【 あさきゆめみし −りん− 】



―――― 事の思いもよらぬ展開に、誰一人言葉はなく。

「……いいか! 絶対に『この事』は、りんには話すなっ!! 判ったな!!」

絞り出された犬夜叉の声は、慟哭にも似ていた。
その手には、もう一口(ふり)の父の牙、天生牙を握り締め ―――

「……姉上」
「琥珀……」

本来ならば『四魂の珠』が完成した時に、琥珀の仮初の『命』は尽きる筈だった。
その命を繋いだ者は……

そして、その者は ――――

完成した珠を用い、桔梗と古(いにしえ)の巫女であり今では桔梗と同化した翠子と、そして『かごめ』。三人の巫女の浄化の力を奈落は受け、消滅した。

その機会は、毫(ごう)程の刹那。
その機会を捉えねば、完成した四魂の珠が奈落の手に落ちようものならば、全ては ――――

その機会を犬夜叉達にもたらした者。
だが、その為に……。

三人の巫女の力は、想像を絶するほどの神威に満ち、それは取りも直さずその力を発した者も受けた者も浄化し尽くした。
四魂の珠を生み出した者であり、己の魂でもあった翠子は珠の消滅とともにやっと開放され、木乃伊として留まっていた姿も時の流れに乗った。死人で流れぬ時の世界に住む桔梗も、また。

そして奈落の動きを封じるに、身を挺した者も。

信じられない事だった。


「……犬夜叉、それ 如何するの?」

かごめが犬夜叉の手に視線を落とし、小さな声で問い掛けた。

「ああ、そうじゃ。どうするんじゃ、犬夜叉? やはり、お前が持っておくんか?」

かごめと七宝、いや、 その場に居た者全ての視線が犬夜叉の手元に集まる。

端正な造りの細身の長剣。
冷ややかな黒漆塗りの鞘と、古銀に精妙緻密な象嵌を施した鍔(つば)
それは ――――

「……いや、これは俺のものじゃねぇ。俺が持ってても、意味のねぇもんだ。だから…、琥珀」

いきなり声をかけられ、びくっとしたように琥珀が身構えた。

「お前が持ってろ! だけど、絶対りんには見せるな!!」
「犬夜叉……」
「……意味は、判るな」

犬夜叉からそれを受け取り、琥珀は重い表情で頷いた。
そう確かに、りんに見せる訳には行かない。

( ……俺は、あの時。託されたと、思ってもいいんだろうか…? )

「な、何を勝手な!! それをその小僧に持たせるくらいなら、まだワシやりんの方がもっと相応しいわいっっ!!」

あまりの事に硬直し、思考が停止していた邪見が泡を食って捲くし立てる。その必死さが、どこか悲しい。

「……持たせて、何と説明するつもりですか? 私には、言葉もありませんが」
「あっ……」

その事に気付き、邪見が口篭もる。

「うん、それとね…、邪見。あんたもりんには会わない方が良いよ」
「な、なんと!! 何故、ワシがりんに会ってはならんのじゃっっ!」

色んな事があり過ぎて、恐慌状態に陥りかけてる邪見の低い視線に会わせるように、かごめは屈み込みそっと話しかけた。

「あのね、あんた達は奈落をやっつけて、旅に出たの。もう、りんちゃんが攫われる事もないから、りんちゃんを置いて」
「かごめ……」
「そうじゃないと…、りんちゃん…… 可哀想…でしょ…」

邪見の大きな金壷眼から滂沱のように涙が溢れ、やがて……

阿吽の上に小さな影。
その影は、まだ暗い西の空へと消え去って行った。




「あっ、楓様! みんな、帰って来たよ!!」

奈落との最終決戦。
今までは戦場であろうと身近にりんを伴っていたのだが、何かしらの予感があったのかも知れない。
今回だけはりんの身柄を楓に託し、闘いの場に赴いたのだ。

いつものように満面の笑みを浮かべ手を振るりんを遠目に見やり、犬夜叉達はもう一度、りんにかける言葉を確認しあった。

「……でも、結局泣かせる事になっちゃうのよね」

ポツリ、と辛そうにかごめが言葉を零す。

「ああ、そうだな。だけど……」
「うん…。今はまだ、本当の事を伝えるのは酷だよ。だから、それが嘘でも……」
「…で、誰が伝えますか?」

弥勒の言葉に、他の三人はぴくりと足を止めた。

りんに、あの無垢な瞳に ――――

人の世から離れた生活をしていたせいで世間慣れはしてないが、聡い娘である。きっと、気付かれてしまう。
あの無垢な瞳には、嘘は付けない。

「……俺が、俺が言います」
「琥珀……」
「琥珀君……」

琥珀とて、腹芸が出来る程すれてはいない。
むしろ、その動揺がはっきりと表情に出てしまうだろう。

「……何と言うつもりです?」

静かに弥勒が問いかける。

「…人は、人の世で生きろと。そう言って、逝ってしまったと」
「判りました。では、頼みます」

足を止めた犬夜叉達を待ちかねたのか、頬を赤く染めて小鹿のようにりんが駆け寄ってくる。

「お帰りなさい! かごめ様!! みんなも!」

軽く息を弾ませながら、りんの瞳はきょろきょろと一番待ちわびている者の姿を捜す。

「あの…、殺生丸様達は?」

りんの問い掛けに、弥勒の影に居た琥珀が前に出る。

「りん、あの…」
「あっ、琥珀! 良かった!! 琥珀も無事だったんだね!」
「うん、あの…さ、りん」
「ん? なぁに?」

一瞬、息を呑み込んだ。

「……殺生丸様達は、いっちまったよ」
「行っちゃった? 行く、ってどこに?」

りんのもともと大きな瞳がさらに大きくなる。

「…旅、に。どこに行ったか、俺には判らない…」
「大変!! りんも急いで追っかけなくっちゃ!」

そのまま走り出しそうなりんの手を取り、琥珀が引き止める。

「りんは! りんは…、もう…… ついて行っちゃダメなんだ……」

それは、りんが一番聞きたくない言葉。

「りん…、ダメ? どう…して?」
「……殺生丸様が言ったんだ。『人は人として生きろ』って。だから…」

ぽろぽろと、りんの瞳から涙が溢れ出す。

「りん、置いて行かれちゃったの? りん、もう要らないの?」
「そうじゃない! そうじゃないんだ…。ただ、りんの為に……」

二人のやり取りを辛そうに、犬夜叉達は見ていた。
琥珀もかなり辛そうで…、見兼ねて犬夜叉が琥珀の前に出る。

「良く聞きな、りん! あいつはな、殺生丸はそういう奴なんだ!! 自分の都合だけでなんでも決めやがる。お前を拾ったのだって、連れ歩いたのだって、ほんの気紛れ。まだお前をここに置いて行ったのだけは、見直してやるけどな!」

みるみるりんの顔が怒りで真っ赤になる。

「そんな事、ないもん! 殺生丸様、優しいもん!! いつも、いつだって、りんの事…。今度だって、きっと危ない所にお出かけだから、ちょっとの間だけりんをここに置いて行っただけだもん!」
「りん……」
「りんちゃん…」

りんの必死さに、あの邪見の必死さが重なる。
犬夜叉の拳が微かに震え……

「いい加減にしろ! りん!! お前は『人間』なんだ! いつまでも、あんな奴の事……」
「犬夜叉のばかっっ――!!!」

このままでは、事が拗れるばかりと見て取った弥勒が禁句を口にする。

「では、りん。殺生丸が迎えに来るまで、楓様の村で待ちますか?」

その言葉にりんははっとし、それから大きく頷いた。
そして、もう一言。

「犬夜叉のバカ!」

りんはそれだけと言い置いて、後を見ずに村へと駆け出した。


「……法師様、罪だよ。あんな事言っちゃ」
「ええ、判ってますよ、珊瑚。でも、ああでも言わねば、納まらなかったでしょう。それに……」

言葉を言い澱んで、目配せで琥珀を呼ぶ。

「せめて、りんのこれからを見守ってやるのは、供養かも知れません。そうは思いませんか? 琥珀」

琥珀は黙って頷く。
りんに気付かれないよう背中に隠し持った天生牙の重さが、急に重くなったような気がした。



―――― 流れる月日は早いもので……


奈落を滅し、古(いにしえ)からの禍の根源も大いなる御光の中で浄化された。そのせいもあるのだろうか?
まだ戦乱の世は続いているが、少しづつ大勢は明らかになりつつあり、国中が焼かれ荒れ果てていた少し前に比べると、戦場とそうでない場の境界線がはっきりしてきて、戦場ではない場所がだんだん増えてきていた。

あちらの世界に、今生の別れを告げてこの時代の人間になったかごめが、時々呪文のような言葉を呟き感慨深そうな表情をする。
ふと母親の顔に戻り、珊瑚と弥勒の子供達と遊んでいる我が子を愛しそうに見詰める。

そんな時間がりんの周りに流れていた。



あの後 ――――

弥勒の言葉通り、りんはこの楓の村で殺生丸を待ち続けた。
楓の村は半妖である犬夜叉や七宝、雲母さえ受け入れているような大らかな気質の村。今更、妖怪が連れ歩いていた娘だからと厭うような者はいない。

りんは今、楓のもとで巫女見習のような下働きのような事をしている。
素質から言えば、かごめがその位置に納まるべきなのだが、犬夜叉と所帯を持ち、子まで成したとあっては流石にこの時代、巫女とは言えまい。勿論、そうなったからとかごめの霊力が衰えた訳ではないが、建前は建前である。言わばかごめとりんとで、この村の次代の巫女と言う事であろうか。

それは、楓の気使いでもあった。

これから先の時代、もう姉・桔梗や古の巫女・翠子ほどの霊力はいらない。むしろ、心癒せるような暖かな気を持った者の方が相応しかろう。りんは不思議な娘だ。あるがままを受け入れる事の出来る娘であるから、その様に人はありのままを無垢を見る。
りんを見て早咲きの野辺の花を思う者もあろうし、せせらぎに煌く日の光を思う者もある。
それで良い、と楓は思った。
この村で身寄りのないりんを一人立ちさせるには、これが一番良い方法だろうと。

あれから、七年。

この村に来た時は幼い少女でも、今は眩いばかりの娘盛りである。
りんの生き生きした魅力に、心惹かれる者は村に少なくない。

しかし、りんの心の中には ――――

楓はそれを知っているだけに周りの者も納得し、りんにも余計な気遣いをさせなくてすむこの扱いを善しとしていた。
もし、りんの心があの者から動けば、そしてりんを望む者があれば、それはそれで良い。巫女の代りなど、どうにかなるだろう。
皆が幸せになってくれさえすれば……。


そして、そんなりんをずっと見守っている者がいた。
すっかり逞しい青年に成長した琥珀。

あの時。

殺生丸は何も言いはしなかった。
四魂の欠片を抜かれ、もう息絶えるばかりの琥珀を天生牙の力でこの世に繋ぎ留め。自分の行った血塗られた行為を思えば、例え生きる事を許されても、死ぬしか償い様のない琥珀だった。……いや、死んだとしてもその罪が消える事はなく、生き長らえても気が狂うだろうと思っていた。

でも……

りんが残された。
たった一人で。
自分と同じ、天生牙でこの世に繋がれた命。

( ああ、あの時。俺、りんの為にも生きなくちゃいけないと思ったんだ…… )

その思いは時を重ね、成長するに従ってもっと熱く強い想いに変わっていった。
全てが時の流れの中に、変わって行く。


だけど、りんは、りんだけが… 変わらない。
その一途な想いのまま、帰り来ぬ待ち人を待ち続ける。
風のそよぎに懐かしい声を想い、光の煌きに肌を流れた銀糸を想う。

時が変えた己の芳しい姿も知らず、りんはひたすらに迎えを待つ。
早くあの姦しい小言が聞きたいと、またあの大きく物言わぬ騎竜の背に乗って空を翔けたいと、そして……

( 殺生丸様…… )

りん、と呼んでくれなくてもいい。

触れられなくてもいい。

ただ、その姿を……

この瞳に ――――



今ではもう、遥か遠くなってしまったあの旅の日々が、りんの胸を締め付ける。
確かにあった、あの日々。
いつも一緒に居て、その腕の中で眠って。

何も言いはしなかったけど、でも確かに ――――

ずっと続くと思っていた。
今でも、思ってる!

……だから、泣く事も出来ず。


( 殺生丸様…… )


あの頃のままに。
信じる事しか知らぬ、あの幼き心のままに。


遥か懐かしい光景の中に、ただ りん 一人 ――――




( ふぅ〜、なんだか身体がだるいな )

二・三日前から身体が特に腰から下が重く、熱っぽいような気がする。
急に寒さがぶり返し冷え込んだせいで風邪でも引いたか、いつもの事か。

( 子供の頃の方が、あの頃の方が身軽で良かったな。大人なんて…、判りたくもない事が判ってしまう…… )

日が落ちて、一段と寒さが忍び寄る。
りんは一人暮らす小屋の中で、自分の身体を抱き寄せた。
暖を取ろうと囲炉裏の燠火を掻き起こし、良く乾いた柴を放り込む。ぱちぱちと火の爆ぜる音。りんのまだ幼さの残る頬の輪郭を赤く縁取り、火影が揺らめく。りんは同じ年頃の村娘達と比べると、かなり華奢で幼く見えた。野育ちで他人の畑から食い物を盗むような逞しさも持っているりんだが、それでも普通なら日々の暮らしに追われ朝から晩まで働き詰めの、中には今のりんの年よりも若くして母親になる娘も居る現状でどこかりんは…、違っていた。

そう、りんの身の上には苦というものが見えないのだ。

妖達との旅で、りんはこの上もない満ち足りた暮らしをしていた。
満ち足りていると言っても城の中に居るような姫君のような暮らしではなく、腹が空いたらある物を取って食い、眠たくなったら阿吽の上で眠る。綺麗な花を見つけたと言っては野原を駈け回り、邪見を相手に思うまま喋り続け…。りんに取って唯一の存在に守られ、その姿を瞳に宿し、側に居られる。

至福の時だったのだ。
あの旅の日々は。

りんは、りんだけは未だあの日々の続きの中で生きている。

暗く燃える囲炉裏の火の色に、森の中での焚き火の色を思い出していた。身の内裡(うち)をチロチロと焔で炙られるような、焦りのような不安に焼かれる。夜空には繊月を過ぎ既朔の弱々しい月の光。りんの心まで、闇が覆いそうになる。

その闇は ――――

( ううん、そんな事 ないもん! ここで待ってれば、きっときっと迎えに来て下さる!! ねぇ、そうでしょう? 殺生丸様…… )

この村はりんのような身の上の者でも受け入れ、またそれぞれに所帯を持ったとは言え、犬夜叉も弥勒もりんを気遣い、かごめや珊瑚は妹のように心を懸けてくれる。琥珀などは、陰になり日向になり何かとりんの世話をしてくれる。決して、居心地の悪い所ではないのだけれど…、りんに取っての居場所ではなかった。

あの頃のりんに、琥珀は ――――

( ……俺も、殺生丸様に助けられた。りん、お前と同じだ )
( 琥珀…… )
( だから…、俺も一緒に待っててやる )

必死な瞳をしていた。その必死さが、何故か別の意味を持っていたように、最近は思えてならない。
考えたくはないのに、そう考えてしまう。
子供の頃のように、ただ信じ続ける事の難しさ。

ぞくりとした悪寒のようなものがりんの背を走り、りんがもっと囲炉裏の火を大きくしようと、柴を投げ込もうと腕を伸ばした途端、目の前が真っ暗になる。
そしてそのまま、気を失ってしまった。

同じ頃 ――――

琥珀も眠れぬ想いのまま、夜空の消えそうな月を見ていた。
いつかは、誰かが本当の事を知らさなくてはならないのだろう。
誰が、いつ、どうやって?

知らされた時のりんの悲しみを思うと、また自分の胸も張り裂けそうに痛む。だけどその痛む胸のどこかで、もう迎えになんて絶対来ない奴の事なんて諦めて、りんの側に居る者を見て欲しいとも思う。
ふい、と何かの予感のような気配を感じた。
りんの住む小屋の近くに構えた琥珀の小屋。その小屋の押し入れの奥に仕舞い込んだ天生牙が鳴っている。
今までこんな事はなかった。

不思議な思いで手にしたそれから、伝わる何か。

( ――― !! …りんに何かあったのか!? )

まるで天生牙に導かれるように、琥珀はそれを手にしたままりんの小屋へ向かう。りんの小屋に近付くにつれ、琥珀は自分の身体が自分の物ではないような不可解な感覚を感じていた。
それは、まるで ――――

りんの小屋に着き、中を見て倒れ伏しているりんを見つける。


      ―――― りん!! ――――


( りん!? )

琥珀が感じた不可解さ。
自分の意識の前に誰か、いる!!
そう思ったのも束の間、琥珀の意識はその何者かの意識に飲み込まれていた。






―――― りん。


( …だぁれ? りんを呼ぶのは…? )


   ―――― りん ――――


熱で朦朧としていたあたしの耳にその【声】は、とても懐かしく……
ふわりと抱え上げられて、小屋の奥に運ばれた。
ああ、この腕の感じをあたしは知っている!

「……りん」

耳元で囁く、その声!
汗で額に張りついた髪を掻き払う細い指の感触も、熱で火照った頬に落ちかかるひんやりとした白銀の髪の流れも、そしてあたしを見詰める金の眸も。

みんな、みんな、覚えてる!!

「あ、あ…、せ、殺生丸様っっー!!」

あたしは必死で殺生丸様に縋りついた。


もう、どこへも行かないで!!

りんも一緒に、連れていって!!!


ああ、どうしてこんな時に涙が出るんだろう。
涙で目の前が滲んで、殺生丸様のお姿が良く見えない。
夢でも良い、もう一度逢いたいとずっと思っていた。
もしこれが夢なら、醒めないで欲しい!!!

「ずっと、ずっと、待ってました」
「りん…」
「もう一度逢えるのなら、夢でも良いと。でも、夢はイヤです!!」

りんの言葉に、殺生丸様のお顔にふっと浮かんだ表情。
殺生丸様の、そんなお顔を見たのは最初で最後。

「りん……」

もう、後は言葉もなく。
あの頃のようにあたし達は身を重ねた。

あの頃は、判らなかった。
なぜ、殺生丸様がりんにこんな事をなさるのか。
痛かった、苦しかった。
でもなぜか、嬉しかった。

今なら、判る。

りんは、りんは……

殺生丸様を……


【 愛してる ―――― 】


あの頃は、あたし達は何も判らず。
ただ、判らないままに求め合って、触れ合って。
今は、嬉しい。
殺生丸様を感じる、この身が!
あたしの中をいっぱいに満たす、溢れんばかりの熱い悦び。


殺生丸様 ――――





夜明けの、光の矢。
素肌に流れる、朝の冷気。

あたしは身体の中に火照りを残したまま、目を覚ました。
夕べの事を夢のように思い返しながら、夢ではない事は自分の身が知っている。

「……殺生丸様」

満ち足りた思いを抱いたまま、傍らで眠っている者に目を落とした瞬間、身体が硬直する。

   
    ―――― こ、琥珀!! ――――


( そ、それじゃ、夕べ あたしを抱いたのは… 琥珀? )

あまりの事に、あたしはぎゅっと自分の身体を抱き締めた。
そのあたしの目の端に、朝日を受けてきらりと光る物が映る。


それは ――――


―――― 天生牙


殺生丸様の、御刀。

その刀を裸の胸に抱き締めて……
伝わる、想い。
【理−ことわり−】を越えて、あの一時を繋いでくれたこの刀。


( ああ、そう… そういう事…だった……ん…だ…ね…… )


―――― あさきゆめみし


それでも、それでも!!

あたしは!!!

あたしは…、殺生丸様を……愛し…てる……
殺生丸様も、あたしを……

あたしは、全てを受け入れた。


【完】





はい、終りました。
琥珀君の役所があまりにも痛すぎるんですけど、まぁ、そこはそれ^_^; 
りんちゃんバージョン、と言う事で怪談は怪談でもあまり耽美系にはなってないと思います。その手のシーンもかなりさらりと流しました。
この話、実は後日談も用意しているんですけど、それは雨月物語的ではないので、そのうちどこかに番外編と言う形で書き込もうと思います。




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