年度末
ただ今の時刻は日付が変わって1時過ぎ,大阪のホテルに滞在しています.
今日は,昼過ぎからずーーーーとある申請書を完成させるべく,パソコンとにらめっこしていました.
終了したわけではなく(苦笑),気分転換のために少し息抜きです.
3月もあと3日で終わり,4月になれば僕の誕生日と共に新しい年度がやってきます.
自分に関していえば,今年頭にようやくセサモールの論文が終了し,それに関するメディアからの紹介が一段落して,一気に未来を見据えた研究モードになりました.
今月なんて今までで最も目の回るような忙しさで,関西に4往復(今は3.5往復が終わったところですね),31日もまた研究に関する出張です.
いい加減,疲れ気味なので「癒し求む」ですね.
今年度は最初からあまりやる気がわかなかったのに(原因は研究室にポツンになったことかと・・・),ここに来てここまで自分の意識が変わる,っていうのに我ながら驚いてます.
それほどまでに先の論文Anal. Chem.に肩入れしてたのでしょう.改めて思うんですけれど,一流の雑誌に論文が通るにはやっぱりそれなりの理由がありますよね.
結局,一つの論文をパーフェクトに仕上げないで,なんとなく先に進んでしまっても大幅に質の落ちた成果が残るのみである,ってことをどこかで学んでいたのでしょう.
やる気がなかった,というのは今から考えればこの論文を仕上げるまで自分にブレーキをかけていたからだ,と思ってます.
そういえばここ数年あまたの人の失敗を何度も見てきましたけど,その人達には複数のことを同時にやろうとしている(同時に求めている)っていう共通した部分がありますねぇ...なるほど,二兎を追うものは・・・のことわざは正しそうです.
「前の研究室」で思い出しました.先日,やっぱり不正をしていた教授が,僕の科研費についても不正にプールしていたということで,事務の方から学術振興会あての修正用書類に判子を求められました.
誰が悪いのかそれとも悪くないのかはっきりしないまま事が終わってしまいました.
科研費を出す機関(文科省や学術振興会)も無意味な書類は要求するくせにちゃんとした裁定が下せないんだからまったくだらしないの極みです.
教授と助教という立場の違いを利用して圧力をかけ,教授が助教の研究費を不正に利用したら,どこにどういう責任があるのか,それともないのか.
こういう千載一遇の機会にも関わらず,それを誰もはっきりと示せないんだから,だんまりで突き通せると思っている論外の教授本人はともかく,結局のところ,国や大学も責任を放り投げ合ってるって事で,この国の科学が衰退しかけているのも無理はない話かなと・・・
最近,研究(仕事)に関してすごく感じるのは,いかに自分の価値を高めるかが大事ってことですよね.
自分が周りにどう映っているかは,自分の事なんで正しく把握できるとは思えないですけど,他人の色んなケースを見ていてそう思いました.
最近やたら多く来るようになった論文の査読,僕の研究に興味があって様々な要求とともに送られてくるメール,それらの印象はホントにピンきりですね.
そのくらい,できてる人とできてない人には決定的な差があるんです.気づかないのは本人ばかりなり~だから怖いですよね.
ちょっとした問題は残っていますが,幸いにして来年度は超強力チームで研究に取り組むことができそうです.
データの山に埋もれてアウトプットの質(完成度)が低下しないように,気を引き締めて頑張ります.
年なんで働き過ぎにも注意します.でもなぜだか全く痩せないですけど・・・