【 光の春 −聖バレンタイン− 】




 ―――― まだまだ外は寒いけど、学校帰りの車の中から見る街の風景は、どこかキラキラしていた。静かな色彩の中のあっちやこっち。早咲きの花が咲いたようなそんな明るさ。

「……ったく! 今時の若いもんは…。流行ものだとすぐ飛びつきおる。商業主義に踊らされおって! 馬鹿馬鹿しい祭りじゃ、まったく!!」

 邪見様はそんな街の風景を横目でチラリと睨み、もともと苦い薬を飲んだ後のような顔をもっと苦くして、車を運転している。
 あたしとしては、こんな小さな身体でよくこんな大きな車を運転出来るものだと、そっちの方に感心していた。

「邪見様。ちゃんと前、見えてる? 車、ぶつけないでね」

 ……あたしは去年の夏の初め、車の事故で家族を無くした。

 暫らくは、車に乗るのも怖くて怖くて……。
 でも邪見様の運転で、殺生丸様のお供で何回か出掛けているうちに大丈夫になった。邪見様の運転はそれはもう丁寧な運転で、スピードはそんなに出さない。道を曲がる時も信号で止まる時も、ガックンとならない静かな運転をする。

 だから……、大丈夫だって判っているんだけど、それでも外から見たら運転手の居ない車が勝手に走っているように見えて、びっくりするだろうなとも思う。

「バカにするでない、りん。ワシはゴールド免許じゃ。この前の更新の時には無事故無違反の褒章も貰ったんじゃぞ!」

 そうそう、それが随分嬉しかったみたいで誰にでも見せてたものね、邪見様。
 信号で止まった車の横を、綺麗に包装された紙包みを大事そうに嬉しそうに抱えた女の子達が何人も通り過ぎて行く。信号の少し向こうにある、一際明るいお店から出てきたみたい。

「ふん! ああやって、バカな男共を【釣る】訳じゃな。なんと、浅ましい事か」
「……邪見様、チョコ嫌い? りんは好きだよ? 去年はお母さんと一緒に、お父さんとお兄ちゃんたちにチョコあげたよ」
「うむ……、まぁまだお前のような子供には、この馬鹿げた祭りの意味は判らんじゃろうな。別に、ワシとてチョコが嫌いな訳ではないぞ。だが、エビで鯛を釣るような魂胆が見えるのが嫌なんじゃ!!」
「エビで鯛……?」
「ああ、もう良い! お前はまだ子供じゃし、間違ってもあんな浅ましい娘にはなるな、と言う事じゃ」
「ん〜〜〜」

 なんとなぁ〜く、邪見様はこの『バレンタイン』って事そのものを嫌っているみたい。そりゃりんはまだ小さいけど、ちゃんとお母さんに聞いたんだよ。
 バレンタインは大好きな人に、『大好きです』って伝える大事な日だって。
 普段は中々言えなかったり、つい忘れちゃったりする事もあるけど、でも本当はねって。そう言ってお母さんは笑った。その笑顔を見てりんも幸せな気持ちになったんだ。


 ……そっか、今年は ――――


 誰も居ないんだよね。

 お父さんもお兄ちゃんたちも、お母さんも ――――

 やだ。なんか……、鼻の奥が痛くなってきちゃった。
 なんだか…、目の前がゆらゆらしてる。

 今はちゃんと殺生丸様も邪見様も居てくれるのに……。



 それは、【聖バレンタイン】の一週間前くらいの時の事。


* * * * * * * * * * * * * * *


「りん! おやつじゃぞ!!」

 邪見様の声であたしは、ダイニングに下りて行った。
 テーブルの上には、香りの良い紅茶ときらきらと綺麗に飾られた……、チョコ。

「うわぁ、綺麗! まるで宝石みたい!! これ…、食べちゃってもいいの?」
「うむ……。りん、お前チョコが好きじゃと言うておったろう。普段は屋敷のコックが作る菓子や果物ばかりじゃからたまには、な」

 これは、精一杯の邪見様の気遣い。
 あの折の、車の中での会話の時にりんが見せた顔に気付いていたのだ。
 りんには、そのチョコよりも邪見様のその気遣いの方が嬉しかった。
 誰も居ないなんて思っちゃって悪かったな、と。
 ちゃんと、『りん』を見てくれてる!

「邪見様! 大好き!!」

 あたしは邪見様の小さな身体に抱き付いた。
 邪見様が真っ赤になったのに、りんは気付かなかったんだけど。

 こんなにちっちゃなチョコなのに、とっても気持ちが嬉しくなって、だから全部食べてしまうのが勿体無くて……。
 邪見様はまだあるから、明日のおやつにしてもいいから勿体がらずに食べなさいって言ったけど……、こーゆー所がビンボー症って言うんだね。
 あたしはそれをお皿に載せて、自分の部屋に持って帰った。

( あんなに喜びおって、りんめ。まぁ悪くはないかもな、年に一度くらいこんな日があってものぅ )

 純粋に向けられる好意のくすぐったさに、邪見はまた顔を赤くした。



 机の上に置いて、スタンドの光でよくよく見て。
 ああ、やっぱり今のりんは幸せなんだな、と思う。
 お父さんもお母さんもお兄ちゃん達も居ないけど。

 だけど!
 邪見様がいる、殺生丸様がいる!!

 だから……、りん 幸せ。


 りんはこの気持ちを殺生丸様にも伝えたくなって……。
 だって、同じお屋敷に住んでいてもお仕事が忙しいから中々逢えなくて。
 りんの今のこの幸せは殺生丸様に貰ったもの。
 今のりんには何も出来ないから、せめてこの気持ちを伝えたい!!

 あたしは机の引出しから、以前学校のお友達に貰った綺麗な薄紫のレースペーパーを取り出した。それから大事に取っておいたクリスマスのプレゼントに付いていた、白サテンのリボンも。
 お皿の上のチョコをそのレースペーパーで包み、リボンで結ぶ。
 お留守の時に勝手に殺生丸様の自室には入るのはとてもお行儀の悪い事なので、仕事場としても使っている地下の書斎の机の上に手紙と一緒にこっそり置いてくる。

 殺生丸様が食べて下さるかどうか判らないけど、でもそれだけでりんの気持ちは弾んで、その嬉しさがお父さんやお兄ちゃん達にチョコを上げた時とは少し違うような気がした。

 そして、その嬉しさはりんが夜眠る時までもずっと続いてた。



 その日の夜遅く、屋敷に戻って来た殺生丸は日課のように地下の書斎へ足を運んだ。
 その机の上に ――――

 まだ寒い野辺の、色のない風景の中。
 早咲きの菫のような小さな包み。

 一目でそれが、何かを悟り ――――


( ……変わらんな、あの頃と )


 花を摘むのが好きな娘だった。
 名も無いような野の花を、飽きもせず。
 一人待たせている間、帰って来る『私』を待って ――――

 あの頃。

 差し出された野の花を、手に取る事はなかったが。
 どうせ、三時に出されたものだろうが、とそのまま捨てようとして手を止める。

( そうだ、『お前』は手に取る事もしなかったのだな )

 口元に薄く笑みを刷き、それを書斎の机の引き出しに落とす。
 そしてパソコンのスイッチを入れ立ち上げると、普段は見向きもしないページを開き、何やら打ち込む。

 我ながら酔狂なとは思いはすれど、これは『お前』が決してしなかった事。
 『私』と『お前』は、『別物』だとお前に知らしめる。

 あれは、『お前』の『りん』ではない。


 そして、『りん』は『りん』


 そのままで、お前は『闇』を照らす『光』
 いつまでも、そのままで ――――



 私の側に。



【完】





【 あとがき 】

え〜っと ^_^;
一応今日はバレンタインと言う事で、突発で御座います。
昨日までは全然そんな予定はなかったんですけど、今日ちょこちょことお気に入りのサイト様にお邪魔すると、やはりバレンタインの文字が踊っている。
で、ついその気になって何か書けるかな? と頭の中で簡単にプロットを立てて見て、まぁこれなら形になるかと書いてみたのがこれです。

増やす予定でもないのに、だんだん増えて来た【殺りん現代版】
もともとが突発だったので、基本的な流れからは外れているんですけど…。

この流れの構成は、「夾竹桃」・「狂夜」(これはまだ書いてません)ここまでが現行設定。「窓」・「満ち潮の夜」・「光の春」が現代版で繋がってます。現代版はまだタイトル未定ですが、最低でも後2本は書く予定です。でもこんな感じで突発ネタが入る可能性は大です。



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