「まだ、色々と知りたいことがあるのですが、質問を続けてもよろしいですか?」
「それは構いませんが、私はこの世界の管理を任じられているだけで人間の世界のことには詳しくありません。私にお答え出来ることは限られていますし、それは先ほども申し上げました通り、私自身も主によって創られた魂の一つに過ぎませんからね。それにあなたがここへ来られた本来の理由は人間界のことを私に報告することのはずです」
それはもっともだ、と言うように私は大きく頷いてみせた。
「私は人間界に生きていたときに、自分の考えや行動よりも、他人のそれに興味を持つ性質の人間でした。どうしても、自分のしていること、やろうとしていることに興味が持てなかったのです。何をやっても達成感を得られませんでした。自分をつまらないものと思っていました。その代わり、他人の奇怪な行動や人間性には惹かれました。それは、自分のようなありきたりの人間でなく、不可思議な考えや行動を持つ人間にこそ、本当の人間味というか、人生の真実の破片のようなものが備わっているような気がしたからです。もしかすると、死後のこの世界においても、魂に染み付いたその性質が生きているのかもしれません。私はこの世界に興味があるのです」
「私が死後の魂から事情を聞くために主よりお借りしている、この空間そのものに興味があると言われるのですね。見ての通り、ここにはこの館の他には、人間の世界を模倣した幾つかの飾りがあるだけです。私には感情がありませんから、その飾りにも意味はありません。来訪者のためのものです。人間界はとても広く、様々な顔を見せる自然に恵まれていて、地表のほとんどが様々な景色で彩られていると聞きます。さぞかし賑やかでしょうね。残念ながら、ここは空っぽの世界です。そんな世界に生まれた私ですから、お答え出来ることには限界があると思いますが、それで良ければどうぞ」
私の目には女性ができるだけ早く話を先に進めたいが、それを説得することを半ばあきらめたように見えた。
「それでは、役割を終えた魂は、いったいどうなるのですか?」
私はこの世界の本質に迫る、この質問から繰り出した。もちろん、大剣を振り下ろすべく放たれたこの質問にも、この女性が顔色を変えることはなかった。両手を組み替えたり、首を傾げることさえなかった。いつもより少し多めに瞬きをしたように感じられただけだった。
「役割を終える? 人間界での生活を二度終えた魂のことを言っておられるんですか? それは、あなたもすでにご存知のように、役割を終えた瞬間に破棄されて無に戻ります。一切の例外はありません」
「それは、人間としての一生を終えた、まさにその瞬間に、何の音沙汰もなく消されてしまうということですか?」
「その通りです。もちろん、何の権限も持たない私が、その現場を見たわけではありませんが。田舎町の草地を飛び交う蛍が息絶える瞬間を、誰も見ることができないのと同じです。ただ、例え我が目で見られなくとも、必ずそうなるという確信があります。どの魂も人生を終えた瞬間に、自然と宙に消えていくのでしょうね。理不尽なことにも思えますが、存在と消滅という観点から見ますと、それはとても自然な道筋ですものね」
「それまで元気な身体で悠々と生を謳歌していたのに、死が訪れた瞬間に、有無を言わさず存在が消されてしまうという現実は、せっかくこの世に生まれてきた人間の側から言わせてもらえば、とても理不尽で悲しいことだと思うのですが」
私は人間界でならとっくに興奮極まって涙ぐんでいるような、熱い感情を持って質問をしたかった。しかし、すでに死んでいる私の心は、どんなにけしかけてみても、決して熱くならず、心の中でどんなに勢いよく言葉を吐いても、谷間に流れる冷水のように、ただ静かで淡々としていた。
「本当にそうでしょうか? 通常の神経を持っていれば、まずは生み出されたことを喜ぶべきではないでしょうか。あなただって、主によって作り出されていなければ、今頃は存在すらない無の世界にいるはずです。そこには一切の思考や感覚がありません。幸せと不幸せの意味を考えることさえ出来なかったんですよ。生み出されることすらなかった、他の無数の魂のことを思えば、例え一秒でも地上で生きられたことは、十二分に喜びに値することだと思います」
目の前の女性は、今度も何の興味もなさそうにそう答えた。思えば、人間界にも、自分の心以外は何も見たくないと言わんばかりの態度をとる、こんな無神経な女がいたのかもしれない。私は自分に課せられた悲しい現実よりも、目の前の女性が放つ、生命への興味のなさ、人間の魂すら一つの物としか見れない、冷たいものの言い方に悲しくなった。 「それでは、別の質問を。人間の世界を生きるのに、二度の機会を与えられているのはなぜですか?」
「魂というのは最初はもちろん、真っさらで無垢な状態ですが、人間界での一度目の人生を終えてここに戻って来られますと、人間の時の記憶や感覚と引き換えに、魂は各々に何か反省と申しますか、自分の歩んできた人生に対してという意味でも、もっと広く見て、人間界すべてに対してという意味でも、何かしら修正すべき点を見出だします。それはすべて魂から引き出されて主の頭脳の中に収まり、次の世代の魂へと引き継がれていきます。ただ、どんな突飛な思いつきでも、所詮はしがない一個の魂の考えたことですから、せっかく生み出した改正案も、それはすでに主が理解しておられることがほとんどなのです。ごく稀に、主さえも想像しなかった、人間世界における画期的な改良点を、見出だす魂もございます。そういった有益なる反省意識が、やがて主の脳の中枢に集められ蓄えられて、新しい世界の創造に繋がることもございます。地球も他の天体も、一見、何の意志も目的もなく、延々と生命を生み出しているだけのように見えますけど、率直に申してしまいますと、無数に存在する箱庭、星の世界のほぼすべてが、究極の世界、つまり真の楽園を目指す過程の実験の場でしかありません。そう、想像で語ることを許して頂ければ、それは確かなことです。あなたは地球という狭い箱庭しかご存知ありませんが、箱庭の数は無限大です。数本のたんぽぽが大地の上に膨大な綿毛を振り撒くように、どこからか現れた大勢の妖精たちが、虹色の絨毯を取り出して、この無限大の空間の隅々までそれを敷き詰めていくように、世界は世界を創り、茫々たる新しい生命を生み出し、魂は行動と反省を繰り返しながら次々と生まれ変わっていきます。もちろん、そこに住む各々の魂が、一度死んだことにより、二度目の人生をより良いものにしようと努力するであろうことも、二度の人生が保証されている理由です。おわかりですか? 世界は一瞬ごとに生まれ変わっていきます。あなたの一つの呼吸の間にも、一度の瞬きの間にもです。あなたのようなちっぽけな人間が、凡庸なる頭脳が、それを考えることができないだけで、胸躍るような目覚ましい革新は、何かが生まれる瞬間ごとに、死んで消え去る瞬間ごとに、常に起きています。そして、それこそが理想です」
女の口から次々と出てくる、そんな長ったらしい話も、何の感情もなくただ淡々と生み出されるのでは、私の心に感動を呼び起こすことはできないようだった。私は自分に必要と思われる部分だけ質問を返すことにした。
「単刀直入に伺いますと、それは一回目の人生よりも二回目の人生の方が、より良いものになる、充実したものになるというふうに考えてしまっていいのですか?」
「人間の生活の中で、何が良いことなのか、何が悪いことなのか、人生というものをまるで知らない私にはわかりかねますが、それが足りなかったがために、一度目の人生で支障があった点については、二度目の人生の時には修正されているのではないでしょうか。私としてもそう考えたいものです。生きる度に魂が成熟して、より良くなっていかなければ、人生を重ねる意味がありませんものね。ただ、そういう修正を行うことが、二度目の人生の確実な幸福を保証してくれるか、ということにつきましては難しい問題だと思われます。どうも、私が様々な魂との対話によって知り得た限り、人の人生というものは、自分以外の魂との関わりによって成り立っている部分が多いようですのでね。性格や能力の一部分を修正したところで、すぐに人生を豊かにすることに繋がらないこともままあるようです。自分の人格ですとか身なりを、いくら整えたところで、あるいは、財産とおっしゃいましたか、自分の存在を強く主張するためのメッキの部分を、他の人間よりも早く作りあげるための手段を知っていたとしても、人生はままなりません。例えば、国家の制度ですとか、悪意を持つ他人の行動によって行く手を遮られ、運命の本によって示された、本来されるべきであった行動が阻害されて、思うようにいかない人生も多くあるようです」
「それはその通りです。人生が豊かで実りあるものになるか、貧しくなるかは、出会った人間との付き合い方によります。自分が良い特性を持っていても、周囲の悪どい人間の動向に引きずられて、次第に汚い道を進む羽目になることもあります」
「他に質問は?」
女性は機械的な声でそう尋ねてきた。正直に言えば、私は魂の姿で生きるという、この世界を気に入ってしまった。ここでは人間世界のような、多くの人間と無理に付き合わねばならない気苦労は、まったくいらなかった。自分の他には誰も来ていない世界、誰にも自分の会話や行動を見られる心配のない世界に浸っていると、心の内側は常に静かで爽やかだった。まだ、次の世界へ進みたいとも思わなかったし、今の自分の人格も気に入っていた。私はこの世界にいる時間をできる限り引き延ばしたいと思った。あるいは、この審問官の女性も、私のそういった心理状態に気がつき、なんだ、この男は時間稼ぎをしているのかと、次第に苛立ってくるかもしれないが、それはそれで興味深い展開だと思うようにもなった。

「私のことを変な人間、いや、変な魂だと思われているでしょうね?」
私はふと、そんなふうに話しかけてみることにした。そうして、彼女の反応に注目した。目の前の女性は、私がどんな奇妙なことを言ったところで、怒ったり焦ったりすることはなかったが、今度の質問には少し困ったようで、返答がくるまでに少しの間があった。しかし、この間をあえて作り出すことが、私の目的ですらあった。淡々と繰り出される回答に意味はない。私は話し相手として人間を望んでいて、コンピューターとの会話など望んでいないのだ。そのことを示したいと思った。
「今のあなたのように、一度目の人生を終えてすぐの状態でここに来られますと、まだいくらか生前の記憶や性格が生きていますから、私の館に来られても、なかなかこの世界の感覚に馴染めずに、混乱してしまう魂をこれまでも見てきました。ですから、あなたが生前抱いていた疑問を、今もお持ちになられていて、この中間の世界や私の存在というものを、不思議に思われても仕方のないことですので、特にあなたのことを変だとは思いませんよ。例え、あなたが生前は、こいつは奇妙な人間だと、周囲から疎まれるような存在であったとしても、それはすでに終わった人生のことですから、この世界では何ら遠慮する必要はありませんし、この世界では必要なことさえおっしゃって頂ければそれでいいのですよ」
「そうですか。一介の魂でありながら、すべての世界の創造主である人の側に、すでに何億年もの間仕えているあなたという神聖な存在に、こちらから質問をすること自体、失礼にあたるかと思ってしまいました」
「先ほども申しましたが、私も主によって創られた一つの魂に過ぎません。偶然にも、あなたのように人間の世界で活動するのではなくて、この中間の世界での生命を与えられましたが、地上の人間のなすことに、いちいち干渉するような権限は与えられておりませんし、例え、あなたが人間界で追われるような存在であっても、この世界に来てしまえば、何も心配することはありません。この世界で発言したことが、次の一生を不利にすることは一切ありませんのでね」
私は心を透かしたような彼女の発言に少し驚かされた。何も知らないと言い張っておきながら、まるで、人間界での私の所業を知っているかのような口ぶりではないか。私は確かに取って置きの秘密を持っていた。生前は誰にも漏らさず、自分の心に鍵をかけてしまっておいた秘密が。
「私が何かに追われているように見えるんですか? 私はすべてを話す気持ちでいます。死んでしまって、なお隠し事をするような、意地汚い人間に見えますか?」
自分の動揺を悟られないように私は落ち着いた口調でそう言った。
「あなたが確実に嘘をついているとは申しませんが、先ほどから、あなたの心は微妙に震えています。私の経験から申しますと、それは消滅せずにこの世界へ来られたという安堵の他に、うまく人間界を脱出できたことの安心感も含まれているように思えます。そうですね、嘘をつくのもあなたの自由ですし、そのことによって、この世界で罰せられることはないのですが、魂の活動の仕方から言えば、それは立派に主を裏切る行為ですし、私は感心しませんね」
「私は嘘などつきませんよ。ついたこともありません」
今度はわざと憤慨したように見せて、自分の言っていることが真実であるかのように振る舞おうとした。いくら神に近い存在であろうが、人間が心の一番深くに隠し持った小さな事件を、容易に掘り出せるとは思わなかったからだ。私は自分が生前は隠し通していた事件を、この世界でも暴かれることはないだろうと自信を持っていた。
「それならいいのですが、先ほどご覧になられたイギリス人の魂の残骸の一件もありますように、何と申しますか、地球人というのは、まったく動揺を見せずに嘘をつくということを平然とやられますのでね。他の惑星の方ですと、例えば、嘘をつくことはこの上ない悪徳と思われていたり、そもそも種族自体に嘘をつく能力が備わっていなかったりですとか、いえ、そういう種族の方が、こちらの方で扱いやすいと言っているわけではないのですが、この館で無数の種類の人間を見てきた私から言わせて頂ければ、地球人というのはなかなか心の奥を見せない、非常に扱いにくい種族と言えますね」
私に嫌悪感を持っているのか、それとも、地球人を低く見ているのか、女はそんな嫌味とも取れる言葉を吐いてきたが、簡単に言い負けるわけにはいかないので、平静を保つことにした。
「確かにその通りなのですが、地球では嘘は美徳とも考えられていまして、それは例えば、相手が傷つかないで済むようにつく嘘ですとか、本当のことを言わなければならない現場であっても、嘘を突き通した方が、かえって組織全体に与える損害を低くすることができる場合の嘘は、悪徳とは考えられないわけです。もちろん、嘘には自分の保身ですとか、何らかの利益が絡んでいることもあります。しかし、地球においては、嘘を上手く操れる人間ほど出世が早い傾向にあるのです。うまく嘘をつける人は知能が高いとうそぶく人までいました。ただ、それは一般的な考え方でして、私は例えそれが地球人全体の利益になるような場合であっても、こういう厳粛な場で嘘をつくような教育は受けていませんし、真実だけを話すことを誓いますよ」
「結構です。そういうことでしたら、それ以上、こちらから申し上げることはございません。他に質問はありませんか?」
「また、あなたへの質問で恐縮なんですが、あなた自身もご自分の役割を終えたら、この世界ごと消えてしまうのですか? それとも、人間の魂のように他の仕事を割り当てられるのですか? それとも、あなたの存在は永遠ですか?」
「先ほども申し上げましたが、私は人間界で役割を終えた魂たちと接して、その方の人生で起こった様々な事象の詳しいいきさつを聞いて、それを主に届けるという単純な任務だけを果たす存在です。あなたは私の存在を天使や神と誤解なさっているようですが、偶然にも死後の世界での仕事を割り当てられたというだけで、存在理由は地上の人間と変わりませんし、私が自分の役割を終えたと主が判断されたときは、この館ごと、この世界ごと、まるで一陣の風が蝋燭の火を吹き消すように、私の存在も速やかに消される運命にあると思っています」
女性は余裕の表情でそう言った。微塵の恐怖も感じていないということを見せようとしているのだろうか。死の恐怖を微塵も感じていない魂など有り得るのだろうか? いやいや、この女も実際は存在の消滅を怖れているのかもしれない。いや、実際にはどんなことを言おうと、何が起ころうと、彼女の表情は変化したりしないのだが、私にはそう見えたということである。
「あなたは死について何の悩みもないように振る舞っていますが、存在が消されるということは、この上もない悲しいことです。しかし、わかりました。あなたにも何十万年か、それとも何千万年先かわかりませんが、とにかく無に帰る瞬間が訪れるわけですね。それでも、人間界に生きる魂よりはずっと長生きされるでしょうね。私たち人間の命に比べたら、あなたは永遠といっても差し支えないような膨大な時間を生きていくはずです。私のような時間の概念を大切にする人間にとっては羨ましい限りです。長生きというのは、地上に生きる人間の夢です」






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