研究内容

研究内容

2002年4月~2005年3月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
 2002年4月~2003年5月 奈良女子大学理学部化学科 機能化学講座 岩井研
 2003年6月〜2005年3月 英国 Queen's 大学化学科 AP de Silva研

~学振申請書類より抜粋~

本研究で開発する蛍光センサーの蛍光 on-off スイッチングは Photoinduced electron transfer (PET)の原理(de Silva AP, Gunaratne HQN, Gunnlaugsson T, Huxley AJM, McCoy CP, Rademacher JT, Rice TE, Chem. Rev., 1997, 97, 1515)に基づいている. この原理を利用した発蛍光性センサーは,蛍光団と,化学的結合や錯体形成を司る結合部位とを接続した構造を有する(1). 蛍光団の励起は,結合部位との PET を引き起こし,その結果蛍光は観測されず,スイッチが off の状態となる. 一方,結合部位に目的の化学種が結合すると, PET は抑制され,蛍光のスイッチが on に変化する. さらに 1 の構造を 2 へと拡張すると,蛍光応答を引き起こすためには,2つの異なった結合部位に対する化学種が同時に必要となり, AND に対応する論理ゲートとなる.



以上の原理より,まずミセル近傍の水素イオンの濃度勾配を解明しうる発蛍光センサーとして 3 の構造を有する化合物 4 を合成する. 4 中のアンカー1は疎水的相互作用により,水中におけるミセルとの結合を担う一方,アンカー2はミセル近傍における水素イオン結合部位の位置調整として働いている. 4 は,イオン結合部位近傍に存在する水素イオンにより PET が抑制され,蛍光強度が増加するため,水素イオンの濃度を定量することが可能である. さらに蛍光団の蛍光波長が周囲の極性増加により長波長シフトを起こすため,その波長を測定することにより蛍光団周辺の環境,すなわち極性についての情報も得ることができる. 以上の原理に基づき,アンカー2の構造を変化させることで,ミセル近傍における蛍光団の位置を変化させ,ナノスケールもしくはより微少空間における水素イオン密度のマッピングを行うことが可能である.

上記アプローチとは別に,分子集合系近傍の複数のイオンに対して論理ゲート機能を有する発蛍光センサーの開発も試みる. 一例として 5 の構造を有する化合物 6 を合成する. 6 は,アンカーによる疎水性相互作用によりミセル近傍に存在し,水素イオンとナトリウムイオンの共存条件下でのみ蛍光応答を示す.



さらに,アンカーをポリマーに導入可能な構造にし,検出対象をポリマーへと拡張させる. 例えば,6 のアンカー構造を変化させた化合物 7 はポリマー中に導入することが可能であり,ポリマー近傍の環境,すなわち水素イオンおよびナトリウイオンの存在を正確に評価する事が可能であると考えられる.

研究の進行に応じて,蛍光団,イオンとの結合部位,アンカーの構造を最適化する必要が生じると考えられるが,本研究ではその最適化についても検討し,最終的に実際の分子集合系を用いて,その近傍のイオンの環境を明らかにする.


本研究の特色

従来,分子集合系近傍のイオン濃度を感度・選択性に優れる蛍光検出法で把握しようという試みは,ほとんど行われておらず,その報告も数少ない(Fernandez MS, Fromherz P, J. Phys. Chem., 1977, 81, 1755; Grieser F, Drummond CJ, J. Phys. Chem., 1988, 92, 5580; Bissell RA, Bryan AJ, de Silva AP, McCoy CP, Chem. Commun., 1994, 405). その主原因は,蛍光 on-off のスイッチングを意図的に制御する方法がほとんど確立されていないため,イオン存在下で発蛍光性となるセンサーを理論的に設計することが非常に困難であったことにある. 本研究では PET の原理に基づいた蛍光スイッチングを用いる予定だが,最近この原理による蛍光 on-off を化合物の構造から理論的に予測する方法が確立されつつある(Uchiyama S, Santa T, Imai K, Analyst, 2000, 125, 1839). このことから,本研究では,検出対象物に対して適当な蛍光団およびイオンとの結合部位を有する化合物を設計することが容易になり,従来にない高性能な発蛍光センサーの開発が可能であると思われる.

また,蛍光検出法は従来,一つの情報(極性やある化学種の量)のみを測定する方法であったが,本研究で開発を行う蛍光センサーは水素イオンの濃度と分子集合系における位置を同時に測定できる化合物である. このようなセンサーは未だ開発されておらず,その設計概念は斬新かつ画期的であるといえる. 本研究により,特定化学種の新しいマッピング方法が確立される可能性を秘めている.

一方,論理ゲート機能を有する発蛍光センサーは,小分子で複数のインプットされた情報をアウトプットに変換することが可能であることから,次世代のコンピューターに用いる計算手段として注目を集めている. このような発蛍光センサーの開発が始まったばかりであり(de Silva AP, Gunaratne HQN, McCoy CP, Nature, 1993, 364, 42; de Silva AP, Gunaratne HQN, McCoy CP, J. Am. Chem. Soc., 1997, 119, 7891; de Silva AP, McClenaghan ND, J. Am. Chem. Soc., 2000, 122, 3965),分子集合系近傍で論理ゲートとして機能する発蛍光センサーの開発は,その実用性,有用性を広めるために重要である.

さらに,分子集合系としてポリマーを考えた場合,従来のミクロ環境の研究はポリマーに対し蛍光センサーを添加するという方法で行われてきたが,この方法では蛍光センサーの位置が明確でないという欠点を有している. 本研究で行う発蛍光性センサーのポリマーへの導入は,その欠点を克服し,様々なポリマーの環境を正確に評価することが可能である.ポリマーに対する発蛍光センサーの導入も最近行われるようになった方法(Klok HA, Moller M, Macromol. Chem. Phys., 1996, 197, 1395; Iwai K, Matsumoto N, Niki M, Yamamoto M, Molec. Cryst. Liq. Cryst., 1998, 315, 53; Iwai K, Hanasaki K, Yamamoto M, J. Lumin., 2000, 87-9, 1289)であり,総じて本研究により,蛍光検出法の利用価値を大きく広めることが可能であると考えられる.