【 すすき −心かよう− 】


 暦は霜月。朝晩の冷え込みはすっかり厳しくなった。険しい山の山頂近く、不意に開けたすすきヶ原。いつ朽ちたのか判らない、古い山寺の址を仮の宿にして十日あまり。次の塒を探しに出かけた殺生丸様はその間、こちらには戻って来られない。時々追加の食料を運んでくださる邪見様に様子を伺うのだけど、邪見様にも殺生丸様のお考えは良く判らないみたいで首を傾げている。

 判っているのは、りんの為のこの一冬の宿りの手配だけではないだろうと言う事。

 ……そう、俺があの夜見た殺生丸様の行いを思えば。そして、今 ここに戻らぬようにしているお気持ちを察するのなら。

 まだそんな事には思いもよらないだろうりんは、今日も天に近い銀色のすすきの中で空を見上げている。あの天上から舞い降りる、白銀と金の大妖を慕って。ただ、ただ純なままのその心で。りんの思いと殺生丸様の想い、どちらもその重さは変わらない。だけど、その含む意味の色合いは雪のような純白と燃え尽くすような紅蓮の赤ほどに違っている。

 俺が在るのはその狭間。

 いつまでも子どものようなりんでいて欲しいと言う気持ちと、娘らしく成長したりんを見てみたいと言う気持ちと。俺はただ、見ているだけだけど。

「琥珀、今日は殺生丸様たちお帰りになるかな?」
「さぁ、どうだろう。まだ、当分の間の食糧はあるけど」
「ふぅん、そっか。なかなか次の塒が見つからないんだね」
「ああ、これからはもっと寒くなるし、食糧も見つけにくくなるから……」

 迂闊にも俺がそう言ったせいで、りんの表情が硬くなる。

「……りん、きっと足手まといだね。琥珀みたいに強くもないし役にも立たない」

 判ってない訳じゃない。りんは自分がただの人の子だと。本来なら、ここにいるような者ではないと。だけど……

「もしそうだとしても、それは殺生丸様にとってはなんの問題にもならない事だと思う。殺生丸様がそうお決めになったのなら、俺達がどんなについて行きたくとも出来るはずがない。今、りんがここに在るってことは、殺生丸様が望まれた事だと俺は思うよ」
「良いのかな? りん、ここにいても…。誰も、迷惑じゃない?」
「ああ、りんはりんらしくいつも笑っていればいい。それが、りんがここに在る意味だよ」

 俺は妹に言い聞かせるように、そうりんに言って笑って見せた。俺の表情につられたのか、えへへとりんも笑って見せ、そのまますすきの波の中に駆け込んでいった。すすきの原の中でりんはせっせとすすきを折り始めた。すすきの葉は鋭くて、気をつけないと手や足に思わぬ切り傷を作ってしまう。りんの手足を傷だらけにしたら、関係なくても邪見様は殺生丸様にお仕置きされるだろう。どちらも機嫌を悪くされるのが、俺の眼には見えていた。

「りん、どうしてすすきなんかを折ってるんだ? 手や足が切れてしまうよ」
「うん、ほらこのすすきの穂ってふわふわしてるから、いっぱい集めたら殺生丸様のもこもこみたいにならないかなぁって」

 そう言いながら折ったすすきの穂を器用にすすきの葉で束ねてそれを連ね、それらしきものを作ろうとしている。

「へぇ器用だな、りん。なかなか良くできてる」
「へへv いつも野の花を編んでるから。この上で寝転んだら、殺生丸様のもこもこの上みたいな感じになるかな?」
「う〜ん、どうかな。ふわふわともこもこじゃ少し違うんじゃないかな」
「……それでもいいや。殺生丸様のもこもこに包まれて眠ってみたいなぁなんてそんな事、望んじゃだめだよね」
「あれ? りんはそれじゃ、今まで ―――― 」
「あっ!! 殺生丸様だっっ!!!」

 その続きを言おうとして、俺の言葉はりんの歓声でかき消された。傾きかけた陽の金色の光の中、阿吽の鞍上にその豊かな白銀の髪をなびかせ、天空より翔け降りてくる。その姿をりんは、白銀のすすきの中でそれこそ太陽のような笑顔で迎えた。

「お帰りなさい、殺生丸様!!」
「……その手にしているのは、なんだ」
「あー、えっと…、すすきの穂を束ねて編んだら殺生丸様のもこもこみたいになるかなって」

 りんは手にしたそれを恥ずかしそうに後ろに隠した。

「な〜に言っとるんじゃ、りん! 殺生丸様の御毛並みとそこら辺のすすきの穂を一緒くたにする奴があるか!!」
「……やっぱり、そうだよね。うん、これはもういいんだ」

 りんは、作ったそれを足元に落とした。夕暮れ間近な冷たいが風がりんに向かって吹きつける。すすきの白い穂がりんに向かって手招きをする。白い、白い亡者の手のようなすすきの穂が幾つも幾つも ――――

( りん…… )

「くしゅん!!」

 寒さが身に忍び込んだのか、りんがくしゃみを一つした。そうしたら ――――

 ふわり ――――

「えっ? せ、殺生丸様…!?」
「すすきの穂がお前になびくように ―――― 」

 殺生丸様の言葉の意味を判らないまま、りんは殺生丸様のもこもこの中に納まっていた。

「うわぁ、温かい」
「……すすきの鞘は破れてしまったからな」
「う、うん? そうだね、ここに来た時はまだ、すすきの穂は出てなかったもんね」

 そう答えたりんの顔を、意味ありげに殺生丸様が見ている。俺にも良くは判らないけど、きっとあの言葉はそのままの意味ではないのだろう。でも今大事なのは、りんの思いが叶えられた事。少し物足りないかもしれないけれど。

「初めてだよね? りんは大丈夫だよ。具合も悪くないのに、こんな風にもこものの中に入れてくださったのって」
「あ、いや、りん。前にも……」

 と、さっき言いかけた言葉を続けようとしたら、今度は殺生丸様の鋭い一睨みで封じられた。

「次の塒に移る。この冬はそこで過ごす事にする」
「はい。りん、ちゃんとお留守番してます」
「いや……」

 珍しいな、と俺は思った。なぜか殺生丸様が言い淀んだように感じたからだ。

「これからは、お前の寝床はこれだ」

 そう言って、りんをご自分の妖毛で頭から包んでしまわれた。

「せっ、殺生丸様っっ!?」

 俺の足元で邪見様が、信じられないといった目付きと声で絶句した。


 そう、つまりはそう言う事 ――――


「邪見様」
「な、ななんじゃ、琥珀」

 あまりこれからの事を考えたくなさそうな顔で、邪見様が俺を見上げた。

「りんの事は殺生丸様のお考えのままに。その方が、命が延びますよ」
「じゃ、じゃが、琥珀……。あのりんを殺生丸様が望まれるとは……」
「本当の意味で気持ちが通うまで、殺生丸様も無体な事はなさらないでしょう。それよりも俺は、りんが嬉しいならそれで十分です」

 俺たちの話をよそに、りんは殺生丸様のもこもこの中で本当に嬉しそうだった。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「秋の野の ―― 」
「――?」
「尾花が末の生ひ靡き ―― 」
「殺生丸様、その言葉はなぁに?」
「お前は判らなくても良い」

 判らぬ気な瞳にいっぱいの笑みを浮かべてちいさく頷き、私の腕の中で温かさを感じているりん。
 今はまだ、この温かさを共に感じあうだけでいい。ようやく受け入れる事のできた、この感情を。

 そう ――――


 心は妹に寄りにけるかも ――――


 今は。
 そして、いずれは ――――



【終】

2007.11.1



すすきの花言葉 : 勢力 生命力 心が通じる

万葉の頃から歌に詠まれてきたすすき。鞘がふくらみながらもなかなか穂を出さない事から、片恋の歌の素材として詠まれる事が多かったと言います。


秋の野の 尾花が末の生ひ靡き 心は妹に寄りにけるかも  詠人 柿本人麻呂
(すすきの穂が風に吹かれてあなたになびくように、私の心もあなたに魅かれてしまいました)



 = あとがき =

寒い季節に入ってきましたので、少し暖かめのSSを。それぞれの思いは通じているようでまだかな?
残りの花言葉シリーズでそれなりの幸せな結末までいけたらいいなと思っています。


【 冬苺へ 】

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