【 街1 角 】
―――― それは、目敏い女子中高生達の噂。
とある繁華街の片隅が、噂の発生源。
そこに ――――
ねぇねぇ、聞いた?
えっ、何? 何の話?
あのねぇ、×××の所の噂の人。
なに、それ? 私、知らない。
え〜っっ! すっごい噂なのに!!
もうっっ! ちゃんと、教えてよ!
あはは、あー、ごめんね。あのねぇ…
ふぅ〜ん、それって何かのキャンペーンか何かなのかしら?
ん〜? どうかなぁ…。
ほら、良くあるじゃない。デビュー前のミュージシャンや俳優の話題作りに。
うん…、多分 それはないと思うよ。
えっ、どうして?
うん、だってその人、左腕が途中からないもん。
あ、そうなんだ。
そりゃ、ハンディキャップを持ってても活動してるミュージシャンや俳優はいるけど、そんな感じじゃないし。
でも、すっごく綺麗な人なんでしょ?
うん! 綺麗だよっっ!! 髪なんてさらさらの銀髪でそこいらのモデルくらいじゃ負けちゃうね。
ハーフかな?
……良く、判らない。日本人離れと言うよりも、『人』離れしているようにも見えるし。
どうしてそんな所に居るのかな?
そうだね。『誰か』、待ってるのかな ――――
「ほら、みすず! 春休みだからって、いつまで寝てるの!?」
いつも元気いっぱいなお母さんの声で起こされる。
せっかくの春休み。
宿題もないし、あったかくて気持ち良いし。
このまま、ふかふかなお布団に何時までも包まれて居たいのに。
―――― 包まれる。
時々、『何か』思い出しそうになる。
あったかくて、大好きな、この感じに良く似た『何か』。
「うわっ!」
「あいたた!! 酷いよ、母さん!!」
お兄ちゃん達のお布団を、お母さんがひっくり返す。
畳の上に放り出されて、お兄ちゃん達が文句を言ってる。
「みすずも起きてこないと、お布団取り上げるからねっ!」
「ふぁ〜い」
それは嫌だったので、渋々あたしはお布団から這い出した。
朝ご飯が済んで。
今日は、お昼から新学期の準備をする為にお母さんとお兄ちゃん達とお買い物。
その後、映画を見て、夕方 仕事の終ったお父さんと合流して夜は外で食べるんだ。
出掛ける支度をする為に、あたしは自分の髪をブラッシングした。
あたしの髪はくせっ毛で、幾らと梳いても真っ直ぐにはならない。
あたしは、何故か真っ直ぐでサラサラの長い髪にすごく憧れている。
ううん、憧れていると言うより、『大好き』。
どうしてかなんて、理由は判らないんだけどね。
―――― 判らない
何故、私はここに居る?
ここは、何処… だ?
―――― 私は、『誰』だ?
もう 随分と長い間、こうやって『時』を過ごしてきたような気がする。
誰かが、側に居たような気もするが、もう定かではない。
余りに激しい世の変化に、合わせるともなく合わせたゆたっているうちに、己さえ朧になってしまった。
『忘れたかった』事はなんだ?
『何』を探している?
もう、何も…… 判らない ――――
「あらっ? 今、そこにタレントさんがいたみたい」
出掛けた繁華街の片隅で、買い物を済ませたあたし達は映画館に向かう途中で、ぱたっと足を止めた。
「え? ほんと!? 誰、誰っっ!!」
お兄ちゃん達が、お母さんが見つけた方向を見るとがっかりしたように、首を振った。
「違うよ、母さん。あの人、多分クラスの女子が言ってた人だと思うよ」
四月から六年生になる上のお兄ちゃんがそう言う。
「あ〜、俺もちらっと聞いた事がある。最近、ここらに現れるようになったんだって。いつの間にかそこに居て、ああやって誰かを待っているみたいなんだけど、何時の間にか居なくなる、って」
今度、五年生になる下のお兄ちゃんも。
「見かけたクラスの女子達が、『王子様みたいv』なんて言って、バッカみたいだよなー」
「お前のクラスもかよ〜。はんとだよなぁ。現実、見ろってんの!」
興味のない事だけに、お兄ちゃん達は言いたい放題。
でも、あたしは ――――
「本当に、あんなに綺麗なのに芸能人じゃないの? 残念だわぁ」
「母さん、年下好みのイケメン好きだもんなv あーゆーの、好みなんだ」
「こらっ! 母さん馬鹿にすると、映画なしにしちゃうからね!!」
楽しげな、明るい笑い声。
「急ごうよ、映画 始まっちゃうよ」
もう、お母さんもお兄ちゃん達もその場から動き始める。
――― あたしの目は、その人に釘付けになっていた。
……映画の内容なんて、頭に入らなかった。
あたしの胸の中は、頭の中は ――――
( ……あの人と、話してみたい!! )
なんだろう? この感じ。
ドキドキして、怖いような。
怖いのは…、『無くして』しまいそうなこの感じ。
( あたし、あの人を知ってるような気がする…… )
なんだか、『今』を逃がしたら、もう二度と逢えないような気がして。
それは、とても恐ろしくて。
居ても立ってもいられなくなって。
映画はまだ、途中だったけど。
「どうしたんだ? みすず。トイレか?」
直ぐ隣りのお兄ちゃんがそう声をかけてきて。
「う…、うん」
「早く、戻って来いよ。暗いから、迷子になるなよ」
「うん……」
あたしは映画館から出ると、一目散に『その人』の元へと走った。
近付いてくる、足音。
近付いてくる、『匂い』。
―――― 何故か、懐かしい。
私の前に立ち止まる、小さな人影。
見下ろす程に、小さな……
「あ、あの……」
その人の瞳は、夕日を受けて『金の色』。
それを見て、知らない筈のその人の『名前』が勝手にあたしの口から零れ出る。
「殺生丸様 ―――― 」
金の瞳が一瞬、翳る。
「……それが、私の名か」
「覚えてらっしゃらないのですか? あたし、【りん】です!!」
あたしの中で思い出したかったモノが、一気に甦る。
ああ、きっと そう。
あたしが死んだ後、邪見様も阿吽も亡くされて。
殺生丸様、お独りで。
ずっと、ずっと たった一人で流離って。
ご自分の名前さえ忘れる程に、長い時を【孤独−ひとり−】で。
「――― 【りん】がいます。これからは、ずっとお側に!!」
何の迷いもなかった。
夕日の中で、あたしは初めて殺生丸様の笑った顔を見たような気がした。
「――― りん」
「はい」
夕暮れの街角から、隻腕の青年と一人の少女の姿が消えた。
今生の名を捨てた、【りん】 ――――
全てを忘れた大妖、【殺生丸】 ――――
それから、二人が何処へ行ったのか、誰も知らない ――――
【完】
【 あとがき 】
…一応、これ映画の「アイアム ア サム」ネタと言ったら、何処が? と言われそうなのですが^_^;
最近よくお邪魔させて頂いているサイト様の日記のこの映画の感想でも、殺りんのイメージが浮かんだと書かれてあって、「あっv 同じ事を感じられたんだなvvv」と一人で勝手に嬉しくなっていた私です。
そちらの1万HITのお祝いにと、起こし始めたSSなんですが、お祝いにするにはちょっと重いかな? と尻込みしてしまいまして、こちらに投稿しました。
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