【 弓張月1 】
コーンッッ、ココーンッッ ───────
幾百の月、幾千幾万の星の光の凍てついた音がする。
『時空(とき)』の流れの、その涯で。
遙か遠くから差し込む光のように、『それ』はそこに居た。
光を飲み込んだ長く豊かな黒髪は、そのまま夜闇へと融けてゆく。
盲(めしい)て閉じられた瞳は、何も見ずに全てを見通す。
その指先から放たれる『光』は、全てのものを討ち滅ぼす。
───── もう一人の『夜』の支配者。
その名を『月読(つくよみ)』と言う。
手をかざした黒水晶の中で、幽かな変化が現れる。
ゆらり、ゆらりと揺らめきながら、ひとつの像を結んだ。
獣耳に、金色の瞳。
『命』と『力』に溢れた、白銀の髪。
「……これが、そうか」
どこか遠くからか、はたまた足元からか、距離感を掴ませぬ妖しの声。
側に控える『陰(かげ)』が答える。
「はい、間違いございませぬ。御妹君を滅し奉った者は、この輩どもでございます」
かざした手の角度を変えると、黒水晶の中の像は大きく揺らめき、新たな像を結んだ。
『光』に満ちた大きな瞳。
豊かな黒髪、桜色の頬。
そしてなによりも奇異な、その巫女装束。
次々に黒水晶の中に、像は現れては消えてゆく。
それは有髪の法師の姿だったり、妖怪退治屋の娘だったり、子狐だったり。
「……いかがなさいます? 月読様。すぐにでも、出られる態勢は整っております」
もう一度黒水晶の前で手をひらめかせ、全ての像を浮かび出させる。
「そう…、だな。どのように『大いなる力』であっても、人間如きの『力』は要らぬ。そう、特にこの者の『力』はな」
そう言って男にしては細い指先に妖しの光を灯して、像の一つを弾く。
黒髪の少女の姿を中に秘め、闇が砕けるようにその部分だけ黒水晶が砕ける。
「……この法師の右手の力は面白いが、呪いをかけたのがあのような半妖如きでは、やはり要らぬな。ましてや、ただの人間の小娘など論外だ」
『陰』は主(あるじ)の独り言のような言葉を、側に控え聞いていた。
「残りは二人。ほう、これは驚いたな。このような者があのような者達の中に紛れていたとは」
「月読様?」
「こやつは由緒正しき血統の神狐族だ。だが、幼すぎる。その身に蔵する己の『力』さえ使いこなしてはいないだろう。もう少し成長しておれば、側に召しても良いものを」
「では、この者は?」
黒水晶の中に残った最後の一人を、『陰』は言葉で指し示す。
「……高貴なる妖(あやかし)の血を継ぎ、『力』もある。見目も良いし、側に召したいところなれど、『人間』の血も流れておる」
「では…?」
「惜しいが、喰(くら)うしかあるまい。残りの人間達はお前達に下げ渡す。好きにするがよかろう」
主の言葉を受け、『陰』達が夜闇に散る。
夜の闇は、盲(めしい)た月読の瞳そのもの。
夜が在るかぎり、何人(なんびと)も逃げる事は適わない。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……前から聞いてみたかったのですが、犬夜叉、お前は普通の妖怪とは違いますね?」
星空の下(もと)、野営する焚き火の側。
焚き火の赤い炎に縁取られ濃い陰影を刻みながら、そう弥勒が犬夜叉に問いかけた。
一瞬、言葉に詰まる犬夜叉。
……聞くまでも、ないだろう。
俺は、『半妖』なのだから。
「弥勒様……」
かごめもどう言葉をつないだらよいのか、分からない。
「ああ、すみません。言葉が足りませんでしたね。こう数多の妖怪どもと闘ってきて思ったのですが、お前や七宝などを見ていると、『妖怪』の一言で括ってしまうのは人間の浅はかさのように思うのです」
かごめは犬夜叉の顔を見、それから七宝の顔を見、最後にもう一度弥勒の顔を見た。弥勒が何を言おうとしているのか、今一つ掴み切れない。
「……つまり、こう言う事? あたし達妖怪退治屋は、妖怪の種類を見分けるのに、『人型』か『虫型』や『獣型』、あるいは『草木型』みたいに分けるんだけど、そう言う事かい?」
「いえ、そう言うのとも少し違うのですが…。そうですね、こう言った方が分かりやすいでしょうか。つまり、多くの妖怪達は自分の『力』を強大にするのに相手を倒し、それを食らい取り込む事で強くなる」
「……奈落みたい、に?」
かごめが小さく呟く。
犬夜叉は『奈落』の名を出され、ひどく不機嫌な顔をしている。
「そうです。だけど犬夜叉は違いますよね。『己の力』を高めて、敵を討つ。倒した相手から『妖力(ちから)』を奪うような事はしない。私は潔(いさぎよ)ささえ感じるのですよ」
なおも言葉を続けようとした弥勒を遮るように、犬夜叉が立ち上がる。
「……あんな野郎と俺を比べるな! 胸糞悪いっっ!!」
「あっ、待ってよ! 犬夜叉!!」
慌てて後を追う、かごめ。
さらにその後を、七宝が追う。
「……やれやれ、別に私は犬夜叉をけなした訳じゃないんですけどねぇ。そうは思いませんか? 珊瑚」
「そりゃ、そうだけど…。だけど、一体何が言いたかったのさ、法師様?」
「……ひとに在(あ)らざる力を『妖力』と言うのなら、『神』の力も、また然(しか)り。いやいや、私にも良くは判りません」
謎かけ言葉のような弥勒の言葉。
そう言って犬夜叉の後ろ姿を見つめる眼には、真理を追い求める探求者の光。
( ……法師様の眼には、何が見えているんだろう? )
珊瑚は、そう胸の内で呟いた。
ずんずんと、後ろも気にせず歩いて行く犬夜叉。
しかし、その耳はしっかりと自分の後を付いてくる者の足音を捉えていた。
「もうっ、ちょっと待ってよ! 犬夜叉ってばっっ!!」
野営していた場所から少し入り込み、さほど深くない林を突っ切ると、目の前に小高い丘が開けた。
その丘の際(きわ)に腰を据え、自分を追ってくる足音を待つ。
「あんたねぇ〜」
かごめは自分の呼びかけにも答えず、先を行く犬夜叉に少なからず気分を害したようだった。
「……嫌なんだ、俺は」
「は? 一体何が気に入らないのよ?」
瞬時の間があった。
ふと、犬夜叉が夜空を見上げる。
空には月齢十五・四日の十六夜の月。
月の光を受けて、キラキラと犬夜叉の髪が流れる。
( ……なんて、綺麗なの。まるで、光そのものみたい )
思わず見とれる。そのかごめの耳に犬夜叉の声。
「……誰かと比べられるのは、絶対嫌なんだ!」
「犬夜叉……」
「俺は俺なんだっ! 他の誰にもなれやしないっっ!!」
時折見せる、犬夜叉の自尊心(プライド)
だけどそれは犬夜叉自身、埋めようのない劣等感(コンプレックス)の裏返し。
犬夜叉が、本当の意味で『ありのままの自分』を受け入れられるようになるまでは。
かごめの脳裏に、あの完璧な存在である犬夜叉の兄・殺生丸の姿が浮ぶ。
( きっと、ずっと小さい時から感じてたんだろうな。誰も受け止めてくれる人のいないまんま、ずっと…… )
怒ったような表情で月を睨んでいる。そんな犬夜叉の横へ、ちょこんとかごめは座り込んだ。
「……みんなちがって、みんないい」
呟くような、歌うような、かごめの声。
耳に優しい、その音律(リズム)
「……何だ、それ?」
「うん、私の好きな詩の一部分。あのね、この世の中には自分と同じ存在はただの一つもないんだって。なくなってしまったら、もう二度と巡り逢えない大切なもの。足が早かろうが遅かろうが、頭が良かろうが悪かろうが、そんなもの全部ひっくるめて、みんないいって」
犬夜叉は怒ったような表情を少し和らげて、それでもかごめの言葉に異を唱える。
「……そんなの、ただの綺麗事だ。かごめ、お前だって知ってるだろーが。この世にゃ、居ちゃいけない存在もあるって事を」
「そうね、確かにそういう奴もいるけど…。でも、『何故』居るのかって事、忘れちゃいけない気がするのよ」
「はっ! 俺の頭はそーゆー小難しい事考えるよーには出来てねーんだよっっ!!」
妙に捨て鉢で絡んでくるような物言いに、流石のかごめもカチンときた。
「もうっ! 最初っから喧嘩腰なんだから。だから、あんたはあんたのままがいいんだってば!! もしあんたが他の誰かみたいだったら、私だって、す ───── 」
思わず口が滑りそうになって、慌ててかごめは言葉を飲み込んだ。
「す? す、が何なんだよ?」
飲み込んだ言葉のせいで、かごめの顔は赤くなっている。それにつられて、犬夜叉の顔も。
少し離れて様子を見ていた七宝は、馬鹿馬鹿しくなって弥勒達の方へと戻っていった。
気が付くと、二人きり。
気まずいような、くすぐったいような雰囲気が二人を取り巻いて、身動ぐ事も、口を開く事も出来ない。
だけど、壊したくないこの『時間(とき)』
( 何やってんだろ、私達。でも ───── )
───── 嬉しい。
素直な気持ちでそう思う。
( ……いつか、言えるよね。誰に遠慮する事もなく、あんたの事、大好きだって )
─────── !! ───────
一瞬感じた、強烈で凶悪な波動。
こんなに禍々しい『視線』は感じた事がない。
かごめの背中に悪寒が走り、滑らかな肌は鳥肌だっている。
「どうした? かごめ」
そんなかごめの様子に犬夜叉が気付く。
「……何か、いる」
どんな相手か判らない。だが、その相手のただならぬ『力』に、かごめの霊性が激しい拒絶反応を示していた。冷や汗が流れ、舌がもつれる。かごめの言葉に、犬夜叉も夜目を凝らすが相手の気配は掴めない。
「 ──── ん?」
犬夜叉は辺りが暗くなったような気がした。
月が隠れでもしたのかと思ったが、何か違う。
眼の前に黒の紗(しゃ)を幾重にもかけられたような、不明瞭さ。
ふと気付くと、耳も綿か何かを詰めたようにくぐもって聞こえる。
そして、鼻も。
( まさか!! )
五感の異変は、月に一度訪れるあの忌ま忌ましい現象と同じもの。
震えるような思いで両手を見れば、そこに『爪』はなく ────
「犬夜叉……」
呼びかける、かごめの声が震えている。
二人して、もう一度夜の空を見上げる。
そこには、稚(おさな)い二人を見守っていた『月』は無かった。
瞬時に起こったこの異変に弥勒達もすぐ気付き、犬夜叉とかごめの許へと走り寄る。
「犬夜叉! かごめ様!! 何も変わった事はありませんか!」
そう言いながら近づいてきた弥勒が、犬夜叉の姿を認め棒立ちになる。
「犬夜叉、お前……」
その姿が、相手の強大さを示していた。
珊瑚と七宝が空を振り仰ぐ。
「月が……」
七宝が絶句する。
「ああ、月明かりを消す為に『月』を隠した訳じゃないって事だよね。これは」
確認するように珊瑚が続ける。
『力』のある妖怪ならば、まやかしで『月』を隠す位造作もない。
しかし犬夜叉の身に起きた変化を見れば、そんな小手先なものとは断じて違う。
これは明らかに『時間(とき)』を操っている。
そう、あの『神久夜』のように ──────
「法師様……」
「ええ、判っています。囲まれましたね」
かごめを中にするように、辺りに警戒の眼を光らせる、犬夜叉・弥勒・ 珊瑚。
気配はあるが、貌(かたち)が掴めない。
ゆらり、とゆらめく影のようで掴み所がない。
不穏な気が渦巻き、風を呼ぶ。
吹きすさぶ風に乗り、迫り来るもの。
四人の足元にいた七宝が叫んだ。
「何か知らんが、こっちに物凄い速さで来よるぞっっ!!」
七宝の眼も、獣眼(けものめ)
常人離れしているとは言え人間である弥勒達よりは、犬夜叉ほどではないにしろよく見える。
七宝の眼がとらえた『それ』は、影のように地を這いながら辺りの草木、虫・動物などの『命』を食い荒らし、枯れ果てさせ、『無』に還(かえ)す。
弥勒は慌てて、印を結び結界を張る。
間一髪、であった。
五人が入れる程の大きな結界を、それも敵の眼をくらませる為ではなく、攻撃を避ける為の強度を持ったものを一人で張った事は今までに無かった。
そのあまりの負担に、身体中がばらばらになりそうだ。
結界を張ると同時に、あたりは『陰』に埋め尽くされる。
「どうしたものでしょう? このままでは、あまり長くは持ちませんが」
こんな時でも、落ちついた口調は変わらない。
が、それだけにどうしようも無さも物語っていた。
「ねえ、こいつらだけの考えで、あたし達を襲ったって訳じゃないよね」
「ああ、多分な。どっかに親玉が隠れているはずだ」
「そう。そしてそいつは、その気になれば幾夜でも『朔』にする事の出来る者、と言う事ですね」
「弥勒様、それって…」
「ええ、そうです。おそらく『神久夜』の眷属(けんぞく)でしょう」
「なら、話は簡単だ! また、ぶった切ってやるだけだ!!」
「……出来ますか? 今のお前に」
弥勒の一言に、犬夜叉が押し黙る。
相手は神久夜よりも、数段上のようだ。
一瞬にして犬夜叉の『力』を封じ、残った者もまた身動き出来ないようにきっちり足止めされている。
一切の無駄も隙もない、攻め。
嫌な予感がする ──────
「のう、このままその親玉とやらは出ては来ずに、やつらに喰われねばならんのじゃろか?」
結界のすぐ側まで攻め寄せている『陰』に、怖気(おぞけ)ながら七宝が問う。
「……そうなると、我々に助かる道はありませんな。常の犬夜叉ならば、私が結界を解くと同時に『風の傷』で死地を開く事もできるでしょうが……」
弥勒の額に粘つく汗が浮きだしている。
なんでもないように会話をしている弥勒だが、その体力の消耗は甚だしい。弥勒とて考えなかった訳ではなかったのだ。
結界を解き、それと同時に『風穴』を開く事も。
しかし、それでは前方の『陰』を吸い込む事は出来ても、側面や後方には効果が薄い。全面もれなく吸い込む事は、まず無理だ。珊瑚の助力を得たとしても、それほど違いはないだろう。こういう敵に関しては。
かごめの破魔の矢の力を持ってしても、だ。
一矢にて全てを滅すか、もしくはまだ出てきてはいない『親玉』を射ない限りは。
だからこそ、犬夜叉の『力』が必要なのだ。
一振りで百匹の妖怪を滅す、というあの力が。
土壇場、と言うのはこう言う場面を指すのだろうか。
万策尽きた感がある。
「……申し訳ありません。私の力が及ばぬばかりに」
「そんな事ないわ、弥勒様! まだ、あきらめちゃダメ!!」
かごめが励ますその側で、ぎりぎりと犬夜叉が唇を噛みしめていた
「ねえ、あいつらの動き、止まったみたいだよ」
珊瑚の言う通り、『陰』の動きが止まっている。
それは獣が、次なる跳躍の為に身をかがめているようにも見えた。
「あ、あれは何じゃ?」
七宝が震える指で、空を指さす。
消えた月の方角に、ぽつりと灯る青白い妖火(あやしび)。
それはまるで不知火のように、一つが左右二つに分かれ、さらに分かれ分かれて暗黒の天空と、地上とを結ぶ青白い回廊になる。
その回廊を降りてくる者がいる。
「……お出でなさったようだな」
五人は一斉に身構えた。
五人の周囲を取り巻く『陰』達は、主を迎えて歓喜にどよめく。
回廊を降りてくる者 ──────
深い藍色の烏帽子は時折蛍のような燐光を放ち、烏帽子から流れ落ちる光を閉じ込めた黒髪はそのまま夜闇へ続く。
高貴ささえ感じさせる白い面立ち。
閉じられた瞳と紅く薄い唇。
流れる黒髪と対照的な白羽二重の式服。
中着の襟に掛けられた赤が眼に突き刺さる。
黒と白、僅かばかりに添えられた赤だけの、無彩色な装いにも係わらず見る者の眼を引きつける。
艶(あで)やかで、華(はで)やかだった神久夜とは対局に。
「仕掛けたのは、お前かっっ!!」
鉄砕牙に手をかけ、犬夜叉が叫ぶ。
「そう吠えるな。犬夜叉」
主の為に『陰』達は退き、結界の側に僅かばかりの空間を作っていた。
その者の唇がうっそりと、笑みを形作る。
「……名を聞きたい。お前は、神久夜の身内の者か?」
苦しい息の下で、弥勒がそう問いかける。今にも結界が破れそうだ。
「わが名は、月読」
ひそめた声音ながら、身分高き者が下賤な者に知らしめすようにそう宣じる。
「……大分苦しそうだな、法師。そう神久夜、か。人間の法師に封じられ、五宝を奉(たてまつ)らねばその『妖力(ちから)』を使えず、お前ら如きに滅された者など、我が身内では無いわ」
冷淡に、そう言い放つ。
冷静で静かな言葉なだけに、一族に泥を塗った神久夜に対する憎しみにも似た怒りを感じる。
身分の高い妖怪族にありがちな事なのだが、同じ一族でも妖力に劣る者に対しての徹底した蔑み、排斥は言葉に尽くしがたい。
「……弥勒、後どのくらい持つ?」
「もう、限界、です」
「そう…か。じゃ、仕方ないな」
「ええ、相手との間合いは四、五間(7m〜9m)。結界を解くと同じに、風穴を開きます」
それが何を意味するのか。
おそらく上手くいっても弥勒が相手を倒すまで、その身体が持つかどうか。そして、解いてしまった結界の替わりに、『人間』の身でかごめ達の楯になろうとしている犬夜叉。
───── ともに守りたい者を、守るために。
「私がやるわ!」
「かごめちゃん……」
「弥勒様は、今まで結界を張りつづけて、もう体力的に限界でしょう? 一発で相手を仕留めなきゃならないんなら、私がやる!!」
そう言ったかごめの手にはすでに、弓が構えられている。
そんなかごめを嘲るように ─────
「……させぬわ、小娘」
月読の手が舞を舞うように、優雅にひらめきその指先から青白い閃光が迸(ほとばし)る。
その光は弥勒の結界をガラスのように打ち砕き、光の触手が五人を捉える。弥勒の風穴や珊瑚の飛来骨の威力を知っているのか、この二人の両腕を小手高に縛り上げ、三間程の高さにつり上げる。 かごめの方は弓を構えたまま、二の腕と胸部を強く縛(いまし)められた。 そして犬夜叉は、暗黒の中空に四肢を拡げ縫い止められる。
まるで昆虫採集の標本のように。
「……よい様(ざま)だな。娘、お前の仲間たちの最後をよく見てるが良い。法師と退治屋の娘はあのままだと、関節という関節が全て抜けて、死んだ蛇のように長くなる。そうしたら、足元から『陰』どもに喰わせやろう。そう生きたまま、な」
「なっっ!!」
ぎりぎりと締めつけてくる縛めを忘れて、かごめの中で『何か』が煮えたぎってくる。
そう思ったのはかごめだけじゃない。
そこに居たみんなが激しい怒りを燃やしていた。
どうして縛めを逃れたのか、かごめの陰に隠れていた七宝が月読目掛けて狐火を放つ。
が、それは月読に届く前にかき消える。
「折角、逃してやろうと思ったのに……。お前は今、喰らうには惜しいからな」
「オラをバカにするなっっ! かごめや犬夜叉たちを残してオラだけ逃げられる訳がないじゃろっっ!!」
「そうか…。ならば、死ね!」
七宝目掛けて飛んでくる光から七宝を、自由の効かぬ身でかごめが庇う。
刹那、月読の『光』とかごめの『光』が拮抗する。
「かごめっっ!!」
「かごめ様!」
「かごめちゃんっっ!」
犬夜叉が、縛めを振りほどこうと激しく身動ぐ。
力負けしたのか、かごめと七宝はぴくりとも動かない。
それを確かめて月読は、その姿を暗黒の空へと映じた。
中空に縫い止めた犬夜叉を、自分の中に取り込むように。
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