日本史年表Ⅱ
(平安時代)

目次
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   日本史年表Ⅰ  古墳時代から奈良時代(西暦400-805年)の出来事を掲載しています
   日本史年表Ⅱ  平安時代(西暦794-1192年)の出来事を掲載しています
   日本史年表Ⅲ  鎌倉時代から安土・桃山時代の出来事を掲載しています
   日本史年表Ⅳ    江戸時代 西暦1600年から1868年の徳川幕府の治世時代を掲載しています

西暦 和暦 天皇 日本史 [東アジア略史]  世界史
794 延暦 13 50
桓武
10月、【平安京遷都】  
795 14 この年、空海、東大寺戒壇院において具足戒を授かり空海と改名  
796 15 11月、隆平永宝(皇朝十二銭の四)、鋳造される  
797 16  国司による不正等を調査するため、令外官の勘解由使(かげゆし)、設置される  
799 18 遣新羅使(交流のため、これ以降、派遣されず)  
800 19 3月、富士山噴火する
7月、早良親王の怨霊を恐れ、崇道天皇と追称する
 
801 20 2月、征夷大将軍坂上田村麻呂に節刀を賜る  
804 23 7月、空海、最澄、遣唐使船で出航する  
805 24 4月、「怨霊に謝する」ために早良親王の命日を国忌に入れる
6月、最澄および遣唐使帰国 最澄、高尾山寺で灌頂を行う
10月、坂上田村麻呂が清水寺を建立
 
806 大同 1 51
平城
3月、桓武天皇崩御 安殿(あて)皇太子、即位(平城天皇)  
8月、空海帰国  
807 2 11月、桓武皇子伊予親王と藤原吉子、謀反の嫌疑で逮捕され、川原寺で自害   
808 3 この年、空海、観心寺に北斗七星を勧請する(観心寺寺伝)  
809 4 52
嵯峨
4月、平城天皇、同母弟の神野親王に皇位を譲る(嵯峨天皇),平城天皇は上皇となる
12月、平城上皇、平城京に向かう
 
810 弘仁  1 9月、嵯峨天皇、平城京へ出兵させ藤原薬子を自害させる【薬子の変】  
812 3 11月、空海、高尾山で潅頂を行う  
813 4 8月、太宰府管内の兵士を削減する   興福寺南円堂建立される  
814 5 5月、嵯峨皇子女に源氏姓を与える  
815 6 7月、嵯峨天皇、橘嘉智子を立后する  
816 7 6月、空海に高野山を下賜する  
818 9 11月、富寿神宝(皇朝十二銭の五)、鋳造される  
819 10 この年、空海、高野山に金剛峯寺建立  
820 11 2月、遠江・駿河の新羅人700人が反乱を起こす
4月、「弘仁格」を施工する
 
822 13 6月、最澄入寂    比叡山に大乗戒壇設立の勅許  
823  14  1月、空海に東寺を下賜し、教王護国寺と称する。空海、これを密教根本道場とする  
53
淳和
4月、嵯峨天皇譲位し、淳和天皇即位  
824 天長 1 9月、勘解由使、複置される  
825  2 7月、葛原親王(桓武天皇の皇子)の子・高棟王に平の姓を賜る(桓武平氏)  
827 4 8月、京で大地震おこる  空海、大僧都に任じられる   実恵、観心寺造営に着手  
828 5 12月、空海、綜芸種智院(私立の教育施設)を創設  
830 7 9月、薬師寺、最勝会始まる  
833 10 54
仁明
2月、淳和天皇譲位、仁明天皇即位(桓武天皇の第三皇子)  
834 承和 1 1月、藤原常嗣を遣唐大使、小野篁を遣唐副使に任命する  
835 2 1月、承和昌宝(皇朝十二銭の六)、鋳造される  3月21日、空海入寂(62歳)  
836 3 5月、第19回遣唐使、出航する 7月、遣唐使船遭難し漂着  
837 4 7月、遣唐使再び出航するが、遭難し漂着する  
838 5 6月、遣唐使再び出航する 遣唐副使・小野篁、病を理由に乗船拒否 同船に円仁、常暁乗船  12月、小野篁、乗船拒否の罪を問われ配流される  
840 7 4月、遣唐使第二船、大隅に漂着 5月、淳和上皇崩御  
841 8 5月、<伊豆地震>、死者多数  
842 9 7月、嵯峨上皇崩御 伴健岑、橘逸勢の謀反発覚。これに関係した嫌疑で恒貞皇太子を廃太子。伴、橘は配流される【承和の変】 8月、道康親王立太子  [中国:会昌の廃仏始まる]  
843 10 12月、文室宮田麻呂の謀反、発覚 宮田麻呂、配流される  
846 13 承和13年西大寺講堂、焼失  
847 14 9月、円仁、太宰府に帰着   実恵(62歳)入滅  
848 嘉祥 1 9月、長年大宝(皇朝十二銭の七)、鋳造される  
850 3 55
文徳
3月、仁明天皇崩御、文徳天皇が即位  10月、<出羽国地震>、死者多数  
851 仁寿  1 2月、清涼殿を嘉祥寺に移建  
853   3 7月、円珍、唐商船に便乗し渡唐する  
854 斉衡 1 4月、円仁、天台座主となる  
855 2 5月、地震により東大寺大仏の頭が落ちる  
857 天安 1 2月、藤原良房、太政大臣に任命される  
858 2 56
清和
6月、円珍帰国   8月文徳天皇崩御 11月、清和天皇即位  
859 貞観  1 4月、饙益神宝(皇朝十二銭の八)、鋳造される  8月、八幡神を石清水男山に勧請する  
860 2 この年、西大寺、主要堂舎焼失  
861 3 3月、東大寺大仏修造終わる  
862 4 5月、瀬戸内諸国に海賊を追補させる  
863 5 5月、神泉苑で御霊会を行い、祟道天皇、伊予親王、ら6人の霊をまつる  6月、<越中・越後地震>、死者多数  
864 6 1月、円仁入寂
5月、富士山噴火する(貞観噴火、富士山噴火史上最大と言われる)
唐軍、南詔、広西で敗北
866 8 3月、応天門炎上する
7月、最澄に伝教大師、円仁に慈覚大師の諡号(しごう)が授けられる
8月、藤原良房、摂政に任じられる(臣下として最初の摂政)
   伴義男ら五名、遠流に処せられる【応天門の変】
 
868  10 7月、<播磨国地震>、諸郡官舎、諸寺堂塔倒壊する  
869 11 5月、<貞観三陸沖地震>陸奥で大地震起こる 多賀城崩壊する 大津波が発生し死者1000余名
6月、新羅海賊、豊前貢綿船を襲撃
8月、「続日本後紀」を撰上
9月、「貞観格」施行される
 
870 12 1月、貞観永宝を鋳造(皇朝十二銭の九)  2月、太宰府に警備の強化命じる  
873 15 真紹(77歳)入滅  
874 16 3月、薩摩開聞岳、噴火する  [中国:王仙芝,の反乱おこる]  
875 17 4月、「左右検非違使式」を撰進  [中国:黄巣の乱おこる]  
876 18 4月、大極殿焼失  11月、清和天皇譲位  12月、藤原基経、摂政に任じられる  
877 元慶 1 57
陽成
1月、陽成天皇即位  
878 2 3月、元慶の乱(秋田城付近の蝦夷の反乱)  
880 4 5月、在原業平没 10月、出雲で大地震起こり、官舎、寺社、百姓居宅多数倒壊
12月、藤原基経、太政大臣に任じられる  山城、京などで大地震あり、大極殿西北隅が崩壊する  
 
884 8 58
光孝
2月、陽成天皇譲位、光孝天皇即位
6月、藤原基経、関白に任ぜられる(関白のはじめ)
黄巣の乱おわる
886 仁和 2 4月、菅原道真、讃岐守に着任  
887 3 7月、<仁和地震>東南海地方で大地震が起こる(M8級の大地震とされる)、平安京内の建物多数倒壊し死者多数 また七道諸国も大きな震動し建物多数倒壊、さらに津波により溺死者多数。  
59
宇多 
8月、光孝天皇崩御  11月、宇多天皇即位  
888 4 6月、藤原基経、宇多天皇の勅書を撤回させる(阿衡の紛議)  
889 寛平 1 5月、高望王らに平朝臣姓を賜う  
890 2 4月、寛平大宝(皇朝十二銭の十)、鋳造される  
891 3 10月、円珍入寂  
894 6 4月、新羅の賊、対馬に来襲、8月、菅原道真、遣唐大使に任ぜられる、9月、菅原道真の建議により遣唐使廃止される  
895 7 3月、新羅の賊に備えて博多の警備、強化される  
897 9 60
醍醐 
7月、宇多天皇譲位、醍醐天皇が即位  
899 昌泰 2 2月、藤原時平が左大臣、菅原道真は右大臣に任ぜられる  
901 延喜 1 1月、菅原道真、大宰府に左遷される【昌泰の変】  8月、「日本三代実録」完成  
902 2 3月、違法な荘園の停止が命じられる(延喜の荘園整理令)  
903 3 2月、菅原道真、太宰府にて没  8月、院宮や王臣が私に唐物を買うこと禁じられる  
904 4 4月、保明親王立太子  [朝鮮、後三国時代はじまる]  
905 5 4月、紀貫之ら「古今和歌集」を撰上  
907 7 11月、延喜通宝(皇朝十二銭の十一)、鋳造される  [中国:唐滅び五代十国時代に入る]  
908 8 12月、「延喜格式」、施行される  
917 17 東大寺、講堂、僧坊焼失  918年高麗国建国される 
921 21 10月、空海、弘法大師の諡号を与えられる
923 延長 1 3月、皇太子保明親王死去(菅原道真の祟りと恐れられる)
4月、菅原道真を右大臣に復し、正二位を追贈
 
927 5 12月、「延喜式」、撰上される  [926年中国:契丹により渤海国滅亡]  
930 8 61
朱雀
6月、清涼殿に落雷(菅原道真の祟りと恐れられる)  9月、醍醐天皇崩御、藤原忠平摂政に任じられる  11月、朱雀天皇即位  
935 承平 5 平将門、伯父の常陸大掾・平国香を攻め殺害 [朝鮮:新羅、高麗に投降し滅亡]  
936 藤原純友、伊予守紀叔人とともに日振島の海賊を鎮圧する  [朝鮮:高麗、朝鮮半島統一]  
938 天慶  1 4月、京で大地震おこる  京内の舎屋、社寺の堂舎多数損壊。鴨川洪水
5月、改元し、天慶とする。
この年、空也、京に入り念仏を広める
 
939 2 11月、平将門常陸国府を占領する
12月、平将門、坂東諸国を制圧し新皇を自称する【平将門の乱】  
同月、藤原純友、摂津国須岐駅で備前介藤原子高と播磨介島田惟幹を襲う【藤原純友の乱】
 
940 3 2月、藤原秀郷、平貞盛が平将門を殺害
6月、藤原純友に対して追捕官符、発せられ、平貞盛が純友討伐に出陣する
8月、藤原純友、伊予、讃岐国を攻める 10月、藤原純友、安芸・周防国軍を破る
12月、藤原純友、土佐国を焼き討ちする
 
941 4 5月、藤原純友、太宰府を焼き討ちする その後、同月、小野好古が藤原純友を博多津で純友軍を破り、壊滅的打撃を与える  6月、藤原純友、伊予国で橘遠保に討たれる  
946 天暦 1 62
村上
朱雀天皇が譲位し、村上天皇が即位  
947 2 6月、左右の検非違使庁が併合される
7月、調庸の粗悪・租税の違期などを取り締まられる
11月、倹約の励行、贅沢の禁止などの新制が公布される
 
950 4 7月、憲平親王立太子  
958 天徳 2 3月、乾元大宝、鋳造される(皇朝十二銭の最後)  
960 4 9月、内裏焼亡する(平安遷都後、初めての内裏焼亡記録)※里内裏:冷泉院 趙匡胤、北宋を建国
961 応和 1 応和元年11月、内裏再建される  
962 2 この年、新薬師寺、台風により金堂、講堂倒壊する  [西洋:神聖ローマ帝国成立]  
967 康保 4 63
冷泉
5月、村上天皇崩御、冷泉天皇即位  7月、「延喜式」が施行される  9月、守平親王、皇大弟となる  
969 安和 2 64
円融
3月、源高明、藤原千晴が配流される【安和の変】  8月、冷泉天皇譲位、円融天皇即位  
973 天禄 1 藤原兼通の娘、円融天皇の皇后となる  
974 天延 2 祇園御霊会はじまる  
976 貞元 1   7月、<山城・近江地震>山城、近江で大地震起こる  八省院、豊楽院、東寺、西寺など京内の多数の寺社堂舎倒壊  
984 永観 2 65
花山
2月、円融天皇譲位、花山天皇即位、懐仁親王立太子  
985 寛和 1 この頃、源信、「往生要集」を著す  
986 2 66
一条
花山天皇譲位、一条天皇即位  
988 永延 尾張国の郡司・百姓ら、国司の非法を訴える  
990 正暦 1 10月、藤原道隆の娘定子、中宮になる  
995 長徳 1 5月、藤原道長、内覧の宣旨を受ける   この年、疫病が流行し、藤原兼家ら宮中8人の公卿が死亡  
999 長保  1 藤原道長の娘彰子、一条天皇の女御になる  
1000 2 藤原定子が皇后、彰子が中宮になる(一帝二后並立のはじめ)  藤原定子没  
1001 3 この頃、清少納言の『枕草子』完成か  
1007 4   この頃、紫式部の「源氏物語」完成か  
1011 寛弘 67:
三条
三条天皇即位  
1016 長和 5 68:
後一条
1月、後一条天皇即位  藤原道長、摂政となる  京で大火有り藤原道長の土御門邸も焼ける  
1017 寛仁 1 12月、藤原道長が太政大臣、子の頼道が摂政になり、藤原氏全盛となる  
1018 2 2月、道長、太政大臣を辞任  道長の女・中宮妍子、皇太后に、女御の威子、中宮となる  
1019 3月、藤原道長出家  4月、【刀伊の入寇】刀伊の国の賊徒五十余船、壱岐島、筑前を襲う、太宰権帥・藤原隆家らによって撃退するも、太宰府管内に甚大な被害を受ける  
1022 治安 2 藤原道長、無量寿院を法成寺に改める  
1026  万寿 3 5月、<万寿地震>石見国(島根県)で日本海沖を震源とする大地震と津波発生死者多数  
1027 12月、藤原道長没  
1028 長元 1 平忠常、下総で反乱【平忠常の乱(1028-1031)】  
1036 長暦 1 69
後朱雀
後朱雀天皇即位  
1038 3 延暦寺僧徒の強訴、これ以後強訴盛んとなる  
1045 寛徳 2 70
後冷泉
後冷泉天皇即位  花新立荘園が停止される【寛徳の荘園整理令】  
1051 永承 6 安倍頼時、陸奥で反乱、源頼義が討伐に向かう【前九年の役(1051-62)】  
1053 天喜 1 藤原頼通、平等院鳳凰堂を建立  [西洋:東西教会分裂する]  
1062 康平 5 源頼義、清原武則の支援を受け、安倍貞任・宗任を破る(前九年の役が終る)  
1063 6 源頼義、鎌倉に八幡宮を立てる  
1068 治暦 1 71
後三条
後三条天皇即位  栄西、重源ら宋から帰国  
1069 延久 1 「記録荘園券契所」を設け、新設の荘園の整理をさせる【延久の荘園整理令】  
1072 4 72
白河
白河天皇即位    
1076  承保   白河天皇、法勝寺を建立、八画九重塔(高さ80m)を建てる  
1077 3 陸奥で藤原家衡と藤原清衡の抗争勃発、源義家が清衡を支援【後三年の役のはじまり】  
1083 永保 3 後三年の役(1083-87)  
1086 応徳 3 73
堀河 
堀河天皇即位  白河上皇、院庁で政務をみる(院政の始まり)  
1091 寛治 5 源義家の兵を率いての入京および諸国の百姓の義家への田畑寄進を禁止  
1095 嘉保 2 院に北面の武士を置く(武士の台頭)  
1096 永長 1 白河上皇出家 
11月、<永長地震>東海、東南海の地震、伊勢、駿河で津波被害などもあって死者1万人を超す
第一回十字軍(~'99)
1097 承徳  1 平正盛、伊賀国の私領を六条院に寄進する  
1098 2 源義家が院昇殿を許され、源氏の勢いが高まる  
1099  3 1月、<康和または承徳地震>南海地震、興福寺や天王寺一部損壊 土佐で地殻変動による田畑海没の記録あり  
1107 嘉承 2 74
鳥羽
鳥羽天皇即位  
1108 天仁 1 延暦寺僧兵の強訴を源平両氏が防ぐ  
1113 永久 1 興福寺と延暦寺の僧兵が紛争、両僧兵、強訴するが、平忠盛らがこれを防ぐ  
1123 保安 4 崇徳天皇即位  延暦寺僧兵、入京を企てるが平忠盛、源為義らがこれを防ぐ  
1124 天治 この頃、良忍、融通念仏を始める  
1126 大治  2 この年、藤原清衡、中尊寺金色堂・三重塔を完成させる  翌年、藤原清衡没  
1129 4 3月、平忠盛、山陽・南海の海賊追討使に任じられ、これら海賊を掃討しこれを従える
7月、白河法皇崩御  鳥羽上皇の院政がはじまる
 
1132 長承 1 平忠盛、鳥羽法皇のために得長寿院千躰観音像(三十三間堂)建立
平忠盛、昇殿を許される(これらを契機に平氏が源氏に対し優勢となる)
 
1141 永治 1 76近衛 崇徳天皇、近衛天皇(当時3歳)に譲位(鳥羽上皇の命による)
近衛天皇即位  覚鑁、「五輪九字明秘密釈」を著す
 
1143 康治 1 この年、興福寺三重塔建立される  
1147 久安 3 平清盛の従者、祇園社神人と紛争  延暦寺僧徒、平忠盛・清盛親子の流罪を要求  
1155 久寿 2 77
後白河 
後白河天皇即位  
1156 保元 1 鳥羽法皇崩御  後白河天皇と崇徳上皇が対立し、平清盛・源義朝らの軍勢によって崇徳上皇方が敗れる上皇は讃岐に流される【保元の乱】  このころから末法意識が広まる  
1157 藤原頼長らの所領を没収し、後院領とする  
1158 3 78
二条 
二条天皇即位  8月、平清盛、太宰大弐に任じられる  
1159 平治 1 源義朝・藤原信頼、挙兵するも平清盛に敗れる【平治の乱】  
1160 永暦 1 源義朝、尾張で殺される  子の頼朝は伊豆に流される  平清盛、正三位となる  
1164 長寛 2 この年、平清盛とその一族、写経(法華経)し、厳島神社に納める(平家納経)  
1165 永万 1 79
六条
六条天皇即位  
1167 仁安 2 2月、平清盛、太政大臣となる  5月、清盛、太政大臣辞任する  
1168 3 80
高倉
高倉天皇即位  2月、平清盛出家する  
1171 承安 1 平清盛の女徳子、後白河法皇の猶子として入内し、高倉天皇の女御になる  
1175 安元 1 この頃、法然、専修念仏の浄土宗を開く  
1177 3 【安元の大火】安元3年4月28日樋口富小路付近で出火、その後、強風に煽られ平安京のおおよそ三分の一が焼き尽くす大火となる。この結果大内裏の大極殿、八省院、応天門、朱雀門も焼亡した
【鹿ケ谷事件】6月、平清盛、平氏打倒陰謀鹿ケ谷の陰謀を察知し、藤原成親・成経・師光ら後白河院の近臣を捕らえ処罰する
 
1178  治承 2 3月、治承2年3月24日平安京七条東洞院から出た火は朱雀大路までの三十数町を焼き尽くす大火となる
【治承の大火】
 
1179 3 11月、平清盛、摂政基房を解任、近衛基通(清盛の娘婿)に替え、院の近臣39人を解官する  後白河法皇、幽閉される【治承三年の政変】  
1180 4 81
安徳
安徳天皇即位
5月、以仁王(後白河法皇の皇子)の平氏追討の令旨
8月、源頼朝、伊豆で挙兵(【治承・寿永の乱】のはじまり)
12月.、平重衡、南都に差し向け興福寺、東大寺など南都大寺を焼き討ち【南都焼き討ち】
 
1181 養和 1 閏2月、平清盛没
この年、数年来の大飢饉よって京都で多数の餓死者でる【養和の大飢饉】  重源、造東大寺大勧進に任じられ大仏再建にとりかかる
 
1183 寿永 2 5月、源義仲、礪波山で平維盛の軍を破る
7月、義仲、入京、平氏は西に逃れる  後鳥羽天皇即位  後白河法皇、源頼朝に東国沙汰権を与える(十月の宣旨)
 
1184 3 1月、源範頼・義経、義仲を破り京に入る(宇治川の戦い) 同月、義仲、近江国粟津にて討ち死にする
この年、当麻寺金堂再興される
 
1185 文治 鎌倉時代 82
後鳥羽
3月、壇ノ浦で平家滅亡
4月、源頼朝、従二位となる  
7月、<文治地震>南海トラフを震源とする巨大地震か?宮中の建物一部損壊した他、京内の寺社や民家の多数が倒壊する(鴨長明「方丈記」ここの地震について詳細な記述有り)
8月、東大寺大仏開眼供養会
10月、後白河法皇、義経に頼朝追討の命を与える
11月、後白河法皇、頼朝に義経追捕の命を出す、
       源頼朝、諸国に守護・地頭の設置と兵糧米の徴収を朝廷に認めさせる(文治勅許)
 
1191 建久 この年、栄西、南宋から帰国、臨済宗を伝える  この年、飛鳥・川原寺炎上する  
1192 源頼朝、征夷大将軍に任じられる  

 日本史年表Ⅰ(古墳時代~奈良時代)   日本史年表Ⅲ(鎌倉時代~安土・桃山時代)

<更新履歴> 2011/11 作成  2013/9補記 改訂  2014/1 補記改訂  2015/1 補記改訂 2015/6補記改訂 2016/2補記改訂 2018/2補記改訂 2019/1補記改定 
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