【 第2期拍手SS 】




−鞘−


―――― 嬢ちゃんや、鞘は刀の為にあるもの。鞘に合わせて、刀を打つ事はないんじゃよ。

何時だったか、そう言われたのは刀々斉のお爺さん。
あたしが、空いてる鞘はないかと聞いた時の事。

殺生丸様の刀。

天生牙には綺麗な立派な鞘があるのに、闘鬼神は抜き身のまま。
なんだか、それが気になって。

―――― 必要だと思えば、あいつが如何にかするじゃろう。ほっとけ、ほっとけ。

―――― うん、でも……。

―――― 悪ぃがよ、嬢ちゃん。鞘のない刀はあっても、刀のない鞘は儂のとこにゃないんじゃよ。

そうして言われた、あの言葉。
そうだね、中身のない鞘なんて、どんなに立派でもただの棒っ切れだよね。
刀は鞘がなくても、刀だけど。


……あたしもそうだ。

殺生丸様がいなかったら、あたしは空っぽになっちゃう。
【りん】は、【りん】でさえなくなっちゃう。
そう言う事だよね?

…ならば、りんがここに【存在(いる)】事は、殺生丸様の為?


殺生丸様の刀。

一口(ふり)は、天生牙。
殺生丸様の、お父(とう)の牙の剣。

もう一口は、闘鬼神。
鉄砕牙を噛み砕いた、恐ろしい鬼の牙。


……そして、もう一口。

あたしは鞘。

殺生丸様の。

もし、そうなら嬉しいな。


いつか、壊れる日がきても ――――




― 落 葉 ―


――― 透ける蒼。空は高みを増し。

風が冷たくなった。

……そんな事、今まで気に留める事もなく―――

深まる秋の公孫樹(いちょう)の林。
その金色の結界の中。
穏やかな気に満ちた地であったが為、一人で留守居させた。
退屈だったのか、【人】にあらず豪胆なのか。

……おそらく、後者。

午睡を貪る、金の林の中。
たった一人で。

歳経た大樹を枕にし、その葉を褥に。
振りかかる金の葉に埋もれる。


……もし、このまま目覚めぬのなら ―――

お前は空の高みに上るのか。
それとも光に解け、地に融けるのか。
刻(とき)を刻とは思わぬ林(もの)達の中。
妖の刻すら、一睡の夢の様に。

ましてや、人の刹那など…

留める事など出来ぬのならば―――


――― せめて、緩やかで在れよ。この樹のように。


いつまでも、そのままで。

ふと、我に返り世迷言をと頭を振り……

( 何時まで寝ている、りん! )
( あっ、お帰りなさい!! 殺生丸様っっ!!! )

金の結界は、雛の声で打ち破られる。
後も見ず、歩を進め
人にあらざるもののさざめく、声ならぬ【声】

( ……それでは焦れよう程にのぉ、殺生丸殿 )

何処か、笑いを含んだ声。

妖と人の子を、落ち葉がかそこそ見送っていた。





― 銀の実 ―


色付く秋に、鼻面に皺を寄せているものが一人。
色彩の数だけの、秋の実り。

鮮やかな朱は柿の実の。
深い紫はアケビの色。
暖かそうな茶の色は、山ほどの茸か。
黄金なす稲穂の美しさよ。

そして、同じく黄金の葉。
愛らしい、鈴のようなその実。
中の翡翠のような色が、また美しい。

「くっせ〜っっ!! おい、それを早く外に出せっっ!!!」

秋の夕日の色よりも赤き衣の袖で鼻を覆い、不機嫌極まりなく喚き出す。
今年は表の年。
楓の小屋の中には、まだ果肉をつけたままの銀杏(ぎんなん)が山のように積まれていた。

「……そうだね。確かに銀杏は強壮にはいいんだけど、この臭いがね」

楓の手伝いをしながら、珊瑚も苦笑い。

「うむ、かごめがなにやら良い道具があるとやらで、向こうに戻ったままじゃが流石にのう」

旅から旅への一行である。この銀杏のように携行出来る兵糧は貴重な物であった。

そこへ戻ってくる、少女が一人。

「ごめんね〜! 遅くなっちゃって!! はい、これv」

そう言いながら差し出すは、透き通った袋のようなものと、網のようなもの。

「ウチの神社の境内でも銀杏拾いするんだけどね、ママがいつもこうやってるの」

かごめは網のようなもの(実は現代で蜜柑や玉葱を入れる、あの赤ネット^_^;)に銀杏を入れ、それから透き通った袋のようなもの(…言わずと知れた、ビニール袋)の中に更に入れ、緩く結んで、おもむろにその袋を踏み出した。

「あんまり強く踏んじゃダメなの。中の種(銀杏)まで潰れちゃうから。周りの果肉だけある程度潰しておいて、一週間くらいそのままにしとくとね、果肉だけどろどろに腐っちゃうから、それから中のネットを取り出して、川で洗い流して乾かせば、OKよv」

たしかに、一つ一つ中の種を取り出すよりは楽そうだ。
何枚も用意してきたその袋の中に銀杏を放り込み、準備を整えると女子
衆だけではなく、七宝や弥勒も手伝う。
そして、一斉にぐちゅぐちゅぐちゅと踏み潰し―――

弥勒と七宝、にやりと目を見交わし……


楓の小屋の中。

この世のものとも思えぬ絶叫と、倒れこむ派手な物音。



そして、一方こちらにも―――


「う〜ん、まだあんまり乾いてないなぁ」

竹の筒を容器(いれもの)に、小さな手で銀の実を集める。

「せっかくこんなにいっぱいあるんだもん。勿体無いもんね!!」

そんな竹の筒を三つも四つも持たされたのは、勿論邪見で。

「ねー、邪見様、知ってる? この実は炙って食べるととっても美味しいんだよっっ!!」

食料は、自分で取って来いと言いつけられてるだけに、取れる時に取っておこうと思うのは当然で。
ましてや、保存も効く木の実であれば。


ここにも一人。
早くこの銀の実の季節が終れば良い、と思っているものがいた。




― 湯の香 ―


秋の日が、少し西に傾きかけた刻限。
木立ちの隙間から、立ち昇る湯気と微かな湯の香り。

「あーっ! あったよ!! 珊瑚ちゃん!」
「やっぱり、流石だね。こーゆー時、鼻が利くのは助かるね」

旅から旅への日々なれば、このような機会は逃すべくもなく。
肌寒い季節にもなり、身体を温め疲れを癒せば、明日の活力の素にもなろう。
また、年頃の娘であれば。

「早く犬夜叉が気が付いてくれて良かった。暗くなってからだと……」
「うん、そうだね。この前は熊が入ってたっけ?」

その二人の耳に、ぱしゃんと水の音。

「「えっっ!?」」

見合わせる、かごめと珊瑚。
猿くらいなら我慢も出来るが、またも熊なら御免蒙りたい―――

「そこに居るの、かごめ様ですか?」

聞こえてきたのは、幼い少女の声。
むしろ、猿や熊より稀有の生き物かも知れぬ、人間の少女。

犬夜叉の兄、殺生丸と共に旅をする―――

「りんちゃん? そこに居るの、りんちゃんなの?」
「はいっ!! かごめ様!!」

先客は、かの少女。すでに湯に染まり、その肌は初々しい桜色。
にこやかに笑うその笑顔は、暖かな陽だまりを思わせる。

「……じゃ、殺生丸も近くに居るの?」

兄弟仲の悪さは、周知の事実。
この湯の香りのせいでお互いまだ気付いていないのかも知れない。

「ううん。りん、邪見様に連れて来てもらったの。邪見様も殺生丸様にりんをここに連れて行け、って言われて……」
「えっ、やだ! それじゃ、近くに邪見が居るって事!?」

うっかり邪見の見ている前でヌードになる所だったと、ぶるるっとかごめは身震いした。

「ううん、邪見様も居ないよ。りんをここに連れてきたら、さっさと戻って来い、って言われてたから」
「それって、後で迎えが来る、って事? なんだか無用心だねぇ」
「大丈夫だよ。殺生丸様がそう仰ったもの!」

こんな山奥の出湯に少女を一人、まだ日暮れには間があるとはいえ、あの用心深い殺生丸がするだろうか?

( ……う〜ん、結界を張ってる感じもないんだけどなぁ。まぁ、私達が居る間に邪見が迎えにくれば、問題ないわね )

そうして年頃の少女二人と、どうにか幼女の域を出たばかりの少女と、三人。仲良く山の湯に浸かる。

「ねぇ、りんちゃん。殺生丸って、怖くない?」
「怖い? ううん、そんな事ないよ。そりゃ、りん ちっちゃいからきついけど、でも優しいよ!!」
「……そう、それならいいんだけどね」

ふと見ると、りんは湯に広がった自分の髪と、かごめや珊瑚の纏めた髪を見比べている。

「……いいなぁ、かごめ様も珊瑚さんも。綺麗な髪で。殺生丸様の御髪もね、触るとさらさらしてとっても気持ちが良いんだよ!! りんの髪だけごわごわのばさばさだ」

こんなに小さくても、女の子は女の子ね、と微笑ましく見返しあっていたかごめと珊瑚が見つけた、【それ】
かごめ達の真似をして、自分の髪も纏めようとかきあげたその幼い項、二の腕に。

(( なっ、なによ! アレっっ!! まっ、まさかっっ!! ))

湯に染まった肌の色でも隠せぬほど鮮やかに、赤い花びら 二つ、三つ。
零れ落ちてる、胸の上。
途端に合点、りんの言葉。

ったく、なんて奴なのっっ!! 殺生丸!!!

……だが、しかし。
それでも、この少女にはそれが【幸せ】

ならば、せめて!!!!! 

「……りんちゃん、それじゃ私がりんちゃんの髪を『綺麗』にしてあげる」

そう言って、もう長らく使わなくなっていたあるモノをリュックから取り出した。
それから、しばらく―――

「ありがとう、かごめ様!! りんの髪、さらさらっっ!!!」

迎えに来た邪見に駈け寄りながら、嬉しそうにりんは手を振る。
その髪は艶やかな光沢を放ち、可愛らしいクセ毛も柔らかく揺れて。
何よりもりんが気に入ったのは、花園に居るかのような、その香り。

「かごめちゃん、これ……」
「うん、前に私が使って、犬夜叉が目を回した事があるのよね。それから使ってなかったんだけど……」

科学の粋を集めて作られた、シャンプー・リンス・コンディショナー。
その効果はてきめんで、もとより汚れて梳かしてないだけで綺麗な髪をしているりんには必要なかったのだけど、それでも殺生丸に対しての腹いせで。
『人間】には、花の香りのようにしか感じない香りでも、犬夜叉
達のように【鼻】の利くものには、物凄い悪臭なのだろう。
半妖の犬夜叉でさえ、目を回した。天然モノの殺生丸ならさぞかし……


そして、これは余談。

それからしばらくして、殺生丸がりんに柘植の梳き櫛と香油を与えたのは、かごめ達の知らない話である。





― 初雪 ―


……この前ね、かごめ様達に会ったよ。

ううん、犬夜叉は居なかったけど。
かごめ様達、りんの足を見て裸足で辛くないか、って聞かれちゃった。

それでね、りん 気が付いたんだけど。

そう言えば、昔みたいにあんまり寒さを感じないなぁ、って。
うん、きっと殺生丸様に貰った熱さが、りんの中に残ってるからだね。

えっ、りん 五月蝿い?
はぁーい、もう 寝るね。

――― ?
どうしたの? 殺生丸様。

空の凍る音がする、って?
今夜は雪が降る、って。

そっかー、明日は起きたら全部真っ白だね。
楽しみだなぁ、りん。

大丈夫、寒くないよ。
だって、殺生丸様と一緒だもん!!



――― 夜半より、降りし雪。

その雪よりも白き肌を、妖毛の狭間より覗かせ
白く、無垢なるその世界。

……誰にも、汚させはしない。


痕を残すは、己のみ ―――


第三期拍手SSへ

TOPへ  作品目次へ 


誤字などの報告や拍手の代りにv 励みになります(^^♪


Powered by FormMailer.