【 めぐり・あい 】




 ―――― ワシには(あっ、いや…、実は『ワシ』と言う程年ではないのだが、つい口癖のようなもので)、子供の頃から、なぜか頭に浮かぶ映像がある。
 それが誰か、名前も思い出せないのに。


 ―――― もう一度、お会いしたいお方と

 ―――― もう一度、見たい光景と


 その日ワシは、ふと春の不思議な暖かな風に誘われて、何の気なしに街をブラついておった。
 そんなある春の日の夕暮れ時に ――――

( おっ、おおお!!! あ、あれはっっっ!!!!! )

 それは紛れも無く、ずっと子供の頃から頭の中に住み着いていた住人の姿。
 その姿を目の当たりにした瞬間、ワシはそれが誰であるか、名前も、そして『その頃』のワシの名前も思い出していた。

 殺生丸様!!!
 りん!!

 ……そしてワシは、『邪見』

 そう、あの頃のように周りの事も目に入らぬように、二人寄り添って。
 ほろり、と来るその頭の片隅に、今では現代人としての常識・モラルと言うものもチラチラと頭を掠める。

 あまりにも人目を引く、そのお姿。

 玲瓏な容貌に、艶やかな白銀の髪。それ以外は、ごく一般的。勿論、ノーメイク(苦笑)。
 何もあの頃のような派手やかな装束を身に纏っている訳でもなく、どんな高価な毛皮でさえも霞むようなあの『もこもこ』を引き摺ってる訳でもなく、ましてやお父上の形見である天生牙も、鬼の牙である闘鬼神も、その身には帯びてはないのだが。

( ……いやいや、そんなものをぶら下げておられては、銃刀法違反の現行犯で即! 逮捕じゃな )

それに……

( やっぱりマズイかろう、あれは。戦国の世とは異なって、あのように年端も行かぬ者を連れ回しては、それだけで、やはり手が後に回るわい )

 りんも身なりを見ればちゃんとした環境で育っているようだし、このまま連れ回してはいずれ親達が、誘拐だ、未成年者略取だ! と騒ぎ出すのは必至であろう。
 ワシはそうはさせじと、二人の前に歩み出た。

「……殺生丸様。りん…?」

 体が震える。背中にはどわぁぁ〜と、冷や汗。声まで裏返っておる。
 ふぅ〜、どうしてもこう、殺生丸様の前に出る時は身構えてしまうな、ワシ。

「……………」
「……? あっ! もしかして、邪見様…?」

 ワシの呼び掛けに、答えはりんから。

「おお、やっぱり! まさか、また今生で逢えようとは!! ワシ、嬉しいっっ!!!」
「うん! りんもね、たった今 殺生丸様と出会えたの!!」
「そうか、そうか。それは良かった」

 りんの懐かしい零れるような笑顔に、ワシもすっかり嬉しくなる。
 そしてついつい、あの頃のような気になり、言わねばならぬ事をも忘れそうになる。

「……行くぞ、りん」
「あ、は〜い」
「まっ、待って下され! ワシも……」

 と、言いかけて、はっと我に返る。

「ちょ〜っと、待ったっっ!!! 一体、何処に行かれるおつもりか!」
「邪見様?」

 びっくりしたような顔で、りんがワシを見上げる。

「りん……、いや、それが現在の名前かどうか、ワシは知らんが。お前が、このまま殺生丸様に連いていっては、殺生丸様が犯罪者になるぞ!」
「え〜っ、どうして!!」

 ああ、やっぱり!
 やっぱり、判ってはおらん。

「……りん、お前。小学校では習わなかったのか? 『知らない人』に連いていってはならん、と」
「ん、でも! 殺生丸様は、『知らない人』じゃないよ!!」
「お前にとってはな。じゃが、お前の親達は知らんじゃろう? ましてや、お前のような小学生が親元を離れて、若い男と一緒と言うのは、もうそれだけで充分犯罪なんじゃ」

 ちらり、と殺生丸の冷たい視線が突き刺さる。

 あ〜、う〜。

 何も仰らないが、殺生丸様。その視線だけで、針千本飲まされたように胃が痛いです。
 それに、そんな事はこの『現代』に人間として生きてらっしゃるのなら殺生丸様も、ご存知の筈。

 はっ、まさか!!!

 ま・さ・か ―――― !?

「りん、もしかして殺生丸様は、『あの』殺生丸様なのか……?」
「うん? 『あの』って、うん、そうだよ。りん達がよく知っている、あの殺生丸様だよ」
「と、言う事は ――――」
「あれからね、ず〜っとお一人だったみたいだよ。りんが『殺生丸様』って呼び掛けるまで、ご自分の名前さえお忘れで」

 そう言うとりんは、すこし顔を曇らせた。
 確かにあれから、これまでの殺生丸様の生きし方を思えばさぞやとも思えるが、だがな、りん!
 殺生丸様の『物忘れ』いや、『天然ぶり』……、いやいやなんと言えば良いか、まぁ そーゆーものはあの当時からのものでもあるぞ!!

 そして、つまり ――――

 住所不定、無職(流石に妖怪、という職業はなかろう)。戸籍なし。
 ついでに言えば、現代知識のほうも甚だ怪しい。
 そんな『元』主のこれからは、ここで出会ったワシの処仕方一つに掛かっている訳である。

「りん、こいつは誰だ?」

 今まで、りんとワシの会話を端で聞いていた殺生丸様が、初めてワシに関心を向けた。

「殺生丸様! ほら、邪見様ですよ!! 今は人間になっちゃって、もう緑色じゃないしお口もとんがってはないけど、この大きな目とこの声! 覚えてらっしゃらないのですか!?」

 りんの言葉に、記憶の糸を手繰るような色を金の眸に浮かばせて ――――

 どげぃん!!!

 蹴り飛ばされた。

「殺生丸様!! キャー、邪見様っっ!!!」

 近くの街灯まで蹴り飛ばされたワシの側に、慌てて駆け寄るりん。
 ははは、はぁぁぁ〜 (溜息)
 殺生丸様、『記憶』ではなく『体』の方で覚えておいでのようで。
 地面に延びたワシの耳に、誰やら探している者の声が聞こえる。

「りん、あれはお前の現在の親兄弟ではないのか?」
「あっ……」

 りんは静かに近寄って来た殺生丸様のお手を取り、縋り付く。
 殺生丸様も、そんなりんを引き寄せ ――――

「……また、引き離されちゃうのかな……」
「りん、ワシに任せろ! 悪いようにはせぬ。今は、親元へ戻れ」
「邪見、きさま……」

 ゆらり、と殺生丸様の怒気がゆらめく。

 しか〜し!! ここで引いては、後々の『道理−みち−』を閉ざしてしまう。
 このまま、この二人に突っ走らせたらどうなる事やら。
 未成年者略取、若しくは淫行罪ででもパクられりゃ、それこそもう二度と日の目を見る事は叶わんのですぞ!!!
 そうこうするうちに、娘の姿を見つけたのか『りん』の母親らしき女性が走り寄ってくる。
 一瞬、側に居る殺生丸様のお姿に躊躇したようだが、それでも娘の身が大事。見知らぬ男達の間に居る娘に手を伸ばし、ワシらに怪訝な目を向ける。

「ああ、すみませんでした。お嬢ちゃんに人探しの手伝いをさせてしまいまして」
「人探し?」

 ワシは精一杯愛想の良い表情を作り、それらしい理由を取って付けた。

「……こちらに居るのは、ワシの遠縁に当たる者でして。以前、酷い事故に遭いまして、その時の後遺症で記憶喪失なのです。それでも記憶を取り戻そうと、時折こうやって街中に出るのですが、徘徊癖もあるものですから」

 ますます、母親の目は険しくなる。
 無理も無い。
 一昔も二昔も前の、少女マンガのような話では。

「あ、ワシ 怪しい者ではありません。こういう者です」

 こうなりゃ、奥の手。
 ワシは、身分証明書の代りにいつも携帯している営業用の名刺を差し出した。
 それを、手にし……

「まぁ、これ……。懐かしいわ。みすずが幼稚園に行くようになってからは、見なくなったけど。ああ、そう言えば確かに同じ声ですね」

 やっと、母親の目から警戒心が薄らいで行く。
 昨今、何やら不祥事が続いてはいるが、それでもこの手の番組作りにかけての信頼度は、まだまだ母親達の間では評価が高い。
 う〜、着ぐるみの中で頑張ってきた甲斐があったな、ワシ!
 一度、不審な目から安全モードに切り替わった目で見れば、殺生丸様の不具な左腕でさえ、苦し紛れに付いた嘘の裏づけにさえなって。




 ―――― その後の、ワシの獅子奮迅ぶりこそを語りたい!

 住所不定、無職、戸籍なし。な殺生丸様の現代での居場所を作る為に、ワシは養子縁組という離れ業をやって抜けた。これもまぁ、ワシが日頃からこつこつと真面目に仕事に取り組み、世の信頼を勝ち得ていたからこそ!!
 どうにか、日常生活に差し障りが無いくらいには一般常識をお教えし、少しずつ記憶も鮮明になってはこられた。なによりもりんとの関係では気を使いまくり、最低でもりんが十六になるまでは間違いがあってはならぬと、目を光らせ。
 また、りんの家族との信頼も築かねばならず、ワシはある一計を案じた。

 そう、そろそろ代替わりせねばならなかった番組の女の子の後釜に、強くりんを推薦した。
 りんはあの笑顔の持ち主である。また、度胸も良い。
 その点がプロデューサーに気に入られたのか、今じゃワシといっしょに番組を盛り上げておる。

 おそらく……

 きっと、こういう日々がこれから続いて行く事じゃろう。
 りんが成長し、殺生丸様の元に嫁いだとしても。
 この現代においては、およそ『生活力ゼロ』の殺生丸様の為に。

 それもまた、善哉 善哉。


 また、三人一緒に ――――


【おわりv】




= あとがき=

このSSは「篠笛の音」さんの1万HIT記念にお贈りした現代版パラレルです。
この話のまえに「街角」というSSがあり、それからシリーズ展開しています。
2005年〜6年代に書き始めたものなので、殺兄は隻腕設定になっています。






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