おまけ

教育論

2012.2.12

去年の夏に続き,イギリスにやってきました.今回の出張は,新しい研究の方向性を模索する旅だったのですが,出発前に予想していた以上に成果があったように思います.研究がどう進展していくかは,今後を楽しみにしていただくとして・・・

イギリスに来るといつも,日本の(というより東大のかもしれません)閉鎖的でどんよりとした研究環境の劣悪さを再認識するんですけど,イギリス人も日本人も同じ人間なのに,どうしてこうも創り出す雰囲気が変わってしまうのか不思議でなりません.イギリスにも悪い面はあるんですけれど,少なくとも研究を楽しむ環境作り,という面において日本は完敗しているように感じます.毎度毎度,イギリスに来る度に日本人として悲しい思いをするので,いっそ自分のラボから環境を見つめ直してみよう,と決心しました.幸い,今は自分の研究グループに学生がいないので,好き勝手な意見を言ってしまえることもありますし.

本題に入る前に,ひとつお断りしたいのですが,たまに「そんなに日本がダメだと思うなら外国に行っちゃえば?」というような意見を頂くんですけど,現時点では全くその気はありません.確かに,日本の大学組織の軽薄さや,ゆとり世代の低能力問題を目の当たりにすると相応のストレスを感じますが,自分が一人前の研究者でありたいという希望を,研究資金の面からサポートしてくれるのは何より日本という国に他なりません.留学も含めたポスドク時代のサポート,その後の科研費や今頂いているJSTからの研究助成,それらに加えこれまでに頂いたいくつもの民間助成,これらは全て日本の組織から頂いてきました.外国から頂いた研究助成など一つもありません.これだけ,自国に期待されている訳ですから自分から出て行くなんてとんでも無い話ですよね.むしろ,日本という国が求める理想の研究者として,今以上に日本を背負わなければいけないと感じています.

それをふまえて今後の自分の研究グループに対する理念をまとめてみます.具体的に可能性があるのは,学生やポスドクという後輩達が研究グループに加わることなので,そういう人達に対する教育論を以下にまとめます.

そもそも自分が研究グループの後輩に対して抱く希望はただ一つ,自分の研究グループを離れても活躍できる「自立した研究者」になってもらうことです.したがって,研究に興味のない人を相手にするつもりは一切ありません.ちなみに,「研究に興味がある」というのは,生活に関わる全ての事柄を好きな順に並べてみて,少なくとも2番目までには研究が入る事を指します.もちろん1番の方が研究者として身を立てやすいのは当たり前の話ですけれど,そこは僕の優しさで2番でもなんとかします.

研究で身を立てていこうとするならば,あとは適切な目標設定が欠かせません.修士であれば学会での口頭発表を最低一回,および名前の載った学術論文を最低一報というのが条件でしょうか.博士であれば修士の条件に加えさらにファーストオーサーの論文を最低一報出しましょう.ポスドクであれば少なくとも毎年一報はファーストオーサーの論文を書くべきです.

これらの条件は,「自立した研究者」になるための最低条件です.これを満たしていれば最低でも研究者としてどこかに就職はできるだろう,というだけで,希望とする次のキャリアのレベルが高ければ,当然さらに業績を積むべきです.また当たり前ですが,修士・博士過程の学生でこれらの条件を満たさなければ,オーバーマスター,オーバードクターをするべきです.目標が「自立した研究者」であるわけですから逃げ道はありません.そこを逃げてしまえば,研究者としては自殺したようなものです.

逆に,この条件さえ満たすのであれば,研究室に来る時間なんて適当で良いし,好きに休みをとっても良いのではないでしょうか.昔,東大薬学部の薬化学教室で学生を指導していたときには,だいぶ時間的に学生を拘束していた印象を持たれてますけど,それは上に述べた学位の条件等がまるで課せられておらず,学生の責任感が育まれなかったためにやむを得ず導入した規制です.僕のことを昔から良く知っている人であれば,そもそも僕自身が束縛を好まないのは言わずもがなでしょう.

論文を学位修得の条件にすることに加えてもう一点,意外に重要だと思っているポイントがセミナーのあり方です.発表者が嫌がる実験報告会なんて聞く側に害しか与えないので,僕は自分の研究グループで実験報告会をこちらから企画するつもりはありません.研究が好きな人達なら,実験報告会なんかしなくても普段から研究の話をしているはずです.また,どうしても実験報告会の様な比較的フォーマルな形で他の人に意見を聞きたいのなら,発表者である学生やポスドクが自ら皆にお願いをして,実験報告会を開くべきです.よって,自分の研究グループではよくある毎週定時に行う実験報告会を無くし,学会や学位発表の練習と,気が向いたときの文献紹介だけを行うつもりです.

長くなりましたが,今日はまず2点だけ簡単に取り組めることを書いてみました.残念ながら,今の日本には研究好きな人が無邪気にその能力を高められる環境があまりに少ないように思います.まずは自分の研究チームから,その現状を少しずつ変えていきたいと思います.