第六章 名物妖魔との戦い

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 太子が寺から帰ったあと、三蔵は途方に暮れていた。
「太子を怒らせてしまった……。城に入れないとなると通行印も頂けぬ。これ から先どうしたらいいものだろう」
「お師匠さん、これは失敗ではありませんよ。物事には手順っていうものがあ るんです。まずは国王の死体を探すことだ。これを見せられれば8割方は信じ る。話をつけずにいきなり城へ行って死体を見せつけるよりは効果的ですよ。 とりあえず話はしてあるんだ。死体を目の前にしては冷静な話もできないです からね。事情を説明する前に斬りかかってこられちゃ、たまんない」
「本当に大丈夫だろうか」
「心配いりません。おれには未来が見えますよ」
 と、悟空はうそぶく。
「死体を見せたあと、太子は次にこう言うでしょう。『ならば偽物の国王の正 体を暴いてみろ』と。こうなったらしめたもの。国王のふりをしている妖怪を ぶった切ってやればいいんです」
「しかし、井戸にご遺体はないようだが」
「今晩にでも探してきましょう。きっと井戸は底なしになってるんだ。八戒は 泳ぎが得意だから、奴を連れて行って一仕事させるかな」
 その夜、悟空は八戒を叩き起こし、雲に乗って烏鶏国城まで飛んでいった。 寺門の外では太子に任命された兵士が2人見張っていたが、雲を飛ばすスピー ドがあまりに速すぎて、1人は瞬きをしていて気づかず、もう1人は流れ星だ と思い願掛けをするだけだった。

 城内へ忍び込むことに成功した悟空と八戒は御苑にやってきた。入り口の 門にはツタが絡まっており『御花苑』と書かれてあるのがかろうじて読み取 れた。
「なんだこりゃ。庭師を雇う金もないのか?」
 八戒はツタを断ち切りながら進入していった。そのあとを用心深く悟空は ついていく。
 花壇は手入れがされておらず、うっそうと生い茂る雑草の中に、枯れかか ったバラやシャクヤク、百合に牡丹などが花もつけずに植わったままになっ ていた。主の不在は明白だった。
 そんな荒れ果てた庭に八角瑠璃井はあった。
「兄貴! あった、瑠璃だ。これはスゲー立派だな。兄貴のことだから、ま たわしを騙そうとしてるんじゃないかと思ったよ」
 悟空は真実を告げず、城にものすごい宝が眠っているという噂を耳にした から、こっそり奪いに行こうと、八戒を誘い出したのだった。まだまだ先は 長いんだし、宝を売りさばき、三蔵の目を盗んで旅の合間に遊びに行こうと 提案したら、欲深い八戒は喜んでついてきた。
 悟空は重ねて八戒をそそのかす。
「おいおい八戒。こんなんで驚いてんじゃないよ。もちろんこれだって本物 だけど、おれが手に入れたいのはこんな程度のもんじゃない。こいつはカム フラージュだ。よく言うだろ。木の葉は森に隠せって」
「兄貴、どういう意味なのかわかんねえよ」
「お宝はお宝の下に隠すってことだ。山賊が上に置いてある瑠璃を盗んで満 足して帰っても、そのまた下にはもっとすごいお宝が眠ってるってわけだ」
「じゃあ、この井戸の中に?」
「ああ、そういうことだ。どうする? 中は狭いし、外に見張りをつけてお いた方がいいし、どっちかが中に入ろう。おれがいってくるか?」
 八戒は悟空が分け前を誤魔化すんじゃないかと勘ぐり、「いや、わしがい こう。水の中は得意だから任せてくれ」と言った。
 あんまりにも悟空の思惑通りなので悟空は吹き出しそうになったが、素知 らぬ顔で釣瓶<つるべ>を渡した。
「これにつかまって下に行くといい。上でオレがロープを引っ張って支えて てやる。水についたらあとはもうお手の物だろう?」
「ああ。任せてくれって」
 八戒は何も知らずに井戸の底へと降りていった。
「おーい、兄弟、中の様子はどうだ?」
 悟空は上から叫んだ。
「どうやら思った以上に深いようだ。ちょっと底の方まで潜ってみるわ」
 八戒は井戸の底へと身を沈めた。

 潜っていくとやがて井戸の囲いはなくなり、広々とした場所へ出た。地下 の空洞に水が溜まっているというよりは、海の底にでも出てきてしまったか のようだった。
 八戒は途方に暮れ、目をこらして辺りを見回してみると、なにやら建物の ような物が見える。近づいてみれば城のように立派な屋敷で、門には『水晶 宮』と書いてある。
「水晶宮だって? 龍王のいるところじゃないか。いつの間に海に出てしま ったんだろうな」
 井戸龍王の城だとは気づいてない八戒であったが、お宝についての探りを 入れるために行ってみることにした。門番に連れられて龍王のいる間へ通さ れると思いがけず歓迎された。
「これはこれは天蓬水神(八戒の前世の名。詳しくは4章参照)ではないで すか。こんなところまで足を運んでどうされたのです?」
「これはどうも。ところであなたは海の龍王で?」
「いいえ、私は井戸龍王です」
「ってことは、ここはやっぱり井戸の中ってわけか。実はわしは兄貴分から の情報で、ここらにお宝が眠ってると聞いて来たんだけど、知らないか?」
「生憎、海の龍王と違って私にはたいそうなお宝など持ってませんね。 ただ――」
「なんだい?」
「あれをお宝と言っていいものか……」
「なんでもいい。見せてくれ」
 八戒は宝物庫に案内された。目を引いたのは人間の死体だった。龍や鳳凰 の刺繍が施された高価な着物を着ているが、少し古びている。
「これがお宝だって? 確かに、上等な物を身にまとっているけど、これな ら瑠璃の方が価値がありそうだな」
「ですから、そのような価値とは違いまして……」
 龍王は困ってしまった。実は夜游神はここにも現れており、遺体を引き取 りに来る者があるから渡すようにいわれていたのだった。
「もういい。ここではなかったようだな。わしは急いでるんで、おいとます るよ」
「ご遺体を引き取りにいらしたのではないのですか」
「死体なんかいるか。師匠と出会う前にそれこそ腐るほど食ってるんだ。わ ざわざ井戸の中にまで拾いにくるものか」
 八戒はそう言い捨てて井戸龍王の城をあとにした。井戸の細い入り口まで 戻ってくると、藻のようなものが足にからみついてきた。足で払いのけよう にも取れない。ふと見るとそれはさっきの死体であった。
「ひぃぃぃぃ!!!!」
 化け物でも見たかのように八戒は必死にもがいた。だが、どういうわけか 死体は八戒にすがりついている。ようやく水面から顔を出し、「兄貴!」と、 忍び込んだことも忘れて大声で叫んだ。
「兄貴ってば! 釣瓶はどうしたんだよ。早く引き上げてくれ。水妖怪にさ らわれちまうよ。この化け物、このまま地獄へ引きずり込むつもりだ。兄貴 ったら!」
「静かにしろ」
 暗くてよく見えないが、悟空の声が聞こえてきた。
「その死体がお宝なんだよ」
「いくらバカなわしでもそんなことには騙されないぞ」
「その死体はここの国の王様なんだ。行方しれずになっていたのだから、死 体を持ち帰ればたっぷりと褒美がもらえる。きっちり背中に背負って這い上 がってこい。そう約束したらここから出してやろう」
「なんだよ、兄貴のヤツ。結局わしを騙していたんじゃないか。井戸の中に あるのが死体だけならわしが外で待っていたのに」
「ぶつぶつ言ってないで早くしろ」
 八戒はしぶしぶ死体をおぶった。いくら食ったことがあるといっても、気 味が悪いことに変わりはない。
「兄貴! これでいいか!」
 悟空は如意棒を伸ばしてその先を八戒につかまらせた。
「縮め! 如意棒!」
 如意棒はするすると縮んで死体を背負った八戒が飛び出てきた。
「ひでぇよ、こんなの」
「よくやった。水の中はやっぱり天蓬水神にお任せあれ、だな」
「そういう時だけその名を持ち出す。いつもはブタ呼ばわりするくせに」
 不平をたれながらも、八戒はおとなしく悟空と共に三蔵が待つ勅建宝林寺 へ戻ったのだった。

 烏鶏国王の遺体を見て、三蔵は驚いた。
「このご遺体が本当に国王だと? 身につけておられる物は夢枕で見た国王 の物だが、亡くなられたのは3年も前のことだぞ。まるでさっきまで生きて いたみたいではないか」
「そういわれてみればそうだな。ミイラにしちゃ出来すぎてる」
 悟空も首をかしげたが、実は井戸龍王は国王の遺体を見つけた時に、定顔 珠でその身が腐敗してしまわないように処理していたので、肉体は3年前の ままなのだった。
「こりゃあ、ひょっとすると生き返るかもしれないぞ」
 悟空が言うと悟浄は「いくら兄貴でも」と、まるで聞く耳をもたない。だ が、今回ばかりは八戒も悟空と同意見だった。
「こいつ、水中でわしの足に絡んできやがった。この肉体にはなにかが宿っ ているんだ。執着というか、怨念というか、とにかく、生き返る前に仕留め ておいた方がいいんじゃないか?」
「バカなことをいうな。ただの人間だ。こいつが何者かわからないにしろ、 生き返れば口も聞く。判断はそれからだ。おれはこれから太上老君のところ へ行って相談してくる。生き返る手だてを教えてくれるだろう。それまで大 事に扱えよ。烏鶏国太子の心を開かせる鍵はこれしかねぇんだから」

 悟空は斛斗雲に乗り、兜率天までやってきた。太上老君は弟子たちを集め て説法中だったが、荒くれ者の来訪に中断した。
「今度はなんのようだね。わざわざここまで暴れにやってきたわけではある まい?」
「生き返らせたい人間がいるんだ。3年も前に死んだらしいが、肉体は不思 議とほろんでない。あんたならなんとかしてくれるだろう?」
「口の利き方には気をつけた方がいいな」
 悟空は一瞬奥歯をかみしめたが、なんとか声を絞り出した。
「……力を貸してください」
「ふぅむ。少しは成長したか。三蔵法師に何か学ぶところがあったようだな。 師を持つというのも悪くないだろう?」
 悟空にとって三蔵は師でもあり、守るべき存在でもあり、そしてまた言葉 では言い表せない何かが悟空の心を突き動かしていた。それを成長と捉える かは人それぞれだろう。
「いいだろう。わたしのところの童子も世話になったことだし。(金角銀角 の章を参照)九転還元丹を1粒やろう。やるのは1粒だけだ。大事にするよ うに」
 悟空はうやうやしく小さな仙丹を1粒受け取ると、口の中に放り込んだ。
「これ! お前が食べてどうする」
「老子、サルが食べ物を大事にしまっておく場所は、頬袋の中と決まってお ります」
 冗談めいた笑みを浮かべ、悟空はさっさと斛斗雲を飛ばして寺まで帰って いった。

「お師匠さーん! なんとか生き返りそうですよ」
 悟空は明け方の空を飛行して戻ってくるなり、口の中から仙丹を取りだし て国王の口に含ませた。
「本当に生き返るのか?」
 三蔵は心配そうに見守っている。
「どうも通りが悪いようだ」
 悟空は国王の口をこじ開けて勢いよく「ぶっ」と息を吹き込んだ。すると 体内に風穴が明いたように仙丹が転がり、国王は永い眠りから目を覚ました。
「ここは……?」
 あたりを見渡す国王の目に三蔵が映った。
「ああ、あなた様は!」
「三蔵と申します。夢枕でお会いした烏鶏国王陛下でらっしゃいますね」
「これは夢なのですか」
「いいえ、陛下はこの世に戻ってこられたのです」
「なんと……私にもう一度機会をくださると……これも御仏の導き」
 国王は本堂の仏像の前に叩頭し、泣きじゃくった。
「おふたりさん、感慨に浸ってるところ悪いですがね、命だけあればいいっ てものでもないですよ。これから半分乗っ取られた国を取り戻さなきゃなら ない。陛下、あなたには国と民衆、そして家族を守る義務がある。そうでし ょう? 泣いてる場合じゃない」
 国王は何度もうなずいて涙をぬぐった。
「さぁ、お師匠さん、出発だ。そして早いとこケリをつけて通行印をもらい ましょう」
 と、立ち上がり、悟空は眠い目をこすっている八戒の耳を引っ張った。
「寝てる暇はないぞ。早くしないと城での朝食に間に合わなくなるからな」
「国王の城で、豪華な朝食、高価な報酬……兄貴、急ぎましょう!」
 俄然やる気の出た八戒は荷物を取りまとめ、身支度を調えた。国王の着物 は濡れて汚れてしまったので、寺の僧侶の袈裟を借りて一緒についてくるこ とになった。

 一行が寺を出ると、烏鶏国太子に命令されて見張りに来ていた者たちはあ とをつけた。
「どこへ行くんだろうな」
 みすぼらしい格好の国王に見張り役は気づきもしない。
「さぁな。荷物も取りまとめて、旅の支度をして、次の場所に行こうってい うかんじだな」
「ってことは、烏鶏国で通行印をもらうのがまず最初にやることのはずだ」
「あれだけ太子を怒らせておきながらどうするつもりだろうか」
「国に近づいたら先回りして報告しよう」
「結局、妙な動きもなかったわけだし、そうする他はないな」
 三蔵達が烏鶏国へ近づくと、見張り役は先回りをして帰り、城門の番人に 一行の様子を告げ、太子へ報告に上がった。太子もそれを聞いて城門で待ち 受ける。
「三蔵殿、父上の亡骸でも見つけに来たのか。ここへは来るなと申したはず だが」
 太子は城内へ入れようとしない。それには悟空が答える。
「国王は目の前にいるじゃないか」
 袈裟を着ている国王が前に出てきた。九転還元丹を飲んだこともあって、 血色もよく肌もつややかだ。父親とうり二つの男に太子は心底驚いた。朽ち 果てていない肉体どころか、ぴんぴん生きている。そしてその男は口を開い た。
「今、玉座に座っている者こそが偽物だ。お前が小さい頃、御苑で百合の根 を掘り返して遊んでいた時、私が激怒したこともあの妖怪は知るよしもない。 どちらを信じるかはお前次第だ。だが、ここですっかりケリをつけてしまわ ないことにはお前も落ち着くまい」
 太子は一瞬躊躇したが、確かにこの者の言うとおり、本物の国王が殺され てしまったのかどうなのか、はっきりさせておかなければならないことであ った。本物と名乗る男が生きていることが正気の沙汰とは思えぬが、だから といって城内にいる者が本物とは限らない。
 実は太子も井戸の捜索を行っていたのだが、あまりにも深く、誰一人とし て井戸の底まで潜り着いた者がいなかったのだ。
「よし、わかった」
 太子はそういって自ら王の間へ案内した。

「なんと。朕にそっくりだな」
 玉座にどっかりと腰をかけている偽物は、袈裟を着た国王を見やった。
「それで、この者達がいうように、朕が偽物だとするならどこでどう入れ替 わったというのだ」
 三蔵は国王が夢枕に現れた時に聞いたことを詳しく伝え、そのとおりに井 戸に潜ったら国王の遺体があったこと、さらには弟子の悟空が兜率宮へ行き、 太上老君から九転還元丹を授かったことも言った。
 すると、偽物の妖怪はにわかに怖じ気づいてきた。
「そなた達はいったい何者だ」
 今度は悟空がしゃしゃり出てきて言った。
「師匠の三蔵法師は釈迦如来の思し召し<おぼしめし>で天竺の雷音寺まで お経を取りに行くんだ。弟子のおれたちは天界で悪さをしでかし、玉帝に下 界へ追放されたのだが、観音菩薩に救われ、今こうしてお供をしている。天 界は皆おれたちの味方だ。早いところしっぽ巻いて出ていった方がいいんじ ゃないのか。城の中で暴れるのはおれも忍びない」
「そんな出任せで朕を引きずり落とそうとでも? 悟空とやら、朕に向かっ て武器をふるう勇気があるというのかね?」
「お望みならクソでも喰らわせてやるぜ!」
 悟空は耳の穴から如意棒を取り出し、身の丈ほどに大きさを変えて偽物の 国王に討ちかかった。当たる寸前のところで、偽物は人間業とは思えぬほど の速さでそれをよけた。
 悟空が真一文字に如意棒を振れば、飛び退け、着地したところをまた如意 棒が襲ってくれば、瞬時に腰に差してある刀の上下を持って如意棒を受け止 めた。
「やけに身が軽いじゃないか。人間だったら、たとえ如意棒を受け止めよう ともその重みには耐えられないはずだ。妖怪め。さっさと姿を見せろ!」
 力任せに偽物の国王を突き飛ばし、そのまま勢いに乗って飛びかかると、 偽物は悟空の上空を飛んでかわした。振り返って見れば、三蔵が倒れている。 助け起こそうとするが、なんと三蔵がふたりいたのだった。
「妖怪め。お師匠さんになにすんだ。おい、八戒、ヤツはどっちだ。見てた んだろう?」
「いや、それが、師匠に姿を変えたかと思うと、師匠にぶつかってそのまま もつれ合うように転がったものだから、どっちがどっちやら」
「悟浄!」
「いえ、私も……」
 こうなっては本人以外に本物がわかりようもなかった。
「本物のお師匠さんは……そうか。お師匠さん、あの呪文を唱えてみて下さ い。久しぶりだけど、忘れちゃいないだろ?」
 ひとりの三蔵は何を言っているのかわからずぽかんとしていたが、もうひ とりは真言を唱え始めた。すると悟空の頭にはまっている金の輪がキュウと 締め付ける。
「うわぁああ。お師匠さん、もうわかったから!」
 三蔵が真言をやめると、悟空は如意棒で偽物の脳天を狙った。偽物は素早 く転がってよける。
「しぶといヤツめ!」
 がむしゃらに如意棒を振り回すが、相手は体勢を崩しながらも逃げていく。 だが、一瞬袈裟の裾に足を取られ、隙が出来た。悟空はそれを見逃さず如意 棒でみぞおちを突こうとした時、
「とどめをさすのはおやめなさい!」
 と、見知らぬ声が聞こえた。
 悟空はそれでもお構いなしに突き進む。だが、とっさに三蔵は真言を唱え ていた。当然のように悟空の頭に激痛が走る。
「お師匠さん、こんな時に!」
 悟空は頭を抱えて三蔵の方を見れば、そばに文殊菩薩が立っていた。
「あなたは文殊菩薩。こんなところでなにしてるんだ。邪魔しないでくれ」 「この者は私が飼っている獅子です」
 文殊菩薩は照妖鏡を取り出して偽物の三蔵を照らした。すると本物の姿を あらわした。青い毛並みの凛とした獅子で、大きな耳が垂れ下がり、大地を 踏む脚には鋭い爪がついている。
「どういうことなんだよこれは。乗用の獅子じゃないか。なんだって国を乗 っ取ったりしてるんだよ」
 悟空は憮然として文殊菩薩に詰め寄った。
「これも釈迦如来の思し召しなのです。確かに、烏鶏国王は民のために尽く し、行脚僧も受け入れていました。そこで如来はゆくゆくは烏鶏国王が金身 羅漢になるよう私を使わせたのですが、私が身分を変えて訪れると、対応が よくありませんでした。非難の言葉を浴びせると、私を3日3晩井戸の中に 水漬けにしたのです。それで如来は私の獅子を送り込み、国王を3年の水難 に遭わせたのです」
「まったく、めちゃくちゃだな。その3年、もしも国が倒れたらどうなるん だよ」
「そんなことはありません。この3年は平和そのもの。この獅子は去勢もし ているので、お后にも手を出していないはずです」
「そりゃあそうかもしれないけど。国王にしてみれば災難だぜ。そもそも如 来に目をつけられなかった方が、よっぽど幸せだったかもしれないぞ」
「これ、悟空」
 と、三蔵がたしなめる。
「だってそうじゃない。お師匠さんだって徳の高さゆえに取経を命じられて、 こんな苦労をしてるんだから」
「わたしが苦労をしているとしたら、悟空の扱いだけだよ」
「ったく、なんかおれも損な役回りのような気がするんだよな」

 国王に化けていた獅子は文殊菩薩に連れられて返り、一件落着した。烏鶏 国王は袈裟を着たまま后と並び、三蔵に叩頭した。
「私に国を治める資格などありません。どうか、御僧、あなたが変わりにこ の国を守って下さい」
「なにをおっしゃいますか。この国を造ったお方は国王ですよ。民衆は国王 の復帰を願っています。また、わたしにはわたしの達成しなければならない 成果があります。国王もぜひもう一度やり直してみてはいかがでしょうか」
 太子も同感で、戻ってくるように勧めた。国王は涙ながらにお礼を言い、 もう一度如来に認められるような人間になることを誓った。

続く……


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(C) Sachiyo Kawana