文字書きさんに100のお題
配布場所:Project hound[100]red 



1〜25
ある朝僕は踊り場で
ぬるりと滑る赤いクレヨン踏んづけて
ごろごろ階段転がった。
痛む頭を抱えた僕が目を開ければ、其処は寂しい荒野でした。僕の傍には一人の男が立っていて、ニヤリと笑ってマルボロに火を点けます。
「すみません、此処は一体何処ですか?」
「此処は此処だよ。決まってる」
男はフウと輪の形の煙を吐き出すとまた僕に向かって笑い、其れから煙草の煙の輪の中に飛び込みました。
あてもなく歩いているとやがて荒野は途切れて森が始りました。
森の中には小さな池があって釣りをするひとがいました。
近寄って見るとそれは眼鏡を掛けた髪の短い女の人でした。
彼女は僕を見ると洟をすすってから「こんにちは」と言いました。
「…こんにちは。あのう、ここはどこですか?」
「ここは森の中の池の岸です。それより写真を撮りませんか。いや、ぜひ撮りましょう。一緒に」
彼女は僕の返事も待たずポラロイドカメラを取り出します。
はいチーズ!
かしゃり。
それから歩くのも面倒になった僕は池の岸に寝転んで彼女と一緒に魚が釣れるのを待ちました。
「釣れませんね」
「そうですね。…あ、鳥だ!」
彼女は嬉しそうに空を指差して釣竿を放り出して弓矢を取り出します。
「あれ、あれ?」
「あの、壊れてますよ。その弓」
毀れた弓を抱えた彼女はずり下がる眼鏡を悔しそうに押し上げて、それからまたぱっと明るい笑顔になります。
「大丈夫です!これがあります!」
ポケットの中から取り出したそれは原始的なパチンコ。そして石。
問題はその石に赤黒いしみがついていることだけです。
「えい!」
彼女が鳥に向かいパチンコで石を飛ばします。
「ギャア」
不吉な鳴き声が聞こえると同時に空は真っ黒い雲で覆われごろごろと雷が鳴り出しました。
「かみなりですよ。君、傘は持ってる?」
彼女は何が嬉しいのかにこにこと笑いながら尋ねます。
「いいえ」
「そうですか、ではこれを上げましょう」
彼女は僕に茶色いガラス瓶を手渡します。それには白く太く下手な字で大きく大きく瓶いっぱいに
「トランキライザー」
にこにこ笑う彼女の眼鏡にぽつぽつと水滴がつきます。
僕がその瓶のふたを開けるとひゅるひゅると間抜けな音がして彼女は瓶の中に吸い込まれてしまいました。
さて、これからどうしようかと辺りを見回す。
と目に飛び込んできたのはどう考えても先ほどまでそこにはなかった巨大な卵。
青白い、僕の背丈ほどの卵にそっと触れてみる。
「あ」
柔らかい殻。 突付いたら破けて中身が流れ出しそうに柔らかい。
この卵は、死んでいる。きっと雛が孵ることはないだろう。
僕は卵を放っておいて森の奥へと進んだ。
ガードレールに腰掛ける彼女はどこかで見たことがある顔をしている。
ああそうだ。
昨夜深夜番組で、ひらひらとしたワンピースをめくり上げ、大吉と書かれたパンツを見せた子だ。
緩やかに波打つ茶色い髪をを人差し指に巻きつけながら、彼女は赤く色づく唇を開く。
「このまま真っ直ぐ坂を降りてT字路で右に曲がって約百メートル。そうしたら右手にビデオショップの看板があるわ。時々壊れて電気がついてないことがあるから気をつけてね」
「そこに?」
「そう、そこにあなたの愛と幸せと最後があるの」
「はあ」
愛と最後と幸せ、なんてものに興味なんてないんだけど。て言うか最後なんて怖いんだけど。
それでも僕は彼女に礼を言って歩き出した。
暗い。
薄暗い。
アスファルト。
いやそれは見えてるんじゃない。足裏の硬い感触だ。
ガードレールの白。
黄色い反射板。
信号機。
ああここがT字路。
右に曲がって百メートル。
暗い。
もう何も見えない。
真っ暗だ。
百メートル?そんなの分かるものか。
「あ」
突然、右側に光るもの。看板。
そして、暗闇に浮かぶ白いドアと、その上の小さな電灯。
「やあよく来たね」
店内は、店内さえも暗い。灯りはカウンターに置かれた太い一本のロウソクだけだった。
「こんばんは。どうしてこの辺には街灯がないんですか?」
「いい質問だね」 そう言うとオレンジのエプロンを掛けた男は僕の顎に手を掛ける。
「それはね、灯りが僕のニューロンを壊して行くからだよ」
顔が近い、息が掛かる。ああ。ああ。ああ。
「僕の軸索を溶かし跳躍伝導を妨げ肢体の機能を奪って行く」
答えられない僕にいよいよ男の顔は近づき、その唇は今にも耳に触れんばかりだ。
「そうだね、君にぴったりのビデオを紹介してあげよう」
「……どんな?」
「√を開くことのみに性的興奮を覚えるシャム双生児のハーモニカ弾きが太ももに刻まれたナンバリングの謎を解くために旅立つ話さ」
彼の声は、今や僕の耳朶を滑り首を滴り背筋を伝って腰骨のあたりまで流れて行った。
「ありがとう」僕は押し付けられたビデオをの袋を掴みドアに向おうとする。
「駄目だよ君。そこは入り口だ。出るためのドアじゃない」
「じゃあ、出口は?」
「この店には出口はない。あるのは入り口とトイレに続くドアだけさ」
男がロウソクを掲げ示す方向には確かにトイレと書かれたドアがあった。
「合わせ鏡に気をつけて」
男の声を聞きながら、ふらふらと歩きドアを開け、そして閉める。
真正面にあるのは鏡だ。そして後ろ、つまりドアにもちょうど同じ高さに鏡が取り付けられている。
「なるほど」
右側には壁。左側には、廊下が続く。
コツコツ。
カツカツ。
ピチピチ。
静寂の中、僕の足音だけが響き渡る。
「ねーえ、はさみ、持ってなあい?」
突然、それまで沈黙を守っていた廊下が、甘ったるい声で話しかけてくる。
「ないよ、どうして?」
「どこかのバカがあたしの秘蔵MDをパステルエナメルに塗りたくった上にガムテープでぐるぐる巻きにしちゃったの」
「それはそれは」
「つれないのねえ」
ピチピチ。
チャプチャプ。
らんらんらん。
「イライラにはカルシウムが有効だと思うの。左側のドアを開けると飴屋があるわ」
ドア?  左も右も、壁にはなにもない。廊下は、二、三十メートル先の壁まで真っ直ぐ続く。
行き止まりだ。
どうしろと?
僕は足を止めずに下を向いて溜息を付き、疲れた目をごしごしこすりそして、顔を上げた。
もう、すぐそこまで来た廊下の終着点。
左側の壁に、ドア。
灰色の汚いドアに、一枚の貼り紙。
のどあめあります』
錆の浮いたノブを回し押すと、軋んだ音を立てながら何とかドアは開きました。

26〜50