【 寒いけど、でも寒くない。それはね――― −お題7− 】
――― 寒いけど、でも寒くない。
それはね……
真っ白な雪。
まだ森の動物たちさえその足跡を残してはいない
ただ一面の白銀。
夕べは随分冷え込んだんだ。
こんな山の中だし。
それでもりんが凍えずにいられるのは、りんが寒さをしのげるよう邪見様が一生懸命に塒(ねぐら)を探して下さるから。
もう少し人里に近ければ、見捨てられたお寺とかお堂とか。
もうこんな山奥だと、洞窟や大きな木の洞(うろ)やたまに猟師や樵(きこり)の杣(そま)小屋なんかを。
次の塒が見つかるまでは、りんはそこで留守番。
邪見様と阿吽が戻るまで。
ごめんね、邪見様。
こんなに寒いのに、遠くまで行かされて。
「阿吽よ、もちっと西よりに行ってみようかの? 少しでも雪が少なく風の弱い場所を探してみよう」
ワシは阿吽の首筋を叩きながら、そう声をかけた。
ワシ等妖怪にはこんな寒さなどは屁でもないが、人間のりんには命取り。
一晩過ごした雪洞から這い出ながら、空を見上げる。
重く鉛色に雪雲が低く垂れ込めて、冬はこれからが本番じゃ。
りんの塒を確保しながらの旅。
思うように、移動も出来ぬ。
塒を探すと同時に、りんの食い扶持も探さねば。
( ……殺生丸様に取っても足手まといじゃろうし、りんも辛かろう。せめてこの冬の間だけでも、どこかの人里に下ろせば良いものを )
そう考えながら、それでもその言葉を自分の主である殺生丸に言い出せないのは、己もまたそれを望んではいないから。
まったく不思議な娘じゃわい、りんと言う娘は。
恐ろしくはないのじゃろうか?
ワシらが……、いや、殺生丸様が。
あれがいくら子どもでも、判る筈じゃ。
お側にいて、肌を刺すような妖気の強さに、あの眸の鋭さに。
……己とは相容れぬ高みに居られる方じゃと。
なのに、あれは……
ああも嬉しそうに、お側に侍るのやら。
にこにこと、今は厚い雪雲に隠れてしまっておるがあの天に輝く陽(ひ)のように。
( 温かいのじゃよなぁ、りんの笑っている顔は )
冷酷非情が、妖怪の常。
そう、ワシもこの歳まで【温かさ】なぞ知らずに生きてきたわい。
なのに……
温かい。
そう言うことじゃろうか? 殺生丸様。
外は、今日も雪。
日が昇ったのか、未だなのかも判らないくらい薄暗くて。
邪見様が戻らないと、りんはここを動けない。
人は誰もいない、この山の奥。
深い雪と、目の覚めるような笹の緑と鮮やかな赤の寒椿。
後は何もないのだけれど。
……何もない。
そう、野盗におっとうやおっかあや兄ちゃんたちを殺された時。
りんはりんの持っていたもの全部を失くした。
言葉も、りんがりんである事も。
空っぽのままの心で。
誰もいない村はずれのぼろ小屋で、自分で自分を抱き締めてもちっとも温かくはならなかったっけ……
そう、今ならね。
この真っ白い雪の上に寝転んでも、きっと寒さなんて感じない。
だってね、今 りんの胸はいっぱいだもの。
小言ばかり言う邪見様の優しさや、一緒に遊んでくれる阿吽の温かさ。
そして、なにより ―――
「……何を見ている」
りんの背中からかかる声。
凛と冷ややかで、低く透る ―――
りんを熱くする、殺生丸様のお声。
「……雪が、綺麗だなって。まだ誰も跡をつけてないから、りんが独り占めしてこのままばたんて寝っ転がって跡をつけようかな、って」
「………………」
「それとも、このままいつまでも見ていようかな、って……」
そう言ったら、そのままきつく抱き締められた。
「……裸のまま外に出て、凍え死ぬつもりなら止めはせぬ」
そう言いながら、さらにきつく。
「殺生丸様……」
「……お前は、この雪と同じ」
「えっと……?」
「私は……、お前と同じ」
それから、後は―――
りんの心も体も、殺生丸様でいっぱい。
だから……
寒いけど、でも寒くない。
それはね―――
【終】
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