【 恐い、っていうことを知ってるよ。だけど、大好きっていうことも知ってるの −お題1− 】
( 恐い、っていうことを知ってるよ。だけど、大好きっていうことも知ってるの )
―――― へぇぇ、りん。 あんた、自分の言っている意味、本当に判って言っているのかい?
あたしはこの目の前の人間の小娘に、そう問わずにはいられなかった。
そう言ゃ、あたしはなんでこんな足手まといな人間を、あいつが連れて歩いてるかその訳を知らない。
( りんね、殺生丸様に会う前に、おっ父もおっ母もにいちゃんたちもみんな野盗に殺されてね、今でも思い出すと恐くて恐くて仕方がないんだ )
……そっか。荒んでる時代だからねぇ。まぁ、よくある話だけどさ。
( それで、りん あんまりその時の事が恐かったから、声が出なくなっちゃってね )
ん? 今は五月蝿いくらいじゃないか。
( ……野盗も恐いけど、村の人たちも恐かったよ。りんが喋れなくなって、心がどこか凍り付いちゃって、泣く事も笑う事もしなくなったら、薄気味悪いガキだって言われて。ちょっとした事で酷い目に遭わされたんだ )
…………………………
( 仕方ないけどね、み〜んなギリギリだったもん。大の大人が朝から晩まで働いても食べる物もろくになかったし、働きの悪いあたしなんかに食わせる飯(まんま)はなかったんだよね )
だから、か。殺生丸の後をついて歩いてるのは。
人間なんかりん、あんた嫌いなんだろう?
( うん? ううん、そんな事ないよ。自分たちでさえ食べる物がない時でも、あたしに何かくれる人もたまにはいたし、皆が皆『恐い人』ばかりじゃなかったから。それに恐い人も本当はそうじゃない時もあったから )
ふ〜ん、なんだかややこしいね。人間は。
( りんには恐い人でも、自分の子供には優しいって事は良くあったから。りんも死んじゃったおっ父やおっ母、にいちゃんたちは大好きだったし、きっとそういう事だよね、って )
じゃ、なんであんたは殺生丸の後ばかり付いて回ってるのさ。
( ……もう、りんは何にもなかったから。おっ父たちと『一緒』に居た頃のりんはもういなくなっちゃったから )
………………… ?
( りん、一回死んでるんだよ。狼たちに食い殺されてね。そんなりんを助けてくれたのが、殺生丸様 )
ああ、天生牙、か。
( 真っ暗で、もうどこにもりんの在る事が判らなくて、手も足もなくなって息も出来なくて、苦しくて苦しくて、そんな世界からぽっかりと掬い上げてくださったんだ )
りん ――――
( りんには、もう目の前の『光』しか見えなかった。だから、ついて行ったんだよ )
ああ、あたしにも判るよ。
そう、あの時。
あいつは、あたしの為にそれに手を掛けようとしてくれた。
もう、救いようのないあたしに。
連いて行ってみて、びっくりしたろう? あいつはとんでもない奴だからね。あいつの恐ろしさは野盗や村の連中の比じゃねぇからな。
( うん、知ってる。血だらけでお帰りになる事もあるし、目の前で掛かってきた相手を切り伏せられるのも見たから )
それでも、りんは ――――
そう言って、このチビはいっちょ前に顔を赤らめやがった。
ガキはガキでも『女』だね。早生てやがる。
さぁて、そろそろいくか。
( えっ、行っちゃうの? 今度はいつ、来てくれる? )
さぁねぇ、あたしは『風』だからね。気のむくまま、風の吹くまま、ってね。
( ねぇ、話しちゃダメなの? こうやって会ってお喋りしてる事。一緒に旅が出来たら、りん嬉しいのにな )
……言ったら、最後。もう二度とあたしはここには来れなくなるからね。
( そう、か。じゃ、今のままでいいや。また、必ず来てね! )
―――― ああ、りん。あんたがあたしの事を忘れないならな。
まだ何も知らないりんに見送られ、あたしは風になる。
今はここが、あたしの居場所。
ねぇ、りん ――――
( 恐い、っていうことを知ってるよ。だけど、大好きっていうことも知ってるの )
そうだよ、神楽。
りんに取っては本当は神楽も恐い人。そう、殺生丸様と同じにね。
だけど、りん 神楽の事好きだよ。
だって、りんと神楽 きっと同じものを見詰めてる ―――
きっとあたし達、分かり合える。
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