最後にあげる、好きな詩人は、宮澤賢治です。


岩手山

そらの散乱反射のなかに
古ぼけて黒くえぐるもの
ひしめく微塵の深みの底に
きたなくしろく澱むもの





春と修羅
(mental sketch modified)

心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんのてんごく模様

   (正午の管楽よりもしげく
    琥珀のかけらがそそぐとき)
四月の気層の光の底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
    (風景はなみだにゆすれ)

砕ける雲の眼地をかぎり
 れいろうの天の海には
  聖はりの風が行き歌交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ 

    くろぐろと光素を吸えば
     その暗い脚並からは
       天山の雪の稜さへひかるのに
         (かげろふの波と白い偏光)


        まことのことばはうしなはれ
       雲はちぎれてそらをとぶ
      ああかがやきの四月の底を
     はぎしり燃えてゆききする
   おれはひとりの修羅なのだ


       (玉髄の雲がながれて
        どこで啼くその春の鳥)
    日輪青くかげろへば
      修羅は樹林に交響し
         陥りくらむ天の椀から
         黒い魯木の群落が延び
           その枝はかなしくしげり
         すべて二重の風景を
         喪神の森の梢から
       ひらめいてとびたつからす


        (気層いよいよすみわたり
        ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫


ほんとうにおれが見えるのか
まばゆい気圏のうみのそこに
     (かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを載る
     (まことのことばはここになく
      修羅のなみだはつちにふる)


あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
      (このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずえまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ





「修羅」とは「阿修羅」
仏教では
「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天上」を六道といい、
賢治は自らを『修羅』といっています。
『人間』ではなく、そのひとつ下のものとして・・・・


宮澤賢治の広大な宇宙観・時空観は「妙法蓮華経」から来ています。
「妙法蓮華経」=「法華経」とは、お釈迦様の出世の本懐で、
この経を説くために生まれて来られたのです




永訣の朝


けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ

(あめゆぢゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる

(あめゆぢゆとてちてけんぢや)
青いじゅん采のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした

(あめゆぢゆとてちてけんぢや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる

ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまえはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから

(あめゆぢゆとてちてけんぢや)
はげしいはげしい熱やあえぎのあいだから
おまえはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを・・・・・


・・・・・ふたきれのみかげせきざいに
さびしくたまつたみぞれである
わたくしはそのうえにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二層系をたもち
すきとおつたつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう

わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかてれしまふ

(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ

この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ

(うまれでくるたて
こんどはこんなにわりやのごとばかりで
くるしまなえよにうまれてくる)
おまえがたべるこのふたわんのゆきに
わたしはいまこころからいのる
どうかこれが兜卒の天の食に変つて
やがてはおまへとみんなとに
聖い資糧をもたらすことを
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ




妹トシは、賢治の最愛の理解者だった。
それでも、死によって別れなければならない。
同時期の 
『松の針』には、

「ほんたうにおまえへはたつたひとりでいけるのか」
「わたくしにいつしよにいけとたのんでくれ」
「ないてわたくしにさう言つてくれ」


といっている。
そしてその思いは、ジョバンニとカムパネルラの物語
銀河鉄道の夜』に結晶された。




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