これだけ褒めてやっても、目の前に座っている女性はまったく表情を変えないで微笑んでいて、彼女が私の質問に対してどう思っているのかわからなかった。なかなか興味深い質問をする魂だと感心しているのか、それとも、愚にもつかないことばかり聞いてくる魂だと憤慨しているのか、伺い知ることは出来なかった。なるほど、この箱庭に生きているのは彼女一人ということだから、他人を喜ばせたり、あるいは他人の言葉に不快感を示したりする必要はまったくないわけで、彼女は生まれたときから、感情や態度というものを持っていないのかもしれない。あるいは、最初はこんな女性にも臨機応変な態度や、豊かな感情が用意されていたが、孤独のうちに、何万年何億年と過ごしているうちに、自分でそれらを不必要なものだと判断して消してしまったのかもしれない。長生きは人間の夢だと言った私の言葉に、ほとんど間を置かずに、彼女は次のように返答した。
「そうでしたか、人間界では自分がいる世界に少しでも長く留まりたいと思い続けることこそが、美徳とされているわけですね。では、主があなたがた人間をそのようにお創りになられたのかもしれません。私自身は自分に与えられた目的さえ達成してしまえば、それ以上、箱庭にとどまる理由もないと思うのですが、人間という生き物は、生きる目的を達成した後でも、あるいは、まったく生きる目的を見出だせない、世の中の役に立っていないと感じるような状況でも、それ以外の何かに楽しみを見出だして、自分で勝手に生きることの意味、長生きしなければならない理由を見出だしているのでしょうかね。そうなりますと、相当に図々しい種族だと言わざるを得ませんね。ですが、私の場合はご覧の通り、目的以外は存在しない中間の世界に生まれましたので、例えこの世界が未来永劫、永遠に存在する特殊な世界であったとしても、長く生きられることを喜んだりはしませんし、無事に役目を果たし終えて、ある日、大いなる主の判断によって、この世界ごと消されてしまったとしても、何の悲しみもありません。感情で言い表すなら、むしろ、十分に主のお役に立って、無事に役目を終える日を迎えられることを幸せと考えるかもしれませんね」
「それでは、創造主は私のことを知っていますかね?」
私はなるべく会談を引き伸ばそうと、少し意地の悪い質問をした。
「主は無限に存在する世界のすべてを隅々まで管理されています。さすがに、そこに住むすべての魂のことを記憶なさってはおられないでしょうが、あなたの住んでいた地球という星のことでしたら、主の記憶にあると思いますし、その星の上であなたのような型の魂が生まれる可能性についても、当然、考えておられると思います。この答えで満足頂けますか?」
「では、私が地球に生まれることも、その主という人物が決めたのですか?」
「私は主によって死後の魂の管理を任されているに過ぎませんので、主がこれからも一瞬ごとに生まれてくる、幾億千万の魂を、どのように管理されていらっしゃるのか、これから生まれてくる魂の選別をどのように行われているのか、については存じません。私もあなたと同様に、一つの役割を命じられて生み出された魂の一つに過ぎません。言うまでもなく、何の権力も持っておりません。生まれてから、ずっとこの館の中に暮らしておりますから、主のお近くに行ったこともございません。主がどのような容貌をして、どのような場所にどのくらい長く住んでおられるのかも当然存じません。何しろ、私の知る限り、主はすべてを超越した存在ですのでね。それらの質問はされるだけ無駄だと思って下さい」
「なるほど、あなたは魂を管理するだけの存在で、魂たちを賞賛したり、逆に処分したりする権利は与えられていないわけですね。それは理解できました。では、私が二度目の人生を再び地球で迎えたいのだと、あなたの眼前で願っても無駄というわけですね」
「はい、私には、あなたの今後、二度目の人生についてどうすることもできません。ただ、今の言葉は少し引っ掛かりますね。あなたは次の人生も地球で迎えたいと言われましたが、それはなぜですか?」
「いけませんか? 生前を思い出すに、地球も中々に居心地の良い星だったのですよ。まあ、地球人の悪いところも散々に見せられてきましたが、それも含めて愛着がありますのでね、もう一度あの場所で人生を送ってみるのも悪くないかなと思ったのです」
女性は少し間を開けてから質問に答えた。反論が来ることは容易に想像できた。
「そうでしたか。しかし、地球が居心地の良い星だという主張は、残念ながらあなたの独りよがりでして、この世に存在する無数の箱庭の中には、地球より素晴らしい星が無数にありますのでね。大自然の美しさにおいても、文明の発達度でも、生命体の知性の高さにおいても、地球の上をいく星は無限大に存在します。あなたが地球のどこにそこまで惹かれたのかわかりませんが、あなたのような思い込みの激しい性質の人間は、実は大した理由もなく、自分の故郷を懐かしむだけで、実際に他の星を紹介してあげたりしますと、『やはり、こちらの方がいい』などと自分の意見を簡単に変えてしまう性質だと思うのです。ですが、確率的に言いましても、あなたが次の人生も地球で迎えられる可能性は無に等しいほど小さなものでして、それでも、他に居心地の良い星はいくらでもありますので、ご心配なさる必要はありません」
「井の中の蛙というわけですか。地球人の脳みそなんてちっぽけなものです。何も知らない赤子と一緒です。私が万物を理解していないだけなら、それでも構いませんよ。ただ、私の知性が貧弱なのも、地球人の可能性を低く定めたのも、あなたの後ろに控える、主という存在のせいですのでね。それだけはお忘れなきよう。それと、私が地球を愛するのには簡単に言葉で説明できない、様々な理由があるのです」
「私は地球という星にそれほど詳しいわけではありませんが、これまでいくつかの魂からこの星の事情を聞いたところでは、何と言いますか、主はずいぶんこの星を低く見積もっているなと、そう感じましたね。地球よりも格段に優れたいくつかの星をあなたに説明して差し上げたいのですが、どうやら、そんな時間はありますまい。あなたは先ほどから、私の申し上げることにずいぶんと反論なさっていますが、私はこの世のすべてについて、あなたよりも広い目で見て知っています。ただ、地球という小さな箱庭しか知らないあなたの脳に、その素晴らしさを理解させることは極めて難しいようです」
「それを言われてしまうと、こちらは何も言えなくなってしまいますがね」
私は一度視線を壁の方に逸らし、不機嫌にそう言ってやった。
「まだ質問はございますか? あなたは久々の訪問者ですので、私の方にも興味はありまして、こうして議論しているだけでも構わないのですが、先ほども申しました通り、あなたの記憶は一時的なものです。時間の経過とともに目に見えて薄れていきますのでね。できれば、それを考慮に入れて結論を急いで下さい」

「それでは、こちらからの最後の質問ですが、なぜ、無限に存在する魂の中から私が選ばれ、ここへ呼ばれることになったのですか? 私は思いつく限り平凡な人生を歩んできましたし、他の魂と比べても何か特別なことをやったわけでもないのですが」
「はい、それではその理由をこれから申し伝えますね」
女性は話がようやく本題に入ることを喜ぶように、流れるように説明を始めた。
「先ほども少し触れましたが、この館はあなたの常識では計り知れない場所、つまり亜空間にありまして、詳しい場所まではお教えできませんが、あなたが一度目の人生を送られました宇宙とは別の場所にあります。先ほども一度、館の外の景色をご覧になったかと思いますが、延々と拡がっているように見えるこの世界も、実は魂が存在しているのはこの館だけなのです。この中間の世界の目的といいますのは、役目を終えたすべての魂の中から、主が特別に選び出した幾つかの魂をここに呼びまして、生前の話を聞くことなのです。どうやら、主はこれから多くの新種の生命体を生み出していくために、あなたの一度目の人生での体験が必要だと考えておられるようです」
私はそれを聞いてすっかり驚いてしまった。ここが地球であったなら椅子を蹴って飛び上がっていただろうが、無論、そんなことは起こらなかった。
「なんと、全宇宙の創造主が、こんなつまらない私の話を聞きたいとおっしゃっているのですか? それは構いませんが、私の人生のどこをどうえぐってみても、何も出てきませんよ」
「その通りです。いいですか、主が人間の人生を知りたいなどと言われるのはよくよくのことです。普段なら、私が魂から聞き出した話をまとめてお届けしているのですが、今回はどういうことなのか直に聞きたいということでして…、いいですか、これは本当に光栄なことなんですよ」
女性は私の驚きの入り混じった言葉を、さらに後押しするかのようにそう言った。
「これから、主の住まわれている空間と、この館とを結びます。さすがに主のお姿やお住まいをお見せするわけにはいきませんが、空間と空間を結びまして、主のところまで私たちの話が届くようにいたします」
女性はそう言うと、右手に小さなハンマーを取り出して、テーブルの一番右端に置かれていた金メッキのベルを一度鳴らした。すると、壁にかかっていたドクロの飾りもの(もっとも、この趣味の悪い飾りものに、私はこの部屋に最初に入ったときから気づいていたのだが、これが重要な意味を持っているとはとても思えなかったので、これまで触れなかったのだ。生と死を管理する中間の世界に、ドクロの飾りをするなど悪趣味にもほどがある。彼らが死を破滅としてではなく、本当に次の生への通過点としか捉えていない証拠である)、が突然カラカラと無気味な音を立てて動き出した。まるで、これから起こる大変な出来事を喜んでいるようだった。その直後、ガコン! という鈍い音がして館が大きく傾いた気がした。いや、実際に空間全体が右側に大きく歪みながら傾き、その後、すぐに反動の力が働き、元の位置へと戻った。
「たった今、主のおられる空間と、この館が結ばれましたのでね。これから私たちが話すことは、すべて主に筒抜けになります。それをご承知の上で話をして下さいね」
そう言われても、主の気配など少しも感じないのだが、これで本当に創造主の近くに来れたのだろうか。それとも距離的には縮まっておらず、電話のように声が届くというだけなのか。私は疑問に思ったが、これまでの経緯もあるので信じないわけにはいかなかった。この女は口にすることが率直過ぎるところはあったが、嘘をついたことはなかった。私はこうなったからには何か話さねばと思い、緊張しながら口を開いた。
「創造主様、聞こえていますか? ええと…、地上に生きていた当時は、自分が地球人の代表として、死後にこんな大役を引き受けることになるとは思っていませんでした。大変な光栄です。私で良ければ何でも聞いてください」
とりあえず、そう呟いてみたが、返事は戻って来なかった。私は少し緊張していた。目の前にいるのは例の女性だけだが、今、姿は見えずとも、自分と極めて近いどこかに、この世界すべてを統制している創造主がいるのだ。緊張のあまり、背中がムズムズとするような気がした。これは人間界にいた頃からの癖である。
「主は話を聞いておられるだけで、直接にご自分の意志を示されることはないと思います。主からの伝言が何かあれば、私の方から伝えますね。それと、あなたへの直接の質問は私の方からさせてもらいます。ではまず、一度目の人生を終えられての感想を聞かせて下さい」
女性は緊張して硬直する私を尻目に、余裕の態度を崩さなかった。自分はこういう局面に慣れているとでも言いたげだった。
「ええ…、了解しました…。しかし、まさか、閻魔様でなく、神様に自分の話を聞かせる機会があるとは思いませんで…、こういう機会があると知っていれば、死ぬ前に気の利いた台詞の一つや二つを考えて来たんですが…。何から話そうかな…。そうですね…、私は59歳で人生を終えたのですが…、何と言えばいいかな…。うん、率直に言ってしまえば、地球で過ごした半世紀余りの人生も、そう悪いものではなかったですよ。創造主様、あなた様のおかげで一度目の人生を堪能させて頂きました。特に文句はありません。いや、全くありません。人生は素晴らしい! こう言った方が伝わりますかね。いや、これでは単純すぎるかな…。苦しみや痛みさえも素晴らしい! こっちの方が哲学的でいいですかね。とにかく、私は感心しました。よくこれほどたくさんの世界をお創りになられましたね。どれだけの時間があればできることなんでしょう。聞けば、地球もそれ以外の星々も、いや、生命体が存在する空間はすべてあなたが創ったそうじゃないですか。雄大に立ち並ぶ山脈も、流れる川も、風に揺れる木々も、人気のない荒野も、よく笑う女房も、旨いパンを作る職人も、聞き耳をたてる銀行員も、難題と向き合う科学者も、みんなあなた様がお創りになられたのですね。創造主、バンザイ! ってとこですよね。
 いやね、ここには役割を終えた魂が多数訪れるということで、おそらく、これまでにもたくさんの人が…、いや魂が、ここへ来て、あなた様の前で供述していったと思うのです。この場で私に与えられていない唯一の栄誉は、ここを訪れた最初の魂ではないってことですよね。以前に訪れた魂たちが何を話していったのかわかりませんが…、できれば、うーむ…、せっかく呼んで頂いて、他の人間と同じようなことは喋りたくないな…。前にここへ座った人は何を話したんだろう…、なんてあなた様に聞くわけにもいきませんよね。これは困ったな…。いや、おそらく、人生は短すぎるだの、ちっとも面白いことがなかっただの、自分の主観だけで勝手なことを述べていったと思います。あいつらは性根が陰険なんですよね。自分にとって不都合なこと、例えば運に左右されるゲームなどで自分に不利な結果が出ると、すぐに神様のせいにする! オーマイゴッド! これはいけませんよね。しかし、怒らないでやって下さいまし。人間なんて所詮は短絡的な思考で動いておりますのでね。あなたがまともに取り合うことはございません。何が起ころうと、あなたは常に優位な存在です。下々の民を笑ってやって下さいまし。しかしながら、あなた様がお怒りになられるのもごもっともです。せっかく創造主が自ら話を聞いてやろうとしているのに、『いい女と巡り会えなかった』だの、『もっと金持ちの血統に生まれて、人生を楽に過ごしたかった』だの、くだらない話を延々と聞かされて、さぞかしうんざりなさったでしょう。
 しかしですね、私は違いますよ。自分の人生は充実していたと思っています。神様の御前だからって、格好つけてそんなことを口走ったわけではありません。実際にそう思ってますよ。信じて下さいますか? まあ、人間なんて物心つけば、自分の一生はあと60年なんだ、あと70年なんだって、理解できるわけですからね。歳をとるたびに順々に他の人間の死を見ていくわけですからね。生命は無限じゃない、なんてことはみんな知っているんですよ。もちろん、死が近づいてくれば最初は寂しくも思いますよ。そうか…、あと何年かで僕の一生は終わるんだ、否応なしに土に帰るんだ…、なんてね、少しネガティブになりますよね。でもね、その辺は見切りをつけないといけませんよ。逆に考えればね、そうか、あと5年も6年も生きられるのかって考えればいいんですよ。時間の長さなんて、主観でいくらでも変わるんですよ。たった1年で常人の三倍も出世する人もいますからね。これは、地球の言葉でシンデレラストーリーなんて言いますけどね。ああ…、また、余計なことを言ってしまった。とにかく、前向きにいきたいもんですよね。私は思うんですが、無限に生きることは逆につまらないことなんじゃないかとね。そう考えてしまうんですよね。自分もいつか死ぬとわかっていることで、逆に人生に張りが出ると思いますよ。一瞬一瞬が数年にも感じられるような、そんな充実した時間を過ごしてみなさいよって言いたくなりますよね。自分がそんなまともな人間じゃなかったことを承知の上で言いますが、昼寝なんてする前に、たいして面白くもない映画を見に行く前に、他にやることがいくらでもあるでしょってことですよね。今、地球に派遣して頂ければ、凡人どもを説教してやるんですが。いや、これは失敬、私は宣教師じゃないんだ、へへへ。そう言えば、創造主様は当然のことながら無限に生きられるわけですよね? どうです、神様? 人類が及びもつかないほど長大な時間を生きられるってのは? 気分がいいもんですか? それとも、逆に煩わしく感じていないでしょうかね?」






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