【 陰獣 1 】



= まえがき =


もう、かなり前から書きたかったりんちゃん遊郭物。
まぁ遊郭物といっても私の事ですから、りんちゃんがお年頃な訳でもなくましてや格式や作法の整った『見世』などではありません。ですので最初っからりんちゃん花魁設定だとか、太夫設定は無し! で、その手の話を書こうと言うのですからアブナすぎるな、と自分でも思う訳です。


この話は以前、「修羅」を書いている時に思いついたものです。りんちゃんが住んでいた村の人間の心がもっと荒んでいたら、子どもとは言えりんちゃんは女の子。その上、五月蝿く言うような身寄りもない境遇ですのでいつ人買いに叩き売られてもおかしくなかっただろうな、と思ったんですね。そうやって売られた女の子の最初の仕事はまず、その買われた店での下働き。


この頃のりんちゃんを見れば話す事は出来ないし、やせっぽっちで貧相だし、私の中ではいきなりの太夫見習いはない。寒村育ち野育ちのりんちゃんに花魁教育を施すくらいなら、まだ落ちぶれた武士の娘や貴族の娘(…場合によっては姫の場合も)などを教育した方がよっぽど上玉になると思うので。また、りんちゃんの買い主にしても二束三文で(多分…?)買った娘にそこまではしないだろうと。上手く育って下級女郎にでもなれば儲けもの、くらいじゃないかな。


はは、こんな事を考えて書くからなんとも実も蓋もない、ついでに萌えもない話ばかりになるんでしょうね。では、当管理人の妄想に満ち満ちたヨタ話。それからの、展開です。





   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *





 ……何回やっても、やっぱり気持ち悪いや。



 りんは目の前に突き出された男の陰茎に小さな舌を這わせながらそう思った。
 いつからこんな事をさせられるようなになったっけ……?


 お父やおっ母、兄ちゃんたち。
 なぁあんにも取るもんなんてないのに野盗に襲われて、殺されて。
 残ったのはりん一人。


 どんなに頑張って働いても、あたしみたいなチビじゃたいした事も出来なくて。
 声も出なくなってたし、どっかずっと頭の中に靄がかかったみたいになって、もう泣くのも笑うのもどうでもいいみたいな感じ。
 村の皆も気味悪がって……。


 だから、二束三文で叩き売られた。


 丁度、村を通りかかった女衒に。
 せいせいしたんだろうな、厄介者がいなくなって。


 そして、あたしは……


 連れてこられたのは、嫌な臭いのするなんだか薄汚い所だった。なぜか襦袢姿の顔色の悪い、年の判らない女の人が七・八人。目つきの悪い男が数人。このなんだか良く判らない場所の主人みたいな男と、ぞっとするような目をした女と。


「……どうしたんだい、政。その薄汚いやせっぽっちな娘は?」


 その女の声の感じは、蛇の舌に肌を舐められた時のようなぞっとした響き。


「へい、女将さん。確か、ちょっと前までここで下働きをしてた娘が見世に上がったって聞いたもんで、代わりが要るんじゃねぇかと」
「ほう…」


 女将さん、と呼ばれた女の目が笑ったのか細く、もっと嫌な感じになる。


「おまえにしちゃなかなか気が利くじゃないか。それにしてもちっこいねぇ、この娘は」
「まぁ、ちっこくても死ななきゃそれなりになりまさぁ。なによりもこの娘、五月蝿くないのが良い所でさぁ!」

「五月蝿くない……?」
「へい、この娘 口が利けないもんで」
「へえぇぇ……」


 今まで黙っていた見世の主人が口を挟む。


「口が利けねぇって、馬鹿じゃ使いもんにゃなれねぇぞ! 顔と体が良けりゃそりゃ馬鹿でも構わねぇがな」
「いや、馬鹿って訳じゃないんで。目の前で親・兄弟皆殺しにされたせい、って話で」


 ……りんの知らない所で話が進む。
 りん、ここで働くの?
 何を、するの?


 この時、あたしはやっと六つになったばかりだった。



   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ――― そんなもんだって、思ってた。



 村に居た頃だってろくに喰うものはないし、足蹴にされたり、引っ叩かれたり……。

 どっちも、嫌で痛い事には変わりが無いもん。
 連れてこられた所が、『淫売宿』だっていうのは後から客の話で知った。知ったけど、それがどう言う意味か判らない。


 山の中の淫売宿。
 あたしが住んでいた村よりはまだ町に近いけど、それでも何だかこそこそしている嫌な感じがずっとしていた。

 店に来る客も、きっとまともじゃない。
 りんは子どもだけど、何となく判る。村の人たちもりんが一人ぼっちになって、口も利けなくなって、厄介者だから随分と酷い目に合わされたけど、その時の村の人たちの顔の方がまだずっと優しく見えるように思うくらいに。


 連れてこられたりんがさせられた仕事は、汚れ物を洗う仕事。
 朝のうちにお客に出した食器を洗ったあとに洗濯もする。昼間から夕方まで、それで終らなければ夜も、汚れた敷布や色褪せてほつれかけた襦袢なんかをずっと洗う。食器を洗うのはそんなに大変じゃなかった。数は多かったけど、残り物なんてこれっぽっちもなくて、それどころか舐めたみたいに綺麗になっている。


 その代わり、洗濯の方は大変だった。
 汚れが落ちなくて。
 もっと早くに洗えば落ちたかもしれないのにからからに乾き切って、染み付いてからしか洗いに出さない。それも、もう何箇所もそんなになってから。急ぎの洗いの仕事は、客や店の女の人が吐いたりした時くらい。客が吐いたものを洗う時は酒臭い事が多くて、店の女の人が吐いた時は大抵、血と嫌な臭いの白黄色のものが混じっている事が多かった。


 どちらにしても、あたしの小さな手でそんなに大きな物を洗うのは本当に骨の折れる仕事で。どんなに力を入れても汚れは落ちないし、洗う川の水は冷たいし、力が足りないから絞っても絞っても洗い物から水が滴って、いつまでも乾かない。


 そうしたら、「仕事がのろいっっ!!」って店の女将さんや旦那や店の女達からも叩かれたり殴られたり蹴られたり。


 誰もあたしが「生きていく」って事は、どうでもいい事。



 ――― あたし、ここに来てからご飯なんて貰った事がない。



 連れてこられて、すぐ食器を洗えと言われた。「あんたの食い扶持はそこにあるからね!」って言われて。あたしも、ああそうだな、ってその時は思ったんだ。村に居た時だってそんな感じだったから。だけどね、食べる物なんて殆どないんだよ。


 店の旦那や女将さんは、店で抱えている女の人にもご飯は出さない。
 女の人は自分を『買ってくれた』客に、食べさせてもらうんだ。他の店じゃどうかは知らないけど、こんな店に来る客だもんね。自分の分しか頼みやしないよ。だから女の人は、その客が残した残り物を喰うんだ。あたしの分なんて残る訳ないよね。


 でも時々は、ほんの少し残った米粒をかすり落として食べたり、汁椀の底の薄い味の汁を舐め取ったりする事が出来た。それが出来るのが、客の相手をした女の人が半死半生の目にあって食べるどころの段じゃない時だね。


 洗濯で川に行った時に、何か食べられる物はないかって探したいんだけど、そこはちゃぁんと見張りがいるんだ。勝手な事をしないように、逃げ出さないように。


( ……あたしも、おっ母達の所に行った方が楽だよねぇ )


 あかぎれで、真っ赤になった手を休める事も出来ず。
 折角洗った敷布や襦袢に、自分の手の傷から滲む血が付いてまた洗い直す。腰も背中も痛くて。腹が減りすぎて、ぎゅうぎゅうと押し固められてゆくようで、目眩がして気持ちが悪くて。


 だけど、自分の心の中で『死んじゃいけない!』って、どこからか声がする。
 それはあたしを庇って、野盗に切り殺されたおっ母があたしの無事を見て笑った最後の顔と一緒に。


( 死ぬ事も出来ないって、すごくきついね )


 この頃のあたしは、死んじゃいけないけど死んじゃえば楽だろうな、ってずっと思っていた。
 頭の中は、兎に角なにか食べたいっ!! ってそればっかり。


 だから……


「なぁ、りん。お前、腹減ってんだろ? 喰いもん、やろうか?」


 そう見張りの男が言った時、あたしは何も考えずに頷いたんだ。
 あたしにそう言った男は、小柄なそのくせどこかぶよぶよと変な太り方をした男だった。若いのかそうでもないのか良く判らない。
 見た目の悪さと全体の雰囲気が気持ち悪がられて、店でもあまり良くは扱われてないなぁと、感じていた。


 あまり我儘の言えない店の女の人たちが皆、そう口を揃えて言うので、店の主人や女将さんもこの男には、もっぱら外回りの仕事ばかり言いつけていた。


 そう、あたしを村から二束三文で買い叩いたのもこの男。


「そうか、腹減ってるのは辛いもんな」


 もう一度、あたしは頷く。
 その男が、あたしの顔に手をかけて自分の顔の方に向けた。
 何を考えているのか判らない、どんよりと濁ったトカゲのような目。


「なぁ、りん。お前、ただで食い物もらえるとは思ってないよな?」
「……?」


 言葉をなくしたあたしの顔から、答えを読もうとその気持ちの悪い顔を近づけて来る。


「お前が俺の言うとおりちゃんと出来たら、ほら、この握り飯をやるぞ」
「――!!――」


 あたしの目が、ぱっと輝く。
 握り飯なんて、村にいた時でも滅多に食べられなかった。その握り飯も粟や稗の握り飯。男が手にしているのは、宿の客に出す麦混じりの白い握り飯だった。


「あっ…、ああ……」


 言葉が出ないから、こんな獣みたいな声でそれが欲しいと頼んでみる。


「よ〜し、判った。じゃ、これはお前にやろう。その代わり……」

 そう言うと男はあたしの顔を自分の下腹に押し付けた。そこには……


( いやっっ〜〜〜!!!! )


 醜悪で、嫌な臭いがするそれ。肉色の巨大な芋虫のようなもの。
 その男の気持ちの悪さが全部が、そこに集まっているような気がした。


「舐めろ、りん。上手にしゃぶって俺を気持ちよくさせられたら、この握り飯をくれてやる」


 あたしはそれの気持ち悪さが嫌で嫌で、下腹に押し付けられた頭をその男の体から引き離そうと両手を、ぶよぶよした男の腹について力いっぱい押した。


「へっ! お前みたいなガキでも俺の相手は嫌ってかっっ!! それなら無理やりお前の口にねじ込んでやってもいいんだぜ、りんっっ!!」


 あたしが押して少し引き離した頭をもう一度、力任せに自分の下腹に押し付けた。男のモノがあたしの頬にあたり、その生暖かさとそれだけ別の生き物のように見える感触に、体中から冷や汗が流れ出す。


「あっ! ううっ… うっ!」


 一生懸命顔を逸らし、目をつぶってそれを見ないようにする。それでも……


 いきなり髪の毛を掴まれて、今度はその男の下腹から引き剥がされた。その余りの痛さに閉じていた目を、あたしは思わず開く。
 あたしの目に飛び込んできた男の顔は、人間のようには見えなかった。
 怒りで赤黒く顔の色は変わって、気持ちの悪い表情がどす黒い恐ろしいものに変わっている。


「……殺されたいのか、てめぇ!! いいか! 俺がその気なら、りん! お前の口にこいつを捻じ込んで、その後犯り殺したって構わねぇんだぞっっ!! お前みたいな娘の代わりなんか、いくらでもいらぁ!!」


 ……本当に殺されると、あたしは思った。


 この時のこの男の顔は、おっ父やおっ母・兄ちゃん達を殺した野盗と同じ顔をしていた。



( ……殺されちゃえば、あたしもおっ父やおっ母たちの所に行けるかな? そうしたら、こんな思いをしなくて済むのかな? )



 このまま逆らえば、きっとそうなる。
 それは、どんな死に様だろう?


 この男が言ったような殺され方って……


( 嫌だっっ!! そんなのっっ! )


 野盗達からりんを守ってくれたおっ父やおっ母、兄ちゃんたちの為にも、そんな死に方をする訳には行かない!!

 ここに来て、りんは色んな事を知った。
 村でのりんの暮らしも酷かったけど、ここに居る女の人達はもっと酷い。人間扱いされていない、あんないやらしい事をさせられ続けて、人としての心がもう死んでいる。ここでりんがそんな風に殺されたら、死んでもりんはおっ父やおっ母の所へはいけやしない。


 汚らしい、畜生以下のりんなんて。


 死んだ方が楽なのに、それすら出来ないあたし。



 吐き気を我慢しながら、あたしはその男の言う通り舌を使った。
 舌先で芋虫の先っぽを舐めて、それから口に銜え込む。
 あたしの口の大きさじゃ、男の芋虫は納まり切れなくて、それでもぐいぐい喉の奥まで押し込んでくる。


「あぐっ…、う、うぐぅぅ、おぇぇ……」


 物凄い吐き気が襲ってくる。
 いっぱいに開かされた口のせいで顎まで痛くなって、喉の奥まで入れられたせいで息も出来なくて……。


「ふっんんっっ、な… かなかっ、良いぞっっ!! ちっとばかりきついし、奥行きが足りねぇがっ!」


 両手でりんの頭を掴み占めて、りんの口の中に何度も芋虫を突き込んで来る。その度にりんの喉の奥が張り裂けそうになって……
 苦しくて苦しくて、涙と口元から零れる涎とが止まらない。


「知ってるか? りん。上の口と下の口は良く似てるらしいぞ。お前、先が楽しみだな」


 そう言ったかと思うと、そのままりんの喉を突き破るくらいの勢いで芋虫を捻じ込んで来た。


( ―――― !!! ―――― )


 りんの喉の奥に、生暖かい苦くて生臭いものがたたき付けられる。
 そのどろりとした感じに、全身に寒気が走る。


「う〜、う〜、ううっっ!!」


 男のものはまだ、りんの口の中。
 りんの口の中をかき回すように、それを蠢かす。


「腹減ってるんだろう、りん。ついでだから、それも飲んじまえ。ちったぁ、腹の足しになるだろうぜ」


 りんは、そんな汚らしい事をしたくなくて、目に涙をいっぱいためて首を横に振った。


「ああっ!? 贅沢言える身分じゃねーだろっ!! 俺が飲めって言ったら飲むんだっ! 判ったな、りん!!」


 りんがそれを吐き出せないよう、芋虫を捻じ込んだまま男はりんの鼻を摘んだ。りんは息が出来なくなって、目の前が真っ暗になって……、気がついたら男がりんの口の中に出したものを飲み込んでいた。


「あっ、あああぅっっ〜〜〜!!」


 泣きたいのに、叫びたいのに言葉にならないりんの声。


「ふぅぅ、なかなか良かったぜ、りん。今度から腹が減ったらいつでも俺に教えな。やる事やらせりゃ、飯は食わせてやるからよ」


 身を川原に伏せて泣いているりんの目の前にあの握り飯を投げ捨てるようによこし、男は用は済んだとばかりに引きあげていった。
 りんはその後、何度も吐いて、もともと空っぽだった腹の中の胃液まで吐いて……



 吐き気がおさまり、川の水で口を漱ぐ。
 ぼんやりとした頭で、のろのろと食べた握り飯の味はまるで砂を噛んでいるような気がした。



 りんの中で、何かが崩れてゆく ――――



【続く】






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