おまけ

対象を一つに

2011.5.6

このホームページはひょっとすると,将来ある学生とかポスドクもたどり着いているかもしれないので,今日は真面目な話題を.

こんにちの日本の研究界,ひいては社会全体にも蔓延している雰囲気の中で,かなり愚かだと感じるのが「マルチ型」の追求です.一般的に,色々なことが出来る人は能力の高い人だなんて思われてしまっているので,次々に負の循環を引き起こし,とてもたちが悪い問題です.

例えば,僕らに最も関係しているところでは研究分野.もちろん化学者である自分は「化学」をベースにして研究テーマを考えますが,申請書ともなるとどうしても応用として,生物系や医療系への展開が必要になってきます.でもしかし,本当に「化学者」が応用まで考える必要があるのでしょうか.税金で研究をしているという立場からその点を納得したところで,次の疑問.そもそも僕らのようなベタな化学者に本当に意味のある応用を考える能力があるのでしょうか.僕の答えはノーです.怠けているわけではありません.餅は餅屋とはよく言ったもので,足りない知識・経験で幼稚な応用を考えるくらいなら,その労力を本業である「化学」的な発見に費やした方が,はるかに意義深いテーマとなるように思います.

二例目は研究と教育.どちらも大学人にとっては切っても切れない要素です.が,しかし,どちらもしっかりできる必要ありますか?そもそもできている人いますか?たまに他人から「研究型と見せかけて実は教育的だよね」なんて言われることがありますが,僕の場合はやる気のある人の気勢を削がないように心がけているだけで,更正を基本とする教育とはだいぶ違います.だいたい教育的な人はやる気がなさそうだからと言って学生や後輩を見捨てたりしません.ちなみに僕が学位を取った東大薬学部の出身研究室では研究95% ,教育5% で,今振り返ってみても教育的であったなんて全く思いません.結局,うち(東大)は大幅に研究に寄った機関であって,教育なんてものはほとんど行われていないと言えるでしょう.少し話はそれますが,文科省は教育を司る行政としてはだいぶ優れていると思っていますが,日本の科学技術政策を統括するという点ではほとほと力不足だと思っています.

最後の例は,女性研究者が直面する仕事(研究)と育児の両立問題.仕事と結婚の両立はありだと思います.でも,仕事と出産となると僕は賛成できません.生まれてすぐの実子を人に預けて研究室に来る人に触れると,両立どころかどちらも捨ててるな,としか僕には思えません.個人的には,両立を目指す女性の支援なんかより,よっぽど研究に人生賭けてる女の子の方を支援してほしいと思っています.

いずれのケースも,何が問題かと言えば,複数の対象を追求することによって,何一つ満足のいかない結果のみが残るリスクが大きい,ということです.「マルチ」な能力やその選択肢を可能性の一つとして考慮するのは決して悪いことだとは思いません.しかし,複数の事を一度にやろうとすると,一つの事だけに取り組んでいる人に比べて,いずれも格段に完成度が落ちる,ということは知っておくべき事でしょう.

昔,「僕が若いときは同時に3つのテーマをやっていた」と学生に自慢していた教授がいましたけど,鼻で笑うしかありませんでした.

遠い昔のように,選択肢が単一の場合は相性が悪かったときに悲劇を生むかもしれません.でも,今のように選択肢が多すぎる場合は,大多数の個人の存在意義をなくしているように思います.実は逃げ口上の「マルチ型」なのに,一見よく見えてしまうというのが現代の恐ろしいところではないでしょうか.