【 狂花 −ものぐるい− 】




 ―――― ねぇ、殺生丸様。この夏、りんが無理をして倒れた時に仰ったよね? 何かあれば、ちゃんと言えって。


  
 そう言うりんの表情は、月明かりが影を落とし昼間とは別の顔。
 夜半の夜気の冷たさか、肌蹴た肩口をぶるりと震わせる。
 私は何も言わず、先を促す。



 ―――― りん、病気かも知れない。



 その一言が、私の背中を冷たく駆け上る。
 りんの身体の事は、りん以上に私の方が知っている。
 熱い身体、汗ばむ肌。
 掠れる息遣いも翳りの落ちた頬も……。
 しかし、それは『病』の所為ではない。
 私が、お前を求めたが故。


 『病』が発する瘴気は感じない。


 夜毎、お前の身体に注ぐ『情』の所為……。
 『妖気』と『毒気』を含んで、お前を蝕む。
 それを承知で、お前を抱いた。


 それにしても……、早すぎる。


 お前の柔らかな肉からは、どんな微かな腐臭もしない。
 むしろ開き始めた『花』のような、甘い香り ―――



 ―――― あのね、夜も昼も、ずっと痛いの。
 胸や手や足。お腹も、熱っぽくて重たくて地面に沈み込みそうなの。



 それを聞いて、密かに詰めていた息をそっと吐いた。


 ( ……いつもの事だろう、それは )


 気が付かぬ内に、責めすぎたか?
 お前は拒まぬ故。



 私は、加減を知らぬ ―――



 私の腕の中で、お前の小さな頭が横に揺れる。



 ―――― ううん、違うの。最初はそうだったけど、今は大分慣れてきたし……。痛さの感じが違うの。



  ( ……………? )



 ―――― 手や足が体の中でぶつかるみたいに痛いの。いつもは大きく足を拡げさせられたり、腕を後ろにひっぱられたりした痛さだから……。胸もね、殺生丸様に噛まれたりきつく吸われた後のひりひりしたような痛さじゃなくてね、肌が眼に見えない糸で引っ張られてるみたいな痛さ。



 話しているうちにだんだん恐さが増してきたのか、黒い瞳に涙が浮かび声が震える。


 
 ―――― お腹も……、殺生丸様のが入ってる時は熱くて硬くてはっきりした痛さだから、ああ今ここに殺生丸様がいらっしゃるんだなって判って痛いけど嬉しいの。



 もう止めようのない涙がぽろぽろと、堰を切って溢れてくる。



 ―――― そう言うのはね、朝になれば身体のきついのと一緒にだんだんなくなるのに、ずっとずっと変なの。お腹の中をぎゅっと掴まれるみたいな感じ……。はっきりしない波みたいな痛さがお腹全部にくるの。



 そう言って、下腹だけではなく両横腹も手で擦る。



 「りん、悪い病気なのかな……」


 心細さに、私に縋り付く。
 何も知らぬ娘。
 何も知らぬまま、この私に抱かれ……


 気が付いてはいないのか?


 責める度、夏の蝉のようにいつ転がり落ちてもおかしくないようなお前の身体を支えていたこの腕は、もう必要がない事に。
 しなやかさを増したお前の細い腕は私を抱き締め、膝に抱え上げた時に空に浮いていた小さな膝頭も、今ではしっかりと地につきお前の身体を支えている。


 お前の上に『時』が流れ、子供から『女』へ ――――


 「……心配はいらぬ。女になるだけだ」
 「女? りん、生まれた時から女だよ?」


 ……『女』の意味すら知らぬ。


 子を孕む事の出来る、『器』としての『女』。
 男を迎え入れる事で、『情』としての『女』。


 そのどちらも知らぬうちに、お前は私の女になった。


 ……お前の上に流れる時を、私は見て見ぬ振りをしようとしていたのか。
 それが何を意味するか、知るが故に。
 しなやかに健やかに伸びた四肢、柔らかさを増した胸。
 早咲きの花は色香を深め、更に私を酔わせる。



 花の香りが強くなったのは、その意味。



 「……これからは、月毎にお前は血を流す」
 「血…を?」


 怯えと無知。
 詳しく語るつもりもない。
 月の徴(しるし)で流す血も、私に抱かれて流す血も、流すお前には同じ事。
 より『女』になると言う、その事実。
 月水(げっすい)を濯いで、時がお前を刻んでゆく。


 「りん、病気じゃない?」
 「ああ」
 「本当に、大丈夫?」
 「……嘘は言わぬ」


 私の背中に回されたりんの腕から力が抜ける。
 まだ泣き顔の余韻を残して、微笑みかける。



 この笑みに ――――



 あの時、お前の屍を見る事がなければ、今 お前はここには存在(い)ない。



 何故とは、もう思わぬ。
 どうしてとは、考えぬ。



 この腕の中に、お前が存在(い)る今は。




 徒花(あだばな)か
 死に花か ――――



 硬き蕾のうちから手折られ、無理やり咲かされて。
 引き裂かれ、赤く染まった幼い花よ。


 何を、求めた。
 りん、お前に?


 肉の悦びか。
 嗜虐の愉しみか。



 ……いや、違う。



 私が欲したのは……、その小さな手の温もり。
 涙に曇る事のない、その笑顔。


 何よりも揺ぎ無い、お前の『信』の心。
 全てを受け入れる、お前そのものを欲して ―――



 花よ、花。
 私を狂わせる、りんの花。


 その香に、色に、儚さに。


 我が身を押し付けそこに在るを感じ取り、得る微かな安堵と負う繰り返す罪。



 ――― ならば、行くところまで堕ちてみよう。



 「殺生丸様?」
 「……お前が気にするその痛み。私が忘れさせてやろう」



 伸び行く手足の骨がその身の中でぶつかり痛いのなら、更なる痛みで消してやる。関節が抜けるほどにその足を大きく開かせようか。後手に手首を取って、背が折れるほどに肩や肘が外れるほどに、深く引き寄せよう。お前の中に深く深く我が身を沈め……。




 ―――― ものぐるい。



 笑はば、笑え。
 人の子に狂った、妖と。



 この感情を何と呼ぶか、私は知らない ――――



                              
【完】
2005/09/20




【 あ と が き 】


りんちゃんの成長痛がテーマな話。確実に過ぎてゆく「時間」をどこかで怖れ、
それを忘れるように、りんちゃんそのものの「存在」を確かめようとする殺生
丸。その想いがりんちゃんを傷つける事になる事も承知で……


すでに狂っている殺生丸です。




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