第六章 名物妖魔との戦い

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 枯松潤火雲洞に龍王四兄弟と悟空の三兄弟が集まった。八戒と悟浄が紅孩児を呼び出し、悟空が相手をする。同じような展開だ。
「オジサン、オレの炎に打ち勝つ秘策でも考えついたの? きっと、何度やったって同じだよ」
 そういうと、紅孩児は鼻をこすり、炎を吐き出した。すかさず悟空は印を結んで火をよけ、
「龍王! 雨を降らしてくれ!」
 と、叫んだ。
 四兄弟は上空から雨を降らせた。その勢いは流星群のようにすさまじく、流れ落ちる水の量は天の川をひっくり返したようだった。ところが天帝の許可を得ぬ雨はただの水でしかなく、三昧の真火にはあぶらを注ぎ込むようなものだった。
 その炎の渦中にいる悟空は煙で目をやられた。八卦炉の中にいる時でも、煙だけは防げず、未だに赤い金色の目をしているのだ。それと熱気が増し、熱さに耐えきれず谷に流れる川に飛び込んだ。

 紅孩児は悟空が逃げたことを知ると、ひっそり陰から悟空らの動向を見ていた。
「ふーん。龍王か。天界を荒らしていただけあって、顔だけは広いな。次は誰の力を借りようっていうんだい?」
 紅孩児は三蔵を食らうことはさておき、悟空が連れてくる者たちとの勝負に興がそれていった。いってもまだまだ見聞は狭い。だが、自分は強いと信じて疑わない、悟空みたいな者だった。
 いきなり冷水に飛び込んで、心臓麻痺を起こしそうになった悟空を兄弟が助け、なにやら相談をしていた。南海の菩薩ならいい知恵がありそうだというのだ。
 それを聞いた紅孩児は、さすがに菩薩を迎え討つ気にはなれず、菩薩の姿に変え、待ち伏せすることにした。悟空の体を気遣ってその使いを申し出たのは八戒だ。なんとかなるだろう。
 紅孩児は洞に戻って子分たちに如意袋を用意しておくように言付けて出かけた。

 八戒より先回りして待っていたら、案の定、八戒がやってきた。紅孩児が化けているとも知らずに頭を下げている。紅孩児はおとなしくそれを聞いて、「それならば火雲洞へ行きましょう」と、八戒と一緒に自分の住処へと帰って行った。
 そして、戻るなり、家来どもに「袋を持ってこい!」と命じた。豆を入れるぐらいの小さな袋が手渡され、八戒がどういうことかと考えを巡らせる暇なく、小さな袋を頭からかぶせられた。その袋は意のままに大きくなり、八戒をすっぽりと覆って口を閉じた。
「ブタの耳は脂がのってうまいらしいぞ」
 紅孩児がいうと、子分どもが興奮して声を上げた。袋の中では八戒が「騙したな!」と叫んでいるが、誰も聞いてなかった。

 あまりに八戒の帰りが遅かったので、悟空はまた道草でもくってるのだろうと思った。
「あいつ、なにやってんだ。ガキの使いにもならねぇな」
「捕まったんじゃないですかね」
「どっちもありえるな。じゃあおれは火雲洞の様子を見てくるから、悟浄は観音菩薩のところへ行ってみてくれ」
 そうしてふたりも動き出した。

 悟空はハエに姿を変え、洞の中に潜入した。紅孩児が偉ぶって酒を飲んでいる。腕利きの六健将を呼び寄せ、
「老大王のところへ行ってきてくれ。唐僧を捕まえたからごちそうしたいと。オレも親孝行をしてないからな。大王が来たら宴を始める。用意も進めておけ」
 と、上機嫌だ。
 ふと、悟空が頭上を見上げると、大きな袋がぶら下がっていた。時折中で何かがうごめいている。悟空は近づいて声をかけた。
「お師匠さん?」
「あ、兄貴か!」
「シー。声がでかい。おまえ、八戒か。まったく、役に立たない奴だな。さっさと出てこいよ。おまえだって、ノミぐらいには化けられるだろ」
「それが、この袋、なにかの術がかかってるみたいに隙間がないんだよ。兄貴、息苦しいよ。早くここから出してくれよぉ」
「もう少し待て。悟浄が菩薩を呼んでくる。オレはその前にやつをからかってやる」
 悟空は使いに出た六健将のあとを追った。

 紅孩児の子分どもは牛魔王のところに行くに違いなかった。悟空は毛を何本か抜いて息を吹きかけ、妖怪の家来を作り、自分は牛魔王に化けて使いに出た六健将を先回りして待ち受けた。
 六健将は道ばたで休む偽物の牛魔王を見て気づきもせずにひざまづいた。
「老大王さま。手前どもは火雲洞聖嬰大王の命により参ったものでございます。唐より来た三蔵法師を捕らえましたので、ぜひご賞味いただきたく遣いにあがりました」
 牛魔王に化けた悟空は機嫌良く振る舞って六健将らについていった。
 洞に戻って紅孩児と顔を合わせると、偽物だと気づいた様子もない。父親と兄弟の契りを交わしたという孫悟空を蹴散らしたことを自慢げに話し始めた。
「龍王四兄弟もわたくしにかかっては、手も足も出ませんでしたよ。それでもしつこく唐僧を連れ戻そうと必死になってるので、八戒という豚みたいな妖怪もとっつかまえました。父上、悟空を負かしてしまいましたが、よかったですか?」
 紅孩児は小憎たらしい笑みを浮かべて、偽の牛魔王とも知らずに悟空を見上げる。
「ふん。なに、気に病むことはない。兄弟の盃を交わしたと言っても、何百年も前のことだ。すっかり忘れとったよ。しかし、あいつはちょっとやそっとじゃへこたれんからな。そのうちまたやってくるだろう。そのときは仕留める自信はあるのか?」
「もちろんですとも。口ほどにもない奴です」
「そうか。ならば孫悟空を捕らえてから宴といこうか」
「父上、待っていることはありません」
「いや、せっかくのうまいごちそうを邪魔はされたくないからな」
 そのとき、騒がしく子分が紅孩児に駆け寄った。
「大王! 孫悟空の兄弟分の和尚がやってきました」
「騒がしい。お前らでなんとかできないのか」
「それが、勇ましい武将を連れているのです」
「武将?」
 悟空までもが意味がわからず問い返した。やってきたのは悟浄と観音菩薩のはずである。
「父上。心配はいりません。わたくしが捕らえて参りますので、ここでくつろいでいて下さい」
「いや、おれが行かなきゃ始まらんだろ、坊や?」
 そういわれ、いぶかしげに紅孩児は父親を見上げた。
「父親の姿も見抜けないとは、とんだ親不孝者じゃないか」
 悟空は姿を現し、紅孩児を蹴り飛ばした。紅孩児は胸を押さえ、驚愕の表情で立ち上がった。
「孫悟空……」
「叔父から忠告してやる。所詮お前は世間知らずのおぼっちゃまだ。この山だって親父から与えられたんだろう? 父親の手のひらの中でぬくぬくとしてるだけじゃ親さえも超えられない」
「うるさい! サル! おまえだってオレの火を消せやしないじゃないか!」
 紅孩児が指先で鼻の頭を触ろうとすると、悟空は如意棒を取り出した。
「伸びろ!」
 如意棒の先が紅孩児の手に当たり、寸前のところで炎は起こらなかった。悟空は紅孩児に飛びかかり、寸分の隙も与えない。そして、悟浄もそこへやってきた。悟浄が連れていたのは恵岸<えがん>だった。天将托塔李天王<たくとうりてんのう>の第二子で観音菩薩の一番弟子である。
 恵岸は手に持つ降妖杵<こうようしょ>で紅孩児を叩いた。すると、一撃で地に伏した。悟空と悟浄が駆け寄って殴りかかろうとすると、「おやめなさい!」と声がした。
「命まで奪ってはなりませぬ」
 観音菩薩は水瓶を携えて現れた。
「菩薩さま、まさかその小さな水瓶に入った水でやつの火を消そうと思ったのか?」
 悟空が言うと悟浄はいった。
「あれを持ったら兄貴も納得しますよ。私が持って行きますと言ってもあまりの重さに持てなかったんだ。あれにはこの世のすべての海と川と湖の水が入っているんです」
「ふうん。それで、こいつはどうするんだ? なかなかの厄介者だぞ」
「まるで悟空のようですね」
 そういって観音菩薩は金の輪を取り出した。釈迦如来から賜った3つの箍のうちのひとつで、金箍<きんこ>という。(緊箍は悟空の頭にはまっている。(3章の2参照) もうひとつの禁箍は黒熊怪の頭にあり、今は観音菩薩がいる落伽山の見回り役をやっている。(3章の4参照)
 菩薩が放るとそれは5つに分かれ、ひとつは頭に、残りは両手両足にはめられた。紅孩児は力を振り絞って炎を起こそうとするが菩薩は金箍児呪<きんこじじゅ>を唱えた。すると紅孩児の意志に背いて両手が目の前で合わせられた。
「おごり高ぶり、自身を過信しすぎても向上にはなりません。そなたの持つ三昧真火も、わたくしの持つ水瓶の水ですべて消し去られましょう。その後、そなたはどうやって切り抜けようというのですか」
 紅孩児はうなだれながら聞いていた。菩薩の法力に太刀打ちできるとはとうてい思えなかった。
「負けるのは決して弱いことではありません。わたくしとて全能ではありません。修業の身です。わたくしと一緒に来ますね? そなたはきっと悟空より強くなるでしょう」
「ちょっとちょっと、それは買い被りすぎでしょう」
 悟空が文句をつけると観音菩薩はほほえみながら言った。
「強さ……悟空のいう強さとはなんでしょうね。旅の終わりがとても楽しみです。さぁ、三蔵法師と八戒をはなしておあげなさい」
 そういって菩薩は恵岸と紅孩児を連れて帰っていった。
 解放された三蔵はすべての話しを聞いて、南海を向いて叩頭したのはいうまでもない。


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