いつもいつでもどんな時も、どんなに近くにいてもどんなにくっついててもどんなに密着してても、
焦げ茶色の柔らかくてさらさらでふわふわで仔犬!って感じのその髪は乾いててさらさら揺れてる。
汗で額に貼り付いたりはしない。
泣けると言われて借りて来たビデオは本当に泣けて気付いたら鼻水まで出てた。
当然アキも泣いてんだろうとティッシュの箱に手を伸ばしながら隣を見たら全然そんなことは無かった。
なんだか嫌だった。
アキははーっと溜息をついて胡麻煎餅の袋に手を伸ばす。
ばりばりばり。
「……よかったね」
ばりばりばり。
「うん」
ばりばりぼり。
「すげえよかったよな」
ばりばり。
「うん、よかった」
ばりばり。
「すごい、悲しかったよ、ね?」
ばりばり。
「うん、感動した。ほんと」
じゃあ、なんで泣かないの?
何があっても泣かないから、どんなに暑くても汗を掻かないから。
あついのはこっちだけかと、泣きたくなるのはこっちだけかと思ってた。
「ねえ、何でいっつも汗掻かないの?」
とうとう勇気を出して聞いたら、アキは何を今更と言う顔をしてこう答えた。
「だってほとんど、いや、もしかしたら全部機械だから」
「は?」
「だから機械なんだよ。知らなかった?言ってないっけ?」
「だって親いんじゃん。」
「いるねえ。製作者か所有者か、雇用主…は違うか養ってもらってるし」
左耳の後ろの髪を掻き上げると、そこに、柔らかな耳たぶの裏側に、
「気付かなかったの?今まで?普通気付くでしょ。耳にだって触ってるのに」そう言うとアキは飲み物を取りに部屋を出て行った。
気付かなかった。
ちっとも気付かなかった。
柔らかな耳たぶの裏側に七桁の数字。
初めて好きっつった時のあの手のひらが湿った感じにも共感してもらえないんだなあ、とそんなことを考えた。
そんなことを考えていたらいつの間にか後ろからアキの手が首に回っていた。
乾いた手のひら。
「機械だからほとんど機械だから。多分人より力、強いから」
「だから?」
泣かないくせに、泣けないくせに、泣きそうな声は出せるなんてなんかずるいよ。
「だから、やだって言ったら機械じゃやだって言ったらこのまま絞めるから。骨砕けるまで絞めるから」
ついさっき、あんなにさらっと告白しといて今更そんなに動揺するなよ馬鹿。大体血ぃ出るシーンでいっつも目ぇつぶるやつが何やってんだよ。
首に回された指はただそっと触れてくるだけでいつまでたっても力は込められない。
乾いた手のひら。
でもちゃんと、温かい手のひら。
別に冷たくても構わないんだけど。伝わってはないねどうやら。まあ確かに衝撃の新事実だ。
「いれずみシール」
「…タトゥシールって言え」
「何でもいいよ。あれにさ、あるじゃんバーコードとかアルファベットとか数字とか」
「いれずみシールだとなんか駄菓子屋だから」
「うるさいな。とにかくとりあえずはシールで許して下さい」
アキが首から手を外したから、向きを変えてその手を握って見たりした。
「お揃いにしようよ」
手を握ったままそう言って、もう一度耳たぶをつまんで裏側を覗きこんだら、くすぐったそうに笑う。
「ああでもこんな小さいのあるかな。耳に横七桁はキツイでしょう」
「このくらいあるある。きっとある。ああ、でも」
にやっと笑った馬鹿は人差し指で人の胸を突いた。
「乳首の真下なんていいんじゃない?すげえエロい感じする」
終