【 月の夜 雨の夜 】 … あやかしHP・末法様より
─月の夜─
てめえは残酷な女だ。
神に仕える身でありながらこの俺に地獄を見せる。
助けるふりをしておいてこの俺の存在を否定する。
─── 桔梗
● ● ●
(月の夜 洞穴の中 鬼蜘蛛 桔梗)
桔梗の白い手が見える。巫女の清い手が見える。
俺の左手に薬草を塗り、晒しを巻いている。しかしその清い手は、決して俺に触れない。
「直に触れたら傷に障るだろう。」
── それだけかい。
「それだけだ。」
── てめえが憎いぜ。
「何故だ。」
── もし俺の体が自由になるのなら、てめえを押しひしいで骨まで喰らうところだ。
「……」
──……
「……『江月照らし松風吹く 永夜清宵何の所為ぞ』この詩を知っているか。」
── 知らねえよ。
「だろうな。『月が輝き入江を清らかに照らし、松風が優しく吹き渡っている。 時を越え永遠を感じさせるこの夜、清浄なる宵、これは一体何物のしわざなのか。』」
── 興味ねえ。
「お前が野盗となり悪事を重ねたのも果てにこの姿となったのも、全て前の世からのまれに見る悪い因縁のせいだ。この詩の真意を求めるといい。この真意が解けた時こそ、おまえはこの悪縁を断ち切れるだろう。」
そりゃありがたいことだな。でも俺はそんな言葉は欲しくねえ。俺は本心をぶちまける。てめえはすました巫女の仮面を被り、巫女の言葉を話してる。そして、その説教くせえ言葉で俺の言葉を否定する。
「今のお前には時間があり余る程あるな。この詩の真意を追求することはお前が悪事を働いた者達への償いにもなる。」
── はっ! ごめんだぜ、やられる奴が馬鹿なんだよ。俺は悪党に生まれついてんだ。悪事を働くのは悪党にとって自然なことさ。
「鬼蜘蛛、どのような人間にも清い心はある。お前にだって必ずある。それを見つけ出すのだ。その為にも必要なことなのだ。」
── 俺がしたいのはな、てめえをこの手で引っ掻き回してぐちゃぐちゃにすることだけだ。
桔梗、てめえが巫女の言葉を話す限り、俺の心には届かねえよ。
「では私はもう行くぞ。」
──…… そうかよ。
「明日、また来る。」
桔梗
そうしててめえは去っていく
桔梗……
俺を一人闇に残して
桔梗!
俺はてめえが欲しいんだ!
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─雨の夜─
(雨の夜 湿った土の匂い 草いきれ 鬼蜘蛛 青い衣を羽織った女・真女児(まなご))
「もし。人家とてない荒野で雨に降られ難儀しておりましたところ、あなた様のお声を頼りにこちらに参りました。一夜の宿りを願えませんでしょうか。私は真女児と申します。」
──…… てめえ、妖しの者だな。
「お気付きですか。お目は利くようでございますね。」
── くだらねえ。てめえ何しに来た。俺を喰らいにでも来たか。
「まあ、察しのいいこと。」
──……
「取引きに参りました。」
──…… 言ってみな。
「仰せの通り、私はあなたを喰らうつもりでございます。」
──……
「あなたの肉をつなぎとし、私の他数々の妖しが一つとなり、より強い妖しとなります。」
── で? 俺は喰われ損というわけか。
「それでは取引になりますまい。あなたはその妖しの体を使って動けるようになります。」
──……
「そうすれば 桔梗をその手に奪うこともできましょう。」
──! ……何故知ってる?
「先程私はあなたのお声を頼りにここに参ったと申しましたね。そのお声は桔梗、桔梗と仰せでしたよ。」
──…… 俺は何も話してなかったぜ。
「あらそう。では独りでにお心からお声が溢れ出て来たのかしら。そこまで思い詰めなさるのはさぞお辛いことでしょうね。」
── てめえ……。
「早くなさらないと、桔梗を他の者に奪われてしまいますよ。」
──…… なに?
「犬夜叉なる半妖と桔梗は惹かれ合っているようですからね。」
── 本当だろうな。
「私は嘘は申しません……。」
半妖に惹かれているだと?てめえは邪悪とはいえ人間の俺を否定しながら、もっと邪悪な妖しの血を引く野郎に心を開くのか?
桔梗──── てめえ!!!
「いかがなさいますか?」
── あ?
「いかがなさいますか?その身を私に喰わせ自由になるか、それとも死ぬまで桔梗に焦がれつつそこで動けずにいるか。」
── てめえ、俺が断らねえと知ってて聞いているな。
「さあ?」
── じゃあ、もし俺が断ったら大人しく帰るのか?
「まあ……どちらにしろ結果は同じでしょうね。ほほほほほ。」
── ははははは。
俺は、久し振りに仲間と笑い合ったような気がした。
─間─
「苦しまないように致しましょうね。お楽になさって全てを私に委ねて下さい。」
桔梗、俺を助けたのが運のツキさ。清い巫女の仮面など被らず、見殺しにすればよかったんだ。
「あなたはこれから、生まれ変わるのです……。」
真女児はそう言うと羽織っていた青い衣を頭から俺に掛けた。それは気遣いのようにも、逃がすまいとする気持ちの現れのようにも感じられた。
そして衣の上から顔に顔をもたせかけ、手に手を取ってしばらく俺を慈しんでいたが、やがて喉笛に噛みついた。
それを機にあまたの妖しが雪崩れ込んで来る音がしたが、もうそんなことはどうでもいい。
俺の視界は青一色。この青い世界の中俺はたった一人で、そして何も怖くなかった。
「桔梗 てめえ見てろよ
てめえが決して触れなかったこの汚れた手でてめえを仮面の裏から引きずり出す
そしててめえを
骨まで喰らう程抱いてやるぜ」
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間もなく雨は止み、辺りは静寂に包まれた。先程までのおぞましい出来事など夢であったかの様に。
東の空が美しく色づき始める。夢は、覚めなければならない。
運命の朝が来る……。
【終】
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