薄膜形成とフィード速度
1643年E.Torricelliは76cmの水銀柱で真空と大気圧を発見し、同じ17世紀に マグデブルグ市長のO. v. Guerickeは約10mHのガラス管内の水柱レベルで大気圧や気候の研究を行った。それ以降、真空と気体の研究が急速に発展したが、工業用真空ポンプの発明は20世紀初期のDr. W. Gaedeによる油回転ポンプや分子ポンプの発明を待たねばならなかった。
この高真空ポンプの発明により真空蒸留(蒸気分子の平均自由行程に原理に基づく分子蒸留)が初めて研究されたのは1920-30年代であり、処理液は薄膜にされた。液柱は圧力損失を意味するからである。
揮発性液体が入った加熱容器を真空引きすると液深の層内では沸騰が生じ、その蒸気圧力は液深の圧力損失によりそれ以下に圧力を下げられない。
大気圧を水柱10mHとすると、水柱1mmHで約10Paに相当し、0.01mmHでは0.1 Paになる。そのような高中真空に相当する薄膜では沸騰がなく、液膜の表面から直接に蒸発を期待できる。
高真空の蒸留を行うために、極端な例であるが液膜を遠心力で最低膜厚を作る工夫もなされた。薄膜中の軽揮発分が全て蒸発されるのであれば、何ら苦労はないが、フィード液の組成や物性、運転条件や薄膜中の軽揮発分分子の蒸発挙動により、希望通りの純度が得られるとは限らない所に、真空蒸留の難しさがある。
大量連続生産のためにはLeybold社が開発した薄膜形成可能な垂直円筒式蒸発缶、即ち短行程蒸留缶が適しており、現在では加熱面積でmax. 80m2の蒸発缶(VTA社)が製作されている。そのような薄膜式蒸発缶内での液膜の滞留時間は僅か1分である。蒸発缶円筒壁面の上端から下端までの僅か1分の薄膜流下過程で順次蒸発が行われ、蒸留が完結して希望する製品品質が得られるように設計される。
短行程蒸留では、単なる蒸発ではなく、上記のようなデリケートな蒸発での成分分離が行われるので、単なる熱量を増加させて蒸発量を増やす操作とは異なり、一般的に平均フィード速度は少なく約 100kg m2 h-1と言われている。1.66kg m2 min-1または 28 gr m2 s-1である。
このように真空蒸留は1分以内に連続して薄膜の蒸発分離を完結させねばならないので、本来、1秒たりとも、運転条件が変わってはならないことが容易に理解できる。
また、薄膜形成システムも含めて、真空蒸留はフィードから製品排出および真空排気の全工程のハードウエアで、細心の注意を払った設計が必要であることもご理解頂けたであろう。 そのような設計には蒸留の分離公式はなく、また計算でも設計はできない。
唯一の設計手段は実験による実証のデータに基づくしかないことは言うまでもない。