古代ギリシャの哲学者アリストテレス(紀元前384-322)は「自然は真空を嫌う」と論じ、この考え方はトリチェリの17世紀半ばの真空発見まで約2000年も支持された。キリスト教もこの論理に近い「真空は存在しない」ことを教義の1つにした
20世紀初頭に真空ポンプが発明されると、「科学は真空を好む」時代に入り、それ以来現在は僅か100年ほどしか立っていない
真空ポンプで容器内を真空にするとき、容器内の空気は大気排出され、残留する低圧の空気は大気圧まで圧縮して排出される。漏れ箇所があると、たちまち大気が高きから容器内の低きへ逆戻りして大気圧に戻る。まさに、自然が真空を嫌っていることを実感できる。
真空容器内で蒸気が発生するときには、真空ポンプの代わりに凝縮器が配置され、蒸発面と凝縮面間の圧力差が駆動力となり、一方向流として飛行する蒸気は直ちに凝縮されて液体に戻る。凝縮器表面上では蒸気が消えて、蒸気圧はなくなる。しかし、この蒸気圧は必ずしも最適蒸留圧力とは言えない。
通常、フィード液には他の物質、不純物、空気等が含まれている。除去すべき軽揮発分は一部が残渣中に残り、また蒸気や放出された気体がすべて凝縮器で除去されることはなく、排気中には分圧として凝縮し切れなかった蒸気や気体が含まれる。
それら気体の分圧はコールドトラップによる残留蒸気の凝縮により変化しまた真空ポンプの排気圧力により排気ライン中で圧力は上昇され、粗引きポンプにより大気放出される。
液体のLangmuir-Knudsen蒸発式によれば物質iの最高蒸発速度Ji maxは圧力に比例する。
Ji max = 1557・A・Pi・√Mi/T [kg m-2 h-1]
A 蒸発面積 [m2]
Pi 物質iの蒸気圧 [mbar]
Mi 物質iのモル質量 [kg/mol]
T 蒸発温度 [K]
しかし、この式では物質iの蒸発のみの蒸発理論であり、実際の蒸留とは異なる。例えば、二成分混合液の物性、希望する製品純度、空気を含むベース圧力、含有不純物の特性、凝縮器の性能等は考慮されておらず、純粋モデルをベースとた理論式である。従って、この蒸発式は単なる参考値になっても、最適蒸留圧力とは異なる。
また、蒸発表面を流下中に順次変化する蒸発量および蒸発速度や平衡蒸気圧、製品品質としての純度等も考慮されておらず、蒸留の実際とは異なる。
下記の図は実際の短行程蒸留のプロセスフローを示す。蒸留および排気ライン中の各圧力は蒸留プロセスの蒸留状態を意味している。
プラント内の運転圧力 p1 〜 p7はそれぞれ分圧が異なり、蒸留プロセスの状態を示す。蒸留缶内の蒸気圧力p1〜p4はフィード液が蒸発面を流下する過程で蒸発量および蒸発圧力が変化する。蒸留缶の構造から運転中はこれらの圧力は測定不能であるが、蒸留データの結果からおおよその予測値を知ることができる。
蒸留の分離性能および凝縮性能は蒸留缶および凝縮器の設計および構造により異なる。蒸留缶出口圧力 p5 はコールドトラップ出口圧力p6よりも高いが、その差が大きくなければ、内部コンデンサーの凝縮性能が高いことを意味し、圧力p6を蒸発圧力として制御するに値する。但し、真空ポンプの排気性能は圧力変化に対して一定圧力に維持できるように、素早く応答できることを条件とする。
このようにコールドトラップ直後の運転圧力p6は制御のために重要である。希望する製品品質のために蒸留実験から最適蒸留圧力p6を実証することが必須である。
蒸発壁面上の蒸発点から蒸気分子はその水平方向で最も近い凝縮面上の圧力が低い個所へ向かって水平移動する。蒸発面上の蒸気圧をpeとし、凝縮面上の圧力をpcとすると、pcには蒸気分圧は殆どなくなり、僅かな空気分圧が残るのみである。その大きな圧力差が蒸気分子移動の駆動力になる。
流下液が蒸発缶蒸発壁の下端に達すると、蒸留ステップが終了するので、両圧力は平衡状態に達し、pe = pcとなる。蒸発がその下端よりも上方で終了する場合には、その蒸発面からの蒸発は最早なく、凝縮面上では逆に蒸気圧が高くなり蒸発面へ向かって蒸気が逆移行する現象が生じて、残渣中に凝縮される可能性がある。
この現象はUIC社での蒸留挙動の研究成果として発表され、その現象に基づく特許「洗浄式コンデンサー」に反映された。この特許は特に微量成分の蒸発分離に利用されており、汚染物質POPsの除去や脱臭のために効果的である。