【 満月の夜に1 】



 ――― 風は大分冷たくなってきたけど、まだ身を切るほどの寒さではなく、むしろ清冽な気が全身を清めてくれるような清々しささえ感じられるこの季節。夜の闇は透明感さえ感じさせ、尚 深く。

 空に掛かるのは見事な満月。

 まるで蒸かしたての芋の切り口のような、薄黄色いほこほことした暖かな色。ほこほこと温かいのは、胸に抱えたこれも同じだけど、と。


「んっ?」

 楓の小屋の中で、ぴくりと犬夜叉の耳が動いた。ついでくんくんと猟犬が獲物を臭索するように、辺りの空気を嗅いでいる。今はもう、昔ほどの凶悪な敵は存在しない。犬夜叉がそんな様子を見せても、あの頃のような緊張感は走らない。

 奈落との激闘に決着が付いたのがつい昨日の事のように思えるのに、もうあれから数年。
 今もかごめは現代での学生生活と、こちらでの妖怪退治の旅の日々との二足の草鞋を履いている。
 あの時、桔梗の全てを賭けた浄化の力で、確かに四魂の珠とそれに同化した奈落は浄化され、滅っされた。桔梗自身、自分の力で自分自身を浄化し、ようやく『死人』と言う忌まわしい肉体を捨てる事が出来た。

 だが、一つだけ計算違いがあった。

 全てを浄化しつくしたその後に、また新たな四魂の珠が生まれてしまったのだ。
 内包する力の膨大さに珠自らが内側から砕け飛び散り、今も犬夜叉達はその欠片を集めている。
 かごめの力で欠片の一つ一つを浄化し、完全に消滅させてゆく旅。
 どれだけ細かく砕けたのか、どこに飛び散ったのか、気の遠くなるような、でもどこかかごめには嬉しい旅の続きだった。

「どうしたの? 犬夜叉」

 通い婚に近い生活をしている犬夜叉とかごめ。
 かごめがこっちに来るか、犬夜叉があっちに行くか、今ではもう、そう大差はない。それでも高校を卒業するまでは、という線引きはしている。弥勒達はもう既に、一子を設けているが。
 今のこの時間は、この戦国時代でもまだそんなに遅い時刻とは言えず、また明日、旅に出る面々はそれぞれの旅の準備に余念がない。夫婦が妖怪退治の旅に就く時は、弥勒と珊瑚の愛児は楓に託される。その為、今宵の楓の小屋の中はそれはもう賑やかな様子だった。


「いや、なんでもねぇ…」


 手ぶらで構わない犬夜叉に対し、せっせとリュックの中身を検めるかごめ。
 それを横目に見て、すっと犬夜叉が席を立った。そう言った犬夜叉の横顔がいつもとは違うような気がかごめにはした。どことなく、そそくさとしたと言うかなんというか…。

 その原因は、犬夜叉が出て行って間もなく判った。
 一人の少女の訪れで。


「あの…、こんばんは」

 まだあどけなさが抜け切らない声で、楓の小屋の表筵越しに声をかけてくる。

 そこには…、りん。

 そう、犬夜叉の兄・殺生丸の連れの少女。
 いや…、ただの連れではない。戦国一の大妖と謳われ、戦慄の貴公子とも呼ばれた殺生丸が初めて助けた命が、この少女。それから一度として、手元から離そうとはしなかった。

 そして、いつしか大妖は少女を求め、少女はそれを受け入れた。

 現代人のかごめから言わせれば、「それは犯罪でしょっっ!!」と言いたくなるくらいの手の早さで。

「まぁ、りんちゃん! お久しぶり!! 元気にしてた?」

 思う事はあれどそれは腹に仕舞い込み、妹に話しかけるようににこやかにかごめは声をかけた。

( あ〜、でもこの場合、りんちゃんの方が義姉になるのよね? 殺生丸の幼な妻って事になるんだから )

 びみょ〜に複雑なものを感じつつ、それでもりんの素直さは可愛いと思うかごめ。いやそれはかごめだけではなく、りんを知る者ならば誰もがそう思う。
 りんがどれ程過酷な目に逢って来たかは薄々察している。今の殺生丸との暮らしだとて、『人』としては尋常なものではないだろう。
 それでも、りんは変わらない。だからこそ、殺生丸もりんを手放せなかったのだろう。

「はい。りんは元気だったんだけど、昨日やっと床上げが出来て…。前に会った時にかごめ様がりんの事心配して下さっていたから、真っ先にご挨拶にこようと思って」

 そう、にこにこしながら話すりん。そのりんの胸元で何かもぞもぞしているものがある。

「あっ、こら! 勝手に飛び出しちゃ、ダメっっ!!」

 それはりんが止めるのも聞かず、ぴょんと楓の小屋の床に降り立った。
 見ると、それは……。


 白銀の柔らかな産毛に包まれた、金の眸の二匹の子犬。


「うわぁぁ〜可愛いっっ!!! どうしたの、この子犬?」
「へぇぇ…、良い犬だね。足も太くて、尻尾の巻きもいい。頭の良さそうな子犬だ」

 そう言ったのは、妖怪退治屋の珊瑚。仕事柄、動物を使う事もあるからそういうものの良し悪しの目利きも出来る。

「こっちの方は落ち着いていて確かに賢そうじゃが、こっちのは落ち着きがのうてどうじゃろうか? 言う事を聞かんそうな顔をしとるぞ」

 と言った瞬間、七宝は鼻面をその子犬にがぶりと咬み付かれた。弥勒は何も言わず、柔らかに微笑みを浮かべながらその騒動を見ている。そして少女が、今とても幸せなのだろうと考えていた。
 かごめや自分の妻である珊瑚の大人っぽい美しさとはまた趣の異なる、りんらしい美しさ。この娘は、歳が嵩んでもきっとこんな感じの美しさを保つのだろうと言う予感がした。

 そう、時を留めた様な…、そんな感じに。
 暫く前に逢った時と比べれば、りんの肌は生まれ変わったように瑞々しく、中から光り輝くようで薄桜色の肌が目に眩しい。
 あどけなさはそのままに、柔らかさを増した体の線も妙美。見る目のある者が見れば、たちまちのうちに虜になる事だろう。ますます殺生丸が手放せなくなる訳だ。

 また弥勒は気付いてもいる。りんのこの美しさを引き出したのは、殺生丸のりんにかける情故と。
 自分の妻が、更に美しくなったと同じく。
 
 七宝の鼻面に噛み付いた兄弟を、もう一匹の子犬は醒めた様な子犬らしからぬ落ち着きを見せて、見るともなしに見ている。どこか高貴ささえ漂わせて。りんはその子犬をそっと、胸に抱えた。

「うちの子達です。是非、かごめ様達には見て頂きたくて……」

 りんが胸に抱えた子犬は、どちらかというと切れ長な怜悧な眸でかごめを見詰めた。

「…本当に綺麗な子犬ね。なんだかこっちが圧倒されそうだわ。あっちのあの子は、やんちゃみたいだけど兄弟なんでしょ? 随分と性格が違うみたいね」
「はい、でもどちらも良い子ですよ」

 嬉しそうにそう言うりんはどこか満たされた感じがして、年下であってもかごめは何か敵わないものを感じた。
 ぎゃんぎゃんと喚く子犬と七宝を、もう一匹の子犬はしら〜っと見ている。

 そこへ ―――

「こりゃ、りん!! 勝手に抜け出して、どこへ行ったかと思えばこんな所で油を売りおってっっ! 殺生丸様がお待ちじゃ。さっさっと帰るぞ」

 ようやく帰れるのかと言う風情を感じさせて、しら〜っとした目でこの騒ぎを見ていたりんの胸に抱えられていた子犬がとん、と床に降り立ち先に小屋の外へ出てゆく。

「あっ、ちょっ、ちょっと待って…っっ!!」

 その後を慌てて邪見が追い、名残惜しそうな顔をしながらりんが未だ七宝と唸りあっているもう一匹の子犬に声をかけた。

「さぁ、もう帰りますよ。早くいらっしゃい」

( …んんん??? )

 優しくて暖かな、でもいつものりんらしからぬその言葉。
 それはまるで…。

「り〜んっっ!! 何をしておる! さっさっと阿吽に乗らんかっっ!」

 外から叫ぶ邪見の声。残った子犬は後ろ足で思いっきり七宝に蹴りを喰らわせると、ぽ〜んと弾んでりんの腕の中に飛ぶ込む。慌しく、りん達が帰ったその後で…

「…大丈夫みたいね、りんちゃん。ちゃんと大事にしてもらっているみたい。一人で留守番をさせても寂しくないよう、子犬を飼う事にしたのね」

 そう言って夜空に消えてゆくりん達を見送りながら、かごめは微笑んだ。その言葉に、弥勒が不思議そうな顔をしている。

「なるほど! それであの子犬の額には『印』があったんじゃな。殺生丸に似せて」

 七宝が納得が行ったと言う顔で、うんうんと頷いている。

「…何か、思い違いをされているようですが、かごめ様?」
「思い違い?」
「ええ、それに七宝。似せている訳ではなく、似ていて当然なんですよ、あの子犬は」
「…ん?」

 何もかも知っているという表情の弥勒を、小屋の中の面々が其々に見詰める。
 そこで一呼吸、弥勒は間を置いた。

「…あの子犬達は、殺生丸とりんの間に出来た子ですよ。気付かれなかったのですか? あんなにも殺生丸に似た妖気を発していたのに」
「なんじゃと―っっ!! りんは犬の子を産んだんかっっ!!!?」

 あわあわと、動転したような七宝の声。頭が痛いとこめかみを押さえつつ、搾り出したような声でかごめが呟く。

「…犬の子って、そりゃ、殺生丸は犬の妖怪だから、犬の子と言えば犬の子なんだけど…、ぶつぶつ」

 現代人のかごめには、只でさえ年端の行かないりんが殺生丸の妻の…、つまり『夜のおつとめ』を果たしている事すら信じがたい、いや許し難い事なのだが、りんが嫌がっていない以上、成り行きにまかせた感じがある。だがこの事実には正直、打ちのめされた。


 そして……


( …気が付いていたのね、犬夜叉! だから、逃げたのねっっ!! )

 めらっ、と怒りの炎がかごめを包む。
 犬夜叉が悪い訳ではない。
 だが、己の身内がやらかした事。
 きっちり当たらせてもらおうじゃないか!!
 ふふふっ、と不気味に笑みを零し、かごめは大きく息を吸い込んだ。
 そう、最大の『言霊』を発動させる為に。




 阿吽を駆って、当座の身の寄せどころにしている大社(おおやしろ)の仮宮に降り立つ。
 そこで空を見上げて居た者、殺生丸の元へと。

「…りん」
「ごめんなさい、殺生丸様」

 何処へとか何故に、とかは口にしない。何も言わず、仮の住まいである宮の座敷に上がる。りんも大人しくその後を追った。この座敷はつい昨日まで、りんが産熟の身を癒していた所。

「床上げしたばかりの身であろう…」
「あっ、でもりん、元気だし。かごめ様達に、どうしてもこの子達を見て欲しかったの」
「ふ…ん……」

 りんの腕に抱えられた二匹の子犬。
 そう、それは紛れもなく弥勒が言ったとおり、この二人の間に産まれた半妖の子ども達。
 今宵は満月。この子達が産まれたのも、先の満月の夜だった。
 殺生丸とりんの子達は、普通の半妖とは異なっていた。犬夜叉などは月に一度、その妖力を失う日があるのに対し、この子達はその日にこそ、本性を露にする。つまり…、今宵のように『犬』の姿で。
 幼すぎて溢れ出る妖力を抑えきれず、本性を露にする。日を追えば、その日であっても人型(ひとがた)を保てるようになるだろう。
 そろそろ腹が減ってきたのか、りんの腕の中で二匹の子犬がくんくんと甘えた声を出し、まあるい鼻面をりんの胸元に押し付ける。

「ああ、お腹がすいたんだ。ちょっと待っててね、今 お乳をあげるから」

 りんはすっかり母親の顔で優しく子犬たちをあやしながら着物の襟元を大きく肌蹴、子を産んだ今でさえまだ未熟な幼い乳房に子犬達を吸い付かせようとした。


 それを ―――


「あっ…!?」

 殺生丸が器用に片手で二匹の子犬の首根っこを掴むと、ぽ〜んっと邪見の方へと投げ寄越す。

「殺生丸様!! ひどいよ、あの子達、お腹空かせているのにっっ!」
「…お前は馬鹿か。子とは言え、妖犬の牙を胸に受ける気か」
「でも…、日が落ちてからまだお乳あげてないし……」
「一晩くらい乳を飲まずとも困りはせぬ。人間の赤子とは違うからな」
「でも、でも……」

 りんにしてみれば、ひもじい事がどんなに辛いか身に染みて知っている。
 今でこそ食べる事にも着る物にも事欠く事はなく、住まいは旅暮らしだから邸を構える事はないけど殺生丸の側でさえあれば、りんは十分に満たされている。それだけに我が子がひもじくてくんくん鳴く様は、自分が殺生丸に出会う前の時の事を思い出し胸が締め付けられる。

 殺生丸にしてみれば、生まれて一月(ひとつき)も乳を飲んでいれば、もう乳離れしても良い頃。いや、それよりも己(おのれ)同様、その身に蔵する半妖らしからぬ膨大な妖力のみで十分成長する事が出来る。人型のまだ幼子の姿の時であれば、りんの気の済む事もあり大目に見れるが、本性の姿でさえ乳を強請るとは許しがたかった。

 子どもたちも父の仕業を責めるように、かたやキャンキャンと喚きたて、こやた冷たい視線で父を睨む。殺生丸は一喝するような鋭い視線で子ども達を一瞥し、邪見に言い付けた。

「邪見、朝までその子らをここより離れた所へ連れてゆけ。一晩くらい、りんをゆっくり休ませても悪くはなかろう」
「あっ、殺生丸様…」

 何も言わないが、殺生丸はちゃんとりんの事を見ていた。
 この子らが産まれて、昼はともかく夜は数刻たりと熟睡出来ぬ日々を送っている事に。子が一人でも大変なのに、獣腹(けものばら)とこの時代忌み嫌われていた双子を産んだりん。またりんの未熟な体では、乳の出も悪く腹持ちがしないため、授乳の回数も多い。そう、本人がいくら元気、と言った所で見えている者には、その疲れの色が見えているのだ。


 きゃんきゃんきゃん、じぃ〜〜〜っっっと突き刺さる冷たい視線。


「早く連れてゆけ、邪見!!」

 殺生丸の叱責に、慌てて邪見は子犬姿の二人を連れ出した。
 父が父なら、子も子である。『りん』を挟んでの奇妙な感情のもつれ。今の言葉が、心底りんの身を案じての物だけではない事に子らは気付いていた。



 ――― 久しぶりに二人だけの時。

「…なんだか、急に静かになっちゃったね」
「嫌、か?」
「ううん、殺生丸様が居てくださるもの」

 今までなら、こうした二人だけの時間はいくらでもあった。
 話す事もなく、ただ互いに触れあい、心を安らげる。
 りんが臨月に入ってから床上げの昨日まで、殺生丸にしては随分長い事、りんに触れていなかった。
 りんは、こうして改めて二人きりだけになると何だか今迄と違った気恥ずかしさが沸いてくる。それを誤魔化そうと身動いで、あっと小さな声を上げた。

「どうした、りん?」
「あ、うん…、ちょっとお乳が張っちゃって……。少し、痛かったから」

 はにかむ様に頬を染めて、そう言うりんは幼くとも母の顔。しかし、父の方は……。

「あっ、えっっ??? せっ、殺生丸様!?」

 りんの身体に軽く手を置いたかと思うと、あっという間に押し倒した。
 そのまま、胸元にその端麗な顔を埋めると、慣れた仕草でりんの着物を大きく肌蹴させる。殺生丸の目の前には、幼く未熟とは言え子を産んだ事で常にない程の膨らみをみせる、りんの乳房。色濃く変わった乳首からきらきらと乳が溢れている。

 思わず殺生丸は、その乳首を己の唇に含んだ。




 ――― 夜が明けて。

 二人の子ども達にボコボコにされた邪見が、ひぃひぃ言いながら帰って来た。子ども達はそんな邪見を雑巾のように踏みつけ、大好きなりんの、母の胸に飛び込んでくる。人型に戻った子ども達は見掛け、一誕生を過ぎた頃合に見える。確かに人間の赤子でもそろそろ乳離れの時期だろう。母の胸が好きで、子ども達は先を争って乳を強請った。母として満たされた思いを抱きつつ急いで乳を含ませるりん。

 が、しかし ―――

 子ども達がじわっとその瞳に涙を浮かべ、切なそうにりんの顔を見上げる。 一生懸命ちゅうちゅう乳を吸うのだが…。


「殺生丸様のばかーっっ!! 子ども達の分まで飲んじゃってっっ!!!」

 そうりんが叫んだ時には、もう既にそこには殺生丸の姿はなかった。



 ……りんを巡って、前途多難な父子対決が幕を開けていた。 



【おわりv】
2005/11/04



【 あ と が き 】

こんな僻地サイトまで足を運んでくださるお客様の御陰を持ちまして、先日111111HITを達成する事が出来ました。
その感謝の気持ちを込めまして書いた、殺りん艶笑小話です。
キリバンの数にちなみまして、『わん わん わん わん わん わん』…、つまり^_^; 犬の話です。
そう、子犬の♪ この話には秘密のオマケがあります(笑)
 
オマケ読む? ⇒ YES NO 



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