【 覚えてる。忘れない。ほんとだよ −お題13− 】




――― 覚えてる。忘れない。ほんとだよ。


あれが、そう言ったのはいつの事だったか…


気紛れで、蘇らせた娘。
そのまま、私についてきた。

お前には、人の世はそんなにも生き辛いものだったのか?

ついてくるお前を捨て置くのも、また煩わしく。


だが、我は妖。
お前は、人間。


分の違いは、如何ともし難い。

野に下った我に、棲家はなく。
人間の雛を連れ歩くにも、限度があろう。

そう思い始めた頃、横から口を出した者がいた。

「のう、りん。お前はいつまでワシらについてくるつもりじゃ?」

人間の、しかもまだ雛の世話にすっかり疲れを覚え始めた老僕の問い掛け。

「何時までって、ずっと、ずっとだよ? 邪見様」
「じゃがのう、りん。お前は人間じゃぞ? いつまでもワシらと一緒と言う訳にはゆかんじゃろう」
「どうして? りんが居ちゃ、困る事がある?」
「困るのはワシらではなく、お前の方じゃ、りん」
「…………?」

首を傾げ、不思議な事を言うというような表情で。

「ワシらと一緒では、お前は人間の下へは帰れぬようになる。そうしたらお前は、ずっと一人じゃぞ?」
「…一人じゃないよ、りん。殺生丸様も邪見様も阿吽も一緒だもん!」
「だぁ〜っっ!! ワシらは妖怪じゃ! お前と『一緒』ではない!!!」

りんの瞳から雫が零れる前に、私は邪見を蹴り飛ばした。

「殺生丸様ぁ〜」
「……………」

泣きつこうとしたのか、そんな自分に気付きりんはぐいと袂で目元を拭うと、またあの馬鹿のような笑顔を見せる。

「へへv 邪見様って、意地悪だよね。りん、ちゃんと覚えているもん。忘れてないよ、本当だよ!」
「……………」

りんが何の事を言っているのか判らず、しかしその顔は陽がさすような笑みが溢れている。
邪見の言う事はもっともで、その事実は覆しようも無い。

そう…、邪見の懸念した『困った事』の心当たりさえ、まだこの頃の私にはなかったのに ―――


    * * * * * * * * * * * * * *


私の傍らで寝息を立てているりんの姿。

いくら若いと言っても、疲れはあろう。
昼は昼で、子等の相手。

夜は、夜で ―――

「殺生丸様…」

小さく呟き、私の胸元に潜り込む。
これでは母子、どちらが子どもか判らぬが。

閨の睦事。

肌蹴た襟元から覗くま白い肌に散る、真紅。
細い首筋、張り付く後れ毛。
邪見に子守を押し付けて ―――

あの頃の邪見の憂慮、下世話な勘繰り。
それはそのまま、今の現実。

『困った事』 ―――


それは、どちらに対してか?
なべて成るべくそうならば、後は成るべく成ればなれ、と。

そう、今更なのだ。
私とりんの関係は ―――

誰にも、邪魔はさせぬ。


「あっ、ちっ、ちょっとお待ちを! 夜叉ま…っ!! 天せっ!!!」


――― 使えぬ奴。


庭先、どたばたと小うるさい小さな足音が三つ。
遠慮なく、親の寝所に踏み入る無礼者。
褥から、身体を起こし待ち受ける。

「やっぱり!! また、りんを虐めてたんだろう、親父っっ!!」
「…りんは何も言わぬが、時折酷く疲れている事がある。理由は父上であろう!?」

詰め寄る四つの金の獣眸(けものめ)
怯える金壷眼(かなつぼまなこ)

『母』を盗られまいと、恐れもなくこの私に対懣(たいまん)を張ろうとは我が子ながら命知らずなものよ。
『父』として、弁えさせねばならぬものは弁えさせよう。

爪先に妖力を込め、妖鞭を形作る。
聞き分けの無い子らには、愛の鞭。

「あれ〜、どうしたの? みんな、お揃いで」

調子っぱずれのその声は、私の胸元から私が身体を起こした事で膝に移動していたりんのもの。

「りん…」
「りんっっ!!」
「りん、今…」
「り〜んっっ!!!」

四者四様、それぞれがりんりんと呼ばわる。
それを、綻ぶ花のような笑みで聞いているりん。

「りん、幸せv あの時、殺生丸様がああ言ってくださったから…」
「……?」

「殺生丸様がりんを生き返らせて下さった時。りんが後をついて行こうとしたら、好きにすれば良い、って仰ってくださったから…」

そう、そうか。
それが、全ての始まり ―――


( ――― 覚えてる。忘れない。ほんとだよ。 )


あの頃の、りんの声が聞こえたような気がした。


【終わり】


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