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細胞内の温度を測れる高分子
~生細胞の温度測定を可能とする蛍光性ナノゲル温度センサーの開発~

2009年 6月 1日 ナノテクジャパン 「細胞内の温度を測れる高分子」

2009年5月14日,高分子学会は第58回年次大会の発表(約2100件)の中から9件の「注目発表」を選考し,その中の一件として表記についての記者発表を行った. 東京大学,京都大学の研究チームは,ナノゲル高分子を用いた分子温度計,細胞内の温度変化を捉えることが可能な傾向性ナノゲル温度センサーの開発に世界で初めて成功したという. 東京大学 大学院薬学系研究科の郷田千恵氏,岡部弘基助教,船津高志教授,内山聖一助教,京都大学 物質‐細胞統合システム拠点の原田慶恵教授らのグループによる研究成果である.

生体内では,無数の化学反応が生命現象の維持に関わり,温度は反応の進行を司る重要な因子となっている. がん細胞などでは,細胞内の反応の活性が高く,通常の細胞より熱生成(発熱)が大きいことが知られる. そこで,最近の生物学において,生命現象に対しての温度の役割の解明が新たな切り口になると注目・期待されている. 温度が生命現象にどう関与しているかの研究において,生物の最小単位である細胞内の研究は不可欠だが,細胞が小さいためにその内部の温度の測定は不可能とのことである.

本研究者らはこれまで,高分子の性質を利用する分子温度計を開発してきた. 水分子の量が少ないと強く光る蛍光分子と,温度が変化すると分子内に取り込む水分子の量が変化する高分子とを組み合わせたものである. 今回,細胞内の温度測定を目標として,これまでの分子温度計を改良したナノゲル温度計の開発に成功したとのこと.

今回開発した,ナノゲル温度計は粒径が約50nmであり,NIPAM,MBAM,DBD-AA,TMEDA(注1)のモノマーと反応開始剤に大量の過硫酸アンモニウムを用いて合成した球状のゲル粒子である. 重合した高分子は立体的に架橋した網目構造となり,網目構造内には温度を捉えられる官能基部位が閉じ込められている. また,ゲルの表面にはイオン性端末基が配置されているため,水に馴染みやすい即ち細胞内に注入し易くなっている.このナノゲル温度計を加熱すると,周囲の温度に応じてゲル内から水分が放出(脱水)されゲルは収縮する. 収縮すると,ゲルから放出される光の強さが変化することが確認された. これを,冷却すると再びゲル内に水分が吸収(復水,ゲルは膨張する)され,光の強さは元の状態にもどるとのことである. ナノゲル温度計を細胞に注入し,薬物を用いて細胞を刺激した時の温度変化を捉えることに成功したという. なお,細胞内の0.5℃の温度変化の観察も可能であるとのこと.

本研究により開発された,ナノゲル温度計は,細胞内の温度測定の可能な最初の機能性高分子であり,今後これを利用した生命現象の理解などへの貢献が期待されるとしている.

(注1)NIPAM(N-Isopropylamide),MBAM(N,N' -Methylenebisacrylamido),DBD-AA(N-{2-[7-N,N' -dimethylaminosulfonyl)-2,1,3-benzoxadiazol-4-yl](methyl)amino}ethyl-N-methylacrylamido),TMEDA(N,N,N' ,N'-Tetramethylethylenediamine)の略である. *高分子学会第58回年次大会(神戸市,5/27開催予定)は新型インフルエンザの影響で中止となった(中止決定:5/21).本記者発表は中止決定前の5/14に行われたものである.

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