002: 階段
五つ葉と青い爪の匂い

一面を、シロツメクサの花が埋め尽くしたあの白い野原で、私たちは四葉を探しました。
貴方はほどなく五つ葉を見つけ、四葉よりも縁起が良いに違いないとはしゃいでいました。
子供の様に無邪気な貴方を見て、私は言い出すことが出来ませんでした。
私の郷里では、五つ葉や六つ葉は、凶事を告げるものなのです。
五つ葉ならば火事や盗難を、六つ葉ならば人死にを。
口篭った私を見て貴方は四葉も見つけられない私が拗ねているのだと勘違いした様でした。子供の様だと笑って頭を撫ぜてくれました。

ざあざあと音を立てて雨が降る夜に私は貴方を探しに行くのです。
ざあざあと音を立てて雨が降る夜に私は貴方を探してあの小さな部屋で一人の娘と会ったのです。
薄暗い部屋の隅の小さなテーブルの上の三本の蝋燭だけが其の部屋の灯りでした。
ことりとことりと音を立てて娘は骨を並べておりました。私は黙って其れを見ながらゆっくりと杯を口に運んだのです。
誰の骨かと尋ねると娘は私を見もせずに貴方の名前を告げました。テーブルの上にはグラスが三つと見たことの無い酒が一瓶と、黒い小さな釦が一つ。
そして白い骨、骨、骨。

ことりことりと娘は骨を並べ私は酒を飲み、蝋燭はじりじりと縮んで行きました。娘は袖のない白い服を着ていました。 剥き出しの白い肩と、切り揃えた前髪。背中まで流れる艶やかな黒髪。
ああ貴方の好きな髪型です。
いつか貴方がそれを何の気なしに教えてくれた日、私はすぐに自分もそうすると言いました。けれども貴方は今のままで良いのだと笑いながら私の短い髪を掻き回し、額に接吻けてくれたのです。
誰のためのグラスかと問うと、娘はゆるりと顔を上げました。

あの日、私の前を歩く貴方は黒いシャツを着ていました。風が吹くと裾が大きく捲れて、其処から覗く滑らかな背中に、私は触れたくて仕方が無かったのです。
私の前を歩いていた貴方は突然立ち止まり声を上げました。
「階段だ」
白い野原に、ぽっかりと四角い穴が口を開けていました。穴の中は暗く階段がどこまで続くのか見当も付きません。
貴方は、私が止めるのも聞かず、暗闇の中へと降りて行きました。狭い階段の両側の壁には錆びた手すりが付いていて、灯りは無く、薄暗く、階段はどこまでも続くのです。何度も引き返そうと言ったのに貴方は臆病だなと笑って――

ことりことりと骨を並べる娘の指には指輪の一つも無く短く切り揃えられた爪も素のままの桜色でした。
貴方の名前を紡いだ唇も何も塗られてはおらず素顔のままで前髪を切り揃えたその娘は、薄い服を通して覗く体の線も頼りなく、少女めいた印象でした。
けれど白いスカートの裾から覗く素足の爪は彼女の幼さに不似合いな鮮やかな青に塗られて光っていました。

娘は私をじっと見てゆっくりと口を開きました。
「探しに、来たのでしょう?」
「会いたいのでしょう?」
「もうすぐ帰ってきますよ」

「ほら、そこから」

ああ、ああ。ああ!
ぽっかりと壁に口を開けた四角い暗闇の奥から、どこまでもどこまでも続く階段の底から微かな足音が聞こえてきます。

ざあざあと音を立てて雨が降る夜に私は貴方を探してあの小さな部屋で一人の娘と会ったのです。
ざあざあと音を立てて雨が降る夜に私は貴方を取り戻すのです。
ざあざあと音を立てて雨が降る夜に足の爪を青く染めた娘はことりことりと貴方の骨を並べるのです。