまえが都などという名を与えられもっているのならば、さあ、一つ尋(たず)ねてみようか、私の愛する妻は今、都(みやこ:京都)で無事に暮らしているかどうかと。

※名にしおはば… そういう名前をもっているのなら。
※言問わむ… 尋ねよう。質問しよう。
※都鳥(みやこどり)… ゆりかもめ。
※思う人… 恋しく思う人。妻。
※ありやなしや… 無事でいるかどうか。元気でいるかどうか。

※武蔵(むさし)の国(ここでは東京)の隅田川のほとりで見慣れない鳥を見つけ、渡し守(わたしもり)にその名を尋(たず)ねると、「都鳥(みやこどり)」と答えたので詠(よ)んだ、とされる。

※在原業平(ありわらのなりひら)… 平安初期の歌人。

■何層もあなたの愛に包まれてアップルパイのリンゴになろう(俵万智)

・なんそうも あなたのあいに つつまれて あっぷるぱいの りんごになろう

・ アップルパイの中の甘美(かんび)なリンゴのように、何層にも何層にもあなたの愛に包まれて、あなたに大切に守られていたい。いつもあなたの心の中の、あなたにとって麗(うるわ)しい私でありたい。
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■なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き(俵万智)

・なんでもないかいわ なんでもないえがお なんでもないから ふるさとがすき

・都会でさまざまな活動に取り組み、日々を暮らしていれば、儀礼(ぎれい)や義理に縛(しば)られ緊張を強いられたり窮屈(きゅうくつ)な思いをすることがあるし、気忙(きぜわ)しくゆとりもなく過ごさなければならないこともある。
・不本意な成り行きや結末に心を痛めたり、心が摺(す)りきれそうになることもあれば、ひたむきなあまりつい自分を見失ってしまいそうになることもある。そんな中、懐(なつ)かしいふるさとへ帰ってみると、ふるさとの人々とのさりげない会話やさりげない笑顔が、こんなにも私の心を和ませ安らがせてくれる。なんでもないこの時間をなんということもなく過ごせるこのふるさとというものは、何とありがたいものなのだろう。

※俵万智(たわらまち)… 昭和37年(1962年)、大阪生まれ。中学2年(14歳)の時、福井県に移転。早稲田大学在学時、歌人佐佐木幸綱(ささきゆきつな)氏の影響を受け、短歌を始める。卒業後、国語教員として神奈川県立橋本高校での4年間の勤務を経て、本格的に創作活動に入る。
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■寝しずまる里のともしびみな消えて天の川白し竹藪の上に(正岡子規)

・ねしずまる さとのともしび みなきえて あまのがわしろし たけやぶのうえに

・夜は更(ふ)けて、村里(むらざと)の家々はどこも灯(あか)りが消えてすっかり寝静まっている。私の目の前にある竹薮(たけやぶ)の上の夜空に浮かびあがった、白くさえざえと輝いている天の川の美しいことといったら。(四句切れ)

■寝よ寝よと母の言う口ぐせを聞きながら解けぬ問題一つになやむ(作者不詳)

・ねよねよと ははのいうくちぐせを ききながら とけぬもんだい ひとつになやむ

・「早く寝なさい」と口ぐせになった母の言葉を何度も耳にしながら、解けないこの問題一つのために、寝るに寝られず、いら立たしい。(句切れなし)

■のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にいてたらちねの母は死にたまふなり(斎藤茂吉)

・のどあかき つばくらめふたつ はりにいて たらちねのははは しにたもうなり

・のどが鮮やかな赤い色をしたつばめが二羽、家の軒先(のきさき)の古びた屋梁(はり)の上にやって来てとまっている。それはまるで、私の母の臨終を静かに見守っているかのようである。私を生み育ててくださった最愛の母は、今まさに死んでゆかれるのだ。
・最愛の母との永遠の別離への作者の無言の慟哭(どうこく:悲しみに大声をあげて泣くこと)が聞こえてくるようである。滅びゆく一つの命と、生命の象徴であるつばめの存在が対照的に描かれている。(句切れなし)

※玄鳥(つばくらめ)… 燕(つばめ)。日本には春に飛来、人家などに巣を作り、秋に南方へ渡る夏鳥。「つばくらめ」は古名(こめい)。つばくら、つばくろともいう。俳句では春の季語。
※屋梁(はり)… 柱の上に横に渡して家屋の屋根を支える木。
※たらちねの… 足乳根の。古来(こらい)和歌に用いられてきた形式的な言葉(「枕詞(まくらことば)」と呼ばれる)の一つで、「たらちねの」は「母」や「親」といった語を導くために使用される。「乳の満ち足りた」の意味で「母」にかかるとする説などがある。
※たまふ(たまう、たもう)…「お~になる」という意味の尊敬語。

※大正2年5月23日、茂吉(もきち)が31歳の時、母守谷いくが脳溢血(のういっけつ)のため亡くなっている。享年(きょうねん)58歳。「みちのくの母の命を一目見ん一目見んとぞただにいそげる」「死に近き母に添寝(そいね)のしんしんと遠田(とおだ)のかわず天に聞こゆる」の項を参照のこと。

★「足乳根(たらちね)の」は「母」にかかる枕詞(まくらことば)。
★枕詞一覧表

※枕詞(まくらことば)… 枕詞は和歌などで特定の語の前に添(そ)える、多くは五音からなる修飾語で、リズムを整え情緒的な表現効果をもつ。実質的な言葉の意味は薄れてしまっている。

■短歌の通釈:「は」行

■萩の上に雀とまりて枝ゆれて花はらはらと石にこぼるる(長塚節)

・はぎのうえに すずめとまりて えだゆれて はなはらはらと いしにこぼるる

・どこからともなく庭に雀(すずめ)が一羽やって来て、萩(はぎ)の枝にとまった。細い枝はしなやかに揺(ゆ)れて、花びらも数枚、地面におかれた石の上に、はらはらとこぼれるように散り落ちる。
・秋の静かな風情、風流のしみじみとした味わいを繊細(せんさい)に表現している。(句切れなし)

■白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる(俵万智)

・はくさいが あかおびしめて みせさきに うっふんうっふん かたをならべる

・赤い色のテープをその周囲に巻かれた大きな白菜(はくさい)が、野菜売り場にいくつも並べて置かれている。みずみずしく豊かに育ち、白く鮮やかに映えた白菜たちの様子は、まるで赤い色の帯を締(し)めて、その豊満(ほうまん)な色白の肉体で、色気と美貌(びぼう)を懸命にアピールしているかのようだ。
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■箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ(源実朝)

・はこねじを わがこえくれば いずのうみや おきのこじまに なみのよるみゆ

・箱根(はこね)の山路をようやく越えると、眼下に広く伊豆の海がひらけている。沖(おき)の小島には波が白々(しらじら)と寄せているのが見えて、山越えの疲れも忘れさせてくれるほどの、まったくすばらしい景観だ。(三句切れ)

※源実朝(みなもとのさねとも)… 鎌倉幕府の三代将軍、歌人。頼朝の二男。藤原定家に歌を学び、万葉調の雄大な歌を残した。

■はたはたと黍の葉鳴れるふるさとの軒端なつかし秋風吹けば(石川啄木)

・はたはたと きびのはなれる ふるさとの のきばなつかし あきかぜふけば

・秋風が吹く季節になると、ふるさとのあの軒端(のきば)では、黍(きび)の葉が風にはたはたと音を立てて鳴っていたものだ。そんなありさまをふと思い浮かべて、私はしみじみとふるさとを懐(なつ)かしんだことだ。(四句切れ)

※はたはたと… 擬音語。黍(きび)の葉が風に鳴る音を表している。
※黍(きび)… イネ科。高さ約1m。実はもち、団子(だんご)、酒などに利用される。
※軒端(のきば)… 軒(のき)の近く。軒は屋根の下端(かたん)の張り出した部分。

■はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る(石川啄木)

・はたらけど はたらけど なおわがくらし らくにならざり じっとてをみる

・いくら働いても働いても、一向(いっこう)に私はこのひどい貧しさから抜け出すことが出来ない。いったい私はこれからどうしてゆけばいいのだろう。自分のやつれた手をただ見つめ、悲嘆(ひたん)にくれるしかなかったことだ。
・生活に困窮(こんきゅう)する作者、啄木(たくぼく)の嘆息(たんそく)が聞こえてくるようだ。(四句切れ)

※明治43年(1910年)7月末、東京での作。

■はちす葉のにごりにしまぬ心もてなにかは露を玉とあざむく(僧正遍照(良岑宗貞))

・はちすはの にごしにしまぬ こころもて なにかはつゆを たまとあざむく

・蓮(はす)の葉は泥(どろ)の中に生え育ちながら、泥の濁(にご)りに染まない清い心をもっているのに、どうして、葉に置く露(つゆ)を玉とそっくりに見せかけて人を欺(あざむ)くのだろう。
・蓮の葉に置く露はころころとまるい。それはまるで玉のように見事に美しいので、うっかりだまされてしまうところだったと、その面白さを詠(よ)んでいる。(句切れなし)

※はちす… 蓮(はす)。
※にごり… 蓮の生えている泥水(どろみず)のこと。
※しまぬ… 染まらない。
※心もて… 清い心をもって。
※なにかは… どうして。
※露(つゆ)… 大気中の水蒸気が冷えて凝結(ぎょうけつ)し、地上の物に付着した水滴(すいてき)。
※玉(たま)… 宝石や真珠(しんじゅ)、美しい石などのこと。
※あざむく… 見せかけてだます。

■花の色はうつりにけりないたづらに我が身よにふるながめせし間に(小野小町)

・はなのいろは うつりにけりな いたずらに わがみよにふる ながめせしまに

・春の長雨(ながあめ)にこもって日を送っている間に、桜の花の色も褪(あ)せてしまったことだなあ、空(むな)しくも。そして、いたずらに世を過ごし、恋の悩みでもの思いをしている間に私も衰(おとろ)え、若さもすっかり失われていたことだ。
・色褪せた桜の花と、衰えた自らの容色を嘆(なげ)き、その心情を同時に映し出している。音調的には「に」「り」の音節を重ね、また、ナ行、マ行、ラ行音を多く用いて、歌にやわらかな響きを与えている。(二句切れ)

※花の色… ①桜の花の色。②美しい容貌(ようぼう)。
※うつりにけりな… 色褪せてしまったなあ。衰えてしまったなあ。
※いたづらに… むなしく、無駄に。
※よにふる… ①世に身を置く。②男女の語らいをする。
※ながめせしまに… ①長雨が降っていた間に、②もの思いに沈んでいた間に。

※小野小町… 平安前期の女流歌人。

★小倉百人一首所収。

■はなび花火そこに光を見る人と闇を見る人いて並びおり(俵万智)

・はなびはなび そこにひかりをみるひとと やみをみるひといて ならびおり

・空(くう)を一気に裂(さ)き激しく弾(はじ)け散る大輪(たいりん)の花の相(そう)、遠い記憶の幻影(げんえい)のように、朧(おぼろ)げで美しく可憐なはなび、、光の協奏… そして、こぼれ落ちる涙のように、舞い落ちる花びらのように、静かにゆっくりと漂い消えゆく光の欠片(かけら)。そして、鮮やかな光の彩(いろど)りの裏側に常に存在する深い闇(やみ)。花火の光は、闇の中にあってはじめてその存在を証す。では、人生を証し立てるものは何だろう。人生は闇に浮かんだ、美しくも空(むな)しい残像に過ぎないのだろうか。光と影、虚(きょ)と実(じつ)、時間と空間… 夜空に上がる花火を見上げ、人生のありようのさまざまを見つめる、人々の群れである。
・仮名表記の「はなび」には夢や憧れ、幻影といった非現実性が、そして、漢字の「花火」には現実や日常、人生の陰影が感じられてくる。
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■母と娘のあやとり続くを見ておりぬ「川」から「川」へめぐるやさしさ(俵万智)

・ははとこの あやとりつづくを みておりぬ かわからかわへ めぐるやさしさ

・若い母親とその娘が、二人で睦(むつ)まじく、和やかにあやとり遊びをしている。そのほのぼのとした様子を、私自身もまたほのぼのとした思いで眺めている。「川」の形から、やがてまた「川」の形へと巡るそのさまは、母と子の優しい心の通い合い、幸福そのものを見るようだ。きっとお母さんも同じようにして、そのまたお母さんとの優しい触れあいを通して、親子の情愛と優しさとを受け継いでいたのだろう。昔ながらの素朴な遊びではあるけれど、二人のこの静かなやりとりの中に、親子の情愛と絆(きずな)、心の触れ合いがほのぼのと伝わって来、その温もりと優しさを自分にも分け与えてもらったような幸せな心持ちである。
★俵万智のチョコレートBOX

■春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山(持統天皇)

・はるすぎて なつきたるらし しろたえの ころもほしたり あめのかぐやま

・春は知らぬ間に過ぎ、いよいよ夏がやって来たらしい。真っ白な衣(ころも)が干してあるのが鮮やかに見えている、あの青葉のみずみずしく茂った天の香具山(かぐやま)のふもとに。
・目のさめるような山の緑色と着物の白とが初夏の日光に照らされたその情景は実に鮮明で力強く、実にすがすがしい印象を与える。(二句と四句で切れている) ※万葉集

※来たるらし… 来たらしい。
※白妙(しろたえ)の… 白い布。白い。また、「袖」にかかる枕詞でもある。
※干したり… 干してある。
※天の… 香具山が天から降った山だという古伝説にもとづき、「天の」という語を添えてをたたえる。上代(主に奈良時代)には「アメ」と読んだ。
※香具山(かぐやま)… 奈良県橿原(かしはら)市にある山。標高148m。耳成山(みみなしやま)、畝傍山(うねびやま)とともに、大和三山として知られている。
※『万葉集』(奈良時代)に所収。
★「白妙(しろたえ)の」は「衣(ころも)」にかかる枕詞(まくらことば)。ここでは実際にも白いという意味が込められている。
★枕詞一覧表

■『新古今集』(鎌倉時代)では次のように改作されており、小倉百人一首にも所収。

・『春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山』
・はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすちょう あまのかぐやま

・春は知らぬ間に過ぎ、いよいよ夏がやって来たらしい。夏になると真っ白な衣(ころも)を干すといわれる天の香具山(かぐやま)に、今、あの通り白い衣が干してあるところを見ると。
・なだらかな香具山の初夏の緑の中に白い衣を見出し、遙(はる)かな万葉の原歌を想起しつつ、さわやかな初夏の訪れに心を動かしている。(二句切れ) ※新古今集

※干すてふ(ほすちょう)… 干すといわれる。(伝聞)

■春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つをとめ(大伴家持)

・はるのその くれないにおう もものはな したでるみちに いでたつおとめ

・ 春の庭園に、紅(くれない) 色に映えて咲く桃の花よ、花の光が照り輝く樹下(じゅか)の道に立ち出でて佇(たたず)む少女よ、ともに誠に美しいことだ。
・主題の焦点が順次絞(しぼ)られてゆき、しかも絵画的な印象が鮮明であり、明るく美しい雰囲気が醸(かも)し出されている。(句切れなし)

※苑(その)… 庭園。
※紅にほふ(くれないにおう)… 紅色に美しく映えて咲いている。
※下照る(したでる)… (桃の花の色で)木の下が照り映えている。
※出立(いでた)つ… 出て立つ。

※「春の庭園は紅(くれない)色に美しく映えている。桃の花の色が赤く輝く道にいで立つ少女の姿の美しさよ」という解釈で二句切れとする説がある。

■春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕べ(北原白秋)

・はるのとり ななきそなきそ あかあかと とのものくさに ひのいるゆうべ

・春のうらがなしい夕暮れ時、戸外の草原を赤々と染めながら、夕陽がゆっくり沈もうとしている。小鳥よ、そんなに哀(かな)しい声で、もうそれ以上鳴かないでおくれよ。いよいよ寂(さび)しさが募(つの)っていってしまうから。
・鳴き続ける鳥の声と春の夕景のものがなしさが印象的である。聴覚と視覚にうったえる作品であり、叙情(じょじょう)豊かに歌い上げられている。(二句切れ)

※な鳴きそ鳴きそ… 鳴くな鳴くなよ。
※外(と)の面(も)… 戸外。

■春の野にすみれ採みにと来しわれぞ野をなつかしみひと夜ねにける(山部赤人)

・はるののに sみれつみにと こしわれぞ のをなつかしみ ひとよねにける

・春の野にすみれの花を摘(つ)みに来た私は、野辺(のべ)を慕(した)い、野辺を懐(なつ)かしんで、ついに一晩、野に宿ることにしたものだ。
・作者の自然に対する愛着の情、素朴(そぼく)な風雅(ふうが)が感じられる歌である。(句切れなし)

※すみれ採(つ)みに… 花を染料にするためだろう。

■春の夜の夢の浮き橋とだえして峰にわかるる横雲の空(藤原定家)

・はるのよの ゆめのうきはし とだえして みねにわかるる よこぐものそら

・短い春の夜の、美しく儚(はかな)い夢がふと途切れて、覚めやらぬ目を明け方の空に向けると、横にたなびく雲が、今、山の峰(みね)から離れてゆこうとしている。
・まるで夢の名残を見るような美しさである。「夢の浮き橋」が、その夢が恋に関係あること、また、「峰にわかるる横雲」が、朝別れてゆく人間の姿を暗示し、幻想(げんそう)的な恋の気分を漂(ただよ)わせている。新古今集を代表する妖艶美(ようえんび)の極(きわ)みというべき名歌として名高い。(句切れなし)

※夢の浮き橋… 儚(はかな)い夢。
※とだえして… 途切れて。夢が途中で覚めたことをいう。
※峰(みね)… 山の頂上。
※横雲(よこぐも)… 横にたなびいている雲。明け方の雲をいうことが多い。

■春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(凡河内躬恒)

・はるのよの やみはあやなし うめのはな いろこそみえね かやはかくるる

・春の夜の闇(やみ)というものは、まったくわけのわからないものだよ。梅の花の色は美しい色合いはなるほど見えはしないけれど、その芳(かんば)しい香りは隠(かく)れるだろうか、いや、隠れはしないではないか。
・春の夜の闇の中にほのかに漂(ただよ)う梅の香(か)を賞美している。「梅の花の姿を一生懸命隠しても、その香は隠れはしない、闇よ、お前のやることは道理がわからない」と闇を擬人化している。(二句、ならびに四句切れの歌)

※あやなし… 筋が通らない。
※色こそ見えね… 確かに色は見えない、見えないけれども。
※香(か)やは隠(かく)るる… 香りは隠れるか、隠れはしない。

■馬鈴薯のうす紫の花に降る雨を思へり都の雨に(石川啄木)

・ばれいしょの うすむらさきの はなにふる あめをおもえり みやこのあめに

・ちょうど今ごろ、故郷岩手の、うす紫色をした馬鈴薯(ばれいしょ)の可憐(かれん)な花に、雨がしとしとと降り注いでいたよなあ。遠く離れた東京に降る雨を眺(なが)めながら思い出すことだ。(四句切れ)

※馬鈴薯(ばれいしょ)… じゃがいも。

■晴れし空仰げばいつも口笛を吹きたくなりて吹きてあそび(石川啄木)

・はれしそら そらあおげばいつも くちぶえを ふきたくなりて ふきてあそび

・ある晴れた日に、ふと空を仰(あお)ぐと、私の故郷の空が思い出された。こうして東京で貧困と失意の生活の中で暮らしていても、空だけはあの頃の故郷の空と何ひとつ変わらない。そんな空を見上げては、口笛を吹いて遊んでいた、夢と希望に満ち溢(あふ)れていた少年の頃の私だったことだ。(句切れなし)

※仰(あお)げば… 上を向いて見上げる。

■ひさかたの光のどけき春の日に
 しづ心なく花の散るらむ
(紀友則)

・ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しずこころなく はなのちるらん

・日の光がやわらかく照るうららかな春の日であるというのに、どうして桜の花は、そんなにも落ち着かずに散り急いでいくのだろう。
・花を擬人化し、花の気持ちが納得できないという形で、桜の花の散るのを惜しんだ歌である。(句切れなし)

※ひさかたの… 「天、空、光、日、星、月、雨、雲」などの言葉にかかる枕詞。
※のどけき… のどかな。
※しづ心なく… 落ち着いた心がなく。あわただしい心で。「しづ心」で一語。
※花の散るらむ… どうして花が散っているのだろう。

★「久方(ひさかた)の」は「光」にかかる枕詞(まくらことば)。
★枕詞一覧表

★小倉百人一首所収。

■人はいさ心も知らずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける(紀貫之)

・ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににおいける

・あなたは、さあ、どうでしょう。心変わりされたのかどうか、そのお心は私にはわかりません。それに対してこのふるさとは、梅の花が、昔のままに同じ香りに咲き匂(にお)っていることですよ。
・昔となんら変わらない自然の様子を述べて、人の心の移りやすさを皮肉っている。(二句切れ)

※人… ここでは、相手である宿の主人。
※いさ… さあ。いや。
※心も知らず… 心もわかりません。
※ふるさと… ここでは、自分にゆかりのある土地。
※花ぞ… ここでは、「梅の花は」
※にほひける(においける)… 咲(さ)き匂(にお)っている

※作者が初瀬(はつせ:奈良県の長谷寺)に参詣(さんけい)する都度(つど)泊(とま)っていた旧知の家に久しぶりに立ち寄ったところ、その家の主人が作者に、「こうして家はちゃんとあるのですよ。ひどいお見限(みかぎ)りようではございませんか」と皮肉ったことに対して、作者もまた皮肉で応じた歌。

★小倉百人一首所収。

■人も馬も道ゆきつかれ死にけり。旅寝かさなるほどのかそけさ(釈迢空)

・ひともうまも みちゆきつかれ しにけり。たびねかさなるほどの かそけさ

・人も馬も、その長い旅路の果てに、疲弊(ひへい)しきってそこで命が果てたのだ。旅寝(たびね)を重ねながら、寂(さび)しく死出(しで)の旅へとついていった、人や馬の哀(あわ)れなことよ。
・歌人、国文学者であり民俗(みんぞく)学者でもある作者が、そのようにして寂しく死を迎えざるをえなかった人や馬への憐(あわ)れみや同情を静かな口調で詠(よ)んでいる。

※道ゆき… 旅をする。
※かそけさ… さびしい、あわれだ。

※釈迢空(しゃくちょうくう)… 本名折口信夫(おりくちしのぶ)、民間伝承探訪の旅路にて詠(よ)んだ大正十二年の作品。当時、ライ病(ハンセン病)などの難病を患(わずら)っていた人が家人や世間の冷遇(れいぐう)を嫌(きら)って失跡し、人知れず死出の旅へとつくことも多かった。また、道端(みちばた)で老衰(ろうすい)や病のために死んだ馬などの鎮魂(ちんこん)のための石碑(せきひ)、供養塔(くようとう)も各地に散在していた。

■ひまわりは金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ(前田夕暮)

・ひまわりは きんのあぶらを みにあびて ゆらりとたかし ひのちいささよ

・ひまわりが、真夏の太陽の、金の油のようにぎらぎらとした強烈(きょうれつ)な光をいっぱいに受けて、大輪(たいりん)の花を咲かせ、高くゆらりと立っている。空に輝く太陽の、いかにも小さく感じられることだ。
・真夏の絶大なエネルギーを感じさせる太陽さえも圧倒する向日葵(ひまわり)の生命力、力強さが詠(うた)われている。(四句切れ)

※金の油… 灼熱(しゃくねつ)の太陽のもと、照りつける陽光を照り返す黄色い向日葵(ひまわり)の花が、まるで金の油を浴びたように見えているさま。
※ゆらりと高し… 向日葵が丈(たけ)高く成長し、咲かせた大輪の花の重みを感じさせるさま。

※前田夕暮(まえだゆうぐれ)… 大正・昭和時代の歌人。本名は洋造。神奈川県の大根村(現秦野市)生まれ。筆名である「夕暮」 は、西行(さいぎょう)の 「心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮」 からとったもの。

■昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり(北原白秋)

・ひるながら かすかにひかる ほたるひとつ もうそうのやぶを いでてきえたり

・ 昼日中(ひるひなか)であるというのに、孟宗竹(もうそうちく)の茂った暗がりの中に、蛍(ほたる)が一匹、かすかな光を明滅(めいめつ)させながら飛んでいる。やがて蛍は暗がりを飛び出し、藪(やぶ)の外に広がる光の世界の中に吸い込まれてゆき、見えなくなってしまった。
・外光に紛(まぎ)れて消滅していった蛍の光が、生命の儚(はかな)さを感じさせる。(句切れなし)

※孟宗… 孟宗竹(もうそうちく)。中国原産。太さ約20cm、高さは10~20mほどにもなる大形の竹。節の間が短い。材は竹細工、花器(かき)、床柱(とこばしら)などに利用され、竹の子は食用。俳句では夏の季語。

■東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(柿本人麻呂)

・ひんがしの のにかぎろいの たつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ

・大和(やまと)の阿騎(あき)の野に宿り、目が覚めて東の空を見やると、すでに茜色(あかねいろ)の光が差し染めている。さて、西の方を振り返って見ると、今や野末(のずえ)に残月(ざんげつ)が没しようとしているところだった。(句切れなし)

※かぎろひ(い)… あけぼのの光。太陽が昇(のぼ)り始めようとする時に差し染(そ)める茜(あかね)色の光。
※かへ(え)り見すれば… うしろを振り返ると。
※月かたぶきぬ… (西の空には)月が傾いて沈みそうになっている。

■吹く風をなこその関と思へども道もせに散るやまざくらかな(源義家)

・ふくかぜを なこそのせきと おもえども みちもせにちる やまざくらかな

・ここは勿来(なこそ)の関(せき)だから、その名前のとおり風よ吹くなよと、吹いてくる風もここ勿来で止めてくれるものであろうはずなのに、風はしきりに吹いて、道もいっぱいになるほどに山桜の花が散り敷(し)いていることだ。

※勿来(なこそ)の関(せき)… 福島県いわき市にあった、「蝦夷(えぞ)」が攻めてくるのを防ぐための関所。「来るな」の意味の言葉に「な来(こ)そ」があり、掛詞(かけことば)として二つの意味をもたせてある。
※道もせに… 道もふさがるほどに。
※源義家(みなもとのよしいえ)がみちのく(東北)に赴(おもむ)いた際に、道に山桜の花が散っていたのを見て詠(よ)んだ。

■吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ(文屋康秀)

・ふくからに あきのくさきの しおるれば むべやまかぜを あらしというらん

・ 風が吹くやいなや、秋の草木がしおれ弱ってしまうので、なるほどそれで、山から吹きおろす風を「荒らし=嵐(あらし)」というのであろう。
・「嵐」に「荒らし」という別の意味をもたせている。また、「山風(やまかぜ)」の二字を一字に合わせて読むと「嵐」となることを言い懸(か)けている。(句切れなし)

※吹くからに… 吹くやいなや。吹くとすぐに。
※しをるれば… しおれるので。
※むべ… なるほどそれで。
※山風(やまかぜ)… 山から吹く風。山の中の風。
※いふらむ… 言うのだろう。

★小倉百人一首所収。

■福寿草の蒼いとほしむ幼な子や夜は囲炉裏の火にあてて居(お)り(島木赤彦)

・ふくじゅそうの つぼみいとおしむ おさなごや よるはいろりの ひにあてており

・ 早春、福寿草(ふくじゅそう)がつぼみをつけたのを見つけた。福寿草がかわいい花を咲かせてくれるようにと、幼い私の子どもは、夜にはその鉢(はち)を囲炉裏(いろり)のそばへ持って来て、火にあてて慈(いつく)しんでいる。
・きっとかわいい花を咲かせてくれるようにと、福寿草をいとしんでいる我が子を優しい目で見て詠(よ)んでいる。(三句切れ)

※福寿草(ふくじゅそう)… 高さ約20cm。早春、茎の先端に黄色い花を一つずつつける。根は薬用。新年の季語。縁起のよい花として正月に飾るところから元日草(がんじつそう)ともいう。

※島木赤彦(しまきあかひこ・しまぎあかひこ)… 明治・大正時代の歌人。長野県生まれ。

■ふくらみて卵を抱けるめん鶏の眼をみすえてわれうたがえり(作者不詳)

・ふくらみて たまごをだける めんどりの まなこをみすえて われをうたがえり

・ 卵を抱いて温めているめん鶏(どり)が、卵がとられるのではと警戒(けいかい)して、疑いに満ちたその目で、じっと私を見据(みす)えている。
・めん鶏の作者への警戒が、緊張感を漂(ただよ)わせながらもユーモラスに描かれている。(句切れなし)

※眼(まなこ)をみすえて…じっと見つめる。

■ふるさとにゐて日毎聴きし雀の鳴くを三年(みとせ)聴かざり(石川啄木))

・ふるさとにいて ひごとききし すずめのなくを みとせきかざり

・ふと思った。自然豊かなふるさとにいた頃には毎日のように耳にしていた雀の鳴き声だったが、ふるさとを遠く離れて暮らす今、もう三年もの間耳にすることがないことだ。(初句切れ)

■ぶらんこにうす青き風見ておりぬ風と呼ばねば見えぬ何かを(俵万智)

・ぶらんこに うすあおきかぜ みておりぬ かぜとよばねば みえぬなにかを

①ふいに目にとまった公園のぶらんこ。妙(みょう)な懐(なつ)かしさを感じるとともに、言い知れぬ寂莫感(せきばくかん)が私を包み込む。そして、さりげなく微笑(ほほえ)んで吹き過ぎてゆく風のように、私自身のおぼろげな幻影(げんえい)が、とらえどころなく現われては消えてゆく。現実と夢との狭間(はざま)を、現実と夢とが交錯(こうさく)する時空を行き交いながら、私はそのぶらんこをぼんやりと見やっていたことだ。

② ぼんやりと見つめる公園のぶらんこ。時間によって既に永遠の域へと押しやられていった、私たち二人で過ごした特別な日々を思う。深い情愛で結ばれた私とあなたの、そのおぼろげな幻影(げんえい)が、とらえどころなく現われては消える。私たち二人の人生の断片が、かすかにではあるが、しかし確かに見えている。
★俵万智のチョコレートBOX

■ ふるさとのなまりなつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きにゆく(石川啄木)

・ふるさとの なまりなつかし ていしゃばの ひとごみのなかに そをききにゆく

・ ふるさとを離れ、ずっと東京で暮らしていると、故郷岩手のお国なまりがたまらなく懐(なつ)かしくなることがある。ある時私は、故郷とを列車で結ぶ上野駅の人ごみの中に、お国なまりの言葉をわざわざ聴(き)きに行ったことだ。(二句切れ)

※なまり… 標準と異なる発音や言葉。その土地の言葉。
※停車場(ていしゃば)… 駅。ていしゃじょう、とも。ステーション。
※そを… それを。
※聴(き)く… 注意深く耳を傾けて聞く。

■ふるさとの山に向かひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな(石川啄木)

・ふるさとの やまにむかいて いうことなし ふるさとのやまは ありがたきかな

・故郷の山は、挫折(ざせつ)や苦労を味わった身の私でも、まるで母のように、優しく懐(ふところ)に抱き包んでくれる。そのすばらしさに、言葉を失うほどである。心和(なご)み、安らぐこの故郷というものは、何とありがたいものなのだろう。(三句切れ)

■噴水が輝きながら立ち上がる見よ天を指す光の束を(佐佐木幸綱)

・ふんすいが かがやきながら たちあがる みよてんをさす ひかりのたばを

・燦燦(さんさん)とふり注ぐ明るい日差しを受けて、煌(きらめ)く噴水(ふんすい)が、まるで生き物のように勢いよく立ち上がった。それは、真っ直ぐに天を指して輝く、希望に満ち溢れた光の束(たば)のようであったことだ。
・立ち上がった噴水の光輝(こうき)の生き生きとした描写が、作者の胸いっぱいの希望や感動を強く伝えてくる。(句切れなし)

※佐佐木幸綱(ささきゆきつな)… 歌人・評論家。早稲田大学政経学部教授。昭和13年(1938年)、東京生まれ。弘綱、信綱、治綱という歌人の家に生まれる。歌人俵万智は佐佐木幸綱の影響で早稲田大学在学中に短歌を始めている。

■へんとうせん切りて寝ている鼻先にみりんぼしやくにおいが流れる(作者不詳)

・へんとうせん きりてねている はなさきに みりんぼしやく においがながれる

・扁桃腺(へんとうせん)を切る手術をして安静にしている私の鼻先に漂うのは、おいしそうな「みりんぼし」の魚を焼くにおいだ。食べたくても食べられないので、ちょっと悔(くや)しい。(句切れなし)


■鳳仙花照らすゆふ日におのづからその実のわれて秋くれむとす(金子薫園)

・ほうせんか てらすゆうひに おのずから そのみのわれて あきくれんとす

・鳳仙花(ほうせんか)が、沈みゆく夕陽の光に照らされる中、その実が自然と割れて、種が弾(はじ)け飛んだ。秋が静かに過ぎてゆこうとしている夕暮れ時である。(句切れなし)

※鳳仙花(ほうせんか)… 高さ約50cm。夏から秋、葉のつけ根に赤・桃・白色などの花を開く。果実は熟すと自らの弾力(だんりょく)で種子をはじき飛ばす。東南アジア原産。
※ おのづから… 自然と。自分から。
※ 秋くれむとす… 秋が暮れようとしている。
※金子薫園(かねこくんえん)… 明治・大正・昭和時代の歌人。東京生まれ。

■牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置の確かさ(木下利玄)

・ぼたんかは さきさだまりて しずかなり はなのしめたる いちのたしかさ

・ 床(とこ)の間に生けた牡丹(ぼたん)の花は、気品あふれる美しい大輪(たいりん)の花を見事に咲かせ、静けさを保って優雅(ゆうが)におさまっている。花が空間に占めている位置の、ゆるがしがたい確かさで。
・床の間の床柱(とこばしら)で囲まれた空間はまるで額縁(がくぶち)のようであり、優雅で気品を誇(ほこ)って咲いている牡丹の花のゆるぎない安定感、絵画的な美しさが醸(かも)し出されている歌である。鎌倉での病中(びょうちゅう)の作。(三句切れ)

※咲き定まりて… 花が満開で咲きおさまっているようす。

■ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ(よみ人知らず)

・ほのぼのと あかしのうらの あさぎりに しまがくれゆく ふねをしぞおもう

・ほのぼのと明るくなった明石(あかし)の浦の朝霧(あさぎり)の中、島かげに隠(かく)れてゆく一艘(いっそう)の舟のことを、しみじみとあわれ深く思うことだ。
・夜が明け染めた朝霧の中を、静かにゆっくりと舟が島かげに隠れてゆくさまをいつまでも目で追って、しみじみと旅情に浸(ひた)っている。(句切れなし)

※明石(あかし)の浦(うら)… 兵庫県明石市の海岸。地名である明石と明るい意の「明かし」とをかけ、二つの意味をもたせている。
※島隠(しまがく)れゆく… 島に隠(かく)れて見えなくなってゆく。島は淡路島(あわじしま)か。
※舟をしぞ思ふ… 舟をしみじみと思う。

★「ほのぼのと」は明石にかかる枕詞(まくらことば)であるが、実景でもある。
★枕詞一覧表

※左註に、ある人の説として柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の作としている。

■ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく(後鳥羽上皇)

・ほのぼのと はるこそそらに きにけらし あまのかぐやま かすみたなびく

・ 待ち望んでいた春が、今やほのかに空にやって来たらしい。天(あま)の香具山(かぐやま)に、春の霞(かすみ)がたなびいているのを見ると。
・懐古的(かいこてき)な情趣とほのぼのとした春の気分とを、帝王らしい大らかさで写実的に歌い上げている。(三句切れ)

※ほのぼのと… ほのかに。ほんのりと。(副詞)
※春こそ空に… 春は空の方から霞(かすみ)とともに訪れる。
※来にけらし… 来たらしい。
※天(あま)の… 香具山(かぐやま)が天から降ったという伝説があるため、美称として添(そ)える。万葉集では「あめの」と読む。
※香具山(かぐやま)… 畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)と共に大和三山(やまとさんざん)の一つで、奈良県桜井市にある。