【 星に願いを… 】
（ 殺生丸様と、ずっと一緒にいられますように…… ）
故事がどう変わった物か知らねど、どこで何を吹き込まれたのか拙い手で札にそう記し、長雨に洗われた夏の夜空に煌く星に笹を捧げたのはいつの事か。
あれより、どのくらいの時がたったのだろう……
また、その季節が廻（めぐ）る。
季節など、時の流れなど、お前に逢うまでは思い煩う事もなかったものを。
醒めた眸で、夜空を見上げる。
お前が願いをかけた星々が、惑わすようにその光を振り落とす。
「……行くか」
諸々の、そしてこれからも続くであろう苦悶を振り切り、夜空を翔ぶ。
目指すは、『人』の立ち入れぬ深山の己の結界の中。
『りん』の願いを叶える為に ―――
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
結界の中には、瀟洒な小造りな屋敷が一つ。
中に眠るものを護る為、守護花を蔓延（はびこ）らせ結界の力を強める。
屋敷に仕えるものは、己の妖髪を依り代にした式鬼（しき）ども。
屋敷の奥の間に、あの頃と変わり無い姿の『りん』が眠る。
白羽二重の夜着を身に纏い、安らかな寝顔で見果てぬ夢を見ながら。
枕元の更衣箱には、りんが殺生丸と旅をしていた頃の赤い市松柄の単がきれいに畳まれている。
それを殺生丸は、一層冷めた眸（め）で見た。
それは、『あれ』からりんの身の上に起きた事を物語る。
「りん、これがお前の望みだな……」
――― 儚い生の人の子が、この私と共に在りたいと望み、星にかけた願い。それは、また……
（ 殺生丸様と、ずっと一緒にいられますように…… ）
お前の『ずっと』は、私の束の間。
では、私の『ずっと』は……？
嘲笑うように、腰の天生牙が低く鳴る。
お前の命が尽きる度、この天生牙で繋ぐ事も出来たかも知れぬ。
だがこの殺生丸、そこまで愚かではない。
命が尽きるは、天の定（さだめ）。
天の理（ことわり）を捻じ曲げる為の道具ではないのだ、天生牙は。
不遇にして、成さねば成らぬものありて死さねばならぬその時だけ、この天生牙は高く鳴る。
尽きてはならぬ、その命を繋ぐ為。
では、お前の身を妖術・鬼術を用いて『人で無いもの』に転身せしめるか？
否（いな）……
お前を『お前』以外のモノにする事は誰であろうと…、そう 我自身であろうと許しはしない。
寝ているりんの枕元に腰を落とし、りんの寝顔を見る。
そっと手を額に触れ、呟くように声をかけた。
「……起きよ、りん」
翳した手の平に伝わるのはひんやりとしたりんの体温。
その手をそのまま頬へと滑らせ、首筋から袷へと。
りんの胸の上に手を置くと、遠くから微かに感じる鼓動。
殺生丸の眸が金に恫（ひか）る。
ここからは、『儀式』
りんを覚醒させる為の。
胸に差し入れた手で、きちんと合わされていた夜着の襟元を肌蹴させる。
りんの陽にあたらぬ肌の真白さが、夜の闇にくっきりと花のように浮かぶ。
細い肩まで抜き取られても、まだりんの目が醒める事はない。
それほどに、りんに与えた『睡-ねむり-』は深い。
また、深くなければ意味は無い。
肉付き薄いりんの胸に、耳を当てる。
ゆっくり数を数えて、二百に一回、五百で二回。
極々僅かにりんの心臓は動いている。
その胸の小さな薄桃の実を口に含み、もう片方の胸の実も右手で柔らかく揉みしだく。
どくん。
鼓動の音が、少し大きくなった。
先を急ぐように、胸を弄（まさぐ）っていた右手をりんの太腿へと。
掌の熱で溶けそうなほど滑らかな内腿を撫で上げ、指を秘花に触れさせる。
びくん。
僅かにりんの手足が動く。
夏の夜は短い。
もうこれ以上、時は掛けられぬ。
私の為に咲くその花は、私の剣の鞘でもある。
初めてではない。
そう、今までも。
そこは、私の還るべき場所。
一気に貫き、時を置かず『氣』を放つ。
りんの糧となるように。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
………？
誰だろう？ りんのおでこを触っているのは……？
あっ！
胸が…、熱い……
そろり。そろり。
気持ちの良い手。
温かくて、大きくて……
きっと、大好きな人の手。
その手が、りんの……
痛いっっ！！
痛い、痛い、痛い ――――
痛くて、苦しくて…
熱い、熱いものがいっぱいに ――――
ああ、これは……
（ 殺生丸様 ――― ！！ ）
「殺生丸様……？」
「……良く、寝ていたな」
りんの目の前に、殺生丸様のお姿。
あれ、ここ どこだろう？
夜のお庭をお散歩していたような気がするんだけど……？
でも、そんな事はどうでもいいや。
こうして殺生丸様がりんのお側に……、ううん りんの胎内（なか）いっぱいにいらっしゃるんだもん。
きっと途中で、また気を失っただけだね。
「起きるか？」
「うん…、ちょっとお腹も空いたみたい」
りんの言葉で、殺生丸様がりんの上から下りられた。
それと同時に、りんの胎内をいっぱいにしていたものも。
熱いものが滴るのを感じてる。
殺生丸様が手を翳されると、音もなく式鬼達がりんの目の前に沢山の料理を並べた。
夜なので、お行儀は悪いけど肌蹴た夜着をつくろって取りあえず食べる。
お行儀やなんだって、りんにはあんまり関係ない。
ずっと殺生丸様達と旅をしてきたから。
食べられる時に食べるし、着ている物もそれ一枚。
今更、夜着だ昼着だって、ね。
お料理はとても美味しくて、最後に甘い味のお茶を二回もお替りして飲んだ。
「落ち着いたか？」
「ふ〜、ごちそうさま殺生丸様。お腹がいっぱいになったから、今が昼ならお外で遊びたいくらい」
あたしの様子をじっと見ていた殺生丸様がぽつりと仰る。
「……汗をかいたな」
そう殺生丸様に言われて、さっきまでの体の熱さを思い出した。とたんにまた体中が熱くなり、汗がふきだす。
「湯屋に行くか」
「はい、殺生丸様！」
そう言って、嬉しそうに立ち上がる様はあの頃と少しも変わりない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
結界を張った屋敷の外れ近くに、露天の湯屋がある。
りんもこの場所にはあの式鬼どもと私たちの二人しか居ない事を知っている。
知ってはいても、また閨で何度も交わった事のある相手だとしても、空に月や星々の光が溢れる所で己の裸を見られる事は、幼いながらも恥ずかしいものらしい。
先に湯に浸かった私を前に、ひどくもじもじしている。
「……早くせねば、夜が明けるぞ」
「だって……、なんだか恥ずかしいんだもん！」
「旅の途中では、中天でも私に抱かれていたお前がか？」
「いっ、いいの！ あれはっっ！！ だって、すぐ殺生丸様に抱き締められて見えなくなっちゃうもん！！！」
りんの言葉に、くすりと笑みを誘われる。
脱ぎ渋っている羽二重の夜着の裾を取ると、そのまま衣ごとりんの身体を湯の中に引き摺り込む。
「……せっ、殺生丸様！！」
「……これなら、良かろう。湯の中で脱げば良い」
腕の中で、跳ね回る活きの良い若鮎のようなりん。濡れて纏わりつく帯と夜着を剥し取る。
湯のせいか、それともやはりまだ恥ずかしいのか？
早くもうっすらと桜色に染まる、りんの肌。
それを、背からそっと抱き締める。
壊さぬように、失くさぬように。
暴れていたりんも、やがては大人しく腕の中に納まってくる。
私達は同じ空を眺め、それぞれに互いを感じていた。
「……星が綺麗。ね、殺生丸様」
「ああ……」
お前の瞳に宿る星の煌きほどではないが、と思いつつ……
「ずっと、同じ夜の続きなのかな？」
「りん……」
「りん、途中で眠っちゃうから、もう良く分かんなくて。目が覚めたらいつも夜だし、同じ星が輝いてるし」
「お前が願いをかけたのだろう」
「うん……」
いくらりんが幼いとは言え、今 自分の置かれている状況の不自然さは薄々気付いているのだろう。
「……この夜が続くのは、いやか？ りん」
「ううん！ ううん、そんな事無い！！ だって、りんがお星様にお願いしたんだもん！ ずっと、殺生丸様のお側にいたいってっっ！！」
「りん……」
「りん 幸せだよ？ 殺生丸様の腕で眠って、腕の中で起きて。こうして、今も一緒。これ以上は、我が儘が過ぎるもん」
何をか感じたのか、必死でそう言い募る。
そうか……、お前がそう言うのであれば、まだ『この時』を続けていて良いのだな？
そうだな、りん？
空を見れば、星が動いている。
夏の一夜の、なんと短い事か。
……急がねばなるまい。
「あっ、ん…。殺生丸様……」
「これは、いやか？」
「そうじゃない、そうじゃないけど…、ここで？」
「ここだけではない、どこでも、だ。りん。どこでも、お前が欲しい」
「殺生丸様……」
真っ赤に染まった身体を私に預けてくるりん。
背中から抱き締めたまま、私の膝の上に据え。
先ほどの思いを裏切るように、強く激しく抱き締める。
湯温より熱いものを拓かされた足の間に感じ、小さな喘ぎ声が零れた。
夜が空ける前にお前を忘我の淵に責め上げて、歓喜の果ての睡（ねむり）に墜す。その身に次にこの空の星が廻るまでの間、お前を生き永らえさせる私の『精氣』を注ぎ、お前を『この夜』に閉じ込める。
お前の願い通りに。
儚い命の人の子と……
悠久の時を生きる妖。
『時』の刻みを、合わさんが為。
空に瞬く星のように、一年に一夜の逢瀬。
残る日々は、お前を失くさぬ為に耐える長い孤独。
お前は、知らぬだろう？
あの時より、もう既に幾十歳（いくじゅうとせ）も過ぎた事を。
重ねる歳月の重さが、この狂恋をさらに煽る。
この夜限りの思いで、お前の体に己の熱さを刻み付ける。
お前の細い骨を軋らせ、薄い肉を抉り、深く深くお前の中へ。
……憎しみにも似た、この想いの全てをお前に注ぐ。
「あっ、ああ〜っっ！！ せっ… しょ…… 様っっ！！！」
歓喜の果てに達し意識を手放したりんの抜け殻のような身体の上に、七夕明けの朝日が射していた ―――。
【完】
２００６．７．５脱稿
【 あ と が き 】
突発七夕ネタ、でお中元代わりにDLFにでもしようかと考えて書き始めたのですが、書き上がってみる
となんとも、びみょ〜なシロモノになっておりました。
寝る前に行き着けサイト様で素敵な七夕イラストを拝見し、「ああ、そう言えば七夕だよねぇ…」と思い
ながら休んだせいか、ふと 夜中に目を覚まし「七夕って１年に１回のデート、って言うのがキモだよ
ね」などと考えているうちに出来たプロット。
それを、朝起きていきなり書き出すと言う相変わらず極道な事をしています。寝かしもヒネリもあったも
んじゃないですね。ましてや、夜中に浮かんだプロットと言うだけあって表現がなんとも… ^^;
今に始まった事じゃないですねｖ
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２００３．４．２ master：mizuki mori