【 何が嬉しい。何が楽しい −お題14− 】
―――― 何が嬉しい。何が楽しい。
初めてそう思ったのは、あの時。
己以外の心中を、想いはかったのは。
ただ、声をかけただけ。
あまりのみすぼらしさに、痛ましさに。
声を失くしていたお前が私に返した返事が、あの笑顔。
…そう遠い昔の事ではない。
抜けるような夏空に、降り注ぐ陽の光。
涼を求めて、またこの地へ。
薄緑の樹蔭の下で、今もお前は笑っている。
…不思議だよねぇ。
ここに去年来た時は、まさかこんな風になるなんて思ってもみなかったけ。
夏前から具合が悪くて、暑さ中りだろうとここに連れてきて下さった。
それが中々良くならなくって、邪見様にいっぱい心配かけちゃった。
でも…
真夏の昼日中、溢れる様なお日様の光にも負けない白銀(ぎん)の色が夏草の中でじゃれている。
嬉しかった。
何も仰らないけど、その優しさが。
小言も多いけど、その分りんの事も慈しんで下さる温かさ。
そして、それに負けないくらいの嬉しさは ―――
りんはそっと、今は空っぽになったお腹を撫でた。
不思議だね。
樹の葉っぱの緑はこんなに綺麗で、お日様はにこにこと笑っていて…
風も涼しくて、元気な声も聞こえて ―――
嬉しすぎて、幸せすぎて…
涙が出ちゃうよ、りん。
鼻が利くのも、遠目が良く見えるのも父譲り。
何よりも、この子らが父より色濃く受け継いだのは、決して表には出さぬ父の愛しき者への深い想い。
独占欲の強さもそのままに。
「おい、天生丸!」
「…ああ、りんが泣いている」
二つの白銀がりんに走り寄る。
木陰で二人を見ている、見守る優しい瞳。
その瞳に浮かぶ涙を心配して。
「りん、またあいつに苛められたのか?」
まあるい頬を膨らませ、赤い顔の夜叉丸。
「我が父ながらあまりにも冷血な性(さが)ゆえ…」
その父に生き写しな怜悧な顔を顰め、鋭い獣眸を光らせる。
「ううん、違うよ。元気に遊ぶあんた達を見ていたら、『ああ、りんって本当に幸せだなぁ』って。そう思ったら、涙が出ちゃったんだよ」
「…? 辛いとか、悲しいでなく?」
「そうだよ。涙ってね、嬉しくても出るんだよ」
うっすらと残った涙に夏の光が反射して、きらきらとりんを彩る。
泣き笑いの笑顔をきらきら、きらりと。
その様に、子供達は思わず見蕩れる。
守りたいのは、この笑顔。
守りたいのは、この母・りん。
空の高みで、笑い声が転がる。
涼やかな、鈴を転がすような玲瓏な笑い声。
「くっくっくv まさかあの子が父になろうとはな」
齢(よわい)を経て、ますます麗しく艶やかなその姿。
高楼の中庭に設えた蓮池の水を透かし、足元の様子を伺い見る。
蓮池の水は時に水鏡に変じ、この館の女主人の見たいものを大きく映し出してくれる。
今、その水鏡の中にはかつて自分の腕の中にあった頃の我が子を思わせる、天生丸のその姿。
「…ほんによう似ておる。あの娘が側にいるならこの子らは心配あるまい。心、温かき者に育つであろう」
奔放な気質ゆえ、ある程度手放せると思ったが最後、我が子を臣下に預けたのが間違いだったのか、それとも生まれ持った不器用さだったのか。
本来の資質が発露するまでに、その名の通り無益な殺生を繰り返させてしまった。
「…人の子の儚き身で、あるがままを受け入れる。そして、なによりも揺ぎ無いあれに寄せる信頼の強さ。それがあれを目覚めさせたのであろう」
かつて、己の伴侶も心優しき人間の姫を傍らに置いた。
その姫も、強く大きな魂を持った姫であった。
己を揺るぎ無い『個』と認めるが故、この女主人に無益な妬心など生まれようが無い。
自分の認めた相手が欲した者であれば、その者の美点を同じく愛する。
「くすくす、これで妾(わらわ)も位が一つ上がったのじゃな。手柄を立てたあの娘には、いずれ折を見て祝いでも贈ってやろうかのぅ」
その声は光と変じ、辺りの野山に降り注ぐ。
…あれからまだ、一年しか経ってはおらんのじゃな。
ほんにあの夏は、どれほどワシが心配した事か!!
殺生丸様に進言しても、これと言った手立てはなさらず様子を見るだけ。
あんなに心もとなく感じた夏はなかったわいっっ!
まぁ…、それも原因が殺生丸様ご自身におありだったのじゃからな。
珍しく、今日はあの凶暴な子供達の子守から解放され、りんと同じく木陰で涼む。
少し離れたその場所からは、この暑いのにもっと暑苦しいくらいに元気な双のお子。
それをにこにこと笑いながら見ている、りんの姿。
わずか一年足らずで、人間の五歳児ほどに成長されたお子の姿を見れば、とてもあのりんの子とも思えず。
父である殺生丸様の性格が色濃いのか、目上の者を目上とも思わぬ所があり、そのせいか母であるりんも『りんはりん』。
なにやらきな臭い気配も漂うが、深入りせぬが長生きの秘訣。
ふと、視線をぐるりと巡らせると ――――
( なっ! なんと…、殺生丸様が……… )
皆を見通せるその場所で、その者たちに投げかける視線の色は ――――
( 見、見間違いか…? いやいや、深くは追求すまい )
流石に、伊達に長く殺生丸様のお側についてはおらぬ。
そう、見ないふり、見ないふりっっ〜〜〜
――― 何が嬉しい。何が楽しい。
邪見が見ないふりにした、それは…
【終】
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【 あとがき 】
夏も盛りの暑中見舞い代わりの拍手SSv
避暑中の殺ファミリーと、今 祭り真っ盛りな『ご母堂様v』
このSSのベースは、サイト開設二周年記念作品で書いた「豊穣の月」からです。
それぞれの視線で書いたのですが、やはり初っ端の殺生丸の文章だけが極端に短いですね^_^;
基本的におしゃべりな殺兄は「らしく」なくて、あまり書けないのです。
二次創作でも、あまり原作を無視したいないなぁと思っているからでしょうね♪
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