【 水無月 −あじさい− 】


 雨。昨日もその前もその前の前も、ずっと雨。
 森の中のお堂に、りん一人。

 雨が上がるまでお留守番。

 殺生丸様はいつものようにどこかにお出かけだし、邪見様と阿吽は、夕方にならないと帰ってこない。
 りんの食べ物を探してくれているんだ、ありがたいよね。

 このお堂の周りには、殺生丸様が結界を張って下さっている。
 だから怖ろしい獣も妖怪も近づかないって。

 ずっとずっと雨だから、このお堂の中から外を見ているだけ。
 昔はここにも人が住んでいたのかな?
 庭に植えられたような紫陽花の花があちらやこちらに咲いている。
 咲き始めは白っぽい花の色。
 真ん中に小さな花が集まって外側の大きな花に囲まれている。
 だんだん色がついて、きれいな青に。
 雨ばかりで空の色を忘れないように。

 雨が小降りになったので、りんはそっと外に出てみた。
 花の側に。
 花の枝を折ろうとして、手を引っ込める。

 折っちゃったら、花はそこまで。
 後は枯れるだけだから。
 小雨に濡れながら、花を見る。

「雨の中、何をしている」

 思いもかけないそのお声。
 いつでも、いつまでも聞いていたいそのお声。

「あっ! 殺生丸様!!」

 りんが見ていたからか紫陽花の枝を一枝折り取り、りんに渡す。
 殺生丸様の後ろには、最近のお供の琥珀の姿。

「りん、紫陽花の花が欲しかったんだろう? 雨に濡れたら風邪をひくよ。それを持って、お堂に戻ろう」
「……りんはこの花を見ていただけだよ。折っちゃったら、この花枯れちゃうし」
「りん……」

 その言葉に、ぴくりと殺生丸様の背中が揺れたような気がした。
 そして ―――

「……枯れはせぬ」
「殺生丸様?」
「その花は、強い。その枝を別の土に挿してやればそこに根付く」

 殺生丸様がそんな事を口になさるのは珍しくて。
 でも、なんだか嬉しい。
 だってこの花、りん達みたいだから。

 真ん中の小さな花が、りんや琥珀や邪見様。
 その周りを包むように取り巻く大きくてきれいな花が殺生丸様。
 みんなで一つの花だから。
 どこにでも行ける花なんだね。
 強い花なんだね。

 りん、嬉しいな。

 あれ? 小降りになってた雨が本当に上がったみたい。
 雲の切れ間から、陽が射して ―――

 空の青。
 久しぶりに見る、青い空。
 その空に、だんだん大きくなる黒い点。

「殺生丸様〜、ただいま戻りました!!」

 阿吽の背中で叫んでいるのは邪見様。邪見様の言葉を聞いて殺生丸様がりんを抱き上げる。

「殺生丸様?」
「まだ雨は続く。今のうちに移動する」

 帰ってきたばかりでまたすぐ邪見様は自分の後ろに琥珀を乗せて、もと来た空を戻ってゆく。
 りんの手の中には、殺生丸様からもらった紫陽花の一枝。
 この枝は、次の塒の土に挿してやろう。
 もしそこに、また紫陽花が咲いていたら一枝もらって次の場所に。

 まるでりん達がそこにいた足跡みたいだね。
 最初はたった一枝でも、どんどん増えて大きな花になるといいな。


 うん、なるね。
 りん達みたいに。
 強い花だから、きっとね。



【終】




= 紫陽花の花言葉 = 強い愛情、移り気なこころ、一家団欒、家族の結びつき
…だそうです。
もともと紫陽花は日本原産の花。万葉の時代から歌にも詠まれてきたような、馴染み深い花です。勿論「花言葉」そのものは後世のものですから、このSSの中のりんちゃんが知るはずもありません。それでもあの花の形をみると、「一家団欒、家族の結びつき」あたりは連想しそうだなと(^^) 

そろそろこちらも梅雨入り間近です。


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