【 聖  餐  −殺りん− 】



―――― 花が咲く。

赤い、赤い、真紅の花。
腕に抱きし、死せるその身を……


( ……天生牙では、救えぬ )


求めたが為に、死ぬ行くその身。
繋ぎたき想いは、慈悲に在らず。

愛欲故なれば……

繋いだとて、再び求めて死に追いやれば同じ事。


「…せ しょう …… 丸 ……… 様…」

我が名を呼ぶその声に、かつての響きはなく。
判っていた。

いずれ、この日が来る事は。

りんは…、知っていたのだろうか?
あの夜、私に抱かれた時に……

『人』としての命運が、早晩尽きると。

りんのまだ幼さの残る口許から真紅の花が零れ落ちる。
幾つも、幾つも。
私がりんに注いだ毒の香りを、薫らせて。

「…りん……、しあ…わ…せ」
「りん……」
「…おま…け、だ…もん。今、生きて…る…の」
「りん!」
「大…好きな……、せっ…生丸……様の…、お側で…」

大きく咳込み、命の塊を吐き出す様に、一際大きく鮮やかな真紅の華。

「……もう、喋るな」

今、この場には私とりんの二人だけ。
邪見も阿吽も下がらせ、長らく使われた事の無いこの無人の屋敷に。

夜は更け、忌々しいほど冷たく青い月の光。
りんの肌を青白く染め ――――

赤い花の中の、たった一輪の白い花。
今 散り行く 白い花。

「…あの……ね…、りん… お願…い…… ある…の……」
「願い?」
「うん…、あの…ね……」

もう末期の息なのか、殆ど声が聞き取れない。
りんの口許に、耳を近付ける。
僅かな隙間から吹き込む、旗も返らぬ風のような声。

「……………………」
「 ――― !! ――― 」

その『願い』に、らしくもなく言葉が詰まる。
そんな私の様を見て取ったのか。
もう、目も良くは見えてはないだろうに。

「ご…めん……な…さ……。り…ん、わが…ま……」

それでもお前は、私に微笑みかけ。
次の瞬間、その胸に大きなどす黒い花を咲かせ ――――




こと切れた






( ……それが、望みか。りん?)


腕の中のそれは、次第に熱を失い『物』になってゆく。
時の流れがお前の体を朽木のように腐らせ、やがて土に還して行く。

ならば、ならば!!!

私はりんの夜着の襟に手をかけた。



月の光に、巨大な狗の影が揺らめく。





夜明け前、心配になった邪見がそっと屋敷を伺う。

殺生丸は何も言わなかったが、りんの臨終が間際なのは感じていた。
だからこそ、この主と人の子であるりんを二人だけにした。

足音を忍ばせ、りんを寝かせている座敷近くの庭まで忍び寄る。
主ほど感覚に優れている訳ではないが、瀕死の者の押さえようの無い激しい息遣いを聞き逃すほど愚鈍でもない。
どんなに邪見が耳を澄ませても、人の気配はない。
しんと静まりかえり、時が凍てついた様。
邪見の胸が激しく動悸を打ち、夢中で障子を打ち開いた。

「殺生丸様! りんはっっ!!!」

開け放った障子の間から差し込む、いまだ青い月の光。
その光の中に佇む殺生丸の手には、白い衣。
殺生丸は邪見の問い掛けに、月の光の中で笑んでみせた。

そう、それを笑みと呼ぶのであれば。

「殺生丸様……」

邪見の背を、訳の判らない戦慄が駈け抜ける。

「りんは…、りんは、何処でございます…か?」

邪見の再びの問いを、金の眸の奥の血の色を滾らせ黙殺し。
手にした衣を滑り落とすと、ゆらりと立ちあがった。

「…行くぞ、邪見」
「は、はい」

一体何があったのか。

『それ』を聞く事は、これからは邪見に取って大きな禁忌になるのだ。




( ……恐ろしい娘だな、りん。私を、ここまで堕とすのか )


それでも、構わぬ。


―――― この身、果てるまで。

共に在ろうぞ、りん。
お前の望むままに ――――


【完】



かなりダークな話ですね^_^;
私にとっての殺りんが障害のある方が萌えるし、何よりも【好み】と言うアブな性格なもので。私の中では殺生丸は【妖怪】でしか有り得ないのです。





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