【 あのね 】





 眩しい朝のお日様の光で目が醒めた。

 


 ―――― 夕べ、あんまり寝てないから、少しお日様の光が目に痛い。


 
 頭も痛いし、身体中赤くなって、やっぱり痛い。
 でも別に、嫌じゃないよ。

 


 あたしと、殺生丸様がこんな風になったのはもうちょっと前の事なんだけど。
 初めての時、どうしてこんな事をなさるのか判らなかった。
 いまでも、やっぱり判らない。


 
 でも……。


 
 ……危ない時は助けて下さる。
 滅多に声を掛けて下さる事もないけど。


 
 あの恐い闘いの後、殺生丸様は何か考え込んでいた。
 何だか近寄るのが恐ろしいくらいに。
 それから暫くどこかへお出掛けされて、戻って来られたその夜だった。


 
 本当はね、りん 夢だと思ったんだよ。
 だって、信じられなかったんだもん。


 
 こんなちっぽけなあたしが、殺生丸様に ――――

 

 


 『 りん ――― 』


 
 邪見様と阿吽をお使いに出された後、あたしは殺生丸様に呼ばれた。


 
 何時もと変わらない、旅の途中。
 何時もと同じ、森の中の大木の根方で。


 
 何時もと違うのは、あたしを見る殺生丸様の眸(め)――――


 
 金色の眸の奥で、何かが揺れている。
 初めて見る、今までと違った恐ろしさ。
 眸に宿る熱に灼かれるようで。
 その眸にあたしは映されて、あたしだけを映されて ――――


 
( 食べられるっっ!! )


 
 どうしてか、そうあたしは思った。
 だって、殺生丸様は本当はとっても大きな犬の妖怪だもの。
 殺生丸様に比べれば、あんなにちっぽけな狼達だってあたしを食べようとしたんだもん。


 殺生丸様がそうしたって、可笑しくないよね?

 


 ――― でも、りん。殺生丸様にならいいよ。食べられても。

 

 


 ……ソウシタラ、ズットイッショニイラレル…?

 

 


 もう動けなくなってるりんの前に殺生丸様の美しい顔が近付いて、怖くて綺麗な眸が伏せられて、さらりと白銀の髪がりんの頬を撫でて……。


 
 口を塞がれた。


 
 いつの間にか頭を押さえられていて、逃げられない。
 びっくりして、少し開いたままだった口許から熱くて柔らかいものが忍び込んで、りんの舌を絡め取る。


 
( ああ、やっぱり食べられちゃうんだ。りん、おしゃべりだからこの舌から食べ様と思ったのかな? )


 
 りんの舌、強く吸い込まれて殺生丸様のお口の中へ。
 舌の付け根に、歯を立てられた。


 
 痛いのと、息が出来ないので頭がくらくらしてくる。
 もう、目の前が真っ暗で ――――


 
 ふっ、と目の前が明るくなった。


 
 ようやく塞がれた口を外されて、ぱくぱく金魚みたいに息を吸う。
 びくんっ、と身体が震えた。
 りんの首筋に、殺生丸様の牙が当たる。

 


 
 りんは狼に喉笛を噛み裂かれた ――――

 

 


 『……恐ろしいか』


 
 伏せたままのくぐもった、殺生丸様の声。
 恐ろしいのはこの記憶。
 殺生丸様じゃない。


 
 あたしは辛うじて、小さく頭(かぶり)を振った。


 
 肘から先のない左腕でりんの背中を支え、右手はりんの帯を解く。
 着物が肩から足元に滑り落ちる。
 同時に殺生丸様も武装を解かれた。
 まだ春先の夜気は冷たく、震えるりんの足。
 そんなりんの身体を包む様に、殺生丸様の腕ともこもこに抱き込まれた。


 
( わぁ、暖かい )


 
 なんだか良く判らなくて怖いし、どきどきするけど……。
 でも、どこか嬉しい気持ちもあるんだ。


 
 だって、こんな風にぴったり殺生丸様にくっ付いた事なかったよ。
 こんな風に、全身で感じた事も。


 
 ねぇ、殺生丸様も感じてる?


 
 どこから食べるのかな?
 お味見してるの?
 今日の殺生丸様のお口はおしゃべりだね。
 りんの身体のあっちこっちで『音』を立ててる。


 
 ―――― 抱き込まれたまま、もこもこに包まれて、地面に押し倒されて。


 
 ……あの時は、もこもこなんてなかったから痛かったなぁ。
 それにもっと、怖かった。


 
 くすぐったいよ、殺生丸様。
 そんなに舐めたら。


 
 ……本当はくすぐったいだけじゃないけどね。
 強く吸われたり、噛まれたり……。痛いけど、でもやっぱりくすぐったい。
 一番くすぐったいのはね、殺生丸様の綺麗な指が、りんの形をなぞるから。


 
 それからその指がりんの足の付け根に触れて、ちょっとづつ『奥』に入ってきて……。
 そしたらね、りん。だんだん身体が痺れてきて力も入らなくなっちゃって……。

 


 そして ―――――

 


 
( ――――― 痛いっっ!!!! )


 
( 痛いよっ!! 殺生丸様っっ!!!! )


 
( 痛い、痛い、痛い ――――― っっっ!!!!! )


 
( やめて、やめて、やめてぇぇぇ ――――― !!!!! )


 
( いやだぁぁぁぁ ――――― っっっ!!!!! )

 


 熱くって、大きくって、りん、身体の内側から焼かれて引き裂かれそうで……。
 あの時と同じ、血の匂い。
 りんが流した……。


 仕方ないよね。


 りんはこんなにちっぽけだし、殺生丸様はとっても立派だし。

 


 ……でもね、りん、叫ばなかったんだよ。

 


 叫んじゃいけないような気がして。
 言ってしまったら、『お終い』なような気がして。


 
 背骨が折れそうな程、抱きしめられて。
 りんの中を、ぐちゃぐちゃに掻き回されて。
 ああ、りん 死んじゃうかも、って。


 
 でも、りん、一回死んでるもんね。


 
 あの時はもっと苦しかったよ。
 身体がバラバラになりそうなほど走り続けて、怖くて怖くて胸がきゅうってなって。
 狼達に飛びかかられて、思いっきり地面に叩き付けられて、自分の喉笛を噛み裂かれる音を聞いて。


 喉の骨が折れる音を聞いて ――――


 
 ああ、それだけじゃないよ。
 おっとうやおかっあ、にいちゃん達みんな目の前で殺されて、怖くて声が出なくなって、一人生き残ったあたしは村のやっかい者になって……。
 身体の骨なんて折れてしまえと、蹴り付けられた事もある。
 目が潰れるくらいに顔を殴られて、歯だってへし折られた。


 声が出ないから、誰も助けてくれないから、言わなかっただけだ。
 狼に襲われた時は、出ない声を振り絞って叫んでた!
 


( いやだっっ!! ―――― )


( やめて!!!)


( 痛い、痛い、痛い ――――― )

 


 ……だから、言っちゃだめなんだ。


 全然違うんだから、あんな奴らとは!!
 殺生丸様は全然違うんだから!

 



 それに ――――


 
『りん…』


 
 こんな風に ――――


 
『りん…』


 
 呼んでくれる。


 
 嬉しかった。
 名前を呼ばれただけなのに、嬉しかった。


 
 あたしを見る殺生丸様の眸は、怖かったけど、でも綺麗で。
 本当に綺麗で。
 ああ、こんな眸で見られるんなら、死んでもいいやって思ったんだ。


 
 それからの事はよく覚えていない。
 『言葉』を言っちゃいけないと思ったから、獣のような声を上げていたような気もする。
 殺生丸様の腕の力強さや、もこもこの気持ち良さや、りんの中いっぱいの殺生丸様を感じて、なんだか幸せな気持ちになっていた。

 


 本当だよ。
 りん、朝起きたら、『夢』だと思ったくらいだもん。

 

 


 ばさっ、とりんの頭の上にりんの着物。
 慌てて横を見ると、身支度を整えた殺生丸様があたしを見てた。
 あたしは、バタバタと自分の着物を着込む。


「えへへへっ、おはようございます! 殺生丸様!!」


 また、いつもと同じ日が始まる。
 あたしに取って、何でもない大事な日。
 つい、と殺生丸様があたしの顔を覗き込む。


「……邪見が戻るまで、寝てろ」


 そう言って、あたしの為にもこもこを広げてくださった。



 ……そう、なんだ。



 夕べみたいに、痛くてきつくて苦しくても全身で殺生丸様を感じられるのも嬉しいけど、こんな風になんでもない事はもっと嬉しい。


 
 あのね、ここだけの話なんだけど、殺生丸様って怖いけどとっても優しいんだよ。
 本当だよ!!


 
 ……でも、その事を殺生丸様ご自身はご存知ないけどね。

 


 そしてね、りんと殺生丸様がこんな風な『夜』を過ごしている事を邪見様はまだ知らないんだ。
 だから、この話は内緒だよ、ね。




【完】                         
2004.5.2 脱稿



 
【 あ と が き 】


私の殺りんに置ける基本姿勢が、現行設定での一線超え。でも筆者としては、「ロリコン話」
を書いたつもりは毛頭ないんです。りんちゃんにとって、「殺生丸」と言う存在がどんなもの
か書きたかっただけで。
ましてやりんちゃん、な〜んにも判ってませんからね。


殺生丸は…、本能ですね。りんちゃんを求めるのは。
次はこっちサイドからの話を書かないと、バランス取れませんが。でも「人ではないもの」で
すから、あまりああだこうだと書いて、「らしさ」を無くしてもと思います。


…しかし、私の書くこの手の話って、どうしても男性陣の影の方が薄くなるような気がします。
りんちゃんも、強いね、やっぱり^_^;




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