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 この合唱団員の中に少なくとも3人は自称飛行機嫌いの者がいる。飛行機より新幹線に乗るというTさん、飛行機に乗るのが嫌いなのに中国とかに何回も行っているKさん、私である。旅行の話が話題になるたびに飛行機の話が出てくる。
 私が初めて飛行機に乗ったのは、仕事で、九州に行った今から30数年前である。YS−11のプロペラ機で、高松から大阪に行き、大阪から熊本にジェット機で飛んだのであるが、高松から大阪に飛んだときに、窓から地上を見て、足がすくみ、酔って、不安で気分が悪くなった。顔色も悪くなっていたのだろうとおもう。大阪でジェット機に乗り換えるとき、同行の二人はスーッと何もなく通ったのに、私は止められて、ボディチェックまで受けたのである。なんで!思うに、顔色が悪く、ポケットにカメラのフィルムケースが入っていてふくらんでいたのが不審だったのかも。ポケットの上からさわられて、「フィルムですね」と念を押されたことを覚えている。
 しかし、今回、息子がハワイで結婚式を挙げることになり、「お父さん、出席できなければそれでもかまわんから。」とまで言われたのである。娘さんのご両親は「連れて行ってくれるので初めての海外旅行を楽しみにしています。」というので、海外旅行経験のある妻も即座にOK.。私は「少し考える」と即答をしなかった。結局、相手のご両親が出席するし、息子の一生に一度の晴れ舞台に出席しなければと気を取り直して(清水の舞台から飛び降りる気持ちで)行くことを決めたのである。
 初めての海外旅行であり、いろいろな不安があったので、パスポートの申請から、ハワイの地理、施設、観光、食べ物、気候、服装、英会話など調べることに時間をかけた。昨年、ハワイにご家族で行っていた団員のTさんからは、ワイキキビーチや、フラの写真を見せて頂き、お話も聞いて参考にした。
 オペラ「かぐや姫」の合唱の練習が始まるが、皆に遅れると思いながらも数回は欠席することになった。
 3組は関西空港、中部空港、成田空港とそれぞれ別々の便で出発し、ホテルで合流することになっていた。荷物は少なめに一つのトランクにまとめ、高速バスで関西空港へ出発の4時間も前に行った。おかげでチェックインは混雑せず、スムーズに運び、前の方の窓際の席が取れた。21時前出発。ジェット機の加速はすごいなと思いながら離陸の様子を窓からズーッと眺めていた。
 飛行機は雲の上に出てからは、時に揺れることはあるが、ホノルルに向け(南東?)順調に飛んでいた。だんだんと不安がとれてきて、機内で出される飲み物や、機内食も単語を並べてオーダーして、お腹に入った。室外温度はマイナス57℃とディスプレイに表示されていた。
 少し、うとうとして、窓の外を見た。なんと!!オリオン座がはっきりと輝いている。この方向が南かな(オリオン座がほぼ立っている状態に見える。)と、このころにはもうフライトを楽しんでいた。遠くで時々、雲が光っている。雲の中での放電か、雷かなと思ったりもした。雲海の上を飛びながら、だんだん朝焼けになって夜が明けていく様子を窓から眺めていた。夜が明けると、白い雲が、時には凍った湖で、雲のないところが水面のごとく見えた。また、一緒に同じ方向に動く雲と、反対に動く雲が2重の層になってすれ違っているように見えた。不思議な光景だった。
 飛行機は高度を下げ、雲海をつっきると海が見えた。所々に浮かんだ雲の間から島が見えた。一番西にあるカウアイ島かなと思いながら、火山の地肌に浸食の後が絶壁となってくっきりと見えた。しばらくして、オアフ島が見え、ホノルル空港に着陸した。ほっとしたが、少しhot。着ていたコートを脱いだ。
 行列を作って静かに緊張して入国審査の順番を待った。順番が来て、「お願いします」とパスポートを渡すと、入国審査官はパスポートと顔を見比べながら、英語かと思えば、「旅行は初めて?」と日本語で問いかけてきた。「はい、初めてです。」 「ハネムーン?」 「えっ? No No 観光です。」 「イカとマグロがおいしいよ。」予想もしない言葉が返ってきた。「宿泊はどこ?」 「Hyatt Waikiki」。
 親指の指紋を採るとき、私が指の置き方にとまどっていると、先に済ませていた妻が歯がゆくなったのか私に横から、こうしてと手振りをしながら口を出した。審査官がそれを見て、「説明上手。奥さん審査官になれるよ」 とジョークまで言ってくれたが、アハハハと笑うしかなかった。「 いい旅行を Aloha」 「Thank you Aloha」 と、明るい審査官のおかげで、不安だった入国手続きを、明るい気持ちになって終えた。
 7時間半も気分が悪くなることなく慣れてきて、快適なフライトだったし、入国審査もパスしたし、初めてづくしの海外旅行も不安を一つ一つ解決しながら始まった。飛行機嫌いも解消されそうである。


 2010コンサート                           (記2010.11)
 良寛相聞の作曲者である千原氏、十数年前から交流のある町田男声合唱団「マルベリー」をお迎えしてのコンサートが終わった。
 家に着くと本当に疲れていた。足や腰が筋肉痛である。はき慣れない革靴を履いて、服装などを入れたバッグを持って、わずか琴電築港駅からコンサート会場まであるいた程度であるのにまめができた。(朝、昨日乗車したJRの電車に乗ろうとしたのに、時刻表をよくよく見ると、土、日は運休とあり、あわてて琴電の駅まで10分ほど歩いたのも余分だった) 体調は今日のために整えてきたので声の調子は良かった。
 このコンサートに向けて、私自身の練習時間は、昨年より多くあったのだが、歌詞がなかなか暗記できなっかった。
 開演。スタジオジブリ名曲集の崖の上のポニョから幕が上がった。座席数約800席の会場が、ほぼ満席になっていた。ジブリの曲を一緒に歌ったりする孫も聞きに来てくれているかなと会場を見たが見つからなかった。
 2部の日本の歌、着替えもスムーズにできて充実して歌えた。全員合唱、休憩と進み、3部は町田男声合唱団マルベリーのステージは、舞台の袖で、待機の状態で聴いていた。無伴奏の曲「ノスタルジア」。素晴らしい男声合唱に聴き入っていた。4部の良寛相聞は、とにかく、一生懸命で歌っていた。そして、合同演奏の筑後川から「河口」は、男声の充実したボリュウムの中で感激しながら歌っていた。
 会場に来られた皆様、ほんとうにありがとうございました。
 懇親会では、マルベリーの合唱を聴いたり、中に入って一緒に男声合唱の愛唱歌や「遙かな友に」を歌ったことが、とくに新鮮でした。
 マルベリーの皆様、東京から遠いところのこの演奏会にご出演下さり、合唱の楽しいひとときを提供して頂き、ありがとうございました。

飛行機嫌い                          (記2010.11)

ハワイ州政府庁 Hawaii State Capitol  イオラニ宮殿 Iolani Palace    モアナルアガーデンMoanalua Gardens 
                                                  ♪この木何の木〜♪

ワイキキ・ビーチ  Waikiki Beach    ハナウマ・ベイ Hanauma Bay       サンセットビーチ Sunset Beach


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(記 2010.10)

オリーブ

 オリーブといえば香川県の県花・県木であるが、私にとっては懐かしい木でもある。 
 8月の末に小・中学校の同窓会が数十年ぶりに開かれるので「オリーブ薫る小豆島」へ行った。(「オリーブ薫る」は小豆島の枕詞みたいなものであると思っている)。今は、大きなフェリーで高松から1時間、高速艇では30分ほどで土庄港に着く。
 昔、「オリーブ丸」という、白と緑色に塗り分けられた客船が就航していた。船から降りると、いつも、「オリーブの歌」が流れてくるのを聞きながら桟橋をバス停へと歩いて、ああ故郷に帰ってきたんだなあと、しみじみと思ったりもしていた。
 少し時間があったので、「二十四の瞳」の像を、孫にも見せておこうと付近を散策してみた。きれいに整備され、オリーブの茂る小公園になっている。孫は、はしゃいで走ったり、珍しそうに公園の中を探索して回った。そのとき、「オリーブの歌」の歌碑があるのを発見した(初対面)。 なんと、音符入りである。懐かしさで口ずさみながら、早速、写真に納めた。
 今日は少々暑いが、ファインダーから観る青い海、青い空、緑の山の美しさは「観光の小豆島」のイメージにぴったりだった。
 オリーブは、葉の表は緑で、裏は白っぽく光輝き、緑色の実が付いて、今日の青空の背景の中で生き生きとしていた。(♪緑明るいオーリーブのーーー♪そのとうりだなと納得した。) 
 一緒に来ている妻と孫は、折しも、開催されている瀬戸内国際芸術祭の作品を観るために、会場の中山地区に向かった。
 同窓会には恩師2名と20数名が参加していて、誰か見当のつかない者も、名前を聞いて、ああ久しぶりと50年前にかえって話が弾んだ。みんなの50年間の生活を短時間で聞くのは難しいが、それぞれ近況報告をしたり、懐かしい中学校(現在は廃校になっている)の校歌も歌った。
 元気でまた会おうと誓い合って同窓会は終わった。
 それから数ヶ月して、団員のHさんのテープに記録されている歌を、劣化しないうちにCDにするのをお手伝いする機会があった。 資料としてお預かりした、Hさんの若かりし頃の写真と、歌に対面することができたのであるが、なんと!、Hさんは「ゲイ・シスターズ」というトリオの一員として、ソロシンガーとして音楽活動をしていたのであった!!。その中に、島の交通や観光を発展させた小豆島バスにおくった 「オリーブ薫る丘へ」 という歌があったのだ!!!。オリーブの歌しか知らなかった私は、この巡り合わせに驚くとともに、この、「
オリーブ薫る丘へ」 も歌えるようにして私のレパートリーに刻んでおきたいと思う。
 さっそく、作成したCDは練習日、Hさんに「こんなに華やかな若いときがあったのですねえ。」と、隣の席で見ていたKさんと、感嘆しながらお渡しすることができた。
 (後日、インターネット検索でゲイ・シスターズのことを調べてみた。そして、大川かづゆき氏のホームページで多くを知ることができ、さらに感嘆した。)

オリーブの女神像    「オリーブの歌」歌碑     和の群像「二十四の瞳」像、 オリーブの実