【 契 −ちぎり− 】




          
 ――――― 戦いが終わり
          私が生きていたら……


 ――――― 私の子を産んで欲しい。

 
 ……あの時、そう言ったあの言葉に、嘘偽りはこれっぽっちもない。


 だが……


 
 暗い眼差しで、己の右手を見つめる。


   
 ――――あまり時間は、ない。


 
 この右手の風穴に飲み込まれるが先か、『奈落』を討つが先か……。
 あるいは、討たれるか。


 発せられた言葉は、それだけで『力』を持つ。


 
 ―――― 生きていたら。


 
 生きていたい。
 いや、生きたい!!


 日ましに強くなる、この想い。


 そう、珊瑚。
 お前と共に。


 光が強くなる程、影が濃くなるように、『生』を渇望する程に、『死』の影も濃くなる。
 震え出しそうな体を、腕を痛い程に掴み締めて押さえ込む。


( ……何を怖気づいている、弥勒。散々、修羅場も踏んで命のやり取りもしてきたこの俺が、一体何を恐れる!? )


 これまでの己の行動は、 執着するもののない、無頼の強がりだったのだと思い知る。
 共に在りたいと思うが為に、今まで感じた事のない『怖れ』が、弥勒の精神(うち)を蝕んでいた。



 
  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 

「……なぁ、珊瑚。弥勒、ちょっとおかしかねぇか?」


 かごめを休ませるため現代に帰して間もなく、次なる闘いの間に訪れた休息の時。
 戦友に感じた変化が何か判りはしなかったが、気になって仕方がない犬夜叉。
 それが、この言葉となる。


「おかしいって、何が?」
「それが判んねぇーから、聞いてんだろ!」
「だから、どーしてそれをあたしに聞くのさ!!」


 男女間の心の機微に対しての感受性は、珊瑚も犬夜叉もどっこいどっこい。
 ただ当事者ではない分、まわりの者の方が見えている事もある。


「珊瑚、お前気付いてなかったのか? 最近、弥勒の野郎なんか覇気がなくってよ、気が付いたらお前ばっかり見てるじゃねーか」
「えっ、あたし? やだ、そんな……」


 うっすらと頬を赤らめ、俯いてしまう。


 
 ―――― あの約束は、まだ二人だけのもの。


 
 『死』を覚悟して、初めて触れ合った二人の『想い』。


 そう、奈落との闘いが終わったら ――――


 
「ふーん、まっ、俺の気のせいならいいんだけどよ。お前も気を付けておけよ」


 犬夜叉にしては珍しく、お節介な事をとそう思う。


 それとも、あたしが気付かなかっただけ……?


 その事が気になっていたのか、楓の手伝いをしながらも手を間違えてばかり。
 解熱の薬草に下痢止めの薬草を混ぜたり、止血の塗り薬に虫除けを混ぜたり……。


「ああ、もうよい! どうしたんじゃ、珊瑚。おまえまで、心ここにあらずではないか!!」
「えっ、あたしまで…、て。他に誰が……?」
「法師殿に決まっておろう。何があったか知らぬが、『気』が乱れておる。今は良いが、一度(ひとたび)戦場に赴かば、命取りにもなり兼ねぬぞ!」


 その激しい叱責に、珊瑚はこの老巫女にならばと白霊山での一件を語って聞かせた。
 そう、珊瑚には他に思い当たる節がなかったのだ。
 それから、山椒魚の妖の件も。
 ふうぅぅ、と楓は大きく溜息をついた。


「お前達が夫婦約束をしたらしい事は、かごめたちから聞いておる。弥勒殿ほどの方が、何故に囚われてしまったものか……、ふ〜む」


 腕を組み、深く考え込む。


 
 老巫女、楓。


 姉、桔梗のような類稀なる霊力こそは持ち得なかったが、『人』としての『器』の大きさは誰もが認める。
 そう、枝を広げ誰彼の区別なく木陰で憩わせる老木のように。


「ね、ねぇ、あたしのせいかな? あたしとあんな約束したから、それが気になって……」
「うむ、まぁ、それもあながちはずれではないが……。珊瑚、お前は法師殿と約束を交わして、何か変わったか? まだまだ奈落との闘いは続こう。明日をも判らぬ身である事は変わらぬ。どうじゃ?」
「あ、あたし? そう…だね、法師様が居るから負けたくない! って気持ちが強くなったみたい。だって……」


 そう言って、珊瑚は少し顔を赤らめた。


 
 ――――― 闘いが終わったら、私の子を産んで欲しい。



 女として、好きな人の子を成すと言う幸せ。
 女は弱し。されど母は強し。


 
 言葉にはしないその心中を、楓は読み取る。


「……男と、女の違いじゃろうな。言いかえれば、『命』を生み出せる者とそうでない者との違いじゃろうか。法師殿はお前を想うあまり、己の『命』に未練が出たんじゃろう」
「そんな、楓様。人は誰でも『生きる』事に執着します。法師様だけじゃありません! あたしだって……」
「そう、誰でも……、じゃよ。じゃが法師殿はお前達に出遭うまで、とっくに己の命に見切りを付けてたんじゃよ。いつ消えるか判らぬ己の生に怯えるより、その方が気楽だったのだ。女遊びも、そんな誤魔化しが効かぬ時の拠り所だったのだろう」
「楓様……」


 ふと楓の隻眼が、慈しみとまだ初心な珊瑚には読み取れぬ不思議な色を浮かべて、珊瑚を見つめた。


「のう、珊瑚。法師殿にはお前が居る。ならば生半可の執着ではなく、とことん『生きていたくなる』執着を与えてやろうではないか、うん?」


 そしてそっと珊瑚を手招きし、何事かその耳に囁く。


「 ――――― !! ――――― 」


 老巫女の秘策に珊瑚の顔は、その名の通り真っ赤に染め上がっていた。


 
  * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 



 夕刻、そぞろ外で刻(とき)を潰して戻って来た弥勒は、小屋の中に居る筈の人物が見当たらない事に首を傾げた。


「珊瑚、楓様はどちらに?」
「ああ、隣村で御払いを頼まれてさっき出掛けたよ。お戻りは明日の昼だって。 それから犬夜叉はかごめちゃんの所だし、七宝は楓様に頼まれて地念児のとこまで薬を貰いに行ったよ」
「……そうですか。御払いやお使い事なら私が出向いたものを」
「うん、でも法師様、居なかったから」
「ああ、まあ、そうですね」


 ……こんな事ならもっと早く戻って来て、楓の替わりに隣村へ出掛ければよかったと思った。
 出来るだけ、こう言う事態は避けたいと思っていたのに。


 そう、珊瑚と二人きりになるのを。


 気が付いてしまった己の『生』に対する執着。
 そして、『怖れ』。


 押しつぶされそうな焦燥感から逃げ出したくて、助けて欲しくて、視線はいつの間にか珊瑚の姿を求めている。
 珊瑚の姿を認めて安心し、次に沸き起こる衝動に慄く。


 
 珊瑚 ――――


 
 しなやかさの中の強靭さ。
 強かで生硬で、純真で。


 このままお前を見つめていると、『壊して』しまいそうだ。



 無理やり花開かせ、『俺』に染めて ―――――
 そして誰の眼にも触れぬよう、手折ってしまう ―――――


 どす黒い情念が、この胸いっぱいに渦巻いている。


 
 ……明日をも知れぬ身だからこそ、誰とも『約束』など交わしたくなかった。
 果たせぬ約束を持つ者の、辛さを俺は知っている。
 『仲間』だから、何よりも『愛しい者』だからそんな想いはさせたくなかった。


 
 ……だけど初めて感じたこの想いは、押し殺してしまうにはあまりにも大きすぎる。


 あの時、後がないと思えたからこそ素直になれた。
 一緒に逝けると思ったから、お前の想いを受けた。


 
 ―――― 一度堰(せき)を切ったこの『想い』は、もう止まらない。


 
 なぁ、珊瑚。


 お前の瞳が潤んで見えるのはなぜだろう?
 頬が薄紅を引いたように、上気して見えるのは?


 いつもより赤い、その唇 ―――――


「ねぇ、法師様。夕餉に一本付けようか?」


 夕餉の支度をしながらそう振り返った珊瑚は、そのまま弥勒の胸に抱きすくめられた。


「……酒など、いらない」
「法師様……」


「欲しいのは…、お前」


 腕の中の珊瑚は抗わない。


「いい…か?」


 耳元で囁く、掠れた甘い声。
 その声だけで、珊瑚の身体はもう動けなくなっていた。


「う、うん……」


 夕暮れ前のどこか暗い赤い光の中に、二人の影が重なる。
 小屋の中を、赤と黒に染め上げて。

 

 


 ―――― 珊瑚にとっては、初めての事。



 口付けも、男の腕に抱かれるのも。
 あまりの長さと息苦しさと、口内を弄るような舌の動きに翻弄されて、気が遠くなる。本当に気を失いかけた頃、名残惜しそうに弥勒の唇が珊瑚を開放した。
 大きく胸を喘がせて、肺に息を送り込む。
 弥勒の唇は珊瑚の耳朶の後ろから、すっきりとした首筋を巡り、肌蹴られ露になった胸元へと移っていた。
 初めての珊瑚を怯えさせぬよう、くすぐったさにも似た刺激のその中に『快感』を忍ばせ、少しずつ、少しずつ。


 肩を抜かれ、上半身は既に裸にされている。
 そのくせ弥勒の着衣が少しも乱れていないのが、小憎らしい。
 弥勒の手が、珊瑚の背中を撫でた。
 ピクリ、と珊瑚の身体に緊張が走る。


 珊瑚が小さく、何事か呟いた。


「……珊瑚?」
「……ごめん…ね。こんな傷だらけの身体で……」



  ―――― 妖怪退治屋と言う生業のせいもある。



 奈落の策略で、愛する弟に付けられた深い傷もある。
 年頃の娘の美しい顔貌としなやかな肢体にはあまりに不釣合いな、その傷。


「……その傷は、お前が生きて来た証。私はその傷さえ愛しい。お前が、ここに居るのだから……」


 琥珀が付けた悲しみの傷を、弥勒の指が唇が快感に変えて行く。
 背筋に言いがたい強い何かが走り、珊瑚の体の内裡から溢れる『悦び』。
 何時の間にか珊瑚の下肢は割り開かれ、弥勒の大腿が入り込んでいた。


 開き始めた蕾から、愛の蜜が滴り始めている。


 珊瑚が纏っていた着物はすでに帯で留められているだけ。
 まるで蝶の羽のように広げられ、珊瑚と言う『花』を際立たせている。


「珊瑚……」


 うっとりと蕩けてしまいそうに呟いて、豊かで張りのある珊瑚の乳房に唇を寄せた。
 巨大な飛来骨を操る珊瑚の胸筋は、その胸に両手で掴み締め切れない豊かさと臥してなお崩れない美しさを与えていた。


「あっ! っ……」


 軽く乳首に歯を立てると、珊瑚の身体が大きく仰け反る。


「珊瑚、珊瑚、珊瑚」


 ただ愛しさをこめて、名を呼び続ける。


「ああっ、法師…さ…まぁ」


 ぞくり、と腹の底から熱くなる、甘い甘い珊瑚の声。
 薄紅の肉色の花弁はしとどの露に濡れ、熱く柔らかく熟れていた。

 


 ――――― 俺は全てを取り去ると、珊瑚の中へと入っていった。

 


「あっっ! くっ、つっ、い、痛…いっっ!!」


 滅多なことでは苦痛に声など上げぬ珊瑚が、身体中を緊張させ内理(うち)に咥え込まされた『異物』に抗している。
 その締め付けは、今まで味わった事のない程の快感を与えてくれた。


 ……遊ぶだけの女なら、本番の前に喘がせるだけ喘がせ、秘所に指を咥え込ませ嬲るに嬲り、忘我の淵に落とした後で抱く事もままあるが、そんな薄汚れた手管など使いたくなかった。


 俺にとって珊瑚の身体は、御仏よりも尊い ―――――


 この『呪い』を穿たれた手で、神聖なその場所を汚したくなかった。

 

 


 ―――― そのつもりで、いつもより濃い目に紅を引いた。



 胸に抱き締められて、否はなかった。


 ……初めてだけど、きっと大丈夫。
 法師様なら ―――――


 口付けの激しさに、少し怖くなった。
 恋しい法師様の顔に、知らない『男』の顔を見た。
 だけど、これはあたしが決めた事。
 逃げない、逃げはしない!


 
 ……やっぱり法師様、優しい。
 あたしの怯えた身体を解すように、くすぐったくてそのくせ身体の内裡がじんじんするように、その手でその唇で可愛がってくれる。
 漣(さざなみ)のように身体の奥底から湧いてくる、これは『悦び』?
 快感の波に呑まれてゆく意識。


 施される愛撫の波に、敏感すぎる程勃ってしまったあたしの乳首。
 法師様に、かりっと所有の印を刻まれる。
 一瞬引き戻された意識は、もっと大きな波に呑まれてしまう。


 
 ――――― 潮が満ちる。


 
 宛がわれたそれは、熱く硬く大きくて ―――――

 


( か、身体が、引き裂かれそう ――― っっ!! )

 


 それは生木を引き裂く楔にも似て ――――
 あたしは闇雲に力を入れ、それを締め付けていた。


 
「さ…、珊瑚。す…こし、力を…抜いて……。お…、お前に、食い千切られ… そう…だ」


 言われた言葉の恥ずかしさに、顔を真っ赤にしながらも首を振り振り、言葉を絞り出す。


「そ…、そん…な事、言われ…ても、あ、あたし…、どうして…いい…か、判らな…、あっ、つっ、う…んん」


 苦痛から逃れる為か、俺の身体にしがみつく。


 ……下手をすれば、あばらの二・三本はへし折られそうだ。


 俺としてもこんなにもきつく締め付けられては、動くに動けず、ゆくのもゆけず、かなり辛い。
 俺は新たな快感を珊瑚に与えるため、そっと唇を重ねた。
 硬くしこって重量感を増した両の乳房を、優しく激しく揉みしだく。
 珊瑚の身体の中心に居座る激痛は、新たな快感の波に共鳴し痛みの中からもっと深い『快感』を目覚めさせる。


 更に珊瑚の秘所から、愛の蜜が溢れ出す。


( あ、あたし、すご…く、変。息が止まりそうなくらい苦しいのに、乳房なんて切り取ってしまいたくなるくらい感じすぎちゃってるのに…… )


 珊瑚の中で、弥勒が蠢き始める。


 ゆっくりと、やがて激しさを増して珊瑚を掻き回す。
 その動きに合わせて、弥勒を呑み込んだ珊瑚の腰が妖しくくねる。


「…珊瑚、一緒…っにっっ…!」
「あぁ…ん、法師…さ…まぁ。も…っとぉ…」


 遠くなる意識の中で珊瑚は、己の内裡が熱く満たされるのを感じた。



 
  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 

  ――――― どのくらい刻(とき)が経ったのだろう?



 一晩中珊瑚を求め続け疲労困憊した体を床に横たえたのは、つい先程の事。
 薄暗がりに仄かに浮かぶ珊瑚の白い背中。
 痛々しい悲しみの傷跡を覆い尽くすように、薄紅の花びらが舞っている。
 たった一晩で、驚くほど艶を増したその腰の線に、果てたはずのものが漲ってくる。


 ――――― 欲しかったものを手に入れた、安堵感。


 こんなにも心が安らいだのは初めてだ。
 今までにも、何人もの女達と夜を共にしてきた。
 『欲求』は満たされても、心の中にはいつも消えない風の音が付き纏っていた。


 「珊瑚……」


 想いを込めて、愛しき伴侶に呼びかける。
 昨夜の激しい行為のせいか、その横顔には薄く陰りが浮かんでいたが、それがより一層の美しさを与えていた。
 弥勒の腕の中で眠る、珊瑚の顔に浮かぶ笑み。


 ああ、そうだ。


 お前を絶対一人にはしない!
 何が何でも、俺は生き抜いてやるっっ!!


 この身の呪いを晴らし、お前と生きて行く!!


 
 なぁ、珊瑚。


 
「うぅ〜ん」


 私の腕の中で、身じろぎ小さな声を上げる。
 まだ、目覚めてはいないようだ。
 美しい横顔にそっと口付け、私は呟いた。


「…抱かれてみたい女は、お前だけですよ。珊瑚……」


  その囁きにピクリ、と珊瑚が反応し……。


「ねぇ、それって他に抱いてみたい女はいる、って事?」
「あ、いや、別にそう言う意味では……」


 射し込み始めた朝日を逆光に、私を見据える珊瑚の瞳。
 しなやかで強靭で、野性的な強い光。


「……他の女なんて、抱かせやしないよ。法師様を抱くのは、このあたしだけだからねっっ!!」


 止める間もなく、私は珊瑚に押し倒され跨がれてしまいました。
 私の『イチモツ』を己が内裡に納め、勝ち誇ったように。


「さ、珊瑚! もう、朝ですよっっ!! 誰かきたら……」
「構いやしないよ。こーなるよう楓様が仕組んでくれたんだからね。昼過ぎまで、誰も戻っちゃこないよ」
「さ、珊瑚〜っっ!!」


 ああ、男の悲しい『性(さが)』ですね。
 珊瑚の気持ち良いところへ咥え込まれ、勝手に元気になってしまいました。


「法師様、憑き物が落ちたみたいだね。すっきりした顔しているよ」
「ええ、そうですね。こんなにも美味しいお前を残して死ぬ訳にはいきませんからね」


  ―――― 美味い餅をつく杵と臼のように調子を合わせ。


「そうそう、その意気だよ。あたしも若後家にはなりたくないし、父なし子にするのも嫌だからね」
「て…、父なし…子?」
「ああ、そりゃぁそうだよ。夕べあんだけヤリまくったんだ。子が出来ても、おかしかないからね」

 

 どっか〜んっっ!!

 

 こ、これは何が何でも、そう石に噛り付いてでも生き抜かねば、勝たねばなりません!!
 ぐだぐだと、己の生き死にだけにかかずらわっていては!

 

 ――――― 女は弱し、母は強し。父も、ですね。

 

 それにしても、このような事を巫女である楓様が仕組まれるとは…、とほほ。
 戦国の世を生き抜くには、女子と言えど強くあらねば、と言う事でしょうか?

 

 
 ――――― 染めたつもりで、染められたのは、


                  この私かも知れません。

 

 
【了】
2003.9.10




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