友ヶ島要塞の概要 Last update on 2010/11 |
● 背 景 明治の初めの頃、外敵に対する日本における海岸防備の必要性が 問われ、各報告書法案が政府に提出されました。 そして、その防備の主力となる海岸砲台の役割については、 1、敵艦が通航することに対する防御 2、敵艦の利用するところとその停泊港の防御 3、敵上陸兵に対する防御 4、都府ならびに製造場、その他緊要地 (注:まず第一に対応しなければいけないような大切な所の意)の 防御の4項目が、あげられました。 このうち、1と4の防御が急務であると判断され、 いくつかの候補のうち、優先順位として、東京湾、下関、大阪湾、 紀淡海峡の順に海岸砲台の建設が行なわれました。 最初に東京湾において着手されたのが 明治13年(1880)のことです。 |
そして、この大阪湾、紀淡海峡の防衛に建設されたのが 「由良要塞」と言うものです。 淡路島の由良は古くから交通上の要地でもあり、 中世においても淡路島の支配、戦略の中心でありました。 幕末に外国船が脅かすようになってからは、 幕府もこの由良(高崎砲台跡の場所)に台場を築いています。 1958年のことです。 「由良要塞」は由良地区(淡路島)、友ヶ島(紀淡海峡の島)、 加太・深山地区(和歌山県)の3地区に分類され、 明治22年(1889)頃から要塞建設がはじまり、 由良要塞司令部が開設されたのは、明治29年(1896)、 要塞の全工事が完了したのが、 明治39年(1906)でありました。 3地区の中心である友ヶ島から神戸へ約36km、 大阪へは約50km、 当時としては強力な海岸防備が図られたわけです。 |
本研究は、この「由良要塞」の3地区のうち、 比較的保存状態の良い「友ヶ島地区」の要塞について調査を進めるものです。 友ヶ島 砲台及び諸施設配置図(数字は概略の標高を示す) |
第1砲台 第2砲台 第3砲台 第4砲台 |
第5砲台 照明所 海軍聴音所 虎島堡塁砲台 |
● 友 ヶ 島 地 区 要 塞 の 施 設 友ヶ島は、地ノ島、神島、沖ノ島、虎島の4島で構成されていますが、要塞施設が設置されているのは、沖ノ島、虎島の2島のみです。 神島は規模が小さく大阪湾のみにしか面していません。地ノ島は沖ノ島と並ぶくらいの大きさではありますが、設置はされていません。 地ノ島は山ばかりで平地がなく海岸線は絶壁が続くという地形(ギアナ高地みたいなものか?)で、要塞建設には不向きであり、 また紀淡海峡(中の瀬、加太の瀬)防備のための射程範囲においては、無理に地ノ島に設置しなくても対岸の加太、深山に設けた砲台群でカバーできるということです。 地ノ島に秘密の要塞が在る可能性は無いと言っていいでしょう。 陸軍による要塞施設は、虎島に堡塁砲台が1か所、沖ノ島に第1から第5までの5砲台と付随する照明所、弾薬庫その他の付属堡塁があり、 明治22年着工の第1砲台をかわきりに明治37年竣工の第5砲台まで15年あまりの歳月をかけて建設されました。 砲台が竣工しても、必ずしもすぐに大砲が据え付けられたわけではなく、諸事情(軍事情勢やたぶん予算)により数年先に設置完了ということもありました。 島内には蛇にちなんだ地名(蛇ヶ池、深蛇池)が在ることが示すように蛇が多く棲息している島らしく、築造設計のための測量者が蛇におびえ、 なかなか測量がはかどらなかったり、神罰が下るとして樹木の伐採を拒まれるなど付近住民も就労を嫌ったため、囚人を使ったという話もあるようで、 なかなかの難工事であったことは間違いないようです。 この建設の間、日清、日露戦争を経て、完成後も軍縮、要塞整理の時期をむかえ、せっかく造った砲台群ではありましたが、 備砲を転用させられたり、第4砲台のように破棄されたりしました。 なお、海軍の施設としては昭和に入り、太平洋戦争開戦時に聴音所が設置されていました。 各施設の詳細はそれぞれのコンテンツで説明します。 |
⊂ 要 塞 関 連 用 語 ⊃ | |
●砲台 (ほうだい) 複数の砲座で構成され、海上の敵艦もしくは、 敵上陸部隊を砲撃目標としているもの。 ●堡塁(ほうるい) もともとは、石積・土盛・レンガ・コンクリートなどで防護された要塞を 構成する主要部分で砲座、指揮所、観測所、発電所、便所、兵舎、弾薬庫、 弾丸庫などをさすが、旧陸軍では、堡塁は要塞の背面方向である陸地側を 向いて、敵上陸部隊に応戦するためのものとしており、 敵艦船攻撃用の堡塁は砲台と称し、両方の機能を備えたものを 堡塁砲台としている。 砲撃用の施設に対して便所、兵舎、井戸などの要塞を維持するための 諸施設は付属堡塁と表されることもある。 ●砲座 (ほうざ) 大砲がおかれ、砲撃活動をする場所砲座の中には砲床(ほうしょう)という 大砲を設置している丸い面(台座もしくはピット状のもの)があり、 一つの砲座に1ないし2の砲床がある。 ●弾薬本庫(だんやくほんこ) 弾薬支庫や砲側庫に供給する砲弾や火薬を保管している倉庫 ●弾薬支庫(だんやくしこ) 弾薬本庫より小規模で分散させたもの ●砲側庫(ほうそくこ) 火砲の近くにあって砲弾や火薬を直接供給できる倉庫。 地下に設置して吊り上げ設備で砲弾を搬出する構造が多い。 ●掩蔽部(えんぺいぶ) 砲撃などの攻撃に対して防御の対策のとられた場所。 掩蔽はどちらも覆うという意の字 ●棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ) 平時及び有事での活動施設(兵舎・弾薬庫・砲具庫等)で掩蔽部に有るもの。 棲息は生物が生息するの常用外の字 ●胸墻(きょうしょう) 大砲の正面にあたる防御壁のこと。土盛や石積、レンガ積があるが、 明治後期や大砲の種類により、コンクリートで補強されることが多くなった。 ちなみに側面の防御壁は横墻(おうしょう)、 後ろの面は背墻(はいしょう)といわれる。 明治中期の砲座の胸墻、背墻面には弾丸置場の凹みや伝声管が 設けられている。 ●伝声管(でんせいかん) 明治初期から中期にかけて建設された砲台は、 電気的な通信方法が整っていなかったので、砲台内の連絡は 専ら手信号や実声音で行なっていた。 伝声管は陶器管などを予め地中に埋め込んでおいて、 周囲の騒音の影響を受けないようにして、その管を利用して実声音で 伝達するもの(糸電話の糸が管になったようなもの)であったが、 有線、無線の技術が発達してこのようなものは無くなった。 ●穹窿(きゅうりゅう) アーチ状(かまぼこ型)の建築構造物をさす言葉。 主に天井面や開口部(窓、出入口)の上部をしめすことが多い。 英語ではヴォールト(vault)。 ●揚弾井(ようだんい) 地下の弾薬庫から砲弾を吊り上げてくるための竪穴空間のこと。 チェーンのようなもので吊り上げていた。 |
●観測所 (かんそくじょ) 敵艦や敵上陸部隊の位置を把握し、 砲撃に必要な諸元(方向・ 角度・発射の時期等)の算出を行ない、 その結果を砲台に連絡する施設のこと。観測所の中央部には、 観測に用いる測遠機が置かれていた。円形のコンクリート製の 半地下に鉄製の天蓋(屋根)のついた構造のものが多い。 ●照明所 (しょうめいじょ) 探照灯(たんしょうとう:サーチライトのこと)を設置し、 明治期では夜間の海上の敵艦を探知するための施設で あったが、太平洋戦争時では防空のための照空灯として考えられた。 探照灯が常時露出していることはなく、使用時は電灯井(でんとうい)という 竪穴空間を利用して地下などに格納してある探照灯をリフトで上部に引き上げた。 探照灯の格納庫は掩灯所(えんとうしょ)と表される。 ●電灯所 (でんとうじょ) 照明所と混同されるが、照明所やその他の砲台諸施設に電気を供給する 発電所のこと。レンガ造りで内部に発電機を設置し、地下に冷却用水槽を設けた ものもあった。埋設電線もしくは架空で送電した。 ●備砲(びほう) 設置されている大砲などの火器のこと ●榴弾砲 (りゅうだんぽう) どちらかといえば上に打ち上げて放物線状の弾道で敵艦船の甲板部や 敵上陸部隊の頭上への攻撃する大砲。直接、目標に照準を合わせないので、 後方の山中や谷地でも設置が可能だが、落下加速度が増すので、 目標より高い場所に設置するのが効果的。 略字標記ではHとされる。口径28cmならば28H。 ●カノン砲 (かのんほう) ほぼ水平に近い弾道での射撃が可能な大砲で、敵艦の舷側(横腹)を目標として 砲撃するもの。砲身が長く、射程距離も長い。直接、目標に照準を合わせるので、 海岸面に設置されることが多い。当然、相手側にもその存在が発見されやすいので、 防御面では不利。それを補うために、隠顕砲 (いんけんほう)という、普段は地下に 隠れていて、いざ砲撃するときに上に持ち上がってきたりするのものや、 最初から鋼鉄製で装甲されたものもある。漢字では加農砲と当て字される。 略字標記ではKとされる。口径12cmならば12K。 ●首線 (しゅせん) 大砲などの火器が主に向いている方向 ●射界 (しゃかい) 射撃が可能な範囲、二次元的な角度 大砲の種類(榴弾砲等)によっては全旋回360度の射界を持つものもある。 ●聴音所(ちょうおんじょ) 予め水中に設置してある集音器を用いて、敵艦や潜水艦のスクリュー音などを察知し、 その位置を特定し、機雷(きらい:水中の地雷のようなもの)を作動させたりするところ。 要塞とは直接関係しない海軍の所轄の施設。防備衛所というのが本来の名称。 ●海堡(かいほう) 自然の海岸や島に設置した砲台の射程内では、包含できず、 海中を埋め立てて人工島を造り、砲台を設置したもの。 日本国内では東京湾に第一、第二、第三海堡(撤去済み)の3ヶ所設置された。 |
参考資料:
和歌山市観光課パンフレット
『由良要塞』 近代築城遺跡研究会編
『明治期国土防衛史』 原 剛
『日本築城史−近代の沿岸築城と要塞』 浄法寺朝美
『日本の要塞−忘れられた帝国の城塞』 学習研究社