【 酔狂なことをしている。だが、それがどうした? −お題10− 】
―――― 酔狂なことをしている。だが、それがどうした?
さしものあの御仁も、百戦錬磨なこの女子達の追求は交わしきれなかったご様子。
よくも、あの無口な口許からそんな答えを引き出してきたものだ。
答えられた内容も、まことあの御仁らしいが。
しかし、答えられたしまった以上、もう逃げられまい。
いつかこの機会をと、虎視眈々と狙っておられたかごめ様と珊瑚の二人からは。
滅多に見られる見世物ではないと、高みの見物を決め込んだ私の背後で、熱くなったり冷え込んだり、妙に忙しい気配は犬夜叉のもの。
半妖であるからか、それともかごめ様はじめ『人間』である我等との旅でそれなりの常識を身につけたのか、未だ怪しいところはあるが、それでも完全なる妖怪である実の兄・殺生丸のやらかした事を鑑みると、赤くなったり青くなったりせずにはいられまい。
下手をすると修羅場になりかねないので私は気を利かし、子どもは子ども同士で遊ぶが良かろうと、七宝を監視役に当事者の片割れも含めてこの場から追いやっている。
さて、ここからはかごめ様・珊瑚の腕の見せ所。
私も是非ともお聞きしたいものですな。
お二人の関係の、起承転結を!
「良い? 殺生丸。私たちがこんな事を聞くのも、りんちゃんの為なんだからね。りんちゃんはあんたの側に居られるだけで幸せって、そんな純粋無垢な子だから…」
「…かたやあんたは悪名高い、冷酷無慈悲な大妖怪。あんたの答え如何では、あたしたち、りんちゃんをこちらに引き取ろうと思っている」
おおっっ! いきなりの先制攻撃ですな。
まぁ、確かに。
いままでの成り行きを見れば、りんの姉代わりを自認している二人には、殺生丸は危険極まりない存在でしょう。
「だいたいね、あんた人間嫌いだった筈でしょう? 私、忘れてないわよ!? あんたや犬夜叉のお父さんのお墓で、あんたの毒に溶かされそうになったんだから!!」
「そうそう、法師様に聞いたけど物凄く兄弟仲も悪くって、あの奈落とも手を組んでいたって聞いたよ!」
ああ、そうでした。
私に最初に最猛勝をけしかけたのは貴方でしたね、殺生丸殿。
それがいつの間にか、その奈落とも敵対する関係になって…。
やはり、それはあれ、奈落に操られた琥珀にりんを襲わせたのが許せなかったと…?
そう、ここが最大の謎なのですな。
犬夜叉に風の傷を喰らって、貴方が撤退したのはこの目でしかと見た私です。
しかしその後、貴方の身の上に一体何があったのです?
あの後、私たちと合流した犬夜叉とかごめ様の豆鉄砲を食らった様な顔を、私は忘れません。その後の言葉とともに。
琥珀に殺されかけ、犬夜叉とかごめ様に助けられた人間の女の子が、迎えに来た貴方の後を嬉しそうに付いて行くその姿に、どれほど驚いた事かと。
「りんちゃんが言うには、あんたに命を助けられたからって。どういう状況で、そーゆー事になったのかは、りんちゃんにも判ってないみたいで…」
「あたしが思うに、あんたの巻き添えでりんが危なくなったって所じゃないのかい? それを避けようとして、結果助けたようになったって事でさ」
「りんちゃん、本当に素直で可愛い子だもんね。それに、心の強い子だよね」
「ああ、あたしたち下に弟がいるけど、こんな子なら妹に欲しいって思わせるような子だもんね、りんは」
…お前たちに言われるまでもない。
『りん』は、『りん』。
他の何者でもない。
だからこそ ―――
「知りたいのは、そこの所なのよね。あんたがどう思ってりんちゃんを助けたか? それによっちゃ、私達 今日このままりんちゃんを連れて帰るつもりだから」
ほうほう、単刀直入に核心に切り込みましたな、かごめ様。
「そうさ。りんの好意に満ちた誤解からとか、最初(はな)からそのつもりで助けたなんて事ならね! りんの為にも、これからはあたしたちが守るよ」
「…聞きたい事は、それか」
おっ、いよいよ殺生丸殿。貴方の口から、りんとの馴れ初めが聞けるのですね!!
「…………………」
我等四人(…犬夜叉は立ち木の陰から、しきりと犬耳をそばだてて)、その一言を聞き漏らすまいと、身構える。
すぅうと、殺生丸の気配が収縮してゆくのを感じたのは私だけでしょうか?
嵐の前の静けさとは異なり、高みに昇るための厳かささえ感じさせて。
口許を引き締め、鋭い眼光を湛えた眸を閉じ、殺生丸と言う存在が自然の気と一体化する。風がそよぎ、光が殺生丸の輪郭を滑り、鳥は空の高みで囀る。
どのくらい、そうしていた事でしょう?
ゆっくりと、殺生丸が眸を開いた時には、もう先の問いかけへの答えは出されていました。
「殺生丸様ーっっ!!」
朗らかな声が、愛しい響きを含ませて『想い人』の名を呼ぶ。
暖かな春先の草原の向こうから、野の花を手に駈けて来る少女の姿。
その後を追って ――――
「父上〜っっ!!」
「父上!!」
幼い声が、二重に響く。
その声に促され、殺生丸は腰を上げた。
心地よい響きが殺生丸の周りを囲む。
光が集まる。
その中心で、かの御仁は常と変わらず。
「…もう、良いのか」
「はい、殺生丸様。子ども達もたくさん遊んだし、お腹も空いたみたいだから」
幼い妻の笑顔と、自分に良く似た子どもの姿。
それらの者を、己の隻腕一つに抱えると、あっという間に空高く舞い上がる。
空の高み、光に紛れて、さて 何処へ行くのやら ――――
* * * * * * * * * * * * * *
「ああんっ! もう!! また、逃げられちゃった!!」
あまりの鮮やかさに、気を押されてはっと我に返った時は、もう後の祭り。
殺生丸夫妻ははっきりと、未練もなくここを立ち去ったでしょう。その証拠に木陰に隠れていた犬夜叉が、半分耳伏せ状態でこちらと合流します。
「…ったく、生きた心地がしやしねぇ! 調子に乗って、あいつを挑発すんなよ、かごめ。何時、あいつが爪を振るうか、こちとら気が気じゃねぇよ」
冷や汗、脂汗まじりの表情で、頼み込むようにそう言う犬夜叉。
「…そうぉ? 犬夜叉、あんたってば未だに殺生丸の事、そう言う風に見てるんだ」
「あたしたち、そこまで命知らずじゃないよ。昔の殺生丸ならいざ知らず、ねぇ?」
犬夜叉とて、兄の変化に気付いていない訳はない。しかし、それでも…
「…やっぱり最初が肝心じゃない? あの二人が、どうやって出遭ったのか、どうしてりんちゃんを助けたのか、それを知りたいと思ったのよ」
空の高みに優しい視線を投げ掛けるかごめ様の横顔は美しい。
「…『終り良ければ、全て良し』、ですよ、かごめ様。それに、殺生丸殿はちゃんと答えを返していましたし」
「答え?」
「ええ、全ては成る様になる。自然のままに、と」
我ながら名答だと、自画自賛。
が、しかし ――――
「…成る様に、って、ねぇ、珊瑚ちゃん」
「そうだね、かごめちゃん。自然のままにって、つまり牡牝(オス・メス)同じ檻に入れてたら、勝手に番っちゃったって事だからね」
あ〜あ、珊瑚。
そこまで身も蓋もない言いようは…。
ほら、御覧なさい。
犬夜叉が真っ赤になって、穴があったら入りたいと言うほど恥じているではありませんか。
「…私ね、時代が違うんだし、相手はあの殺生丸なんだから、こーゆーのも有りなんだって納得しようとはしたのよ」
「かごめちゃんは潔癖だからね。確かに『酔狂な事』で、子どもまで産まされたら女としては堪んないけどね」
「うむ、話に聞けば実質りんが兄上の妻になったのは十になるかならずの頃だとか。今では二人児(ふたりご)の母ですし…」
この辺りの話は、何気にりんから聞き出した話。
世知も知らず、世俗にも塗れていない無垢なりん。
ましてや男女の密事(ひそかごと)など判る訳もない、『子ども』である。
嘘もなければ、隠しもない。
じっぃ〜〜〜っっと、熟した柿のように真っ赤に染まり、小さく身を縮めている犬夜叉に三人の視線が突き刺さる。
「…犬妖って、見境がないの?」
「犬夜叉、あんたは半妖だから、そのくらいで納まってるのかい?」
女子たちの追及の矛先は、哀れ犬夜叉に ――――
「ん?」
ふと、空の高みで何かが煌いたような気がして ――――
くす、と笑みが零れる。
( 殺生丸殿、今 この場に貴方が居られたらこうおっしゃるのでしょうな )
―――― 酔狂なことをしている。
だが、それがどうした?
ふん ――――
【終り】
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