【 声は聞こえなくても、思いは届くから −お題19− 】
――― 声は聞こえなくても、思いは届くから。
年が明けた。
たった一晩違うだけで、この騒がしさは一体なんだ!?
だいたいどうして、あやつらがここに居る?
あれから…
どこでどう手を組んだものか、りんと『あれ』との間が妙に親密だ。
あれこれと世話を焼きたがり、要らぬ事をりんに吹き込む。
野にあり、私とともに在るならば、「人の暦」など無縁であろうに。
ましてや ―――
「おや? どうなさいました、殺生丸殿。新年からなにやら浮かぬお顔ですな」
…馴れ馴れしくも杯と酒器を手に携え意味ありげな、また見ようによっては人を(…私は人ではないが)喰ったような笑みを浮かべた顔をして、胡散臭い法師が声をかけてきた。
「………………………」
答える気にもならず、にやけたその顔を冷たく睨みつけてやる。
「まったく、こんな良い日が来ようとはあの頃からは思いもつきませんでした」
白々しくも感慨深げに、そう言葉を続ける。
「まさか、犬夜叉達ばかりではなく私達のような人間までお招きを受けようとは…。これも神仏のお導きでしょうか」
( ふん! もっともらしく抹香臭い言葉を!! はっきり言えば良いものを、確かに『あれ』は人であらず、だからな )
私は法師に投げかけていた冷たい視線を、この騒がしさの元凶へと向けた。
女・子どもの中心に、一際騒がしく派手派手しい『あれ』。
こちらの視線に気づいたのか、数多の男たちを虜にしてきたであろう最上にして最強・最凶な艶笑(えみ)を、息子である私にまで投げかける。
「流石にあの偉大なる父君の奥方にして、殺生丸殿のご生母様だけの事はあられますな。あの寛大さ、その美貌! まったく、私が妻帯しておらねば、身の程も弁えずに御側に侍りたいくらいです」
いささかににやけ気味の顔に好色さを滲ませ呟いた言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか?
姦しい輪の中の一人、この法師の妻である退治屋の娘がきつい視線を送ってくる。
「ははは…。勘の良い妻でして。お陰で私はいつでも手綱を握られているようなものですよ。その点、殺生丸殿は羨ましい。りんのような素直な娘が妻では、そんな心配も無用ですな」
「…貴様、何が言いたい?」
声にも刃を忍ばせ、相手を斬り付ける。
「いやいや…、殺生丸殿に浮気を薦めている訳ではありません。りんが可愛くて仕方が無いご様子は誰の目にも明らか。なれば他所の女こそが、殺生丸殿には無用のものと」
「貴様っっ!!」
この私を、女に現(うつつ)を抜かす腑抜けのように…!!
「…不思議な娘ですなぁ、りんは。どこと言って、そこらの村の娘となんら代わりが無いのに、何故か惹きつけられます。かごめ様のように霊力がある訳でも、私の妻のように腕が立つ訳でもないのに」
「お前、りんまで狙って…」
「まさかっ! 私はかごめ様や珊瑚と同じく、りんは可愛い『妹』のようなものですよ。あのお方は、『実娘』のように思われているのでは?」
「…………………………」
今、この場の主導権は明らかに『あれ』が握っている。
常の私なら、こんな場などさっさっと後ろ足で土でもかけて、疾うに飛び去っている。
しかし、まるで人質のようにりんの身柄をああまで側に置かれると ――――
「さぁ、まず一献。今日は明けて目出度い正月です。そんな苦虫を噛み潰したようなお顔では、折角の福も逃げてゆきますよ」
さんざん言いたいように言われ、手に持たされた杯に屠蘇を注がれる。
その香りのきつい酒を、さらに苦々しい思いで口にした。
正月だろうが、人間どもが目出度かろうがこちらの知った事ではない。
むしろ、「門松は冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」と歌った禅師の言に、心が騒ぐ。
( …殺生丸様、ご機嫌悪いのかな? )
一人、宴の喧騒の輪の外に佇む者にりんは視線を向けた。
孤高を愛し、独りあるを矜持としてきた殺生丸。
いくら身内であろうと、狎れ合うのを良しとはしない。
でも、りんは…
そう思って、少し複雑な心持でもう一度殺生丸の姿を見るりん。
その眸に ――――
( ああ、そうか。きっと、そう… )
区切り、だから。
この区切りを、幾つか数えたらりんは ――――
言葉にはしない、殺生丸様の心。
それが、今…
――― 声は聞こえなくても、思いは届くから。
哀しくて……
嬉しい、その想い ――――
【終】
お題20へ
えっと^_^; 拍手SSバージョンとは、途中から全然趣の変わるロングバージョンを、お年玉DLF作品として、サイトにUPしています。出だしは同じなのですが、途中から新春艶笑小話に変わっています。
初春の笑い初めに、お一ついかがでしょうか?
こちら→「としのはじめの…」
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。2007年 1月吉日
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