【 さびしくないよ、待つって楽しい。だって −お題15− 】




さびしくないよ、待つって楽しい。だって、――――


りんが空を見上げている。

季節が変わり、風が少しひんやりして来た。
光がやわらかくなって、空の色が透き通ってきて ――――

りんが待っているのは…

そのまま空に、風に、光にとけて行きそうな気がして、
俺はりんの手をぎゅっと握り占めた。

同じ事を感じたのか、りんのもう一方の傍らでりんに問う声が聞こえる。

「…りん、寂しいか?」


あいつと良く似た口調の、子供の声で。



「うん? ううん、そんな事ないよ。どうして?」

その声にふと、りんの顔がいつものりんに…、俺たちが良く知っている顔に戻る。
どこか子供っぽくて、力なさそうで…

だけど、優しい母の顔に。

「空を見てたから…」
「父上のゆかれた空を ――― 」

俺たちの答えを聞いて、りんはくすりと笑った。
そうしてもう一度、空に目をやる。

「…断り切れなくて、とうとうお一人で行かれてしまったけど、せめてあなた達だけでもお供させてくだされば良かったのにね」
「りん?」

りんの黒い瞳は空の高みを見つめたまま…

「りんもあそこに行ったのは、たった一度きり。でも、そこで…」

そう言うと、りんは頬ほんのりと赤くして懐かしそうに微笑んだ。



空の高み。

遥か眼下に五色の雲海を眺め、天上の風の吹く場所を全て領土として君臨する。天空の城。
狛姫の居城と呼ばれし、それ。

そこには…


無礼を承知で殺生丸は阿吽を大理石の広場へと直接乗りつけた。
本来なら己より上位の者に拝謁する礼儀に倣い、阿吽はこの広場の遥か下方の石段のところに繋がねばならない。
それをしようとしないのは ―――

「相変わらず無礼な奴じゃな、殺生丸」
「…………………」
「…それから降りるつもりもないと言う事か」
「…顔を見せろと再三の誘い。いい加減鬱陶しくなったので、顔だけ見せに来た」

それだけ言うと阿吽の手綱を引き、踵を返そうとする。

「たわけ者めがっっ!! 誰が可愛くもないお前の顔など見たいと言うた!?」
「なら、尚の事。あの者らを、母上のおもちゃにされたくはない」

一瞬、この訳ありげな母子の間に他の者を寄せつけない緊迫感と戦慄が走る。

「…ほぅ、お前がそう言うのであれば、仕方がないのぅ」
「当然だ。あの者らは私と違う故に」

話はついたと背を向けた殺生丸の背中越しに、母御前の手にした扇子の閉じる音がいやに高く響く。


「では、このわたくしが直々に参るとしよう!!」


その一言で、殺生丸は阿吽に激しく鞭を入れた。


「あっ、殺生丸様!!」

懐かしそうな顔をして、空を見ていたりんが嬉しそうに声を出した。
殺生丸とりんとの間に生まれた半妖の双子、天生丸と夜叉丸もその獣眸を凝らすが二人の眸には、まだその姿は映らない。

やがてその言葉とおり空の一角がきらりと光ったかと思うと、それはりんの夫でありこの双子の父でもある殺生丸の姿になる。

子供たちがりんに感じた寂しさは、りんが殺生丸に見せる「女の顔」のせい。
「母」ではなく、「女」。
とても近くに居る存在を、遠くに感じてしまうから。

そして、今も ―――

それに反し、今の殺生丸の様子は…

「場所を移る! 天生丸、夜叉丸、邪見っっ!! お前たちは阿吽に乗れ! りんはこちらに!!」

普段の無表情な様が常だけに。


だが、時 すでに遅し。


辺りを霊光のようなものが差ししめし、風に薫香が漂う。
ごうっ、と一陣の突風が吹き抜けると、そこには ―――

先の犬の大将の后。
殺生丸の生母。

りんにとっては姑で、天生丸・夜叉丸にとってはおばあちゃんv

「あっ、えっと… その……」

あの折、りんの命を救ってくれたのは他でもないこの大妖。
そのお陰で、今のりんがあり、この子たちが存在(い)る。
嬉しさと、感謝のあまり声が詰まるりんに対し、苦虫を噛み潰したような表情の殺生丸。

「…確か、りん、とか申したな? 娘」
「は、はい! えっと…」
「わたくしを呼ぶなら、お前なら「母上様」でよいぞ」
「はい、母上様v」

早くに両親をなくしたりんに、また「母」と呼べる存在が ―――

「お前も苦労するじゃろうな。これの父も放浪癖のある男であったが、色んな意味でその父に似てしまったようじゃ。待っている者の寂しさなど知りもせぬ」
「…でも、母上様。りんは寂しくはないんですよ? 信じてますから! 殺生丸様は必ずりんの所に帰って来てくださると!!」
「ほ。これの父のように他に女を囲うやも知れぬぞ?」
「それでも構いません。りんの「心」の話ですから…」

子供たちには見えない話。
それよりもこの圧倒的な美々しさを誇る大妖と、自分たちの父親とを見比べて、親子とはここまで似る物なのかと目を丸くする。


「聞いたか、殺生丸。健気な事じゃ、お前にはもったいないのぅ」
「……………………」

母御前は茶目かいぢわるか判らぬ表情を殺生丸に投げた後、子供たちの前に立つ。

「うん? 挨拶はなしか。礼のない男の影響かのぅ」

その言葉の意味を瞬時に悟り、まず天生丸が母御前の前に頭(こうべ)を垂れて初見の口上を言ずる。
少し遅れて、夜叉丸もそれに倣う。

「ほほほ、父はどうあれ、母が素直な娘ゆえ、間に出来た子はなかなかのようじゃ。天生丸、夜叉丸よ」
「母上…」

実の母に向かって、ばきりと拳を鳴らす殺生丸。
それに対し、優雅な構えで白魚のような指に毒華爪を灯す母御前。

「どうじゃ、りん。それに子供たち。わたくしの城に来ぬか? 一人で待つのはもう飽きた。お前たちと一緒なら、さぞ楽しかろうな」
「母上っっ!!」

表情のない殺生丸の顔に、明らかに動揺の色が浮かんでいる。

「のう、天生丸、夜叉丸。お前たちは、父母の事をもっと知りたくはないか? 聞きたいならば、このわたくしが聞かせてやるほどに」

母御前の眸には、数世紀ぶりに見つけた面白いおもちゃで遊ぶ楽しさが溢れていた。

( ほほ、まだまだ甚振り甲斐がありそうじゃな、殺生丸 )


―――― 待てば海路の日和あり。


全てを失くした小さな娘。
その娘が信じて待ち続けた結果が、今 目の前にある。


さびしくないよ、待つって楽しい。だって、――――


【終わり♪】





【 あとがき 】

この夏の犬夜叉界最大の椿事は、あらかたのファンが既に鬼籍に入っているものと思っていた殺生丸の生母、『ご母堂様』の登場でしょう。
これにより、いままで築いてきた二次創作世界の根底がひっくり返った管理人様も多数おられるのではないでしょうか?
かう言う私もその一人^^; ご母堂様の登場が早ければ、「比翼連理」の最終部分での描写は、今と異なっていた事でしょう。あれはあれとして、実は最終部分だけを書き直した改定版を出そうかと考えている今日この頃。
二次創作者たるもの、『原作を無視・否定してはならぬ!!』とのポリシーのもと、大いに悩んでいる所なのです。

こちらはこちらで楽しい『三世代』話を書いて行きますね(*^^)v


お題へ16

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