【 何者の指図も受けぬ。どれほど願おうと無駄なことだ −お題16− 】




――― 何者の指図も受けぬ。どれほど願おうと無駄なことだ。


「ほぅ、それは良い態度だな。殺生丸?」

血相を変えて乗り込んできた殺生丸を、その女妖は良く似た眸で…、いや、実の母なら当然であろう。息子に劣らぬ冷ややかで射殺しそうな視線でもって出迎えた。

「私の留守中に、何をしたっっ!?」
「まぁ、怖や。まるで妾(わらわ)が人攫いか何かのよう。孫と遊んでどこが悪い?」

悪びれる事無く、しゃあしゃあと涼しげな返事を返す。
その様を、何時にないほど厳しい視線で睨みつける殺生丸。

そう、この女妖はただ『遊んだ』だけ。

何も、虐めようとか酷い目にあわせようと思った訳ではない。
その昔、わが子にしたと同じようにしようとした、だだそれだけ。


事の起こりは、殺生丸が数日間留守にした事にある。
今は過ごしやすい季節の秋。
実りも豊かで、山肌を彩る樹木が美しい錦秋を織り成す。

だが、それもつかの間。

厳しい冬がやって来よう。
昨年の冬はあの子等も産まれて間もなく、父の旧知の大巫女の下で過ごさせてもらったが、今年はそうは行くまい。
一冬、あの子等が暴れても大丈夫なほど堅牢な屋敷と広さの庭を用意せねば。
極寒の山野行は、りんの身に障るだろう。

邪見の目利きでは信用ならぬと思い、自ら検分に出たその隙に!!


「おや? りん。あの子は留守かえ?」

十分に殺生丸の出掛けた後の間合いを見計らい、その上 殺生丸には気付かれぬよう結界まで施して、天空の母御前はりんの許を訪ねた。

「あっ、お義母上様!!」

ぱっと、花が咲くような笑みを浮かべて母御前を迎えるりん。
その後ろで、天生丸と夜叉丸が警戒の気配を漂わせる。

「皆、元気そうじゃな。りん、覚えておるか? 先に訪ねた際に、妾(わらわ)の城に遊びに来ぬかと誘った事を」
「は、はい。でも…、殺生丸様が…」

あの折の、殺生丸の様子を見るに、あまりこの母御前とは関わらない方が良いのだろうとりんは考えた。りんの気持ちは、誰彼の区別なく仲良くしたいのは山々なのだが…。

「ふん! 妾はあれの母なるぞっ!! まぁ、良い。りんは殺生丸には逆らえぬからの。無理は言うまい」

珍しく、あっさりと引き下がる母御前。
ちゃぁぁ〜〜んと、次の手を隠しながら。

「りん、妾はお前に礼を言いたいのじゃ。お前のお陰であれもどうにか一人前になれそうじゃからのぅ。そんなお前に渡したい物があったのじゃ」
「お義母上様…」
「お前達が天空の城に遊びに来たら、持って帰らせようと思っていたでな、今 それはここにはない」

りんの後ろの子ども達の警戒心が解けてゆくのが、この女妖には目に見えるよう。
『母』を褒められて、嬉しくない子は居ない。
また、その逆も真なり。

「どうじゃ、天生丸・夜叉丸。『りんの為』の使いを頼まれてはくれぬか?」

まだまだ純真な子ども達。
二つ返事で母御前の口車に乗ってしまったのだ。


母御前の妖雲に乗って、天空の城へ。
殺生丸の風来な気質は、この母御前譲りのよう。
りんとの間にこうして二児を儲けた今も、気の向くまま風の吹くまま、野山を住いとする。
次の場所への移動の際に空を行く場合もあるが、大抵は天生丸・夜叉丸・邪見の三人が阿吽の背に乗り、りんは殺生丸が抱いて移動する。

だから、こうやって妖雲に乗るのは初めての二人だった。

それだけで、思わず知らずはしゃいでしまう二人。
阿吽の背では、落ちないようにじっとしておかないといけないからで、こんなにゆったりと空を行く事なんて出来はしない。

「あ、あの…、えっと…」
「母御前様、何と言ったら良いか…」

嬉しそうに顔を輝かせ、少し頬を上気させた夜叉丸と天生丸が何か話しかけようと、母御前を見上げた。

「うん? なんじゃ、夜叉丸・天生丸」
「えっと、その…、ありがとう!!」
「ありがとうございます、母御前様!」

ぽっと、母御前の胸に灯るあたたかいもの。


…幸せじゃな、殺生丸。

ほんに良い子達じゃ。
お前が手放せぬ、あのりんに似て…。

育ち損なわねば、お前もこうであったかも知れぬな、のぅ 殺生丸?


…自分の性格を棚上げに。


その性格は、そんな感傷に浸っていても健在で。
二人を乗せた妖雲を、庭の蓮池の近くで止める。
自分は池の岸に、子ども達は池の上に。

そして ―――


ばっしゃっっ〜〜〜んん!!!


派手な音を立てて、池に落ちる半妖の双子。

「あれあれ、妾とした事が! 衛士、衛士よ、早よう、この子らを引き上げよ!!」

すぐさま引き上げられた双子はすっかり濡れそぼって、濡れ鼠ならぬ濡れ子犬。

「う〜 う〜 う〜 」
「……………………」

「ああ、済まなんだな。すっかり濡れてしもうた。丁度、お前達の父が子どもの頃に来ていた衣(きぬ)がある。早よう、着替えねばな」

ぱんぱんぱん、と高く手を打ち女官らを呼び寄せる。
女官らのその手には、何故か手回しよく用意された更衣箱。

二人は天空の城で着替えさせられ、濡れた着物は後で届けるからと二人だけりんの下に帰された。
殺生丸が帰ってきたのは、その直後。

二人の姿を見て、金色の目が険しく光る。

「…親父ぃぃ〜〜〜」
「りんへの土産だそうです、父上」

そこには、愛らしくも美々しく飾られた二人の姿。
白銀の髪は結い上げられ、花や蝶の簪を挿し、顔には白粉をのせて小さな唇には紅を引き。
天生丸は小葵の襷紋を下に丁子唐草の錦を萩襲(はぎかさね)にし、夜叉丸は雲立湧を下紋に花菱唐草錦を落栗襲(おちぐりかさね)。
どこからどう見ても、双子の姫君。

二人の足元には、それら付随の小物の山。

「お帰りなさい、殺生丸様。お義母上様が殺生丸様のお留守に見えて、天生丸達がお使いを頼まれたの。空のお城で着物を濡らしちゃったから、本当はりんへの贈り物だけど着て帰りなさいって」
「…………………」
「お使いの方がね、お義母上様のお言葉だって」

そう言ってりんは、小さな結び文を殺生丸に手渡した。
それを器用に片手で広げ、文面に眸を走らせるとぐしゃりと握り潰す。

―――― 今更、お前にとっては必要のないものであろう。お前が幼き頃着用していた品々だと言えば、りんはさぞ大事にしてくれるだろう。物は無駄にしてはならぬからの。まだたんと、お前の着物がある。さっさと取りに来い!

そして、冒頭に戻るのである。


「二人も居たから、なかなか楽しかったぞ。普段やんちゃな夜叉丸が意外と愛らしい姫に化けるでな、どの襲(かさね)にしようかと迷うほどじゃった」
「………………………」
「天生丸は、ほんにお前の幼い時と瓜二つ。お前に一番似合っていた萩襲を着せたら、あの頃のお前のようで、妾まで時を遡ったようじゃった」

白々しくも感慨深気にそうのたまう、母御前。
百年前だろうが、二百年前だろが、いや五百年前であっても今の姿のままであったであろうから。

「…私の子で遊ぶとあらば、母上でも容赦はせぬ!」
「ほっ、お前の口からそんな言葉を聞こうとはな」
「男児に姫装束を着せて、何が楽しいっ!?」

……あの頃。

幼すぎてまた余りにも俺様で、世間を知らなかった故に、実はこの母に『遊ばれていた』と気付いたのは、かなり後の事。悲しい事に、その趣味の一端が自分の嗜好に染まってしまった後で。

「そう、楽しいのは楽しいのだが…、はやり男児ではイマイチ華やかさに欠けるのぅ。そうじゃ、殺生丸! 妾の為にりんに良く似た姫を儲けよ!! 妾が特に可愛がってやろうほどにv」

あまりな母御前の言葉に開いた口も塞がらぬ殺生丸。
そのまま、双子の着物をひったくる様に取り戻すと、もう後ろも見ずに帰ってきてしまった。

ようやくいつもの姿に戻り、ほっと寛ぐ双子達。
二人が脱ぎ捨てた着物を丁寧に畳むりんに、冷たく殺生丸が言い捨てる。

「そんなもの、そこに捨て置け。荷になるだけだ」
「でも、殺生丸様! これは、殺生丸様のお着物だったんでしょう? そんな、捨ててなんて……」

あの頃の着物は、全てがあの母御前の趣味。
派手派手しく、またきらびやかで、何よりもお姫様趣味。無彩色な男物の衣装より美しい色彩の物を好む殺生丸でも、やはり『お姫様趣味』は御免こうむる。

まだまだこの母御前には、振り回されそうな殺生丸一家なのである。
そう、どれほど強気でそう思っていようとも…。



――― 何者の指図も受けぬ。どれほど願おうと無駄なことだ。






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