【 睦言 −わけ− 】




 ゆらゆらと、揺れる妖光(ひかり)の繭の中。



 深い、深い森の中。
 森の主(ぬし)たる古木の、その根方。


 昂ぶる気を映して、繭の色は薄く紫金がかったり、桜桃がかったり。


 
 りんはそれを、内から見てる。


 
( ……綺麗 )


 
 繭越しの周りの様子は、目覚めてるままに見る夢みたいに。
 本当に、今 こうしている事こそ、『夢』だよね?


 
 だってね、未だに自分でも信じられないんだよ?


 
 ……ねぇ、殺生丸様?


 
 言葉にはしなかったのに、りんの声が聞こえたのかな?
 肘から先のない左腕でりんの背中を支えて、右手でりんの腰をぐいと引き寄せた。
 更に深く、もっと熱く。


 『夢』じゃないと、思い知らせる様に。
 ああ、また血の匂い。



 でもね、殺生丸様は優しい。
 この『結界』はりんの為。
 遮るものとてないのは、あたしが不安になるだろうと。
 殺生丸様のお側なら、どんなに恐ろしい相手でも大丈夫なのは知ってるけど、一糸纏わぬこんな時には心許なかろうと。


 殺生丸様の首に腕を絡め、肩に頭を乗せて痛みに耐える。
 ああ、そうだね。
 この『痛み』まで夢ならば、この世の中は全てが大きく儚い夢になっちゃう。


 りんがここに存在(い)る事も。
 殺生丸様がここに存在(い)る事も。


 あたし達がこうしている事も!


 声を殺し、息を潜め、あたしは全身でそれを感じる。
 そんなあたしの耳元で、低く静かな声が問いかける。


 
「……嫌か? りん」

 


 ……愚問だと、己の内理(うち)に冷たく落とす。


 
 何も判ってはいないのだ。
 何をされているのか、どんな意味があるのかさえも。


 
 幼さ故の、無知 ――――

 


 ……では、私は判っているのだろうか?


 何をしているのか?
 どんな意味があるのか?
 蔑んでいた人間の、ましてや女にもならぬ者を ――――


 
 幾夜となく、幾度となく、この腕に抱き、求めた。
 この儚く脆い器を、壊してしまいそうな怖れに慄きながら満たし、幼き肉体の声なき悲鳴を、激痛のあまりの激しい四肢の痙攣を甘美なものと受容し、その者の中に果てる事に。


 嫌でない訳はないだろう。
 しかし、それすらも判らぬ程に幼く愚かなのだ。


 ……そして愚かなのは私も、か……?


 
 訳などない。
 意味などない。


 そんな事は、百も承知。


 
 今、ここに存在(あ)る者は、いつか私の目の前で無残な骸(むくろ)を曝していた者。
 共に連れ歩いたとて、瞬く時の流れに振り返れば、花の野辺に髑髏(しゃれこうべ)と化する者。
 そう、明日そこに存在(ある)とは限らぬ、果敢無き者よ。


 その黒き瞳も、姦しい囀りも、煩わしい程のその笑顔も。
 否応なく、連れ去るものがあるのなら ――――


 ならば、全てを私に寄越せ!


 その肉も血も、熱さも喘ぎも、全て、全て!!


 
 りん、お前は ―――――

 


( …嫌、って……? )


 
 殺生丸様、嫌って……?
 こうしてる事、が……?


 殺生丸様は、嫌? りんとこうしてるのは?


 りんは……


 嫌じゃないよ。


 良く判らないけど。
 めちゃくちゃ痛いけど、苦しいけど。


 りん、ってバカなのかなぁ。


 
 ……でも、嫌じゃないよ。


 
「…殺…生丸……様…は、…嫌……?」


 喘ぎで途切れ途切れに、それだけを言葉にする。


「りん……」


 りんは、どうしても聞きたい事があったの。
 ずっと、ずっと聞きたかったの。
 でも、今まで聞く事が出来なくて……


 今なら、聞けるかな?

 


「…どう…して、りん…な……の?」


 ずっと聞いてみたかった。
 殺生丸様はとても立派だから、りんみたいなちっぽけでなんの力もない子供より、あの風使いの女の人やいつか逢ったお姫様なんかの方がず っと綺麗で大人で、お似合いだと思っていたの。だから……。
 殺生丸様は、りんを繋いだまま腕の力を少し緩めてりんの顔を肩から外し、じっと見詰めた。


 何も仰らない。
 顔の色一つ、お変えにならない。
 凍りついたような金の眸に、りんのちょっと苦しいような困ったような顔が映ってる。


 ……ああ、やっぱり。


 きっと、理由(わけ)なんてないんだよね。
 りんがここにいるから、それだけなんだよね。


 だから……、今 こうしているのはりんじゃなくてもいいんだ。
 殺生丸様は妖怪だから、人間を痛めつけるのが愉しくて……。
だから相手なんてきっと誰でも良くて――――


 それでも、それでも……
 ああ!! やっぱり、りんは大バカなんだっっ!!



 ……だって、嬉しいんだよ。


 こうやって、抱き締められて。
 間近に、そのお顔を見て。
 普段じゃ触れる事も出来ない、その御髪(おぐし)にも肌にも触れられて。


 
 ………… ?


 
 殺生丸様、りんを虐める為だけに武装を解かれるのは危ないよ?
 妖鎧を外され、大切な太刀二口も地に置かれ ―――――
 りんがお膝の上にいるのは、お邪魔でしょう?
 それに、どうしてりんにあんな事を訊くの?


 
( ……嫌か、りん )


 
 それなら、どうして?
 どうして、殺生丸様……?


 
「……殺生丸…様。どう……して、りんに…こんな事な……さるの…?」


 
 ほんの微か、りんを映している金の眸に走る翳。
 りんの腰に添えられていた右手がりんの肩に移り、りんの頭は殺生丸様の胸に抱き込まれた。


 
「……りん、お前はどうだ? お前は何故、私の後を追う?」


 
 あっっ!!


  ―――― とくん ――――


 
 りんの内理(なか)で、何かが脈打つ。


 
 ―――― とくん とくん ――――


 
 ああ、一緒だ! 一緒なんだっっ!!
 殺生丸様とりん。


 
 理由(わけ)なんて、最初からないんだよね!!


 
 りんだって、どうして殺生丸様のお側に居たい! なんて思ったかなんて、自分でも判らないよ。


 生き返らせてもらったから?


 でも殺生丸様が沢山の敵を何でもないお顔で殺す、恐い妖怪だって言う事も知っている。
 いつかりんも殺されちゃうかもしれないけど…、でも、お側に居たいっっ!!


 
 そう言う事なんだね、殺生丸様!!


 
 ああっっ!! 嬉しい! 嬉しいっっ!!
 りんの腕じゃ、一生懸命伸ばしても、殺生丸様を抱き締める事は出来ないから、あたしはあたしの『内理−なか−』の殺生丸様を抱き締めた。


 
 どうしたんだろう?


 
 胸がもの凄くどきどきして、どんどん自分の躯が熱くなるのが判る。
 あんなに痛かったのに、りんの熱の方が強くって、もうあんまり痛くないような気がする。


 そして ―――


 いっぱい、いっぱい殺生丸様を感じてる!! りんの中も外も!
 もっと、もっと!! 殺生丸様っっ!!!


 りん、嬉しい ―――――

 


 私の腕の中で、りんの化身してゆく様に目を見張る。


 たった、一言。


 お前が欲していたのは、その一言だったのか?
 己の言葉はかけられた相手に対し毒を含み、冷たく切り裂くのを私は知っている。
 気遣う相手など、居ない。
 甘い言葉など、反吐が出る。


 ましてや優しい言の葉など、まやかしで ――――


 それでも……、お前は私を追う。
 私を、見る。
 その黒い瞳を煌かせて。
 その瞳には、私さえ知らない『私』が映っているのかも知れない。


 
 ――――― 刹那の瞬き。


 
 理由(わけ)などない。


 意味などない。


 ましてや、行く末さえも。

 


 それでも、それでも、りん。
 お前は私の ――――


 
 私が、欲し。
 お前が、欲す。


 
 ただ、それだけが唯一の真実(まこと)。

 

 


 妖光の繭の中。


 孵化したものは、この世ならざる ――― 【奇蹟−あい−】



 
【完】
2004.8.5


 

【 あ と が き 】


う〜ん、やっぱり… 甘くないですよね、これ。
と言うか…、私の書く物って、全部こんな感じで。艶笑系だと、少しはライトな
感じに仕上がるのですが本人達にとっては「それなりの幸せv」、なのです^_^;


もともとが「尋常ならざる」カップリングですからねぇ、殺りんは。
ほのぼので書けば、まだ違う展開も望めるのですが、とっとと一線越えてます
し。犬かごじゃ、却ってこーゆー展開はしないんですけどね。


刹那的・有り得ない関係、そして背徳的。
そーゆーものが、私に取っての「殺りん萌え」の核になっているんでしょうね。
もう、ほとんどビョーキ、です(-_-;)




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