目次
1ページ試験の結果
2ページ京介の不調・ラルセの星占い
3ページ新入生歓迎式
4ページガンボレ祭前日の買い物
5ページガンボレ祭その後(一)
6ページガンボレ祭その後(二)
7ページガンボレ祭その後(三)
8ページガンボレ祭その後(四)
9ページサフラン先生の薬品占い
10ページ生徒会総選挙数日前(一)
11ページ生徒会総選挙数日前(二)
12ページ生徒会総選挙数日前(三)
13ページ厳罰棟所長の訪問(一)
14ページ厳罰棟所長の訪問(二)



 この国もいつの間にやら人々が皆それなりに裕福になり、地上の空気がこれほど浮ついてくると、占いに夢を見る人も必然的に多くなるのだが、この記述の中には輝かしい未来を映す鏡も、紛争を解決してくれるタロットも、生まれたばかりの子供の未来を強引に決定付けようとする姓名学も、残念ながら登場しない。占いに興味を持たない多くの読者には、僕の学生生活に起こった現実的な出来事を細々と話す前に、やはり、僕が通っている、この占い専門学校の開校の由来から説明しなければならないだろう。事実だけを淡々と語りはじめるより、その方面から入った方が全体を語る上では結局のところ近道になるからだ。
 元々、国内随一の広さを持つアーサー牧場からほど近いこの付近一帯は、大戦中まで強固な岩盤が幾重にも積もり重なった採掘場であった。その埋蔵量も相当なもので、55年前のある日までは職人たちによって、日夜熱心に輝石や石灰石などの採掘が進められていた。校内の広場や公園などの地面の下から、時折、錆び付いたつるはしやザイルなどの残骸が出土することがあるが、それはこの当時の名残である。
 さて、大戦直後のある日、採掘中の作業員がここを掘り進めているうちに、このぶ厚い岩盤の下に、意図せずに巨大な地下空間を発見したのである。後々の詳細な調査でも、これは本当に偶然の出来事であったことがわかっていて、一部のチームが本来の目的以外の所を間違って掘ってしまったところ発見したというから、何者かが意図したことではないようである。
 その地下空間は、遥か遠い昔に、この地に住んでいた何者かによって意図的に造られた、5000平方メートルにも及ぶ広大なものであった。壁の石は美しく切り揃えられていて、さらに奥へと続く石の段も用意されていて、人体に有害なガスや歪むような空気もなかった。何者かが居住区として使っていたことは明白であった。当然、鉱石の発掘作業は中断し、地質学や古代史の専門家が当地に呼ばれた。彼らがさらに調べを進めてみると、地下空間の壁には水晶玉やタロットカードのような模様が多数描かれており、その近くからは古代の占いの秘法が書かれた教典なども多数出土した。当時の研究者の間では、これはもう間違いなく、時の権力者から迫害を受けていた、古代の占い教団の隠れ家であったのだろうと言われるようになり、さらに多くの学者や教授がこの説を支持した。現場の様子から、それ以外の解答を想像することが難しかったからである。地元のマスコミはにわかに色めき立ち、各新聞社を代表して、古代史に詳しい多くの記者がここに乗り込んできて、連日の取材を始めた。付近の町からやじ馬も多数集まってその様子を興味深く眺めていた。当時、そのやじ馬相手に弁当や飲み物を売りさばいていた雑貨屋の主人が、このわずかな期間の間に一財産作ったという話もあるから、この騒ぎは相当なものだったようである。
 騒ぎがここまでくると、この土地の所有者や地元の権力者もこれを放っておくわけにはいかなくなった。この寂れた土地に、是が非でも占いとの因果関係を作らなければならなくなったのである。そこで、この採掘場の上をそのまま占いの研究施設として利用することとなり、占い師を養成するための専門学校が建てられることになったのである。
 それ以来、うちの学校は国内一の由緒正しい占い専門学校として、数十年に渡って、世の見習い占い師たちの羨望を集めることになった。占い師に憧れる国中の見習いたちが押し寄せてきて、我こそはと入学をせがみ、難関試験に挑んだ。それを突破した、わずかの学生たちが入学後も勉学に励みながら占い師になるための狭き門に日々挑戦している。  古代遺跡についてさらに付け加えておくと、出土した教典に書かれていた情報の多くは、現代では一般の占い師でも普通にそらんじている技法であり、解明できないほど謎めいた物や、発掘された当時の占い技法をさらに進化させるようなものではなかったと研究者から取り合えずの発表がされた。しかし、それとて、一部のマスコミや学識者は信用せず、現在の占い学の進むべき方向を歪めるような、占い協会にとって都合の悪い発見があったので、それを隠そうとしているのだという陰謀説が多数流れて、週刊誌を賑わせた。ただ、その教典自体は、今でも、遺跡の跡地に建てられた占い師学校の図書館で誰でも閲覧することができるが、その内部はすべて古代絵文字で書かれていて、腐食も激しく、一般の生徒では、とてもじゃないがこれを解読することはできないと思われる。
 地下空間内部に発見されたのは、たいした遺跡ではなかったという当初の研究発表はどうやら真実のようで、発見から十数年の時が経って、遺跡がいざ一般公開されることになると、各地から集まってきた多くの学者が雪崩をうってその内部に駆け込んだのだが、壁に描かれていた、水晶だと思われていた壁画も、その時分になってよく見ると、太陽や別の何かを描いたものである可能性が強く指摘され、今日では、地下空間が占い教団の隠れ家であったという説は根本から覆されそうになっているのだ。マスコミや研究者がこの一件に飽きるのも早く、遺跡への侵入が許可されてから五年後には、遺跡に足を踏み入れる者はほとんどいなくなった。結局のところ、学術的な価値は無いに等しかったのだ。それでも採掘場跡は現在でも何人にも手をつけられずにきちんと保存され、今では我が校の関係者のみが立ち入りを許される神聖な空間となっている。遺跡の上に学術施設まで建ててしまってから、今さら、ただの古代人の広大な住家でした、壁画はすべて落書きでした、などと公表するわけにもいかないからだ。
 ちなみに、学校内部の図書館地下にある隠し通路と、運動場の隅にある洞穴から、今でもこの地下遺跡に侵入することができる。まあ、それをいいことに、校内のカップルの逢い引きに利用されたり、タバコ吸いたさで未成年がここを訪れることも少なくない。しかし、そうやってこの神聖な空間をおとしめた者たちは、すべからく、その年度の単位の取得が怪しくなったり、流行風邪に身体が侵されたりするというから、遠い昔に滅んだであろう、地下占い教団の未知の力も、なかなかに侮れないものがあった。
 友人のラルセも入学当初からこの地下空間によく男を誘って連れ込むのだが、そういった無茶な恋愛が長く続いた試しはない。彼女は自分のそういう不謹慎な行為を、他人にラブロマンスと呼ばせずに、自分の裏の顔を安易には見せられない、エリート占い師ゆえの悲しい習性だと言い張っているが、それは単純な受け止め方の違いで、万人にどうでもいいことである。占いの聖地を自分の欲情のままに好き勝手に使っていることに代わりはない。
 まあ、僕に言わせれば、古代の遺跡というものは有り難がる人間が存在することに意義があり、知識のない一般人には工場の跡地や廃墟やがらくたと同様である。発掘した装飾具や食器なども、それを研究所にて丁寧に保存して研究し、資料などに書き込んでくれる人間にしか存在価値が見いだせないものである。どんなに学術的な価値があっても、現在の宝石や毛皮のコートなどと比較することはできない。夢は見出だせても金銭的な価値は難しいところである。反対に、歴史的な事実や古代の遺物そのものを疑う人間たちにしてみても、自分たちの手でタイムマシーンでも生み出さない限りは、ことの真偽はわからないのであるから、うっかりした文句も言いにくい。僕自身の考えでは、理解できない人間は古代の遺跡などに近づかないというのが正しいあり方だと思っている。つまり、近世のものならともかく、何千年も前の古代の遺物などは、信じる者にさえ、見返りとなるご利益が舞い降りれば、それでいいのである。決して万人向きではない。ただ、興味が無い者には価値が見出だせない辺りは占いと非常に良く似ている。
 こういった古い歴史を持つうちの校舎であるが、この硬い岩盤の上に建てられたからということもあるのか、学校に入学してくる生徒にも思想の固い保守層の人間が多い。僕は古い決まり事は、現在を生きる人間によって、常に刷新されていくべきだという、当たり前の考えを持っているが、この学校の教員や生徒の多くはそう思っていないようである。彼らは何か一つ行動を起こすにも、やたらと形式にこだわり、占いの才能についても、最近になって他国で発明されて渡ってきたような新しい技法をなかなか認めようとしない。水晶や易やタロットによって、一人の力でちまちまと占うようなやり方を、科学の分野ではクローンを生成できるほど遺伝子研究が進んだ今になっても、頑なに守っているのだ。
 僕自身は、人体に危険はあるかもしれないが、これまで誰も見通すことができなかったほど遠い未来を映し出す、新しい水晶占いの技法に凝っていて、それは大抵、町の裏通りの誰も通わないような古書店で販売されているような、古ぼけた本から得た知識がほとんどなのだが、そういう占いで、今の常識に凝り固まった占い世界に風穴を開けてやろうと必死にもがいていた。このような僕の革新的な考え方は、同級生の中の少数派にだけ理解され、上級生の中の、主に生徒会と呼ばれる保守派の中枢組織によって当たり前のように迫害を受けていた。我が校の占い師試験でも僕の技法は審査官にまるで評価されず、普通の占いを普通にこなそうとする、凡庸な一般の生徒と比べても地位はずいぶん低かった。
 僕はここに自分の愚痴を列挙するつもりはなく、占いの技法についても多くを書きたいと思っているが、もしかすると、この長い文面の多くはそういった保守的な人間とのいさかいや、議論のぶつけ合いに割かれることになるかもしれない。僕の学生時間の多くは、不幸にも彼らとの論争に使われることになってしまったからである。
 さて、では話を始めよう。二学生に進級した年の春、僕に前期占い試験の結果が伝えられた週の出来事から紹介したいと思っている。なお、文章の中盤以降、各登場人物の会話の中に、自分で感情を高めすぎてしまって、熱にうなされながら話したような、ある種病的な会話が続く場面があると思うが、すべて事実のままに綴っており、悪意のある捏造や誇張などは含まれていないことを約束する。


 今日の風は特に冷たく感じた。
それというのも、先日の『水晶』の試験結果を知らされたからなのだが、他の教科と同様に点数はひどいものだった。
 うちの学校では試験結果は生徒に知らされるだけではなく、後日、実家の方へも、その残酷な事実は送付される。1週間ほど前、他の教科の試験結果を知った実家の母親から手紙が届いた。

『 いつまでも夢を見ているな  はやく帰ってこい』

 たった1行だけの文面ではあったが、その重みは計り知れないものがあった。
 僕は一年前に両親の強い反対を振り切って家を出て、この占い師養成学校に入学した。そのときに発した言葉は今でも鮮明におぼえている。
「占い師が一部のエリートにしかなれない職業だって事はわかってるよ。でも、僕にだって自分の夢を追いかける権利くらいあるだろ? 必ず成功してやるさ。見てろよ!」
 思い出すのも恥ずかしいが、そんなフレーズだったと思う。あんなでかいことを言わず、何も言わずに、そっと家を出てくればよかったと、今では思っている。
 そんなことをとめどなく考えながら、とぼとぼと校内を散策していた僕に、後ろから声をかけてくる者があった。
「パヌッチどうしたんだい、元気がないように見えるね」
 その声に振り向くと、そこにはロドリゲスの姿があった。彼は僕と同じ水晶学専攻の生徒だが、成績がとても良く、その上、性格も温厚なため、みんなの人気者なのだ。
「いやあ、水晶の試験でさ…、大失敗しちゃったんだよ…。今年こそ留年するかもしれない…」
 僕は力無くそう答えた。
「調子でも悪かったのかい? 授業ではあんなに良くできてたじゃないか…」
 ロドリゲスは出来の悪い僕に気遣って、やさしい言葉をかけてくれた。
 この学校の占い試験は各教科とも個人別に行われる。僕が試験会場に入ると、8畳程度の広さの部屋の真ん中にぽつんと机が1つだけあり、その横に試験官が立っていた。そして、入り口近くの黒板の前に7才ぐらいの女の子が1人で椅子に座っていた。
 試験方法は机の上に自分の水晶を置き、試験官の問いに対し、適当と思われる答えをその水晶に浮かび上がらせるというものだ。そして肝心の試験問題は『ここにいる少女の将来の職業を答えよ』というものだった。多々ある水晶の試験問題の中では比較的簡単なものであるし、この試験に備えて、数週間もの間、水晶のできる友人に付き添ってもらって、猛特訓してきたので自信もあった。
 試験官の「はじめ!」という大声を合図に、僕は懸命に水晶をこすり始めた。しかし、数秒後に水晶に浮かんできたのは、ほっぺたに大きな傷のある、まるでマフィアのような迫力ある禿げた中年男の顔だった。それを見た試験官は何も言わず、僕の方をにらみつけたまま、黙って首を振った。最悪の結果に、僕はしばらくの間呆然と立ちつくすしかなかったのだ。
 僕がその話を聞かせると、他人に対して懇切丁寧で知られるロドリゲスも、さすがに大声で笑い出した。当然、笑えるような話ではなく、僕はかなり機嫌を害したのだった。
「いやあ、ごめん、ごめん。しかし、誰なんだろうねぇ、その男は。そっちの方が大問題じゃないか。君は試験を受ける側だろう? 君の方が問題を提示してどうするんだい」
 彼はそう謝りつつも、その顔はおかしくてしょうがないといった様子だった。
「だいたいねえ、僕のは水晶の質が悪いんだよ。下町の骨董市で騙されて買ったものだもん。多分、値段は君の使ってる物の5分の1くらいしかしないはずだよ。安物を使ってるんだから結果が悪くても仕方ないだろう?」
「おお、そうくるかい? しかしねえ、僕に言わせてもらえれば、君はたぶん集中力が多少なりとも足りないんだよ。技術はいいんだけどね。まあ、次があることだし、またがんばればいいじゃないか」
「両親がさ、僕の試験結果を知ってかんかんになってるんだよ。来週辺り、実家に連れ戻されるかもしれないよ。彼らの機嫌しだいでは今度こそ退学させられるかもね…」
 そう言いつつ、道に転がっていた石ころを蹴飛ばしたのだが、そんなちっぽけな石ころさえ僕の思い通りの方向に転がっていかなかった。
「まあ、そんなに悲観的になるなよ。歴史に残る英雄だって、みんな子供の頃から優秀だったわけじゃない。偉大な人間こそ、子供の頃はその生き方を他人に否定されるものさ。他人と違うことをやろうとする人は常に苦労してるのさ。嘘だと思うなら、偉人伝を読んでごらんよ。バルザックだってエジソンだってそうなのさ。だから、君も自分の得意科目だからって、最初からうまくいくとは限らないってことさ。ああ、そうだ、そう言えば、京介も失敗したらしいよ、憑依の試験でね。試験中に突然、たちの悪い霊にとりつかれたらしい」
 『憑依』は我が校の上位科目の一つで、依頼に関係のある霊魂を呼び出し、それを占い師自らの身体に乗り移らせることで、占いの結果を導くという、凄まじい占いだ。占いの中でも最もレベルの高いものの一つに分類されるものではあるが、なにしろ危険度が高いし、占いの信憑性という意味でも今ひとつで、学者の間でも賛否が分かれるらしい。その特殊な性格ゆえに、厳しい資格審査があり、我が校で憑依を学ぶことを許されている生徒は3人しかいない。京介はその中の一人で、我が校が誇る憑依のスペシャリストだ。わざわざ日本という東洋の国から、特待生として我が国に招かれている。しかし、最近調子を落としているという話は聞いていた。
「そうかあ、京介もだめだったのか。そうだ、試験に失敗して落ち込んでいるのは何も自分だけじゃないんだ。よし、人の不幸を聞いたら、何だが元気が出てきたよ」
「その意気だよ。じゃあ、僕はお客さんが待ってるから…。またね!」
 そう言って、ロドリゲスは走り去っていった。彼から『お客さん』という言葉を聞いて、じわじわとだが、嫌な気持が沸いてきた。昨年入学した僕らは、今年無事に2学生になったわけだが、うちの学校では、生徒の自立を促すため、2学生になったら、自宅からの仕送りを受けてはいけないことになっているのだ。そのかわり、各占い師に一部屋ずつ貸し与えられ、生徒が自分でお客をとることが出来るようになる。いわゆる自給自足制度で、いよいよ占い師の見習いが始まるわけだが、稼いだ金額も年間の学力評価に関わってくるため、占い師として人気のない生徒はかなり苦しい成績と生活を強いられることになる。
 ロドリゲスは女の子に人気があるから、彼の部屋には毎日のように長蛇の列が出来ている。噂では、今学期稼いだ金額はすでに16万にものぼるという。僕は今だ、2000程度だというのに。
 校内の寮にある自分の部屋へ戻ってくると、ドアの前にたでま先生が立っていた。僕のホームルームの担任だ。僕が「あっどうも」と軽く挨拶すると、たでま先生はいつもの気さくな笑顔で話しかけてきた。
「おう、どうしたんだ。試験のとき、何かあったらしいじゃないか。職員室で水晶の先生が顔を真っ赤にしておまえの名前を連呼してたぞ…。怖くて見てられなかったよ」
「いや、あの、水晶の試験で問題と全然違うものを映しちゃったんですよ。もちろん悪気はないけど、わざとやったと思われてるのかもしれない…」
そう言うと、たでま先生は少し安心した様子で、「なんだ、そんなことか。よくある事じゃないか。あの先生もそんなに怒ることないのになあ。俺も昔は授業中にとんでもないものを水晶に映して、停学になったことがあるよ。いやまあ、生徒の前では言えないようなものだけどな。だから、そんな気にすんなよ。だいたい、水晶に何が出たっからって所詮は占いなんだからさ!」
そのような大それた発言をすると、先生は僕の肩をポンと叩いた。
「そうだ、パヌッチ、おまえ、お客の方はどうなんだ。儲かってんのか? なんかロドリゲスの奴はやたら稼いでいるらしいじゃないか。教師の俺より月給が高いらしい。あいつからはそろそろ税金を取らなきゃならんな」
「いや実は、僕のところへ来たお客は今学期に入ってまだ4人なんですよ…」
そう告げると、先生は身体をのけぞらして驚き、「おまえ、4人って、まだ1桁じゃねえか。真面目にやってんのか?」と心底驚いた様子で目を見開いた。そして、「しかしまあ、少ないとかえって気になるなあ、誰が来たんだよ?」と僕の顔を覗き込むようにして、興味津々な様子で聞いてきた。
「いや、あの、ロドリゲスが義理で2回来てくれて、あとはラルセと京介が1回ずつです、はい」
「おまえ、それ全員うちのホームルームだから、身内の生徒じゃねえか。他からも客取れよ! 自分ちに泥棒に入るようなもんだよ、そりゃあ…」
先生はすっかりあきれ果てた様子だった。
「いやあ、なんか僕のところには誰も来てくれないんですよ。校内にはたくさんお客さんが入ってきてるのに。たぶん、部屋の位置が悪いと思うんですよ。だって、僕の部屋に着く前にロドリゲスや京介の部屋があるから、みんなおもしろがって、そっちへ入っていってしまうんですよ…。できれば、前期試験の後、部屋替えしてもらえませんか?」
「おまえ、気持ちはわかるけど、部屋のせいにすんじゃないよ。言いたかないけど、技術が悪いんじゃないのか? 4人って、異様だよ。俺が受け持ってる生徒の中で一番少ないもん。チンパンジーだってもう少し上手に客寄せするんだぞ」
その甚だ心外な言葉に対して、僕は技術には自信がある旨を説明した。すると、先生は深く頷き、「よし、わかった。ちょっと時間あるから、俺が客になってやるよ」と力強く言ってくれた。
「そうですか? それじゃあ、こちらへどうぞ」
僕は急に元気が出てきて、先生を部屋の中に導いた。 教師という身分でありながらの客という立場も、まんざら嫌ではなさそうで、「うむ、うむ」などと言いながら、たでま先生はイスに腰掛けた。
「それでは、どうしましょうか。何について占いますかね…?」と尋ねると、先生は腕を組んで、「そうだなあ〜、いやな、俺とおまえの仲だし、占うのは、本当に何でもいいんだが、まあ…、じゃあ…、俺が将来、禿げないかどうかだけ、見てよ、うん」と少し照れくさそうに言った。
 なるほど、それで僕のところに来たのか。たでま先生が最近髪の毛を気にしているという怪情報は僕の耳にも入ってきている。客が頻繁に来る、ロドリゲスや他の占い師のところへ行くと、自分の秘密を他の生徒に知られてしまう恐れがある。それで、先生は絶対客がいないであろう僕のところへ来たのだ。そういうことか、そういうことか。見くびられたものだが、考えてみれば、僕にとってこれはチャンスである。いい結果を出して、たでま先生のご機嫌を取れば、試験結果を帳消しに出来るかもしれない。たでま先生の髪は僕の目から見ても、そこまでひどいもんじゃない。近い将来を占ってやれば、そんなに悪い結果は出ないであろう。
 そこまで目論み、にやにやしながら、「そうですか、では未来ですね。どのくらい先を見ますか?」と尋ねた。すると、先生はまた少し考え込んでから、「う〜ん、そうだね、じゃあ、とりあえず5年後を見てみようか。それで平気だったら、早回しをしてもっと先を見よう」と、リズムよく答えてくれた。
「承知いたしました。では先生、失礼ですが…、当店は前金になっておりますので…」
「あっそうか、そりゃあ気がつかなくて悪かったな。え〜と、いくらだっけ? 別にいくらでもいいんだよな。じゃあ、これで」
そう言って、先生は机の上に500硬貨をポンと置いた。僕はそれを冷たく一瞥すると、「申し訳ないんですが、先生。当店では重大な用件の場合、最低1000はいただくことになっております」と静かに告げた。先生はそれを聞いてむっとしたようで、「おいおい、一応言っておくがなあ、おまえはそういうことだから客が来ないんだよ。だいたい何で前金なんだよ。ロドリゲスのとこだって、金は後払いだろ」などと不満を言うと、しぶしぶ机の上にもう250硬貨を置いた。
「ちゃんとやってくれよ」と先生は不機嫌そう。
「わかりました。では…」
そのお金を受け取ると、僕は水晶の上に手をかざした。

 『水晶』はご存知の通り、占いの中でも、最もポピュラーなものである。主に、ある事物の過去や未来について占う。占いの基本であるため、この学校に入学する生徒は必修科目として、全員が習わなくてはならない。占いの基本動作としては、まず、水晶の上に両手をかざし、水晶の外面をなでるように、左右対称に手を動かしていく。この動作を『こすり』という。そして、精神を集中させ、対象となる事物の過去か未来を自分の頭の中に思い描く。この時に思い浮かぶものは別に正しくなくともよい。最後にその映像を水晶に念力として飛ばすのである。それがうまくいけば、水晶に正しい映像となって、浮かび上がってくるのだ。単純ではあるが、水晶が1番出来不出来の激しい科目である。『こすり』の下手な生徒は初心者だけであり、2学生にはほとんどいない。この占いをやるにあたり、問題になってくるのは、やはり集中力である。頭に画像を思い描く際、集中力が足りないと、雑念が混じり、水晶には全然違うものが浮かび上がってしまう。集中力が鬼門となって、水晶をものにできないでいる生徒は多い。僕もその一人だ。
 しばらくの間、黙って水晶をこすっていると、何やら白いものが浮かび上がってきた。
「先生! 出てきました」
僕がそう告げると、たでま先生は身を乗り出してきた。そして、「どうだ、禿げてないか?」と心配そうに聞いてきた。僕はこすっている手に徐々に力を込めた。すると、突然、鮮明な画像が眼に飛び込んできた。それは衝撃的なものだった。水晶には教員室で机に座りながら、右手に鏡を持ち、すっかり丸く禿げ上がってしまった頭を撫でている、未来のたでま先生が映し出されていた。僕はあまりのことに、「おうっ…」と低くうめき声を発した。大変なことになってしまった。
「どうしたんだ! 大丈夫だったか? 大丈夫だったのかあ!?」
先生は恐怖と不安が入り混じった声でそう叫んだ。
「いやっ、ちょっ、ちょっと待ってください。今巻き戻してみますから!」
驚きのあまり、声にもならぬ声で僕も叫んだ。
「なんで、なんで、おま、おまえ巻き戻してんだあ! はやく見せろ!」
すでに先生は涙声だった。先生が水晶に手を伸ばしたので、僕はその手をバシッと払った。
「い、いま、まき、巻き戻してますから! 大丈夫ですから!」
「だから、何で巻き戻してんだよ、大丈夫だったら、早回しするはずだろ!」
狂乱の中、先生がそんなことを言いながら、身体を絡みつかせてきたので、巻き戻しがうまくいかなかった。そんな状態でも僕は踏ん張り、ようやく水晶を1年ほど巻き戻せたが、先生はやっぱり禿げたままだった。さらに、無理に巻き戻そうとしたため、ビシッという音とともに水晶にひびが入った。そんなことをしているうちに、先生はついに僕から水晶を無理やり取り上げ、その画像を見てしまった。
「がふっ!」
その叫び声とともに、次の瞬間にはボットンという鈍い音がして、水晶は床に落ちた。先生は部屋の壁の方を向き、肩をふるわせたまま、うつむいていた。
「あの…、先生…、ご愁傷様です…」
そんな僕の声も耳に入らない様子で、先生は入り口に向かってふらふらと歩き出した。
「そうか…、たった5年であんなひどいことになっちゃうのかあ…」
最後にそう言葉を残して、たでま先生は静かにドアを開け、礼も言わずに出ていった。

 その次の朝、試験失敗のショックから立ち直れない僕は、昼頃まで寝ているつもりだったので、目が覚めてからも、布団の中でゴロゴロしていた。しかし、部屋のドアをノックする者がいたので、起きなければならなくなってしまった。意に反して身を起こすというのは不快なものである。ドアを開けてみると、京介とロドリゲスが立っていた。
「やあ、おはよう。掲示板に前期の試験結果が張りだされたようだけど、どうする? 一緒に見に行くかい?」
ロドリゲスは慎重に言葉を選びながら、僕にそう聞いてきた。今日が試験結果の発表日だと言うことは知っている。この2人だって、僕の試験の出来が他の人間と比べて異常に悪いことはわかっているから、おそらく一度は、僕に声をかけずにそっとしておくことを考えたであろう。しかし、それはそれでかえって機嫌を損なうことになるかもしれないと、そこまで考えた末に一応様子を見に来たのだろう。まさに『小さな親切大きなお世話』を地でいっている。
「いや、悪いけど、見なくてもわかるから」
僕も彼らの気を悪くしないように勤めて平静を装いながらそう答えた。
「そうかい、じゃあ、僕ら二人だけで行くから…。気が向いたら後からおいで」
 それだけ言って、ロドリゲスはドアを閉めた。お互いに相手の心と行動を知り尽くした恐ろしいやり取りである。その直後、僕はまた眠りについた。
 昼過ぎになって、ようやく布団から這い出て、出かける準備をした。掲示板へ結果を見にいくつもりである。結果など死んでも見たくはないが、どうせいつかは誰かに知らされるか、視認する羽目になるなら、早いうちに自分の方から確認しておいたほうが、案外衝撃は少なくて済むものである。長年の不遇な体験から僕はこのような結論を導きだしていた。それに、この時間ならそんなに人はいないだろう。ショックを受けているところを見られなくて済む。だいたい、こんな一回の試験で実力を判断するなんて、そっちの方が間違っているよな。いや、しかし、本当に優れた占い師なら、どんな緊張する場面でも、しっかり結果を出すであろうし、難しいな。
 そんなことを考えながら歩いていると、あっと言う間に掲示板の前に着いてしまった。案の定人影はなかった。広場には木製の掲示板は全部で六枚用意されていた。成績の良い者から順に名前が掲載されていた。上の方に自分の名前がないことはわかっているが、一応1枚目から見ていった。水晶専攻の生徒の中では、ロドリゲスが14位。これはすごい。尋常ではない。水晶専攻は1500人いるからだ。うちのクラスの他の生徒も、まあ、無難なところにいた。無難でなかったのは僕だけか。
「京介は2位(3人中)かあ。」
そんな独り言を呟きながら、自分の名前を探しに、6枚目の掲示板の前に来た。1345位に僕の名前があった。容赦のない結果だ。この世に神はいないのだろうか? 僕の名前の下にはボールペンで『バカ』と書いてあった。たぶん、たでま先生が書いたのであろう。大人気ない行いであるが、彼の気持ちもよくわかる。そっとしておこう。
「あっ、バカだ。バカがいる!」
突然、後ろからそんな声が聞こえた。反射的に振り返ると、ラルセが立っていた。
「あんた、でも、すごいよ。水晶専攻なのに、水晶が三十五点って。なかなか出来る事じゃないわ…。まさに天才ね…」
彼女は間髪入れずにそう言うと、ケタケタと笑い出した。
「うっさいな〜。おまえはどうだったんだよ?」
彼女の口の悪さは今に始まったことではないので、僕は別に気分を害さなかった。
「三位だったわ。試験当日は調子も良くなかったから、まあ、いいとこだわ」
ラルセはさらっとそう言いのけた。
「ふ〜ん、まあまあだね」
僕は背中が凍りつくような感覚に襲われたが、動揺を悟られないように、顔色を変えずそう言った。
 ラルセは占星術専攻で僕と同じホームルームの生徒だ。水晶と並ぶ、人気学科の占星術は七百人近い生徒が専攻している。その中で三位とは恐れ入る。性格は人類史上類を見ないほど悪いが、成績は超優秀で、我が校の推薦候補生の彼女は、ロドリゲスや京介と並んで、僕の親友の一人である。血液型はB型で口癖は「なめてんじゃないわよ」。

 彼女は僕の親友であるばかりでなく、校内の学生間の発言権においても名うての実力者であり、僕の学生生活を語っていく上で、欠かせない存在なのだ。知性はきわめて高いが、その清楚で現代的な外観に似合わず行動は極めて破天荒であり、ただのおてんばな女生徒だと思っていると痛い目に遭うだろう。
 彼女の精神力の強さを証明するかのような、二、三のエピソードがあるので、ここでそれを紹介しておくのも良いと思う。女性のすべてのタイプが大きな円形のグラフを形造っているとしたら、ラルセは間違いなくその一番端っこの線上の際にいて、凡人が人生の道をよそ見をせずに普通に歩んでいった場合、絶対に出会えないタイプであると思われる。
 そのエピソードとは、彼女が休日に隣町に買い物に行ったときのことである。三両編成の満員の電車内で、一組のカップルが他の乗客を顧みず、やけに大声で騒いでいたらしい。彼女が乗り込んだ瞬間からすでにそのような状態だった。そのカップルはちょうどラルセの真向かいの座席にいたらしい。話し声がやたらと大きいとか、甲高い声で笑うとか、その程度のことであったら、このような周囲を見ようとしない、視界の狭い若い世代にはよくあることであるし、後で笑い話にでもすれば済む話なのだが、そのカップルのふざけ方がどうやら度を越していたらしく、男性の方が女性の大事にしていた手帳を取り上げて、それをいやらしい目で読もうとしていた。女性の方は大声で笑いながら、それを取り返そうと必死に男の方に身体を絡め、男性はそれでも腕をうまく逆方向に伸ばして、彼女に取り返されないようにするから、二人はしっかりと組み合っていて、これはもう、他人から見れば相当に淫らなことをしているようにも見えたのだ。周囲にいた客もこのような行為を見逃すわけにはいかないと思っていたようだが、衆目の中で自分だけが道徳観を発揮して注意をすることに躊躇していた。周囲にもののわかった大人が多ければ多いほどこういう状態になりやすいものだ。結局のところ、そのカップルの騒ぎはラルセが乗り込む20分以上も前から続いていたらしい。
 少なくとも、ラルセはその時の様子をそのように説明した。彼女はこのことがすべて終わってから一年以上経過した現在に至っても、自分の破天荒な行動を棚に上げて、そのことに怒りをあらわにしていた。当時の彼女にとっても周りにいた客と同様に、相当に腹立たしい光景であったらしい。一つ述べておくと、彼女も普段は性格は大人しい方で、少なくとも校内にいる限りは、例え、自分にとって不利な出来事があっても、決して他人に対して怒鳴ったり、手を出したりということはなかった。これは、見知らぬ人間には、自分の性格をなるべくよく見せたいと考えているのかもしれない。まあ、僕らとふざけて遊んでいるときはその限りではないが、それでも最低限の良識や態度は守っていた。しかし、この時はこの眼前で暴れ回っているカップルの醜態に逆上したらしく、わずか十数秒で心中の怒りの樽を満タンに満たしてしまい、まず、二人を睨みつけ、次の瞬間には二人に向かって突進すると、まず、持っていた傘で男性の頭をひと殴りし、その後で女性の身体を傘の先端で何度も突き回してやったらしい。その時に彼女が発した、「なんてざまよ! この、都会を汚し放題のネズミ共は!」という大きな声は、隣の車両の客までを驚かせたらしい。このカップルも、普段は一般の説教好きの年寄りや、駅員などの忠告など耳にも貸さなかったのだろうが、この時は自分たちよりも若い女性に怒鳴られてしまい、周囲にも恥を撒き散らす羽目になったことで、不快感をあらわにする以前に恐れをなしてしまい、次の駅で速やかに下車して姿を消したというから、この時のラルセの剣幕がいかに凄かったかが伺える。
 彼女は喫茶店などで僕らと語り合っているときに、自分の失敗談としてこういう話をしてくれるのだが、ラルセの生態を知り抜いている僕らが聞いても耳を疑うような話が多いのだが(少なくとも、彼女は校内ではエリートとして知られているので)、一般の人がこの話を聞き付けてしまったら、それはもう、驚きのあまり新聞に投稿でもしかねないレベルの逸話が多い。それでも、彼女はどうしても許せなかったからの一言でこの話を終わらせた。
 次のエピソードも電車での話で、それも、この一件は前の事件から数日しか経ってないらしいのだが、それは、ラルセが駅のホームで電車待ちをしていたときのことである。その日、彼女は天候占いの研究のことで、難しい懸案を抱えていたらしく、朝からひどく物思いにふけっていたらしい。ホームで考え事をしているとき、まあ、エリートであるラルセのことなので、天候にさぞかし難しい人生哲学を絡めて考え込んでしまったのだろうが、彼女は上り電車に乗るはずが、誤って下り電車に乗り込んでしまった。電車が動き始めてからすぐにそれに気がつき、動転してしまい、顔を真っ青にしながら、「ああー! 間違った!」と思わず口に出して、大声で叫んでしまったらしい。その声を聞いて、近くの座席に腰掛けていた学生ふうの男性が彼女の方を驚きの目で見たらしいのだが、ラルセはその男性を逆に睨み返すと、「なんで、教えなかったのよ!」と唐突に呼び掛けたらしい。もちろん、この男性とはこの時が初対面である。彼女が後で語ったところによると、この時はすっかり気が動転していて、自分が乗り間違えたということを、大声を出したことで周囲にも知られてしまうという失態も合わさって、相当に恥ずかしかったらしい。そこで、照れ隠しでこのような呼びかけをしてしまったらしい。しかし、男性の方は見知らぬ女性に何の因縁を吹っかけられたかわからず、キョトンとした顔をしていたらしい。しかし、次の瞬間、ラルセの強烈なるビンタが飛んできて、男性の右の頬を直撃した。
 ここからがよくわからない話なのだが、ラルセはその男性を殴ったことで、彼に対してすまないことをしたという気持ちと、失態による気恥ずかしさが合間って生まれ、唐突に恋をしてしまったらしい。彼女は殴ってしまってから、自分のそのような感情に気がつき、介抱するために、優しく話しかけようとしたが、時すでに遅く、男性は彼女に恐れをなして、驚きと恐怖の入り混じった悲鳴をあげながら早々に逃げ出してしまったという。それでも、彼女はこの時のことを深く後悔していて、数日間はこの男性を探して同じ駅に通ったというから、この恋も簡単にいい加減なものとまでは断じきれないところがあった。この時のことを思い出しながら、「あの時は本当に惜しいことをしたわ」と彼女が何度か呟いているところを確認したことがある。
 以上が、彼女の性格にまつわる二つのエピソードである。こんな話を紹介せずとも、僕の書いたこの文章を読み進めてもらえれば、彼女の荒い複雑な性格は十分に伝わると思うのだが、最も重要な友達の自己紹介を兼ねてこの話を掲載させてもらった。では、本筋に戻ろう。

「なんで、おまえ、今頃、こんなとこにいるの? 朝一の授業はどうしたの?」
僕がそう聞くと、ラルセはあくびを一回してから、答えた。
「今日は寝坊。それでね、一応、同じクラスの生徒の順位は全部見ておこうかと思ったんだけど、あんたのを探してたら、随分はじっこの方まで来ちゃったわよ。千三百四十五位って…、これ以降の生徒はほとんど試験当日休んでた人達じゃない? ってことは実質的にはあんた最下位よ。本当にたいしたもんだわ、オラウータンだってあんたよりは上に行くわね」
「まあ、試験当日はいろいろあってね…。俺の人生は常にそうだけど、何もかもが思い通りに進まないんだよ…」
僕が泣きそうな顔で理由を説明しようとすると、彼女は僕の肩を軽く叩き、それを制止した。
「今さら言い訳はいらないわ。あんたがコアラよりプレッシャーに弱いことはよく存じてますから。でも、あんまり低いところにいられると、あんたと仲のいい人たちまで全校生徒からそういう目で見られるわけだから、次はちょっと上へ行ってね…?」
 僕らは、宿舎にある自室の方へ向かって歩きながら、話し続けた。
「俺もねぇ、この学校に入る前までは占星術にあこがれてたんだよ。でもやってみると難しいじゃん…。そんで結局あきらめちゃったよ。すごいよな…、何でおまえあんなにできるんだよ?」
彼女の性格を考慮し、気を利かせて僕がそう尋ねると、ラルセは嬉しそうに目を輝かせた。
「あんた、なめてんじゃないわよ。ちょっと勉強すれば格好がつく水晶とは違うわ。占星は心よ。美しい星空に自分の素直な思いをぶつけるの。ロマンチストでなきゃできないわ。まして、占う前に金の勘定をするような男には一生修得できなくてよ。あんたは絶対、ロマンチストじゃないものね。どちらかというと、野生に近いわ」
 彼女は凄まじい悪口を並び立てた。調子に乗ってくるといつもこんな感じである。
「ラルセだって、お金大好きだろ?」
僕はかろうじて、一言返した。しかし、彼女は全く意に介さない様子だった。
 実はこのラルセも一学生の頃はそれほどできる生徒ではなかった。他国からの留学生であったため、不安と戸惑いがあったのか、入学当初はエリートならではのプライドの高さなどは微塵もなく、今からでは信じられないことだが、遠慮しがちで大人しい生徒であった。人にものを尋ねることが苦手であったため、水晶や占星のクラスでも、仲間とうまくなじめず、それが災いしてか成績も平凡であった。僕とどっこいどっこいの成績であったから、出会ってからも、なかなかうまくいかない学校生活のことで話が合い、すぐに仲良くなることができた。当時はよくお互いの成績を比較してみて楽しんでいたものだ。ところが、どんなキッカケがあったのかはわからないが、昨年の夏頃から突然星占いに真剣に打ち込みはじめ、うちの学校の高名な占星の先生に師事するようになり、それで自信をつけてしまったのか、性格もうなぎ登りに高飛車になり、今では学内の女性占い師ではナンバーワンの実力者と評価されるまでになっていた。対称的に僕の成績は昨年夏から落ちつづけ、今のように天と地のような膨大な差がつくことになってしまった。
「信じて欲しいんだけど、今回のテストが俺の限界じゃないんだよ。才能は体中に有り余ってるんだ。だけど、試験本番に弱くて、いつも六・七割の力しか出せないんだ…」
「6割も出しきってあの程度なの? それなら10割全部出たところでたいして怖くないんだけど…」
ラルセは心底呆れているような顔でそう言った。
「そういうことじゃないよ。本番で全力を出せない人間だと言いたいんだ。例えば、占い師になってからのお客を相手にした占いってのはあそこまで緊張する局面ではないと思うんだ」
「だめよ。それは通らないわ。占い師といっても一人の学生である以上、明確な評価作りのための試験は避けて通れないし、その試験で結果を残せなかったら、どんなに罵倒されても文句は言えないわ。それと、あなたは甘く見てるみたいだけど、お金を払って占いの結果を待っているお客の目はそれはもうシビアなのよ。悪い結果が出たとしてもそれを上手くごまかしていい結果であるかのごとく伝えるとか、あるいはそのままに伝えてお客に反省と奮起を促すとか、その辺をどう判断するかが占い師の技量なの。三十分も考える時間がある学内の試験とは比べものにならないほど難しいのよ」
「僕だってこんな結果を出してしまったら、そこまでかっこいい占い師になろうとは思わないよ。6割程度の実力でいいんだ。僕のこれまでの人生は何をやっても常に60点くらいだから、将来占い師になれても結局その程度なんだろうね」
「いつも60点じゃだめなのよ。私たちエリートが目指すのは出来か不出来かわからない70でも、いつかはできる80でも、油断大敵の90でもなく、完璧なる100点でなくてはならないのよ。『70でも結構です』ではなくて、『100点以外はいりません』と答えられなければ占い師としては失格なのよ」
いつからこんなにエリート意識の強い女性になってしまったのかはわからないが、こんな厳しい言い方をしていても心の底では僕のことを心配してくれているため、僕らの友人としての関係は途切れることなくうまくいっていた。
「あっ、そう言えば、昨日、宿舎の二階で、たでま先生がウロウロしてたらしいじゃない。あんたの部屋に行ったの? それ以外考えられないんだけど…」
「ああ…」
「何しに?」
「ちょっと、占ってほしいって…」
「何を?」
彼女は興味を持ったらしく、核心をついた質問を立て続けに繰り出した。
「いや、当店は顧客の秘密保持の原則を厳守しておりますので、残念ながらその質問には答えかねます…」
僕の顔色が悪い方向へ変わったのを見て取ると、ラルセは不気味な笑みを浮かべた。
「はっは〜ん、これは女性がらみの問題ね。そうでなければ、髪の毛よ。たでま先生、最近薄くなったもん。どちらにしても、ろくなことでないわ」
 絶対の自信を持って彼女はそう言い切った。思わず話しすぎてしまったかと、僕は慌てた。
「ち、違いま〜す」
しかし、僕の表情の微妙な変化を伺いながら、彼女はたたみかけた。
「あっ! もう、わかった。髪の毛だ。やっぱり、禿げてたんだ。キャハハハハハ! 男同士のお悩み相談って寂しいわね〜」
彼女の推理能力は学内屈指だ。両親は心理学者ではないかと疑うほどである。
「一応言っとくけど、その問題にあんまり触れない方がいいよ。おまえは口軽そうだから忠告するけど、他所でそのことをばらしたりしたら、これからの人生を左右しかねないよ」
「わかってるわよ。そんで、いくらもらえたの? 少しは財布の足しになった?」
「たった千だよ…。でも、自分の担任の先生からそんなに取れるわけないだろ…」
「やっすう〜。あんたねえ、占いをなめてんじゃないわよ。あんただけよ、占いでちょこまかと小遣い稼ぎしてんのは。他の生徒は、将来占いで食べていこうとがんばってるのに…」
「しょうがねえだろ。高くすると、見事に誰も来なくなるんだよ、うちの店は!」
 僕は誰にもぶつけることのできなかった現実を吐露してしまった。親友である彼女には話しやすいということもあるのだろうが…。ただ、さほど当てる自信もないから見料を取りにくいとは、とても言えなかった。
「水晶は単価が安いものね。憑依や易は1回で十万近くもらえることもあるらしいわよ」
「やっぱり、専攻する教科を間違えたかな…」
「それもあるけど、あんたの場合は雑な性格と技術の無さよ。たぶん…」
 いろいろ言われてるうちに知らぬ間に宿舎にたどりついており、僕らはそのままコンクリート造りの正面階段を登った。精神的に相当追いつめられてきたので、僕は話題を変えることにした。
「あっ、そういえば、おまえ、また男できたんだって? 聞いたよ、京介から」 ここまで余裕綽々だったラルセの顔色がさぁーっと変わった。
「な、なんで、京介が知ってんのよ!?」
「この前見たんだって、フランポ−ゼでね。金髪だって? イギリス人? それともアメリカ人?」
「ここの人じゃないわよ。同い年だけど、学生っぽい雰囲気はなくてね、ちょっとおしゃれな人なの。この間さあ、突然、私の店に来たのよ、占ってほしいって。運命よ! 運命の出会いよ、これは!」
 ちょうど、そのとき僕の部屋の前に到着したが、打ち切れない話だったので、そのまま立ち止まって話し続けた。
「無茶言うなよ。なんで、おまえの店に男前のやつが行くと、運命の出会いになるんだよ。だいたい、前の男はどうなったんだよ。ほら、あの、バスケが好きだっていう…」
しかし、彼女は僕の質問を無視した。多分その話題は掘り進めると、都合が悪いことになるのだろう。
「彼ってねえ、画家になるために、今勉強してるんだって。超かっこいいよね、そういうのって…」
「今どき芸術家になりたいとか、簡単に言う男は怪しいよ。後ろ暗いことがあるんだよ。絶対犯罪歴とかあるぜ、調べてみな。それに俺だって、今勉強してんじゃん。目的は違うけど。かっこいいだろ?」
「はあ? あんた、なめてんじゃないわよ。あの人は、ここらの男とは違うわ。眼が輝いてるのよ。光ってるのよ。たぶんねえ、私たち結婚するわ。こんなこと、占わなくてもわかるわ。水晶を使わなきゃ運命の糸が見えないような人は恋をする資格はないわね。会った瞬間にわからなきゃ馬鹿よ。結ばれてたのよ、ずっと。運命の糸で! 生まれてからずっとね!」
彼女は語尾に力を込め、僕の目を見続けながら、勢いよくそう語った。
「結婚も何も、おまえの性格でそんな長くつきあえるわけないじゃん…」
「あんたみたいな、落ちこぼれの占い師に何がわかるのよ!」
彼女はついに禁句を発した。
「ようし、わかった! そこまで言うなら、白黒つけてやるよ!」
僕はラルセの手を引っ張って、部屋に引き込んだ。
「痛いわね! 手を離しなさいよ!」
「いいからそこに座れよ。俺の占いの本当の怖さを教えてやるよ」
僕はにんまりと笑ってそう言った。
「万年学年ビリのあんたの占いじゃあ、あまり信用できないんだけど…」
 彼女はお返しとばかりにわざと低い声で言ってから、ほくそ笑んだ。そして、中世の貴族のような余裕の態度でテーブルの脇にあったイスに腰掛けた。
「タロットならいいだろ? 水晶は今調子悪いからさ…」
「あれ、お得意の水晶使わないんですかい、ボス? ひひひ…、相当自信を無くされたようで…」
「昨日の占いで酷使したから、ひびが入ったんだよ」
「ひびが? だったら、それまともな水晶じゃないじゃん」
「うっさいな〜、いいから、覚悟決めとけよ。」
そう言いつつ、僕はタロットを取りだして、それを細かくシャッフルした。 『タロット』は、ある問題の結果を事前に求めるときに使われる占いだ。未来や過去を占うという点では、水晶と似ているが、こちらは時間を指定しなくてもよいというところに強みがある。それと、あまりうまくない占い師がやっても、曖昧にだがそれなりの結果を出せるのも特徴だ。さらに言えば、占い師は自分自身の未来に関することを占うことができない。たでま先生やラルセが僕のところへ来たのは、そういう理由があるからである。
「はい! ではこれから、タロットによって、秘められたあなたの運命を見ていきます。三枚のカードを選んで引いてください」
 僕は授業で習ったとおりに進めた。裏面にされて机の上に並べられたカードを睨んで、ラルセは眉間に皺を寄せて、考え込んだ。エリート占い師も占われる側にまわると案外弱いらしい。
「う〜ん、すぐには選べないわ…。ちょっと待ってね…」
 彼女もタロットの絵柄がどんな未来を示すかということは重々承知しているのでかなり慎重だ。
「はいはい、深く考えてはいけません。あなたが直感と閃きで選んだカードが運命の一枚です!」
僕は先生に教わったように、わざと仰々しく言った。
「わかってるわよ。じゃあ、これで!」
彼女は3枚選んで手に取った。
「あっ、そう言えば、まだ占いの料金もらってないよな。早く出してください。いい結果がでませんよ、そんなことでは…」
「あんたねえ、私から金取るの? どれだけの付き合いだと思ってるのよ? それにあんたが無理矢理連れてきたんじゃない!」
「これも商売ですから。あいすいません!」
僕はふざけた身振りを交えながらそう言った。
「いくら欲しいの?」
「占い師の方から、図々しく金額を提示するわけにはいきませんが、これから食堂で、カルビ定食を食いたいと、そう考えております」
 彼女はそれを聞くと、机の上に紙幣を一枚置いた。僕はそれを2つに折りたたんでポケットに入れると、彼女が選んだ三枚のカードを裏返しのまま受け取った。
「さあ、では、あなたと新しい彼氏との恋の行方を占います。1枚目は、次に運命が大きく動く時間です」
 そう言って、僕は一枚目をめくった。一枚目のカードは『太陽』だった。
「ってことは二日後? 一体何があんのよ〜…」
ラルセは急に不安そうな顔になった。
「もう、だいたい結果が見えてきたようですけど、二枚目いきます。二枚目はその事件が起こる原因ですね」
 二枚目をめくると、『戦車』のカードだった。彼女はもう何も言わなかった。僕は笑いをこらえながら、そのまま占いを続けた。
「二日後に…、大きな喧嘩が原因で〜」
僕は詩を詠むようなリズムでそうつぶやきながら、結果を示す3枚目をめくった。言うまでもなく、三枚目のカードは『死神』だった。
「きゃ〜!!」
ラルセはそう叫んで、へなへなと床に倒れこんだ。
「まあ、こうなるのはわかってたけど、おまえ、早すぎるよ。一体何する気だよ、二日後に…」
 僕はそう言いつつ、タロットを片付けてしまうと、今度は水晶を取りだした。
「ちょっと! 見ないでいいわよ。あんたの占いなんて、はなから信じてないもん」
ラルセは開き直って、僕の方を睨み付けながら、そんなことを訴えた。
「なあに、心配するな。二日後の占いなんて、ミスったりしないよ。最後まで責任もってやる」
僕はそう言いつつ、水晶をこすった。すると、あっという間に映像が浮かんできた。
「あ〜りゃりゃ。こら、ひどいわ」
 水晶に映ったのは、鉄拳で金髪の彼氏を殴りつけている彼女の姿だった。彼氏は体中あざだらけで、その上鼻血を吹き出していた。
「これじゃ阿鼻叫喚だよ、おまえ…」
僕はそう言うと、水晶をくるっと回し、その画をラルセに見せた。
「うそよ! 私はこんなことする女じゃないわ!」
僕はもう、聞く耳持たなかった。
「よく言うよ。おまえ、あれだろ。前彼とも最後はこんな感じだったんだろ? その時は鉄パイプかなんかで…」
 僕は落ち着いた口調でそう言いつつ、コートを羽織って、昼食のために出かける準備をした。
「あんた、金返しなさいよ! 間違ったんだから!」
 ドアから出ていこうとしている僕に向かって、ラルセが後ろからしがみつき、そう叫んだ。
「すいませんが、当店では占いの結果に関して、一切責任を持ちません」
僕はそう言って彼女の手を振り切り、さっさと定食屋に向かったのだった。

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