【 時々ほしくなるものがある。だけど言わない −お題17− 】
―――― 時々ほしくなるものがある。だけど言わない。
それが何か、自分でも良く判らないから。
日が暮れるのが早くなって、ああ 秋ももう終わりなんだなぁと思う。
なんだろう?
この、もの寂しさは…
大好きな殺生丸様のお側にいられて
可愛い子ども達とも、いつも一緒。
子ども達のせいでもっと忙しくなった邪見様と、今も昔も変わらない阿吽と。
そう…
あの頃と同じ、この旅の空。
何処かに留まりたいんじゃない。
ずっと、このままなら良いと思っているのに…
りん、欲張りになっちゃったのかな?
自分でもほしいものが何かわからないまま、欲しがってる。
ふと、その答えを探すようにあたしは空を見上げた。
茜色の空の色を映した、季節なしの蓮の池。
その池の水面を水鏡に、狛の后はりんの様子を見ていた。
つい先頃、あまりあれ等の仔が可愛らしかったので遊んでやったら、あれはひどく機嫌を損ねた顔で妾(わらわ)を睨み付けおった。
ふん! 何と心の狭い息子である事か。
あの娘も、その下僕もよくもまぁ、あんな奴の側に付いているものよ。
まったく、物好きな事じゃ。
おや?
今日は、珍しい事。
あれの姿が見えぬわ。
あれの騎獣も居らぬし、仔もおらぬ。
騎獣の翔けさせ方でも教えておるやも知れぬの。
ふふ、少しは父親の顔になったであろうか。
では、あれの居らぬうちに女同士、ゆるりと話でもしようか。
げっ!! この妖気は…
珍しく双のお子たちの子守を免ぜられて、骨休め出来ると思うたに
何故に、あのお方がっっ〜〜〜!!!
「御、ご母堂様っっ!! 本日は何用でございましょう? 殺生丸様もお子方もお出かけにございますれば…」
「ああ、要らぬ、要らぬ。あのように可愛げのない息子など! 仔等と遊べぬのはちと残念じゃが、りんが居ればそれでよいv」
「りん、でございますか…?」
「ああ、そうじゃ。この先の丘の上で、空を見上げておった。妾が呼んでいたと伝えて来い、小妖怪」
「…邪見でございますと言っても覚える気も、聞く耳もお持ちではございませぬなぁ…、はぁぁ」
実の息子の殺生丸よりも早く、このご母堂様に対する処し方を会得したような邪見。それも長年に渡る下僕生活ゆえの適応力であろう。
りんの居る場所が分かっているならそこに舞い降りれば良いものを、そこで一手間入れるが貴人の流儀か? あれこれと考えかけたが、どちらにせよりんを呼んでこなくてはならぬのであれば、さっさと命を果たした方が良い。
やがて、ひぃふぅ言いながら後を追う邪見を置いて、若鹿のようなりんが丘を駆けてくる。
「お義母上様!!」
「おお、りんか。元気そうじゃなv」
その様を、金の瞳を細めて見やる。
ほんに不思議な娘だと思う。
なんの力も無い人間の小娘。
闘牙の女だった十六夜のように、貴族の姫でもなければ憂いある美貌の持ち主でもない。
野に咲く名も無い花のような取るに足りない娘であるのに…
いつまでも、そのくるくる変わる表情を、太陽のような笑みを見ていたいと思うのは何故であろう?
「…仔等に持たせた殺生丸が着ていた衣は、気に入らなんだか。夜叉丸に着せた落ち栗襲などは、りんにも似合いそうであったがのぅ」
「お義母上様、りんにはあんなに立派なお着物は勿体無さ過ぎます。それに…」
「それに、なんじゃ?」
「…殺生丸様のご機嫌が悪くて、子ども達も嫌がるんです」
天空の城に乗り込んできた時の殺生丸の様子を思い出し、手にした扇で口元を隠し眸の端だけ細めて思い出し笑いをするご母堂。
「変な父仔じゃな。妻や母が美しく着飾るを嫌がるとはのぅ…」
「りんは野住まいの身です。お姫様装束では、身動きが取れません。足手まといになってしまいます」
狙った方向に話が流れてきたのを感じ、ぱちりと扇を閉じるとご母堂はにこやかに誘いの言葉をかける。
「ならば、りん。妾の城に、一緒に住まぬか?」
「お義母上様っっ!? でも、あの、りんは人間だし…、それに……」
「殺生丸が嫌がると思うてであろう、その言葉は?」
核心を突く言葉に、小さくりんが頷く。
「…妾はな、娘が欲しかったのじゃ」
「お義母上様? どうして…、あんなに立派な殺生丸様がいらっしゃるのに…?」
「立派は立派でも、所詮は男。女の気持ちを真に分かり合えるのは、やはり女同士であろう?」
胸に響く、その言葉。
だからこそ、かごめや珊瑚に会えた時はあんなにも嬉しいのだと思う。
殺生丸を恋い慕う気持ちとはまた別な、その想い。
りんは自分が何を欲しかったのか、ようやく気が付いた。
そう、そうなのだ。
りんが欲しかったのは…
「…殺生丸様がうんと言えば、りんはお義母上様と一緒に住んでみたいです、でも…」
「ふむ、そう簡単に首を縦に振るような男ではないからな。だが、手が無い訳でもないぞ、りん?」
「ご母堂様…?」
ちょいちょいと、悪戯気な光を眸に浮かべりんを手招き、何事かその小さな耳に囁く。
たちまち真っ赤に染まる、りんの顔。
仕掛けの手ごたえを感じつつ、頃合を見計らい御母堂は天空の城へ引き上げた。
辺りに残る妖気すらも消し去って。
( ふふふ、素直な子じゃ。殺生丸が寵愛するのも分かるというもの。朴念仁なお前にしては良い娘を娶ったものよ )
ちらりと、自分の姿をまだ赤い顔をして見送るりんに視線を走らせる。
( がんばるが良い、りん。朴念仁であっても据え膳食わぬ程の役立たずではなかろうからの )
夕星に紛れ、天空に去った御母堂を見送る。
りんの胸は、まだどきどきしていた。
何が欲しかったのか、気付いてしまった自分。
りんが欲しいのは…
( もう一度、殺生丸様の赤ちゃんが欲しい。今度はいつか居なくなるりんの代わりになるような女の子 ――― )
先の双子はりんが望む前に孕んでいた。
未熟な体で負担は大きかったが、何よりもわが身に宿る大好きな妖の仔の存在がりんの心を満たしていた。
男には判るまい。
あの満たされた幸福感を。
それを、もう一度 ―――
―――― 時々ほしくなるものがある。だけど言わない。
言わないけど、だけど…
( りん、がんばるから! ちょっと恥ずかしいけど、きっとりんのお願いなら聞いてくださるから…… )
殺生丸が、りんの誘惑に屈するのは目に見えていた。
すべては、御母堂の望むままに ―――
【おわり】
お題18へ
【 あとがき 】
こちらの拍手SSも完全なシリーズ展開v 先月に引き続き、ご母堂様が出張っております(^^)
りんちゃになにやら吹き込んだ様子で、殺生丸帰宅後のあれこれは読後のご想像にお任せいたします♪
珍しく、りん×殺な展開もあり? ですね。
この続きは、来月の拍手SSで
TOPへ 作品目次へ