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■短歌の通釈:「か~さ」行


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■中学受験での入試問題や模試、教材等でよく扱われる俳句・短歌の通釈を掲載しています。

俳句・短歌トップページ
『月の異名(古称)』・『旧暦と新暦』
旧暦・西暦の相互変換

俳句
・俳句は「五・七・五」の十七音で詠まれる世界で最も短い定型詩です。俳句には季語(季節を表す言葉)を必ず一つ詠み込むのが作法となっています。
『季語一覧表』と『俳句の基本』

短歌
短歌は「五・七・五・七・七」の三十一音で詠まれる定型詩です。俳句には季語を必ず一つ詠み込むことが作法となっていますが、短歌にはそのような決まりはありません。短歌には一定の言葉を修飾する「枕詞(まくらことば)」が使われることがあります。

『枕詞一覧表』と『短歌の基本』

俳句の通釈
①俳句(1):あ行暫定リニューアル
②俳句(2):か~さ行暫定リニューアル
③俳句(3):た~は行暫定リニューアル
④俳句(4):ま~わ行暫定リニューアル

短歌の通釈
①短歌(1):あ行暫定リニューアル
②短歌(2):か~さ行暫定リニューアル
③短歌(3):た~は行暫定リニューアル
④短歌(4):ま~わ行暫定リニューアル

■帰り来ぬものを轢かれし子の靴をそろえ破れし服をつくろう(作者不詳)

・かえりこぬものを ひかれしこの くつをそろえ やぶれしふくをつくろう

・自動車に轢(ひ)かれて亡(な)くなった我が子がその時履(は)いていた靴(くつ)をそろえてやり、服も破れを繕(つくろ)ってやる母。二度と自分の元へは帰って来ないというのに。戻せるものなら時間を戻したい、不幸な結末など無かったことにしたい。そんなことは絶対に出来るはずがない。それでも、愛する我が子を失った現実が、命の消滅という事実が、一体どうして受け入れられるというのだろう。
・母親の痛ましい心情、運命の非情。これ以上にない悲しさが切実に伝わり、涙を誘う。(句切れなし)

※轢(ひ)かれし… 車にひかれた。

■かがやける少年の目よ自転車を買い与へんと言ひしばかりに(作者不詳)

・かがやける しょうねんのめよ じてんしゃを かいあたえんと いいしばかりに

・欲しがっていた自転車を買ってやろうと我が子に約束したところ、たちまち頬(ほお)を火照(ほて)らせ、満面に笑みを浮かべながら心を覗(のぞ)き込むように私の目を見つめる。少年のその瞳は、夢に満ちてきらきらと輝く、純真そのものの瞳であったことだ。(二句切れ)

■かすみたつ長き春日をこどもらとてまりつきつつきょうもくらしつ(良寛)

・かすみたつ ながきはるひを こどもらと てまりつきつつ きょうもくらしつ

・うららかに晴れ霞(かすみ)のたなびくのどかな春の日長(ひなが)を、子どもたちと一緒に楽しく手まりをつきながら、今日も私は一日中過ごしてしまったことだなあ。(句切れなし)

■かにかくに渋民村は恋しかりおもいでの山おもいでの川(石川啄木)

・かにかくに しぶたみむらは こいしかり おもいでのやま おもいでのかわ

・思い通りにならず、堪(た)えなければならない辛(つら)いことや苦しいことばかりに見舞われて生きていると、ふと、懐(なつ)かしい故郷岩手の渋民村(しぶたみむら)が思い出されてくる。思い出の中の山も川も昔のままに、ただそこにそうしてあるだけだが、ぼろぼろに傷ついた私を癒(いや)し、優しく受け入れてくれるのは、故郷のその美しい自然であるに違いない。もう、いてもたってもいられないほどに、あの故郷が恋しくてたまらないのだ。(三句切れ)

※かにかくに… 古語で、「あれこれと、いろいろと、ともかくも」の意。

■瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり(正岡子規)

・かめにさす ふじのはなぶさ みじかければ たたみのうえに とどかざりけり

・病で臥(ふ)す私の床(とこ)のそばの、瓶(かめ)にいけた藤の花房(はなぶさ)が美しく垂(た)れている。花房は、わずかに短くて畳(たたみ)に届いていない。その微妙に保たれた均衡(きんこう)が、ふと私の心を満たしたことだ。今年の春もはや暮れていこうとしている。寝床にあって、花房と畳とのわずかな空間の微妙を捉(とら)えた作者の繊細な視点が異色である。(句切れなし)

■唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてぞ来ぬや母なしにして(他田舎人大島)

・からころむ そそにとりつき なくこらを おきてぞきぬや おもなしにして

・防人(さきもり)として任地に赴(おもむ)く私の着物の袖にすがりついて、別れを惜(お)しんで泣き悲しむ子どもたちを、家に残したまま来てしまったことだ。子供の世話をする母親もいないのに。(四句切れ)

※防人(さきもり)… 外国の侵略(しんりゃく)に備えて、諸国の軍団の兵士の中から派遣され、今の北九州地方の防備にあたった。定員約千名、勤務年限三年で、多く東国人(とうごくじん)を採用した。
※防人の歌は、防人や防人の家族たちの歌であり、親子や夫婦の別離の悲しみを東国方言に託(たく)して歌いあげた真情あふれた作が多い。他田舎人大島(おさだのとねりおおしま)は信濃(しなの:現長野県)の防人。
※母をもたない子どもを無理に残して任地に赴かなければならなかった父親の悲痛な心情と、防人という公務が個人的な事情をまったく考慮(こうりょ)されない強制力の強いものであったことがうかがわれる。
※唐衣(からころむ)… 防人としての官給(かんきゅう)の服。「からころむ」は「からころも」の東国方言。
※「唐衣(からころも)」を「裾(すそ)」にかかる枕詞(まくらことば)とする説がある。

■ガラス戸の外にすえたる鳥かごのブリキの屋根に月うつる見ゆ(正岡子規)

・がらすどの そとにすえたる とりかごの ぶりきのやねに つきうつるみゆ

・月の清(さや)かに照る静かな夜、ガラス戸越しに見えている、濡(ぬ)れ縁(えん)に置いた鳥かごのブリキの屋根に照り返している月の明かりを眺(なが)めては、私の寝床(ねどこ)からは見えない月の姿を思い見ることだ。(句切れなし)

※脊椎(せきつい)カリエス(脊椎が結核菌に侵される病気。脊椎変形を起こす)で寝たきりの生活を送っていた子規のため、高浜虚子(たかはまきょし)の手配で自宅の病室にガラス戸が入れられ、それによって庭や庭に咲く草花、星や月を歌材とする作品が数多く作られた。
※関連歌、「ガラス戸の外のつきよをながむれどランプのかげのうつりて見えず」を参照のこと。

■ガラス戸の外のつきよをながむれどランプのかげのうつりて見えず(正岡子規)

・がらすどの そとのつきよを ながむれど らんぷのかげの うつりてみえず

・美しい月夜の景色を眺(なが)めようと、寝床(ねどこ)からガラス戸越しに外を見やったが、生憎(あいにく)部屋のランプの光がガラスに映って外の景色が何も見えず、がっかりしてしまったことだ。(句切れなし)

※「ガラス戸の外にすえたる鳥かごのブリキの屋根に月うつる見ゆ」の項を参照のこと。

■川ひとすぢ菜たね十里の宵月夜母が生まれし国美くしむ(与謝野晶子)

・かわひとすじ なためじゅうりの よいづきよ ははがうまれし くにうつくしむ

・春の宵(よい)、静かに流れている一筋の川に沿って、どこまでも菜種の花が咲いている。夕月の青い光が、川面や菜の花をおぼろに照らし、まるで夢のような月夜の美しさである。こんな美しい国が、母の生まれたふるさとなのだと思うと、母を慕いつつ、たまらなく愛しくなることだ。

※国… ここでは大阪の河内の平野。
※美(うつ)くしむ… 古語に「慈(うつく)しむ、愛(うつく)しむ」で、「いとおしむ」の意の語がある。

■汽車の窓はるかに北にふるさとの山見え来れば襟を正すも(石川啄木)

・きしゃのまど はるかにきたに ふるさとの やまみえくれば えりをただすも

・汽車に乗り、窓の外を眺(なが)めていたら、北のはるか向こうにふるさとの山(岩手山)が見えてきたので、思わず、身のひきしまる思いになったことだ。(句切れなし)

■君がため春の野にいでて若菜つむわが衣手に雪はふりつつ(光孝天皇)

・きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ

・あなたに差し上げるために、春の野に出て若菜を摘(つ)んでいると、私の袖には春だというのに雪がしきりに降りかかってくるのでした。これは、そのようにして摘んだ若菜なのです。
・作者の優しい真情が率直に詠(うた)われ、すがすがしい気分を伝えている。(句切れなし)

※若菜… 春の初めに生える食用になる若菜の総称。春の七草(なずな、せり、はこべ、すずな、すずしろ、ごぎょう、ほとけのざ)など。「若菜摘(つ)み」は、正月子(ね)の日にに七種の若菜を摘んで食べると災(わざわ)い・万病(まんびょう)を除(のぞ)くという行事。
※光孝(こうこう)天皇がまだ親王(しんのう)であった時代に、人に若菜(わかな)を贈るのに際して添(そ)えた歌。当時、人にものを贈る際に歌を添える風習があった。

★小倉百人一首所収。

■今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海(俵万智)

・きょうまでに わたしがついた うそなんて どうでもいいよと いうようなうみ

・生まれてから今日までに私がついてきた、さまざまな嘘(うそ)。大らかに、深く澄(す)んで、ただそこに遥(はる)かに広がるばかりの海原は、そんな私と私の罪を、黙って許してくれている。大らかさゆえの無関心のようで、それでいて、私の思いも受け入れてくれているかのような、優しく、安堵(あんど)をもたらしてくれる海である。

※俵万智のチョコレートBOX

■清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みな美しき(与謝野晶子)

・きよみずへ ぎおんをよぎる さくらづきよ こよいあうひと みなうつくしき

・春、宵闇(よいやみ)の迫(せま)るころ、清水(きよみず)の方へと華(はな)やいだ祇園(ぎおん)の町を歩いていると、夜空に浮かび上がり美しく匂(にお)う桜の花に、月は霞(かす)んで見えている。そぞろ歩きをする誰もが、妖(あや)しくも美しい夜の桜に酔(よ)いしれ、心を浮き立たせている。行き交うそんな人々は、男も女も皆、私にはいっそう美しく感じられたことだ。
・夜の桜の妖(あや)しい美しさに心奪(うば)われる人々と華(はな)やいだ京都の幻想的(げんそうてき)な情緒(じょうしょ)、そして、与謝野鉄幹(よさのてっかん)との出会いによる晶子(あきこ)の至福(しふく)の情感と高揚(こうよう)した気分とが伝わってくる。(三句切れ)

※桜月夜(さくらづきよ)は「朧(おぼろ)月夜」「桜」を組み合わせた与謝野晶子の新造語。
※本作所収、歌集「みだれ髪」には、与謝野鉄幹との激(はげ)しい恋愛の過程で生み出された歌を多く収め、積極的に人間性を肯定し、恋愛感情や青春の官能を歌いあげている。

※与謝野晶子(よさのあきこ)… 大阪府堺市出身。明治・大正・昭和時代の歌人。自由奔放(じゆうほんぽう)・官能的(かんのうてき)・情熱的な歌風で知られる。
※与謝野鉄幹(よさのてっかん)… 歌人・詩人。

■清らなる山の水かも蟹とると石をおこせば水の流らふ(島木赤彦)

・きよらなる やまのみずかも かにとると いしをおこせば みずのながろう

・何と清らかに澄(す)んだ沢の水であろう。蟹(かに)をとろうと水底(みなそこ、みなぞこ)の石をおこすと、澄みきった水の中で、さっと砂の流れてゆくのが見える。(二句切れ)

■草の実のはぜ落つる音この谷のところどころに聞こえつつおり(斎藤茂吉)

・くさのみの はざおつるおと このたにの ところどころに きこえつつおり

・秋の静かな谷間(たにあい)の路(みち)を辿(たど)り、ふと歩みを止めると、辺りで時折(ときおり)、ピシッ…、ピチッ…という微(かす)かな音が聞こえてくる。一体何の音だろうと耳を澄(す)まして聞くと、それは、熟した草の実がはじけ落ちる音だった。山間(やまあい)の静かな、そして、ひっそりとした秋の風情である。(句切れなし)

■くさふめばくさにかくるるいしずゑのくつのはくしゃにひびくさびしさ(会津八一)

・くさふめば くさにかくるる いしずえの くつのはくしゃに ひびくさびしさ

・今となっては歴史の時間の中に埋没(まいぼつ)し、姿をとどめない山田寺の跡地(あとち)を訪れ、生い茂る草を踏(ふ)み分けて歩いていると、ふと、私の乗馬靴(じょうばぐつ)の拍車(はくしゃ)が、何かに触れてこすれた音を立てた。それは、草に隠れて見えず、私の足元にあった山田寺の礎石(そせき)に当たって出た音だった。その乾いた音の、何と空(むな)しく、さびしい響きであったことだろう。(草ふめば草に隠るる礎の靴の拍車にひびく悲しさ)
・カ行音の繰り返しにより、響いてきた音のさびしさ、空しさがいっそうよく伝わってくる。(句切れなし)

※いしずゑ(え)… 奈良県桜井市山田の、蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらのやまだのいしかわのまろ)が建立(こんりゅう)した山田寺跡地(あとち)に残る礎石(そせき)。
※拍車(はくしゃ)… 乗馬用の靴(くつ)のかかとにつける金具。かかとの側(かわ)に小さな歯車をつけ、それで馬の横腹を蹴(け)って馬を御(ぎょ)する。
※山田寺(やまだでら)…蘇我氏(そがし)一族であった蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらのやまだのいしかわのまろ)は宗家(そうけ)の蘇我入鹿(そがのいるか)と対立し、娘婿(むすめむこ)の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ:後の天智天皇)について蘇我氏打倒に参画(さんかく)、改新政府の右大臣を務めたが、異母弟(いぼてい)蘇我日向(そがのひむか)により謀叛(むほん)の疑いをかけられ、649年、建造中の山田寺の仏殿において妻子一族と共に、失意のうちに自害して果てた。後に疑いが晴れ、山田寺は着工から45年を経てようやく完成したが、1187年に興福寺(こうふくじ)の僧兵(そうへい)によって焼き払われた。
※1982年、東面回廊跡(かいろうあと)の発掘(はっくつ)調査で西向きに倒壊(とうかい)した状態で屋根瓦(やねがわら)、縁石(ふちいし)、そしてほぼ原形のままの木製の連子窓(れんじまど)が発掘され、世界最古の木造建築である法隆寺よりもさらに半世紀も遡(さかのぼ)る木造建築物の遺物となった。

※会津八一(あいづやいち)… 「あめつちに われひとりゐ(い)て たつごとき このさびしさを きみはほほゑ(え)む」の項を参照のこと。

■草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり(北原白秋)

・くさわかば いろえんぴつの あかきこの ちるがいとしく ねてけずるなり

・明るく広がる緑の若草の上で、赤い色鉛筆をナイフで削(けず)ると、芯(しん)の赤い粉が若草の葉にこぼれ落ちる。その鮮やかな赤い色のこぼれ落ちるさまを見ていると、何だか妙(みょう)にいとしく感傷的な気持ちになって、寝転がってそれを見続けながら色鉛筆を削ったことだ。若草のみずみずしい緑の色彩にうち重なってゆく鮮やかな赤が対照的である。(初句切れ)

※赤と緑とは反対色で、刺激を高める対照的な色どうしである。

■葛の花踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり(釈迢空)

・くずのはな ふみしだかれて いろあたらし このやまみちを ゆきしひとあり

・葛(くず)の花が踏(ふ)みにじられて、そのなまなましい色を道ににじませてりる。めったに人が通らないようなこの草深い山道を、つい今しがた、私より先に通っていった人があるのだなあ。(三句切れ)

※釈迢空(しゃくちょうくう)… 大正・昭和時代の歌人・詩人・国文学者・民俗(みんぞく)学者。古語・古句を駆使(くし)し、人情の機微(きび)にふれた近代的な感受性を加味した作風で知られる。

■薬のむことを忘れて、ひさしぶりに、母にしかられしをうれしと思へる。(石川啄木)

・くすりのむことをわすれて ひさしぶりに ははにしかられしを うれしとおもえる

・病のための薬をつい飲み忘れていると、薬を飲まねばと母親が私を叱(しか)ってくれた。大人になって、こうして母親にしかられるのは久しぶりのことだが、親子の絆(きずな)、母親の深い情愛を感じ、母に叱られたことがうれしいとさえ思われたことだ。(句切れなし)

※啄木(たくぼく)の母は体の弱い啄木が丈夫に育つよう願い、生涯(しょうがい)卵と鶏肉(けいにく)を断ち、また晩年には自分の好きな茶を断って息子の平復(へいふく)を祈ったという。啄木が26歳で肺結核のため死去する一ヶ月前の明治45年(1912年)3月に亡(な)くなっている。

■くれなゐのニ尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る(正岡子規)

・くれないの にしゃくのびたる ばらのめの はりやわらかに はるさめのふる

・ニ尺ほど伸びたばらの赤い新芽に出たやわらかそうなとげを包むように、春雨が静かに、やさしく降り注いでいる。
・季節の推移(すいい)や生命感が伝わるとともに、いかにもやわらかでみずみずしい印象を与える歌である。(句切れなし)

※くれなゐ(い)… 紅色。
※二尺… 一尺は約30cm。
※針… とげ。
※「やはらかに」には、①薔薇の芽の「針のやわらかさ」と、②「春雨のやわらかに降るさま」の二つの意味をもたせてある。
※「の」の音の反復が、やわらかな印象とリズムを与えている。

■心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ(西行)

・こころなき みにもあわれはしられけり しぎたつさわの あきのゆうぐれ

・俗人(ぞくじん)の感情を絶ち切った、出家僧(しゅっけそう)である私の身にも、鴫(しぎ)が飛び立つ水辺の秋の夕暮れのものさびいい風情には、しみじみとした情趣が感じられることだ。(三句切れ)

※心なき身… 俗人(ぞくじん)のような愛憎(あいぞう)悲喜(ひき)の感情をもたない僧侶(そうりょ)の身。出家によって一切の世間の煩悩(ぼんのう)を離れることから。
※あはれ… もののあはれ。しみじみとした情趣。
※沢(さわ)… 湿地帯。谷より浅く、広い。
※鴫(しぎ)… 夏から秋にかけて田や沢などにいる中型の渡り鳥で、くちばしと足が長い。羽音(はおと)が高い。
※立つ… 飛び立つ。

※西行(さいぎょう)… 平安末期・鎌倉初期の歌人で、僧。もと、北面(ほくめん:院警護)の武士。二十三歳で出家後、自然を友とする諸国の旅を続け、自己の内面を平明、自在に詠(うた)い、後世に大きな影響を与えた。新古今和歌集には94首と最も多く収められている。
※逸話(いつわ)
源頼朝が鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に参詣(さんけい)した折(おり)、道端(みちばた)にかしこまっている老法師(ろろうほうし)の人品(じんぴん)を見て、ただものならずと見抜き、館に伴(ともな)い帰って終夜語り合った。この老僧に畏敬(いけい)の念(ねん)を抱いた頼朝は、別れに際し猫の形をした銀の香呂(こうろ)を贈ったが、彼は門前にいた子どもに惜(お)しげもなくそれを与えて、どこへともなく立ち去って行ったという。

■こころよく我にはたらく仕事あれそれを仕遂げて死なむとぞ思ふ(石川啄木)

・こころよく われにはたらく しごとあれ それをしとげて しなんとぞおもう

・貧しさや苦悩(くのう)、病など、我が身にふりかかるさまざまな困難のために、人は、時には己(おのれ)の理念に背いて生きざるをえないこともある。もし、今私に、自分の生涯(しょうがい)をかけて尽(つ)くすことの出来る仕事が天より与えられたなら、自己の信念に従って私は生き、そして、その仕事を全(まっと)うするために命を捧(ささ)げてもよい。それはまた、人間としての本望であろう。(三句切れ)

■不来方のお城の草に寝ころろびて空に吸はれし十五の心(石川啄木)

・こずかたの おしろのくさに ねころびて そらにすわれし じゅうごのこころ

・盛岡城(もりおかじょう)の城跡(じょうせき)の草の中に寝転び、青く広い空を眺(なが)めながら、ふくらむ夢や希望をそこに託(たく)していた、十五才の私だったことだ。(句切れなし)

■子どもらと手まりつきつつこの里に遊ぶ春日は暮れずともよし(良寛)

・こどもらと てまりつきつつ このさとに あそぶはるひは くれずともよし

・子どもたちと一緒に手まりをつきながら、この村里(むらざと)で楽しく遊ぶ春の一日だから、このままずっと暮れないでいてほしいものだ。(句切れなし)

※良寛(りょうかん)… 江戸後期の曹洞宗の僧、歌人。

■子どもらは列をはみ出しわき見をしさざめきやめずひきいられ行く(木下利玄)

・こどもらは れつをはみだし わきみをし さざめきやめず ひきいられゆく

・先生に率いられた子どもたちが、お喋(しゃべ)りをしたりはしゃいだりしながら、列になって道を歩いている。列をはみ出している子もいれば、わき見をしている子もいて、随分(ずいぶん)と賑(にぎ)やかで楽しそうだ。作者は、無邪気(むじゃき)な子どもたちの様子をほほえましく見つめている。(句切れなし)

※さざめき… にぎやかな声や音。

■この朝け霧おぼろなる木の影に日のけはいして鳥鳴きにけり(島木赤彦)

・このあさけ きりおぼろなる きのかげに ひのけはいして とりなきにけり

・今日の明け方は、見ると一面に霧(きり)が立ちこめている。霧の中に沈んでぼうっと霞(かす)んで見えていた木立(こだち)が、やがてぼんやりとその姿を浮き上がらせてきたのは、昇(のぼ)り始めた朝日の光を受けているからだろう。どこからともなく、鳥たちのさえずりも聞こえ始めてきた。(句切れなし)

※朝明(あさけ)… 古語で、夜明け方。
※おぼろ… ぼうっと霞むさま。
※影(かげ)… ものの姿、形。
※日の気配(けはい)… 何となく感じられる朝日の様子。

■この三朝あさなあさなをよそほひし睡蓮の花今朝は開かず(土屋文明)

・このみあさ あさなあさなを よそおいし すいれんのはな けさはひらかず

・この三日間、朝には必ず美しく咲いていた睡蓮(すいれん)の花なのに、今朝はもう咲かない。美しくもはかない花の命がわびしいことだ。(句切れなし)

■駒とめて袖うち払うかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ(藤原定家)

・こまとめて そでうちはらう かげもなし さののわたりの ゆきのゆうぐれ

・乗る馬を暫(しばら)くとめて、袖に降りかかった雪を払おうにも、その物陰(ものかげ)さえもないことだ。ここ佐野(さの)の辺りの、雪の降りしきる夕暮れ時よ。苦しさ、わびしさよりも優美で絵画的な印象を与える幽玄(ゆうげん)の趣(おもむき)の作である。(三句切れ)

※駒(こま)… 馬。
※陰(かげ)もなし… 家はもちろんのこと、物陰さえない。
※佐野(さの)… 和歌山県南部の地名。
※わたり… 辺(あた)り。また、「渡し」の意だとする説もある。

※藤原定家(ふじわらのていか・さだいえ)… 平安末期・鎌倉初期の歌人、歌学者。

■これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあふ坂の関(蝉丸)

・これやこの ゆくもかえるも わかれては しるもしらぬも おうさかのせき

・これがまあ、東国へ行く人も都へ帰って来る人も、ここで別れたり出逢(であ)ったり、また、互いに知る人、知らぬ人がここで逢(あ)うという、名に聞くあの逢坂(おうさか)の関(せき)なのだなあ。逢坂の関での人々の別れと出逢い、人生の断面を詠(うた)っている。(句切れなし)

※逢坂(おうさか)の関… 京都府と滋賀県の境の関所で、鈴鹿(すずか)の関(三重県)、不破(ふわ)の関(岐阜県)とともに昔の三関(さんかん)の一つ。
※蝉丸(せみまる)… 平安中期の歌人。伝記不明。盲目(もうもく)で琵琶(びわ)の名手であったという。
※掛詞(かけことば)… 「あふ」には、①動作「逢(あ)う」の意味と、②地名「逢坂(あふさか=おうさか)」の「逢(あふ=おう)」との二つの意味をもたせてある。

★小倉百人一首所収。

■金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に(与謝野晶子)

・こんじきの ちいさきとりの かたちして いちょうちるなり ゆうひのおかに

・秋の淡(あわ)い夕陽に照らされて、まるで金色をした小さな鳥が舞うように、岡の銀杏(いちょう)の葉がはらりはらりと散ってゆく。(四句切れ)

■短歌の通釈:「さ」行

■さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園(俵万智)

・さくらさくら さくらさきそめ さきおわり なにもなかったようなこうえん

・桜の花の季節を迎えると、ようやく本格的な春である。誰もが桜の話題でもちきりで、今か今かと待ち望んでいた桜がようやくほころび、やがて散り果ててしまうと、桜を愛(め)でる人々であれほど賑(にぎ)やかだった公園が、何もなかったようにもの寂(さび)しい風情であることだ。

※俵万智のチョコレートBOX

■桜ばないのち一ぱい咲くからに生命をかけてわが眺めたり(岡本かの子)

・さくらばな いのちいっぱい さくからに いのちをかけて わがながめたり

・儚(はかな)くも可憐(かれん)な桜の花よ。生命(いのち)に燃え、生命の色を咲かせる桜の花よ。その美しさは、生命そのものの美しさ。私は生命を見つめる。私自身の生命をかけて、桜の花の生命を見つめる。(句切れなし)

■さざなみや志賀の都はあれにしを昔ながらの山ざくらかな(平忠度)

・さざなみや しがのみやこは あれにしを むかしながらの やまざくらかな

・志賀(しが)の都は荒れ果てて見る影もないが、長良山(ながらやま)の桜は、昔のままに美しく咲き匂(にお)っていることだ。(句切れなし)

※志賀の都… 天智(てんじ)天皇の御代(みよ)、大津(滋賀県の琵琶湖のほとり)に作られた都。壬申(じんしん)の乱で滅ぼされた。
※掛詞(かけことば)… 「昔ながら」には、「昔のまま」と「長等山(ながらやま)」と、二つの異なる意味をもたせてある。
※この歌を収めた千載(せんざい)和歌集を撰進(せんしん)した時、平氏は朝敵(ちょうてき)となっていたので平忠度(たいらのただのり)の名を伏(ふ)せて「よみ人知らず」として収録(しゅうろく)した。
※「さざなみや」は「志賀(しが)」にかかる枕詞(まくらことば)。

■寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕ぐれ(寂連)

・さびしさは そのいろともし なかりけり まきたつやまの あきのゆうぐれ

・このもの寂(さび)しさというのは、特に景色のどの色合いのせいというわけでもないのだなあ。一年中真木(まき:杉・ヒノキなどの常緑樹)の緑に覆(おお)われて、秋らしさを感じさせるわけでもないこの山の、何とも言えない夕暮れ時のもの寂しさよ。(三句切れ)

※その色としも… 特にどの色のせいというわけでも。
※真木(まき)… 槇(まき)とも。杉やヒノキなどの常緑樹。

※寂連(じゃくれん)法師(ほうし)… 俗名(ぞくみょう)は藤原定長(ふじわらのさだなが)。

■「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)

・さむいねと はなしかければ さむいねと こたえるひとの いるあたたかさ

・「寒いね」と、何気(なにげ)ないひとときに、何気なくあなたと交わした、何気ない言葉。真冬の寒さを共感し合える人が、こうして私のそばにいてくれることに、私は幸せと喜びを感じずにはいられない。

※俵万智のチョコレートBOX

■沢がにをもてあそぶ子に銭くれて赤きたなそこを我は見たり(釈迢空)

・さわがにを もてあそぶこに ぜにくれて あかきたなそこを われはみたり

・夏、谷川で沢蟹(さわがに)をつかまえて、手に持って遊んでいる子どもがいたので、お金を与えてその小さな蟹(かに)を譲(ゆず)ってもらった。そして、左右で大きさの違った赤いはさみやその動きを興味深くまじまじと見て、その面白さを味わった。民俗(みんぞく)学者として各地の風俗(ふうぞく)や伝統、文化などを調査する旅の途上でのひとこまであろう。(句切れなし)

※沢蟹(さわがに)… 北海道を除く各地の谷川など清流にすむ。大きさは2~3cm。はさみは普通、右側のものが大きい。イシガニ。
※もてあそぶ… 手に持って遊ぶ。いじくる。
※掌(たなそこ)…古語で、手のひら。ここでは蟹(かに)のはさみ。

※釈迢空(しゃくちょうくう)… 大正・昭和時代の歌人・詩人・国文学者・民俗(みんぞく)学者。古語・古句を駆使(くし)し、人情の機微(きび)にふれた近代的な感受性を加味(かみ)した作風で知られる。

■志賀の浦や遠ざかりゆく波間より氷りて出づる有明の月(藤原家隆)

・しがのうらや とおざかりゆく なみまより こおりていずる ありあけのつき

・琵琶湖(びわこ)の志賀(しが)の浦(うら)の、岸から凍(こお)りはじめてだんだん沖の方へと遠ざかってゆく波間から、凍ったように冴(さ)えきった光を放って出た夜明けの月の幽寂(ゆうじゃく)な光であることよ。(句切れなし)

※志賀(しが)の浦(うら)や… 志賀の浦の。志賀の浦は琵琶湖西岸、大津市の北の辺り。
※幽寂(ゆうじゃく)… 奥深く、もの静かなこと。

■しきしまのやまと心を人とわば朝日ににほふ山ざくら花(本居宣長)

・しきしまの やまとごころを ひととわば あさひににおう やまざくらばな

・大和心(やまとごころ=日本人の気性(きしょう))とはどういうものかと人に尋(たず)ねられたならば、それは、朝日に美しく照り映えた山桜の花のようなものであると答えよう。(句切れなし)

※大和心(やまとごころ)… 日本人の気性(きしょう)。
※にほふ(におう)… 色が照り映える。
※「しきしまの」は「大和(やまと)」にかかる枕詞(まくらことば)。

■しずかなる峠をのぼり来し時に月の光は八谷を照らす(斎藤茂吉)

・しずかなる とうげをのぼり こしときに つきのひかりは やたにをてらす

・静かな箱根の峠を登りきったその時に、ふと見ると、白く煌煌(こうこう)とした月の光が、眼下の谷という谷を明るく照らしだしていたことだ。(句切れなし)

※八谷(やたに)… 「多くの谷」の意。

■自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ(俵万智)

・じてんしゃの かごからわんと はみだして なにかうれしい せろりのはっぱ

・私が乗っている自転車のカゴに入れた新鮮なセロリが、「わん」と勢(いきお)いよくはみ出して揺(ゆ)れている。期待や喜びに胸を躍(おど)らせているように、何か楽しげに思えたことだ。

※俵万智のチョコレートBOX

■死というは日用品の中にありコンビニで買う香典袋(俵万智)

・しというは にちようひんの なかにあり こんびにでかう こうでんぶくろ

・人の死は人生における厳粛(げんしゅく)な出来事ではあるが、存命(ぞんめい)する者たちにとって、死との関わりは、死を迎えた者に対する儀礼(ぎれい)をもってしか経験出来ないことがある。儀礼に必要なその香典袋(こうでんぶくろ)も、日用品を広く扱うコンビニへ行けば、私たちは簡単に手に入れることが出来る。
・私たちにとって死とは、日用品の中にあり、日常の、商品を選択する行為の一つに表れているだけのものに過ぎなくなっているのかもしれない。

※香典袋(こうでんぶくろ)… 死者の霊前(れいぜん)に香(こう:よいにおいを出すたきもの)のかわりとして供える金品を包むための袋。

※俵万智のチョコレートBOX

■信濃路はいつ春にならん夕づく日入りてしまらく黄なる空の色(島木赤彦)

・しなのじは いつはるにならん ゆうづくひ いりてしまらく きなるそらのいろ

・信濃路(しなのじ)の春はおそい。草木の芽吹きも花の季節も、まだ先のことである。西の空は、夕日が沈んでしばらくの間、黄色に染まっている。ただ、やわらかな黄色に染まったその夕映(ゆうば)えだけが、春の始まりを告げている。信濃の国には、いつ春がやってくるのだろう。重い病に臥(ふ)した私は、祈りににた思いで、彼方の夕映えを見つめる。(二句切れ)

※この作歌後の翌月、作者は四十九歳にて死去(しきょ)。

■死に近き母に添寝しんしんと遠田のかわず天に聞こゆる(斎藤茂吉)

・しにちかき ははにそいねの しんしんと とおだのかわず てんにきこゆる

・夜、危篤(きとく)に陥(おちい)った私の母の傍(そば)に寄り添(そ)って寝ていると、自分を生み、育て、ずっと見守り続けていてくれた母親の深い愛情と、そしてささやかな母の生涯(しょうがい)が思われ、深い悲しみが胸の底からつきあげてくる。夜がしんしんと深まるにつれ、悲しみも胸いっぱいになり、あたりの静けさを破って遠くの田で鳴く蛙(かえる)の声は、天にしみいるように響いている。(句切れなし)

※「のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にいてたらちねの母は死にたまふなり」の項を参照のこと。

■しばらくを三間うちぬきて夜ごと夜ごと子らが遊ぶに家わきかへる(伊藤左千夫)

・しばらくを みまうちぬきて よごとよごと こらがあそぶに いえわきかえる

・ひとときの間、三つの部屋を打ちとおして開け放していると、子どもたちが毎夜毎夜遊び回るので、家の中はいつになく賑(にぎ)やかにわきかえっていることだ。(句切れなし)

※三間(みま)… 三つの部屋。
※伊藤左千夫(いとうさちお)… 明治時代の歌人・小説家。千葉県生まれ。

■四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら(俵万智)

・しまんとに ひかりのつぶを まきながら かわもをなでる かぜのてのひら

・四万十川(しまんとがわ)、そのゆったりとした川の流れに日差しが明るく降り注ぎ、反射した陽光がきらきらと美しく輝いている。そよ風が、おだやかな川面(かわも)をやさしくなでるように吹くと、川面には無数の光の粒が撒(ま)かれ、生き生きと煌(きらめ)いている。

※四万十(しまんと)… 四万十川(しまんとがわ)。高知県南西部を流れ、土佐湾に注ぐ川。豊富な自然に育まれ、たくさんの水生生物が見られ、それに関わる珍しい漁法なども現存している。 本流に大規模なダムが建設されていないことから、「日本最後の清流」と呼ばれる。

※俵万智のチョコレートBOX

■霜やけの小さき手してみかんむく我が子しのばゆ風の寒きに(落合直文)

・しもやけの ちいさきてして みかんむく わがこしのばゆ かぜのさむきに

・霜焼けの小さな手をして蜜柑(みかん)をむいている我が子が、しみじみと思い出されることだ。真冬のこの風の寒さに、いったいどうしていることだろう。(四句切れ)

※落合直文(おちあいなおぶみ)… 明治時代の歌人・国文学者。宮城県生まれ。

■白雲に羽うちかわしとぶ雁の数さえ見ゆる秋の夜の月(よみ人知らず)

・しらくもに はねうちかわし とぶかりの かずさえみゆる あきのよのつき

・夜の空高く、白雲(しらくも)のある辺りを、互いに羽をすれすれに交えて飛んでいる雁(かり)の、その姿だけでなく数さえもが一つ一つ見えるほどに明るい、秋の夜の月の美しさよ。(句切れなし)

■白雲のうつるところに小波の動き初めたる朝のみづうみ(与謝野晶子)

・しらくもの うつるところに さざなみの うごきそめたる あさのみずうみ

・だんだんと明るさを増してゆく朝方、湖面を見つめていると、風が起こったのだろうか、白雲(しらくも)の姿がおぼろげに映っている辺りに、小波(さざなみ)が立ち始めている。湖の目覚めのような情景が、朝の始まりを印象づけている。(句切れなし)

■白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ(若山牧水)

・しらとりは かなしからずや そらのあお うみのあおにも そまずただよう

・白鳥(しらとり)は悲しくはないのだろうか。空の青さにも海の青さにもとけ合うことなく、その白い姿のまま漂っている。ただ一面の青い世界にありながら、それに染められることなく孤高(ここう)を貫いているかのような白鳥の姿に、作者の、自身を哀(かな)しみ愛(いと)しむ思いを託(たく)して詠(うた)っている。また、自己の芸術追究への覚悟も伝わってくる。(二句切れ)

※白鳥(しらとり)… ここでは、かもめのこと。
※悲しからずや… 「悲しくはないのだろうか、いや、きっと悲しいことだろう」の意。
※反語… 疑問文の形をとりながら、実は強い否定の意を表す。ここでは、否定文が肯定の意を強めている。

■白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり(長塚節)

・しらはにの かめこそよけれ きりながら あさはつめたき みずくみにけり

・清らかな白埴(しらはに)の瓶(かめ)はよいものだ。早朝、つるべ井戸の傍(そば)で、冷たい井戸の水を、深くたちこめた朝霧(あさぎり)といっしょにこの瓶に汲(く)んだことだ。「白、霧、朝、冷、水」といった共通性のある言葉の使用によって、ひんやりとして静かに冴(さ)え澄(す)んだものを感じることができる。(二句切れ)

※白埴(しらはに)の瓶(かめ)… 白い釉をかけた焼き物の瓶。
※長塚節(ながつかたかし)… 明治・大正時代の歌人・小説家。茨城県生まれ。

■銀も金も玉も何せんにまされる宝子にしかめやも(山上憶良)

・しろがねも くがねもたまも なにせんに まされるたから こにしかめやも

・銀も金も宝石も何になろうか。子どもに勝(まさ)る宝などありはしない。(三句切れ)

■水平線を見つめて立てる灯台の光りては消えてゆくもの思い(俵万智)

・すいへいせんを みつめてたてる とうだいの ひかりては きえてゆくものおもい

・浜辺の闇(やみ)に、ぽつんと佇(たたず)むように立つ丘(おか)の上の灯台。何があるでもない、誰が待つでもない、遥(はる)か水平線の闇を見つめ、静かに明滅(めいめつ)を繰り返す。浮かんでは消える、虚(うつ)ろにも似た幻影(げんえい)と、私のもの思い。

※俵万智のチョコレートBOX

■鈴鹿山うき世をよそに振りすてていかになり行くわが身なるらむ(西行)

・すずかやま うきよをよそに ふりすてて いかになりゆく わがみなるらん

・このように世の中を振(ふ)り捨てて出家し、この鈴鹿山(すずかやま)を越えて旅してゆく自分の身は、今後どのようになっていくのであろうか。(句切れなし)

※鈴鹿山(すずかやま)… 三重県鈴鹿市付近の鈴鹿山脈の総称。東西交通の要所に当たる。

■鈴鳴らす橇にか乗らむいないな先づこの白雪を踏みてか行かむ(若山牧水)

・すずならす そりにかのらん いないなまず このしらゆきを ふみてかゆかん

・さあ、馬につけられた鈴を鳴らしながら走る橇(そり)に乗って、いよいよ出発しよう。いや、その前に、どこまでも続くこの真っ白い雪を、自分の足で踏んで確かめながら歩いてみたい。
・南国宮崎県生まれの牧水(ぼくすい)には、北国の雪への思いはひとしおのものがあったのだろう。

※大正5年、東北旅行での歌。

■戦争の話やめよと隣室の母するどければみな息ひそむ(作者不詳)

・せんそうの はなしやめよと りんしつの ははするどければ みないきひそむ

・何気なく戦時を話題に兄弟たちが語り合っていたところ、突然、母の、「戦争の話はするな」という、重く厳しい声が隣室(りんしつ)から響いた。忌(いま)わしい戦争の記憶が甦(よみがえ)るのに堪(た)えられなかった母の私たちを諌(いさ)める鋭(するど)い声に、皆、息をひそめて黙るしかなかったことだ。(句切れなし)

■千メートル泳ぎ切りたる賞状を病気の父は笑みてうなずく(作者不詳)

・せんめーとる およぎきりたる しょうじょうを びょうきのちちは えみてうなずく

①千メートルの遠泳を泳ぎ切って、誇(ほこ)らしい気持ちで、もらった賞状を病床(びょうしょう)のお父さんに見せた。お父さんは、ただ笑(え)みを浮かべて黙ってうなづいて、ぼくの健闘をたたえてくれた。(句切れなし)

②我が子が千メートルの遠泳を泳ぎ切って、病床(びょうしょう)にある私に、もらった賞状を誇(ほこ)らしげに見せてくれた。私は、ただ笑(え)みを浮かべて黙ってうなづいて、我が子の健闘をたたえてやったことだ。(句切れなし)

■袖ひぢてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ(紀貫之)

・そでひじて むすびしみずの こぼれるを はるたつきょうの かぜやとくらむ

・かつて夏の暑い日に、袖が濡(ぬ)れながらもすくって遊んだ水が、冬の寒さに凍(こお)っているのを、立春となった今日の春の風が解かしているだろうか。(句切れなし)

※袖(そで)ひじてむすびし水… 袖が濡(ぬ)れるという状態ですくった水。
※春立つ…立春の。

■そのかみの神童の名のかなしさよふるさとに来て泣くはそのこと(石川啄木)

・そのかみの しんどうのなの かなしさよ ふるさとにきて なくはそのこと

・昔、私がまだ子どもだった頃、人からは神童などと呼ばれ将来を期待されたものだったが、貧しさのため辛い日々を送っている今のこの我が身を思うと、神童などという呼び名の、何と切なく空しく響くことだろう。ふるさとに帰ってきて涙するのは、ただそれを思ってのことだ。(三句切れ)

※そのかみ… 昔。その当時。

■その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな(与謝野晶子)

・そのこはたち くしにながるる くろかみの おごりのはるの うつくしきかな

・鏡に映った、今二十歳の私。髪(かみ)を櫛(くし)で梳(と)かせば、流れ、ゆらぐ、その艶(つや)やかな黒髪の、誇(ほこ)りに満ちた私の青春の、何と美しいことよ。(初句切れ)

※青春のただなか、人生の春を生きる若き作者が、女性としての生身(なまみ)の美しさを堂々と歌い上げている。明治という時代にあって、女性を強く縛(しば)っていた当時の封建(ほうけん)道徳に対する反骨(はんこつ)が自由な新しい感情表現によって描かれている。

※晶子(あきこ)は後に、初句を「わが二十」と改めている。

■それとなく郷里のことなど語り出でて秋の夜に焼く餅のにほひかな(石川啄木)

・それとなく ふるさとのことなど かたりいでて あきのよにやく もちのにおいかな

・静かな秋の夜、人と語り合っているうちに、それとなく私は、岩手の懐(なつ)かしい自分の故郷のことなどを、しみじみと語り出してしまう。餅(もち)を焼くにおいも、望郷の念をいっそう募(つの)らせることだ。静かに、寂(さび)しく、秋の夜は更(ふ)けてゆく。(句切れなし)