研究内容

研究内容
博士論文「高感度発蛍光試薬の開発を指向した蛍光量子収率予測法」

1996年4月~2002年3月 東京大学大学院薬学系研究科 生体分析化学教室

写真は4本のバイアルに,ある化合物の溶液を入れ,いわゆるブラックライトを当てているところです. 4本のうち左から2番目と4番目の溶液が光っていますが,この現象を「蛍光」と呼びます. 光は,重さや体積などよりもわずかな量で測定することが可能なため,化合物から発せられる「蛍光」を測定することで,微量物質の定量を行えます.


ところが,上の写真の左から1番目と3番目の溶液が「蛍光」を発していないように,全ての化合物が「蛍光」を発するわけではありません. しかも,「蛍光」を発するかどうかは,分子構造の微妙な違いに左右されます. 例えば,左から1番目と2番目の化合物は -Cl 基が -NHMe 基に,3番目と4番目の化合物は -F 基が -SMe 基にそれぞれ1ヶ所変化しただけの違いしかありません.
以上のような背景から,どのような構造を有する化合物が蛍光を発するのかを解明し,得られた知見を分析化学に応用することを目的として研究を行いました.

~学振の申請書類より~
HPLC-蛍光検出法は,感度・選択性に優れ,また同時に複数の測定対象化合物を分析できることから,最も汎用されている分析法の一つである. 本法を無蛍光性の対象物に応用するため,現在までに,様々な蛍光試薬が数多く開発されている. しかし,これら試薬の多くはそれ自身が蛍光性であり,生体内微量物質の分析には適さない. そこで,反応性に優れ,かつ長波長の励起・蛍光波長を有する 4, 7 位置換ベンゾフラザン骨格を蛍光団として選択し,試薬自身無蛍光性である発蛍光誘導体化試薬の開発に着手した. 合理的な試薬の開発を考え,まず構造から蛍光性の有無を予測する方法の確立を目指した. 70 種 4, 7 位置換ベンゾフラザン化合物を合成し,その置換基と蛍光特性の関係を検討した結果,置換基の Hammett 定数と蛍光性の有無の間に良好な関係が認められた. この関係を用いることで,世界で初めて一つの骨格に対して,蛍光性の有無を予測することが可能になった. 本予測法を用いることにより,過去に報告例のないアルコール用発蛍光性試薬 PSBD-NCO の開発に成功した. 一方,より厳密に蛍光量子収率を予測するためには,その決定因子を理論的に解明することが必要であると考え,半経験的分子軌道法を用いてエネルギー準位と蛍光量子収率の関係を検討した. その結果,非極性溶媒中では,一重項第一励起状態(S1)と三重項第二励起状態(T2),極性溶媒中では S1 と T2 及び S1 と三重項第一励起状態(T1)のエネルギー差が蛍光量子収率に影響を与えていることを明らかにした. これは,ベンゾフラザン骨格を有する化合物の主要な無輻射緩和過程が項間交差であることを示唆し,また半経験的分子軌道法を用いることで蛍光量子収率の大小も予測可能であることを示している. 上記予測法により,それ自身に蛍光性が無く,誘導体化後に強い蛍光性を有する化合物の設計が容易になり,数 fmol の対象物を検出可能な,カルボン酸用発蛍光誘導体化試薬 MTBD-SH の開発にも成功している.